私の名前を呼ぶ人は(とっても短い婚約破棄 連載版)

桧山 紗綺

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卒業後

対立の表明

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「私がそれを許すと思っているのか?」
  一瞬でも動揺させられたことが不快だというように眉間に皺を寄せる父。
 「許すだけの理由があれば許してくださるのでは?」
  父は理に敏い。自分の思い描いていたものでなくても許す可能性はあると思っていた。
  父親がリシアの言葉を鼻で笑う。
 「お前如きがそんな物を提示出来るわけなかろう。
  父娘の情で私は動かん」
  今度はリシアがわずかに驚きに目を見開く。
 「そんな台詞が出てくるような情があったんですか?」
  ないでしょう、と言うと流石に無理があると思ったのか父親が口を閉じた。
 「別に私はこの国を出ても良いのです。
  幸い多少のつてならありますし」
  ただ、先生が結婚しようと言ってくれたから、だからこんなしち面倒くさいことをしているだけで。
 「しかし彼はこの国に仕事を持っていますし、そう簡単に家は捨てられないでしょう」
  捨てさせる気もない。
 「何も捨てる気がないからついて行こうと決めたんです。
  お父様が認めないと言ったところで私の気持ちは変わりません」
  妨害なんて最初から承知の上だ。
 「私に相手を破滅させることが出来ないとでも?」
 「ええ」
  端的に答えると瞼が不快そうにぴくりと動いた。
 「出来る出来ないではなく、したいと思わないようになりますよ」
 「何?」
  生意気な発言に父が怒りを露わに睨みつけてくる。
 「先日カーミラ様と婚約なさった方」
  リシアに婚約破棄を告げたあの人。
 「あの方の家は型どおりだけれど堅実な統治をされるそうですね」
  突然の話題転換に父は頭を巡らせて何を言うのか考えている。
 「領地も栄えていて小さいとはいえ安定した所だとか」
  ここまでは先生に教えてもらった。
 「そうだ、お前の嫁ぎ先としても申し分ないと思って縁談を用意してやったのに」
  まるで私のためだったように話す。
  良く回る口だと呆れる一方で、これくらい出来なければ高位貴族なんてやっていられないのかもと思った。
 「そこの領地では色々と・・・おもしろい物が採れるらしいですね?」
  じっと父親の顔を見ながら言葉を並べていく。
  無表情を崩さない父親の瞼が不自然に動いた。
  表情を読む術は理解できると面白い。
  未熟なリシアでさえわかる反応を見せた父親にふっと笑いかける。
 「本来の目的はそちらではなかったのでしょうけれど、見つけた果実があまりに魅力的だった」
  危険な橋を架けようとするくらいには。
 「お父様が懇意にされている商会が彼の地に支店をだしたとか」
 「だからなんだ。 いちいちそんなもの把握していない」
  抑えようとしているけれど僅かに言葉が早い。
 「農家と専属契約をして珍しい植物を取り扱おうとしているみたいですね」
  問題はその珍しい植物だ。
  商会も店舗で表立って売らないと思う。
  禁制品ではないけれど近い扱いがされる物。
  いざとなったら商会の一つや二つ見捨てるだろうけれど、無傷でいられるとは限らない。
 「だからなんだと言うんだ! 私は知らん!!」
 「別にお父様が主導したなんて言っていませんよ。
  ただ、その中に近く規制が掛かる品物があったとしたら…」
  父親が息を呑んだ。
 「お父様の領地にも捜査が入るでしょう。
  そのときに余計な物も見つけられてしまうかもしれませんね?」
  笑みが深くなる。
  一つ一つは大したことのない悪事でも数によっては深い傷になるだろう。
  そして…。
 「捜査をするのがお父様と対立する方だったら、罪も厳しいものになる可能性もありますね」
  もしくは父と懇意にする方の政敵だったら。きっと徹底的に追及される。
 「貴様…」
  唸り声を上げる父親は、リシアを手駒ではなく敵として認識してくれたみたいだ。
  思い通りになる気がないとわかってくれたならなにより。
 「そんな顔をなさらないでください。 すべては可能性に過ぎないのですから」
  少なくともこの先父親が商会の新しい商売に手を貸すことはないだろう。
  まだ犯していない罪をどうすることも出来ない。
  対応するべきことが出来てしまった父親はリシアを睨みつけている。
 「ゆっくり考えてくださってかまいませんよ。
  今日はお話ししたかっただけですから」
 「白々しいことを…」
  忌々しそうに父親が吐き捨てる。
 「ああでも…、断りづらいような方との縁談は避けていただいた方がよろしいかと思います。
  障りがあってはその後のお話も面倒ですものね?」
  無理に力のある家と縁組を進めたらきっと破談にするために知恵を搾る。
  縁談を結んだ後に瑕疵となる情報が出て来たりしたら、何らかの賠償をしなくてはならないだろう。
  それこそ父親が最も望まないことだろう。しばらくは余計なことをせずに何が自分にとって有用か考えてくれればいい。
  応接室を出ていく父親を見送ってリシアは詰めていた息を吐いた。 
 
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