ズルいと言う妹はいませんが、「いいなー」が口ぐせの弟はいます

桧山 紗綺

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4.弟の婚約と私の婚約解消

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「え? 今なんて言ったの?」

唐突すぎてちょっと弟の言葉が理解できなかった。

「だから僕がこの家を継ぐことになったって言ったんだよ」

聞き返した私に冷静な声で同じ言葉を繰り返す弟。
なんでそんなに落ち着いているのかしら。

「どうして? お兄様は?」

弟のアレックスが継ぐということは、長兄がその座を譲るということだ。

「兄さんはこのまま王太子殿下の側近を続けるって。
そうしたら領地は継げないから僕が継ぐよって話を父さんにしてきた」

いつの間にそんなことを。

「父さんも僕たちの間で話が付いたのならそれでいいって。
僕が成人するまでは正式に発表はしないけれど、そのつもりでこれから領地のことを学ばせてくれるってさ。
ちゃんと話をしに行ってよかったよ」

突然の話でとても驚いたけれど、弟の未来が定まったことに安心する。
お父様もアレックスの普段の頑張りを聞いていたから認めてくださったのねきっと。

「良かったわ。
おめでとう、アレックス。
あなたなら立派な当主になれるわ」

「ありがとう、姉さん」

微笑むアレックスはこの家を背負う覚悟のせいか、とても力強い顔をしていた。
そんな弟が誇らしくて私も笑みが浮かぶ。
その笑みが次の言葉で引き攣った。

「で、それに伴って姉さんの婚約も解消になったから」

「…………え?」

後を継ぐと言ったときよりも満面の笑みを見せる弟になんと言っていいかわからず困って首を傾げる。
二の句が告げない私に対して、アレックスは何故かしら、やりきったような笑みを浮かべている。

「どうして?」

なんとか絞り出した問いにアレックスは不思議そうな顔をする。

「どうしてって、前言ってたじゃないか。
親戚の名前が覚えられなくて大変だって」

「ええ、確かに言ったけれど」

それと婚約解消とがどう結び付くのかしら。あまりに不出来だから侯爵家に嫁がせるのも不安になったとか?
弟にそんなことを言われたら流石にショックだわ。

「必要なときに開くべき辞典を頭から覚えさせるような、非効率的な教え方しかできない家にわざわざ嫁ぐ理由ないでしょ。
しかもそのやり方では覚えられないから必要なところから実際にお会いして覚えたいって言った姉さんの願いを却下したんだって?
正直そんな教え方じゃいつまでたっても覚えられないと思うし、わざと結婚を引き延ばすつもりなんじゃないかと疑ったよ?」

アレックスの見解にさっきとは別の意味で固まった。
まさか、結婚を引き延ばした挙句に覚えが悪いからと婚約を解消される可能性があったのでは。
思いついてしまった可能性にぞっとする。

「姉さんの婚約者は結婚なんてまだまだ先で良いと思ってたみたいだし。
なんかいろんな夜会で女性と親密になってたって話も聞いたよ」

「そっ、そうなの?」

だから私を連れて夜会に出るのを嫌がっていたのかと納得した。

「それを聞いたら婚約解消して良かったと思ってしまったわ」

「そうそう、あんな不誠実な男に嫁ぐことないって。
姉さんがないがしろにされてたのは腹が立つけど、おかげであんまり姉さんの婚約が周知されてなかったからね。
解消しやすかったよ」

「そう、ね」

確かに夜会などで婚約者として挨拶をしていたら解消した後も少し面倒だったかもしれない。
そう考えれば婚約者にエスコートされる機会がなかったのはむしろ良かったわね。

「でも、私の婚約は政略だったでしょう?
その辺りは大丈夫だったの?」

「そこも大丈夫だよ。
姉さんが嫁ぐ代わりにメルディスがこの家に嫁いで来てくれることになったから」

「まあ! 本当に!?」

うれしくて思わず大きな声が出た。

「うれしいわ。
変わらずメルディスが妹になるのね」

あの家に嫁ぐにあたってメルディスと義姉妹になれるのだけはうれしかった。
アレックスと結婚してこの家に嫁いでくるなら以前よりも遠慮なく義妹として親しくできるのでとてもうれしい。
私がどこかに嫁いでも実家とは手紙のやり取りくらいはできるし、嫁の交友にうるさい家でなければ変わらず友人として義妹として仲良くできる。
婚約していたときよりずっと幸せな気持ちだわ。



にこにこしているとアレックスの後ろに控えた従者と目が合い微笑まれた。
緩んだ顔を見られたのが恥ずかしくて頬を押さえる。
咳払いをしたアレックスが、これからの話を続けるよと促す。

「それで姉さんの次の婚約者のことなんだけどね」

「まあ、もう当てがあるの?」

手配が早くて気持ちが追いつかない。
次のお相手はどんな方になるのかしら。
ちくりと痛む胸を押さえて言葉を待っていると後ろに控えていた彼がすっとアレックスの横に並んだ。



「僕のおすすめは彼」


「……………………」



全く予想をしていなかった展開に思考が止まる。
動きも止まった私の前に更に一歩踏み出した彼が胸に手を当て一礼する。



「驚かせて申し訳ありません。
突然の婚約解消に次の婚約と、大変戸惑っておられることでしょう。
ですが私はお嬢様の婚約者候補に挙がったことを喜んでおります」

いつも穏やかに控えている彼の真剣な声音に息を飲む。



「どうか、私が想いを伝えることをお赦しください」

「……!」

顔を上げた彼の微笑みにぶわっと顔が赤くなったのがわかる。



「いや、僕の前でやらないで。
後にしてくれる」

呆れたような不機嫌そうな声でアレックスが彼を遮る。
私はというと弟の前で告白紛いの台詞を言われた動揺に返事もできずにいた。

「そうですね。
アレックス様の前ではお嬢様も姉君の顔を外せないでしょうから」

「何する気なの……。
言っとくけど結婚まではめったなことしないでよね。 
君はいいけど姉さんの恥になるんだから」

「心得ております」

主従のやり取りを赤くなった顔のまま見守っていると、アレックスが立ち上がった。

「姉さん。
これは無理強いじゃないから、好きに答えて良いよ。
彼と一緒になってくれるなら僕の側近の妻として領地に住むことになると思う。
メルディスも一緒だからきっと楽しい生活になるよ。
どうしても彼が嫌なら別に婚約者を探すけど……」



『きっといらないでしょう?』



すれ違いざまに私の耳に囁いた弟は意地悪な笑みを浮かべて部屋を出ていった。



◇◇◇

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