私の名前を呼ぶ人は(とっても短い婚約破棄 連載版)

桧山 紗綺

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卒業後

穏やかな時間

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 父親と対峙してから数日。
 拍子抜けするほど穏やかな時間が過ごせていた。
「平和過ぎます」
 波乱を望んではいないからいいのだけど。
 嵐の前の静けさではないかと恐々としている。
 溜息を堪えてテーブルに置かれたグラスに手を伸ばす。
 弱音を呑み込むように冷えたお茶を口にする。
 爽やかなはずの味が苦く感じられた。
 窓の外を見ると木々が新緑に彩られて、花の季節から緑の季節に移り変わってきていると実感する。
「君は心配性だねぇ。 もう少し力を抜いた方がいいよ」
 斜向かいに座った先生が困ったような笑みを向けて言う。
「この前は伯爵に啖呵を切ったというのにね?」
 それとこれとは違うと思うのだけれど。
「父がどう出るか、とか色々考えてしまうんですよね」
 どうしたらもっとゆったり構えられるんだろうか。
「あんなはっきり異を唱えたのも初めてだったので」
 ずっと将来に向けて準備をしていたけど、あんな風に口に出して反抗する日が来るとは思わなかった。
 父親の手が届かないどこか遠くへ逃げようとそればかり考えていたから。
 父親と対峙しているときずっと心臓が落ち着かなく胸を叩いていた。
 高揚しているはずなのに指先が冷たく強張りそうな感覚。
「緊張しました」
 緊張と高揚を同時に抱えていたせいかその日は疲れて早々に眠ってしまった。
「ああ、初めての反抗だったのか。 それは頑張ったね」
 子供にするように頭を撫でられる。
 先生の瞳が微笑ましそうにリシアを見ている。
 子供じゃないとと怒った方がいいのかな、と思いつつ心地よさに何も言えず黙り込む。
 先生に撫でられるのは好きだった。
 子ども扱いでも良いと思うくらいに。
 目を細めて心地よさに浸っていると先生がふっと笑う。
「そんな顔されたら止められなくなってしまうね」
 そう言いながら撫でていた手が離れていく。
 残念さに口を尖らせる。それに気付いて慌てて表情を引き締める。
(だらしない顔してなかったかな?!)
 少しだけ心の内で慌てた。
 そんなリシアを先生は表情の読めない笑顔で見ている。
「?」
 赤くなり始めた顔を手で冷やしながら首を傾げる。
 じっと目を見ても先生が何を思っているのかはわからなかった。
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