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三年目 ~再びの学園生活編~

考えるのは後

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 学園に戻り協力者から受け取った外出記録を部屋で確認する。
 こうして記録を見ていると気づくことがある。
 外出許可の申請と外出記録が一致していない者が一定の数いた。
 申請者・外出者の片方、または両方が件の西方貴族に近しい者からリストアップし、関係性を洗い出していく。

 照合作業は手間が掛かるが苦手ではない。
 ある程度まとめ終えたところで、今回初めて贋金の使用で把握した学生が誰と繋がっているのかと考える。
 西方貴族とは見える場所では直接の関わりがない。同じ講義を取っているわけでもないし、共通の友人もいない。
 金を用立ててくれることが知れてきて声を掛けられたという可能性もあるが。

 ふと、彼女の周囲も洗うべきではないかと考えが浮かぶ。
 いつも一緒にいる友人などは少なかったけれど、言葉を交わす相手は多かった。
 そうして見ていると、外出申請に記載されたある学生と今回名前の挙がった学生の繋がりが見えた。


 気づけば外は白み始めていた。
 少しぼんやりする頭に聞こえる鳥の声に固まっていた身体を動かす。
 講義の時間に寝ないよう頭をはっきりさせるため冷たい水で顔を洗う。
 レオンへの報告を手紙に綴る頃には鮮明になった頭でそれぞれの繋がりと何が繋いでいるのかを相関図にしていく。
 どこか感情を切り離したような規則正しさで手は動いた。

 昨年から外出申請に名前を借していた人物と贋金を使った者を繋ぐ名前を記す際も、手の動きが澱むことはなかった。







 講義を終え、クリスティーヌ様を待つ。
 近くの講義室に入り空いている椅子に座り廊下から聞こえる音に耳を澄ませる。
 押している講義は終わるまでまだ少しだけかかりそうだ。
 徹夜で関係の洗い出しをしていたせいか午後になってまた頭がぼんやりしてきた。
 少しの間だけと目を閉じて壁に凭れる。
 ほどよく暖かい部屋と外から聞こえる教授の声にすうっと落ちるように意識が途絶えた。


『アラン?』

 クリスティーヌ様の声が聞こえる。

『……さなくて良いわ、待っ……から』

 誰かの喋る声とクリスティーヌ様の答える声。

 立ち去る足音がし、近くの椅子を引く音が聞こえた。

 静けさが戻った室内にクリスティーヌ様の声だけが響く。

『……っと無理をしているものね。
 ゆっくり休……でちょうだい』

 優しく諭すような声に、また意識が眠りに沈んでいく。

『アラン』

 柔らかな声が呼ぶ名前だけがはっきりと耳に残る。
 その声に答えなければと思うのに。
 穏やかな眠りに抗うことはできなかった。






 ゆっくりと意識が浮上していく。
 開いた目に映ったのは穏やかに俺を見つめるクリスティーヌ様の微笑みだった。

「すみません、俺……っ」

 迎えに来て寝ていたなんて……!
 今何時だ?
 夏に向かうまだ明るい空は時間がわかりづらい。

「30分くらいかしら」

 それほどの時間じゃないわと緩められる目が俺を見つめている。
 すみませんと再度謝ると気にしなくていいのにと微笑む。
 その美しい笑みに意識が持っていかれそうになり、どうにかこらえる。

「それで、その……」

 どうしたのと微笑みかける紫の瞳が柔らかに細められ俺の言葉を待つ。
 その瞳に宿る慈しみに騒ぎ出しそうな心を抑えて言葉を紡いだ。

「この体勢は、一体?」

 一段後ろの席に座ったクリスティーヌ様が俺を覗き込んでいる。
 身を乗り出しているのはわずかなのに位置のせいで顔が酷く近い。
 何よりほっそりとした手が優しく頭に乗せられている感触は現実味がなく、動揺にもならずに凪いだ気持ちを俺にもたらした。

 吸い込まれそうな紫の瞳が不思議そうな色を浮かべた後、驚きに見開かれ、潤みを帯びる。

「ご、ごめんなさいっ!」

 視線がごく近くで絡み合うことに今気が付いたというように恥ずかしそうに視線を伏せられて、ぐっと胸が何かの感情を訴える。
 慌てたせいか置いていた文具に手が当たり持ち物が散らばった。
 ますます慌てるクリスティーヌ様に俺の方は段々と落ち着いていく。
 一緒に落ちたペンやノートを拾っていると可愛らしい栞が目に入った。
 白い台紙に一片の薄紅の花びらが貼られた栞はシンプルだけど可憐でクリスティーヌ様によく似合っていた。

「こちらも落ちていましたよ」

 汚れが付いていないか確認して栞を差し出す。
 息を呑むように口を開いたクリスティーヌ様が俺が差し出した栞を受け取る。
 両手で包むように持つその姿からはその栞が大切な物であるのがわかる。汚れなくて良かった。

「可愛らしい栞ですね、クリスティーヌ様らしいです」

 清楚で可愛らしいクリスティーヌ様の印象をそのまま栞にしたような品だと思った。
 俺の言葉を聞いたクリスティーヌ様はショックを受けたように瞳を揺らした。

「覚えて、ないの……?」

「え?」

 微かな囁きに聞き返そうとした声が止まる。
 紫の瞳が潤み、見る見るうちに湛えた涙が、零れる寸前で瞼に隠れた。
 目を閉じたクリスティーヌ様が背を向けて駆け出す。
 咄嗟に追いかけようとした俺を「来ないで!」と強い声で拒否したクリスティーヌ様に踏み出す足が一瞬遅れる。

 その出遅れた一瞬で、クリスティーヌ様は教室を飛び出して行った。
 慌てて出た廊下にも姿はなく、階段を駆け下りる音を頼りに後を追う。

『来ないで!』

 初めて聞いた拒否の言葉に従うべきかとわずかだけ迷いが生まれる。
 けれど、悲痛な声の拒否の理由が俺にあるのなら。
 引いた方が良いのではと囁く思考と、放っておけない、追いたい感情が反発する。
 速度が鈍りかけた足に、――思考を止めた。

 ――考えるのは後だ。

 まずはクリスティーヌ様を捕まえる。
 その先のことは後から考えればいい。
 余計なことは考えずにただクリスティーヌ様の後を追った。


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