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三年目 ~再びの学園生活編~
聞いてもいいですか
しおりを挟む人のいない方へと走っていくクリスティーヌ様を追いかけ声を上げる。
校舎からも離れ、通用門に近い林の中は時折木の根などもあり危ない。
「待ってください、お嬢……。 クリスティーヌ様!」
俺の声が聞こえたのか一瞬足の動きが鈍る。
その隙を逃さずに足を速めクリスティーヌ様の腕を取った。
咄嗟の動きだった。掴んだ手首の細さに動揺し手を放しそうになる。
「お願いです、逃げないでください」
顔を背けたままのクリスティーヌ様に懇願する。
その頬に涙が伝っているのではないかと思うと胸が締め付けられた。
「『まるでクリスティーヌ様の髪を飾るように降ってきましたね』」
俺が口にした台詞にクリスティーヌ様がぱっと振り向く。
涙の跡の残る頬に胸が痛んだ。
「どうして……、覚えてないんじゃ」
「忘れませんよ」
領地で別れる前の日、偶然落ちた花びらを見つめるクリスティーヌ様の甘やかな笑顔があまりに綺麗で。
鮮明に心に焼き付いている。
「花びら、持っていてくれたんですね。
捨ててしまったと思っていました」
偶然髪に乗っただけの花びらだ。
指からはらりと舞ったら地に落ちて他の花弁や葉に混じってわからなくなってしまうくらい小さな、ただの花弁。
まさか取っていて、大事に栞にしていたなんて思わなかった。
掴んだ手がぴくりと震える。
「捨てられないわ……」
俺を見上げる紫の瞳が真っ直ぐに訴える。
ひたむきな瞳に喜びと苦しさが同時に胸を襲う。
「……どうしてか聞いても?」
ただの花弁を栞にして持ち歩いていたのはどうしてなのか。
ずるい質問だと思った。
ただ綺麗だったから、たまたま栞にするのに良いと思ったから、そんな答えが返ってくるのをどこか期待している。
だって俺は――。
「アランが、好きだから」
ぽろりと雫がクリスティーヌ様の瞳から零れ落ちる。
「アランが綺麗だって言ってくれたから……。
手に乗せてくれたから……」
クリスティーヌ様の声が苦しそうに震え、ぽろぽろと言葉と涙が零れていく。
「か、髪飾りみたいだって……っ。
そうなら良いのにっ……、って、思ったから」
俺を真っ直ぐに見つめて涙を零すクリスティーヌ様はとても綺麗だった。
紫の瞳が湛えた涙が、溢れ、雫となって頬を滑り落ちていく。
「ご、ごめんなさい……っ」
「どうして謝るんですか……?」
幾筋目かの涙が左頬を零れ落ちる。泣かせたくないのに、止めるすべもない。
「だって、アラン、困ってる……!
困らせて、ごめんなさい……っ」
とうとうしゃくりあげ始めたクリスティーヌ様に痛む胸を抑えて言葉を掛ける。
「困っては……、います。
けれど、それはどうやってあなたを泣き止ませたらいいのかわからないからです」
困っていると告げた俺に悲痛な目を浮かべたクリスティーヌ様に視線を合わせゆっくりと言葉を発する。
「笑っていてほしいのに、ダメですね俺は……」
苦しくて痛い。
胸を刺す痛みは感じたことのないもので、この先の言葉を口にするのにくじけてしまいそうだ。
けれど誤魔化しても何もならないのを知っている。
曖昧にして彼女を苦しめるくらいならはっきりと言葉にするしかなかった。
「俺は、あなたの想いには応えられません」
言われずともわかっていることを口にする苦さに表情が歪む。
「わかってるわ。
アランがそう言うのはわかってるの」
でも、と言葉を続けた彼女の笑みに、俺は気づかないよう抑えていた想いに陥落したのを感じた。
「でも、栞は大切に持っていて良い?
初恋の、大好きな人との思い出なの」
そう微笑む表情は儚げで、なのに全てを受け止めるような強い瞳をしていた。
ダメなんて言えるはずもない。黙る俺にクリスティーヌ様が言葉を重ねる。
「それとも、迷惑……?
もし迷惑だと、負担だと感じているなら」
栞を差し出してクリスティーヌ様が俺の目を見つめた。
「それなら、捨てて……?」
アランの手でと囁くクリスティーヌ様に息を呑む。
応えられないのはわかっている。
想いを心に抱えることだけでも許してほしい。
それすら負担なら俺の手で引導を渡せと。
そこまで言わせてしまったことに胸が締め付けられ呼吸を震わせた。
「迷惑だなんてそんな――」
そんなことは思わない。
真っ直ぐに一心に慕ってくれる恋心をいじらしく、愛しく想いこそすれ迷惑だなど。
けれどそれも言葉には出せない。
応えられたら、どんなに幸せだろうかと思う。
嬉しいと言葉にでき、俺も同じ気持ちですと言えるような立場なら。
けれど俺ではクリスティーヌ様の隣には立てない。
「アラン」
葛藤する俺へクリスティーヌ様の唇が、お願いと呟く。
叶わぬことを考えるのを止め、言葉を待つクリスティーヌ様の手から栞を引き抜く。
どうしたって想いには応えられない。
――けれど。
「この上なく――」
光栄です。
幸せです。
愛おしく思います。
言えない言葉を全て視線に乗せ――。
手にした栞に口づけた。
小さく息を呑む音が聞こえ、俺を見つめる瞳から新たな涙が零れた。
応えられないのに知っていてほしいなど、なんて身勝手なんだろう。
栞を返すと、クリスティーヌ様は両手で受け取り大事そうに胸に抱えた。
応えられない、そう言いながら想いを明かすずるさに自嘲する。
けれど俺の答えにクリスティーヌ様が浮かべた笑みは美しく。
儚い恋への悲しみをも塗り潰す喜びに溢れていた。
涙を拭い終え、顔色が落ち着くまで二人とも無言だった。
「ようやく涙の跡が落ち着きましたね」
「もう酷い顔してない?」
真剣に聞くクリスティーヌ様がおかしくて冗談めかして大丈夫ですよと答える。
「泣いていても可愛らしいから大丈夫ですよ」
頬を染めたクリスティーヌ様がはにかむ様子に微笑む。
もう、戻らなくては。
寮までの道をゆっくりと歩きながら他愛もない話をする。
夕日が綺麗だとか星がもう見えるとか、意味のない話をいくつも。
明日からはまた元通りの関係に戻ることを二人ともわかっていた。
ほんの少しだけ近しい態度も今だけ。
そう理解しているからかどちらの歩みもゆっくりなものだった。
寮までクリスティーヌ様を送って行った後、学園まで戻る。
暗い校舎は月明かりのおかげでどうにか歩けるくらいには明るい。
クリスティーヌ様を追いかけた時に荷物をそのままにしてきてしまったため、夜のうちに取りに来た。
普段なら入ることもない暗闇に包まれた校舎は静けさに包まれ、入り込んでいることに緊張と高揚を与える。
ふと物音が聞こえた気がして足を止めた。
こんな時間に人がいるわけがない、とは自分のこともあるし言えないが……。
けれど入る時に声を掛けた守衛は一言も他の人がいるなんて言わなかった。
鍵を掛けてしまうから用事があるなら早く済ませなさいと言っていたことからも守衛も知らない侵入者がいる。
気のせいではないと知らせるように音を立てないよう静かに引かれる扉の音。
間違いない、誰かいる。
耳を澄ませ気配を探っていると、微かに開いた扉から声が聞こえてきた。
「なんの用だ」
不機嫌そうな声で用向きを問う男の声。
「すまない、どうしても急ぎで金が必要になって」
「買い取れる品は用意できていないんだろう?
それじゃ話にならない」
顔色を窺うような態度で男が金の話を切り出し、それを冷たくあしらう別の男の声が聞こえた。
聞き覚えのある声に緊張が高まる。
「そんなっ、頼むっ!」
「どうしてもって言うなら、そうだな、お前の家は郊外に屋敷があっただろう?」
「あ、ああ」
突然振られた話に声に訝しむものを籠める男へ、じゃあ俺の言うことを聞いたら金を貸してやってもいいと機嫌が上向いたのか楽し気な声に変わる。
「しばらく使いたいから貸せ」
「あれは家の持ち物で俺は……」
「報酬はこれくらいで、どうだ?」
机の上で硬貨が跳ねる音がして、床に落ちる。
一掴みほどはありそうなじゃらりとした音。
「こ、こんなに……?」
「お前が条件を呑めばな」
期待に上擦った声を上げる男へさあどうだ?と迫る声。
「わ、わかった、何とかする」
目の前でちらつかせられた金の力に男はあっさりと陥落した。
「いつまでに使えそうだ?」
「来週までには準備するよ!」
「……仕方ないか、だが前金はこれだけだからな」
ぱち、とひとつだけ机に置かれた音がした。
それでも男には十分なのだろう、感激に満ちた声で金を貸してくれた男へ礼を述べる。
「ありがとう、エドガー! 恩に着るよ!」
聞こえた名が、思い浮かべていた声の持ち主と一致する。
ずっと疑い追いかけてきた人物。
王都より西側の土地を治める貴族の内の一家で、伯爵位を持つ家の子息。
そして、俺が以前婚約していたレイチェルの新しい婚約者になった相手。
喜色に満ちた声で鍵の引き渡しの話を済ませる男の声に扉から離れて身を隠す。これだけ聞ければ十分だ。
扉が見える場所で身を潜めていると金を借りていた男が出て行くのに続いて、多額の金を積んで屋敷を借り受ける話を付けた男も姿を現す。
その横顔はやはり、俺が婚約破棄を告げられた場面でもレイチェルと共にいた、あのエドガーだった。
息を潜めて姿を消すのを待って、凝った胸の息を吐き出す。
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暗かったが、渡したのが半金貨であるのは見えた。贋物かどうかまではさすがにわからなかったが、これでも金で屋敷を借り受けた証拠にはなる。
音が完全にしなくなったところで足を忍ばせ歩き出す。
早くレオンに知らせよう。
その前に忘れた荷物を回収しないと。
焦れた守衛が呼びに来る前に終わらせないとと暗い廊下を早足で進んだ。
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