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二年目 ~領地編~
わかっていたのに <クリスティーヌ視点>
しおりを挟む『クリスティーヌお嬢様、ご無沙汰しております』
領地に戻ってきて、クレイルや皆と挨拶を交わし『彼』の姿を見つけた。
侯爵家の使用人のお仕着せに身を纏ったアラン様。
久しぶりに見られた元気そうな姿がうれしくて、思わず駆け寄り声をかけた私にアラン様が発した言葉はこれまでとは違う関係を突き付けるものだった。
ちゃんとわかっていたはずなのに、久しぶりに訪れた領地や懐かしい顔に気が緩みアラン様に止められるまで忘れていた。自分の行動がどう見えるのかを。
先んじて私に使用人として挨拶をすることで気づかせる。
ありがたく思うことなのに、私は自分でも驚くほどショックを受けていた。
どうにか取り繕い主人としておかしくない言葉をかけ、学園の話をする機会を得た。
約束よと念押ししてしまった私にアラン様は優しい笑みを浮かべ明日以降お呼びくださいと言ってくれて。
突き放されたわけじゃないとわかった安堵とうれしさに浮かべた笑みはきっと主人らしくはなかった。
贋金の件で忙しいアラン様の手が空いた時間を見計らって学園の話をしたいと呼び出し裏庭で待つ。
待たせたことへの謝罪を述べるアラン様。
気を遣わせたかったわけじゃないのに。
楽にしてほしいと伝えるとお礼を言って近くに控えた。
使用人として正しい立ち位置。人払いをしているからといって向かいの椅子に座るなんて考えもしなかったのでしょう。
アラン様は線引きを間違えない。
だからお兄様もお父様も信頼して手を差し伸べることを選んだ。
わかっている。
なのに寂しさが顔を顰めさせる。そんな顔をしてはアラン様を困らせるだけなのに。
私の様子に気を遣ったのかアラン様が学園での生活はどうかと話を振ってくれる。
安心させられるよう笑顔で学園生活の楽しさを伝える。たくさんの友人の話や講義での話、アラン様も知っている教授の話など。どの話も穏やかな笑顔で聞いてくれた。
優しく細められた目が私に注がれ、それから?というように頷き続きを促す仕草につい話過ぎてしまったくらい。
本題だった学園での成果。
私の魔法を見せたとき、アラン様は驚きに目を瞠っていた。
驚かせたいのは威力ではなく、魔法を発動するときに使っていた記号の方。
私がそれに気づいたのは偶然。
学園で魔力を練るのに苦労している級友の姿にアラン様も苦手だと言っていたことを思い出した。
見ていると魔力の配分の調節に苦労しているようだったから、体内で感じるしかない魔力をどうにか目で見ているようにイメージできないかと思ったのだ。
アラン様に教えてもらった記号を手に書きながら方法を考えていたら魔法が発動した。
まさかと思ったけれど、それからも同じように記号を描いてから魔法を発動するとこれまでよりも発動が早くて。
これならアラン様も魔力を練るのが楽になるかもしれないと思って練習を重ねた。
いずれ復学した時に役立つんじゃないかって。
こうした形のないものなら受け取ってくれると思ったから。
試しに使ってもらうとアラン様も驚くほど効果があったようだった。
喜ぶ顔が見たかったのに、試し終えたアラン様は真剣な顔で学園に戻って教授に報告するまでもう使ってはだめだと言う。
理由を聞けば納得だったけれど、アラン様の名前も一緒に伝えると言った私に戸惑いを見せた。
自分は速記のために記号を使っていただけで何も関与していないからと。
そんなわけがない!
アラン様の生み出した記号がなければこの発動方法は生まれなかった。
それを自分の物として発表するようなことは後の世の人のためにもできない。
そこまで言ってやっと納得してくれた。
――アラン様はどうしてそんなに自分の評価への主張が弱いの。
もどかしさに口にしようとした言葉の残酷さに言葉が止まる。
それがアラン様の育ち方によるものだと知っていて、そんな酷いことは口に出せなかった。
一歩引いて他者を支えることを自然に行う姿。それを美しく見る人もいるかもしれない。
婚家を立て、余計な野心を抱かずに婚約者に尽くす。婿として望ましい姿だと。
きっと、それも間違いではない。
けれど、彼を大切に思う友人たちはそれを苦々しい思いで見ていた。
アラン様の献身を当然のものとして受け、しかし報いることはない。物質でも心でも。
お兄様も時折口にしていた、それがアラン様の課題だと。
自分で自分の成果を主張し正当な評価を受けていく。
そのために生徒会への参加や資格試験を勧め自分が評価をされて当然のことをしているのだと受け入れられるように考えていた。
人の事ばかり考えているアラン様のために。
おかしなところで切った言葉を誤魔化すためお嬢様と呼ばなくていいの?と冗談めかす。
慌てるアラン様に咎めないし、うれしいと気持ちを伝えた。
これまで通り慕う気持ちは変わらないと伝えたかった。
なのに困らせてしまった。それはできないと冷たく言うこともできずに口を噤むアラン様にわかっていると本心でもないことを口に乗せる。
アラン様が正しい。
弁えていない態度を取ればそれを許している私たちに問題があると言われてしまう。
だからこれで良いのだと、頭では理解している。
それがどうしようもなく寂しい。けれどそれを表に出してはいけないのもちゃんとわかっていた。
これまでの関係が無くなってしまったみたいな感覚に胸がもやりと疼く。
それを抑えてレポートをまとめるのに手を貸してほしいとお願いすると笑顔で了承してくれる。
結局私も優しいアラン様に甘えているのだと思わずにいられなかった。
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