リフェルトの花に誓う

おきょう

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5-④

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 話しているロザリアと子供たちを1歩離れた場所でぼんやりと眺めるセインは、眉をひそめていた。

「完全に面が割れているじゃないか。お前どれほど行動範囲が広いんだ」

 しかも王女なのに気さくに接しすぎではないか。
 不敬罪とか言った罪状はこの国には無いのだろうかとうっかり考えてしまうほどに、子供たちはロザリアに遠慮なしに戯れていて、三つ編みに結った彼女の髪を引っ張って遊ぶ悪戯好きな男の子までいる始末。

「…忍びと言えるのか? これは隠す必要性がまったく見当たらない」
「あー……あははははは」

 多少恰好を変えたところでロザリアがロザリア王女だなんてこと、街の者たち皆が分かっているようだ。

「わざわざ町民の服装なんて調達しなくても良かっただろう」
「でも、こうした方が変に着飾るときより仲良くしてくれるのだもの。ドレスだとずいぶん身構えさせてしまうみたいで」

 だから王女としての正式な仕事で無い限り、この恰好で来ることにしているのだとロザリアは言う。
 じゃれてくる子供たちや、広場のところどころで寛いでいる人々を眺めて、とても嬉しそうに頬を緩ませていた。

「セインはこう言うのあまり好きじゃないでしょう? ごめんね?」
「別に、いい……遊びたいだけで来ているわけでない事くらいわかってる」
「……ふへっ」

 ロザリアは思わず変な笑いを漏らしてしまった。
 どうやらセインは最初から何もかもを分かっていて着いて来てくれていたらしい。
 でも全部を見透かされるのは少し気恥ずかしくて、口元に手を当てて咳払いでごまかしてしまう。
 
 それからし、ロザリアはまた街中をゆっくりと見渡した。

(やっぱり人の数がずいぶん多いわね)

 広場の中も花や段幕などで通常よりさらに彩られ、祝いの雰囲気に満ちている。
 目に映る限りはほとんどの人がこのお祭り騒ぎに浮かれ、楽しんでいる様子だった。
 それでも、それが全部ではない。

(陰で脅えている人も、確かにいるのだから)

 華やかで楽しい町に見えたとしても。
普段より騒々しい街に、変化にそうそう慣れることの出来ない老人や病人は神経をすり減らしていた。
 人が増えることによって起きる治安悪化は、弱い立場である女性や子供の心身を不安定にもする。
 治安を守る仕事にある男たちも神経を張り詰め続けているだろう。

「私には何も出来ないもの」

 しばらく会話を交わしていた子供たちをほどいて、手を振って彼らと別れてから、ロザリアはぽつりとそう呟いた。
 
 これは独り言だ。
 返事を期待しているのではないとセインは分かっていた。
 だから特に反応は示さずに、セインは適当に前を向いて、ただロザリアの台詞を聞くだけにする。

 …ロザリアは自分が何もできない形ばかりの王女だと自覚をしている。
 ほとんどの政務は父と大臣たちが請け負い、求められることは国民の前に出て笑顔で手を振ることくらい。
 もちろんもう少し年齢を重ねて政務に関わるようになれば変わるのかもしれないが。
 今はこうやって目の前でおこっている治安悪化による対策さえ何一つ思い浮かばず、人任せにするしかなくて、歯がゆくて仕方がない。

「だからこれくらいは、したいの。声をかけて一人でも多くの笑顔をつくる。話をするだけで気分が軽くなるかもしれないし。まぁ、誰も望んでいないようなことだって分かってるけど……」

 ただ息苦しいから。
 遊びたいから。
 そんな簡単な理由で、護衛もなく外へ出ること。
 どれほど危険で身勝手なことなのかなんて、ロザリアはちゃんと理解している。

 でもここしばらくの外出禁止令が、人が流れこんできていての治安が悪化しているが故の対策だと知ってしまった。
 だから、ロザリアは外へ出たのだ。
 安全な場所でぬくぬくと守られるだけなんて、絶対にいやだった。

 もちろん、窮屈な王宮から出て羽目を外したいのも本当だけれど。

 ――泣いている人がいれば抱きしめる。
 怖がっていたならば手を握る。
 最近どう? といつも通りの会話を交わす。

 日常とは違う、少しの歪がある今であるからこそ。
 話を聞いて、笑いあって、そうして国民の心身が平穏であるように。
 王女という最高位の人間が同じ視線の高さで関わってるだけで、大勢の人々の気分は持ち上がるのだ。

「きっと自己満足で、ほとんど効果なんて無いんだろうけどね」

 頭を使った駆け引きや政務が出来ないロザリアに出来ることは、それくらいだから。
 だからロザリアは多少治安が不安定になろうとも、女性や子供が警戒するから危険であっても騎士が付くことを許さない。
 外へ出て国民と触れ合うのを絶対に辞めない。

 今回のように普段と比べての治安悪化はもちろん、逸り病の蔓延や天候不順による作物の不作、近隣諸国との諍いごとなど。
 何かしら民の精神が不安定になるような状況にあるときには、ロザリアは毎日のように城下に降りていた。 

 無邪気な笑い声をあげながら擦れ違う小さな子供たちを、心底嬉しそうに見送るロザリア。
そんなロザリアの横顔を、セインはじっと見つめている。
 民の様子を見ることに夢中なロザリアは、すぐ隣から浴びせられているセインの視線には気づかない。

気づいたのは、セインがあからさまに嫌味を含んだため息を吐いてからだ。

「……なに?」
「どうせ何をどう頑張っても馬鹿なロザリアに政務は無理だ。諦めて臣下なりに任せていろ」
「っ…! 馬鹿って言わないでっ、一応努力はしてるのよ」

 図星であっても見下されたように言われればやっぱり悔しくて、反抗したくなるのは当たり前だ。

「書類を読めば15分もたたず夢の中、会議に出れば専門用語が理解できずに涙目になって終了。そんな状態で努力とか…はっ…」

鼻で笑うセインに、ロザリアは頬を膨らませる。

「だって仕方ないじゃない。気が付いたら寝てるんだものっ。もー! やっぱりセインと結婚なんて絶対無理ー!」

 ごくごくたまに、ほんとうにたまーに優しいときがあるけれど。
 ロザリアにとってセインはやっぱり意地悪で嫌な奴だった。

 こんな人と一緒に父と母が築いたような穏やかな家庭を築くなんて絶対に絶対に不可能だと、ロザリアは改めて強く思う。

「ほんっとうに意地悪ね!」

 ぷいっと顔を背けて、ロザリアは広場の出口の方へと走り出す。
 彼女の走る先で手を振っている人物に気が付く。

「どうせまた呼び止められるんだろ」

 この先を簡単に予想したセインは、もはや慌てて追おうともしない。
 
 緑豊かな広場をのんびりと歩いて行くことにした。


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