私の名前を呼ぶ人は(とっても短い婚約破棄 連載版)

桧山 紗綺

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卒業後

夏休みが終わって

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 夏休みが終わり、先生と学園に戻ってきた。
 リシアは始まった講師の仕事に忙しくしながらも充実した時間を過ごしている。することがいっぱいで楽しい。
 楽しいことが多すぎて夏休みはあっという間に終わってしまったような印象だった。
 ゆっくり話せたおかげか、前よりも先生と心が近づいたような気がする。
 家族の話をしていたとき、ふと見えた想い。
 あれは悲しみに近い感情、に思えた。
 一瞬のこと過ぎて確信は出来ないけれど…、そうじゃないかと思ったのだ。
 いつも微笑んでいる先生だけど、きっとその胸の内には複雑な感情が絡んでいる。
 リシアに見せてくれるものだけでないのはわかっていた。
 見せられないから見せないのか、見せたくないから見せないのか。
 わからなくてもかまわない。
 全てを知りたいとも頭のどこかで思う。
 けれど知らなくても先生が好き。
 だったら無理に暴かなくてもいい。それに、リシアが知りたいと暴れたところで先生は悠々と躱してしまうだろう。
 二度と手の触れられないところに隠されてしまうよりは、時折見せてくれる今の方が良かった。
「リシアさん、ちょっといい?」
 掛けられた声に振り向く。
 メイローズ先生が教材を手に抱え、ふらついていた。
「大丈夫ですか!?」
 持ち過ぎです。声を掛けてくれたら持って行くのに。
「往復するのが嫌だったからって横着するとダメね」
「言ってくれれば運びましたのに」
 講師の仕事をもらってもリシアの主な仕事は職員としての雑用なので、こういったことは申し付けてほしい。
 薄い冊子でも一クラス分ともなると結構な重さだ。
「最近あなた忙しそうだったから、このくらいなら自分でやろうと思ったのよ。
 結果は見ての通りだけれどね?」
 おどけて言うメイローズ先生に思わず吹き出してしまう。
「忙しそうに見えるのは私の要領が悪いからです。
 気になさらずどんどん言いつけてください! 慣れれば大丈夫ですから」
 むしろ色々頼んでくれれば早く慣れるかもしれない。
 そう言うとメイローズ先生も声を立てて笑った。
「結構体力があるのね」
「留学したおかげで少しタフになったのかもしれません」
 留学先ではリシアのことを知る人がいないので本当にのびのびすごした。
 数少ないけれど気の置けない友人を得られたのは幸運だったと思う。
 卒業してから連絡を取っていないけれど、みんな元気だろうか。
 手紙だけでも出そうかな。今なら学園から出せばリシアがここにいるという証明にもなるし。
 官吏になると言っていた友人に手紙を送ればみんなに伝えてくれるだろう。
 彼だけは実家が何処かも知っているので手紙が届かないということにはならない。
「留学はいいわね、自分の知っていた世界がいかに狭いものか良くわかるし、私も一度くらい学生時代にしておけば良かったわ」
 大人になってからの旅行などでは見られないものがあるとメイローズ先生が言う。
 そうなのかな、リシアにはまだよくわからない。
 学生なんてどこも同じものだと思っていたのだけれど…。
「ああ、でもそうですね。 留学先だと色々な学生がいるせいか幅広い人と付き合えるかもしれませんね」
 留学先の学園ではさらに遠くの国から来た留学生もいた。
「そうねえ、この国だと大まかな階級で通う学校が変わるものね」
 本来ならリシアは父親さえ出て来なければ違う学校に行っていただろう、住んでいた街も違うし。
 先生に会うこともなかった、そう思えばわずかにだけ感謝の気持ちが湧いてこないでもない。…ような気がした。
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