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「んんー!」

 タルトを考えた人は天才だと、エリーは本気で思う。
 続けてもう一口、と思って皿を見下ろすと、そのすぐ隣に神龍のシロがいた。
 机の上にいる羽の生えたトカゲみたいな生き物のシロは、美湖に分けて貰ったタルトの欠片を前足で抱えて夢中で食べている。
 ポロポロこぼれる生地の欠片に気づかず、カスタードクリームの部分に顔を突っ込んでいた。

(こうしてみると、普通に可愛いトカゲなんだよねぇ。いや普通のトカゲはタルトなんて食べないだろうけど)

 たまの行事ごとで空を飛ぶ大きな龍の姿とは違う、手のひらサイズに小さくなっているシロに、神様への畏敬みたいなものは徐々に薄れてきていた。
 なんだかだんだん、ただの可愛い小動物を愛でている気分になってくるのだ。
 こういうお菓子に無邪気になっているとろこをみると、余計にそんな気持ちが強くなる。
 とにかく可愛くて、エリーはつい好奇心に胸を疼かされる。

(お菓子に夢中だし、ちょっと触るくらい、気付かれないかも?)

 フォークをお皿に置いて、そっと、そおっと、……龍神に手を伸ばす。
 
(ツルツルの見た目だけど、堅いかな? それとも意外に柔らかい?)

 可愛い生き物にときめいたのも本当。
 そして龍という神獣に興味があるのも本当で、好奇心にその背中を撫でてみようとした。
 
(初対面ではははたかれたし。あれから何度も会ったけど、まだまったく触れてないんだよね)

 今度こそ触ってみたい。
 こっそり、後ろからなら指先ぐらいいいだろうか。
 でも、エリーの行動はばればれだったらしい。
 
 ペチンッ!

「痛っ!」

 また触れる直前に、尻尾で叩かれてしまった。

「あ! こらシロ!」

 気づいた美湖が、眉を吊り上げる。

「駄目でしょう」
「きゅー」
「いえ、すみません。仮にも神龍様に触れようとした私が悪いんです」
「えー? 違う違う、神龍だからとかじゃなく、シロはただやきもち妬いてるだけだよ」
「へ?」
「私とエリーが特別に仲良しなのが気に入らないんだって。同じ年頃の女の子ってエリー以外はほとんど近くにいないから、会える日は私、凄くそわそわしちゃってて、そのせいかも」
「え、私シロに嫌われてるんですか!?」
「きゅ!」

 きりりと目元をつり上げて、机を尻尾で床でペチペチたたいてみせるシロ。
 これは明らかに、好かれてるとは言えない態度だ。
 不機嫌そうな白い龍の様子に、エリーはしょんぼりと眉をさげた。

「神龍様に嫌われるって、何か祟りとかあったりします?」
「まさか。友達に何かしたら、私がシロのこと軽蔑するもん。ね? 悪い事しちゃだめよ?」
「きゅ!」

 白いトカゲは何度も大きく頷いた。
 しかしすぐに、まるで気まずいことから逃げるみたいに、そそくさと庭の方へ行ってしまった。
 
「……美湖様が今忠告してくれなかったら、確実になんかされてた気がします」
「あはは! まさかぁ」
 
 笑い声をあげる美湖に苦笑を返し、エリーはタルトをもう一口頬張るのだった。




 しばらくそんな閑談を続けて、ケーキも食べ終えて一息ついた頃。
 三杯目の紅茶を飲んだエリーへ、美湖が何やら改まった様子で口を開いた。

「あのね、エリー」
「はい」

 少し真面目になった空気に、エリーも背筋を正しつつ耳を傾けた。

「私、ほんっとうに嬉しいの。エリーという、向こうの世界の話を普通に出来る相手に出会えたことも嬉しいし、この世界に来て初めてファッションにときめけたことも嬉しい。エリーの作ってくれたドレス、可愛いって、心の底から本気で思えたわ」
「有り難うございます。そんなに喜んでもらえて、私こそ嬉しいです」
「ふふっ、それでね。何かお礼をさせて欲しいのよ」
「お礼?」
 
 瞳を瞬くエリーに、美湖はしっかりと頷いた。

「そう! 私、巫女のお仕事でそこそこ小金持ちだし! なんでも言って!」
「え、えーと……」

 エリーは眉を下げた。

(うーん……有り難いけど、ちょっと……困るかな)

「いただけません」
「……迷惑だったかな?」
「いえ、だって仕事ですし。良い勉強させてもらいましたし。私はあくまで、針子の仕事としてドレス作りを受けたんです」

 材料費も給料もしっかりと出る。
 さらにこんなに素敵なお茶会に誘って貰えた。
 有り難うと喜んでもらえて、心がぽかぽかと温かい。
 もう充分、色んなものを貰ってる。
 なのにこれ以上、何かをもらうのは良くないと思う。

 そう説明したけれど、美湖は納得してくれなかった。

「どうしても、嬉しいって気持ち、お返ししたいの。欲しいもの無い? 私にして欲しいこと無い? なにか、エリーさんが喜んでくれること、私もしたい……」

(うっ! そんなウルウルした目で見つめられたら……!)

 ドレスを作って欲しいと、エリーにお願いしてきた時と同じ目で見つめられる。
 可愛い女の子にこんなふうに懇願されて、揺らがないわけがない。
 しかもこの巫女様は、無自覚でしているのだ。
 この愛らしい仕草も言葉も、ただ真っ直ぐに、エリーに喜んで欲しいと思ってのもの……とことんお願い上手だと思う。
 甘えベタなエリーとしては、うらやましいくらい。
 ひるむエリーは、どうしようかと視線をさ迷わせた。

「うーん。……ぁ」

 そこで目に入ったのは、部屋の壁に掛けられている、エリーの作ったばかりのドレスだ。

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