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四年目 ~春の訪れ 新婚の二人~

伝えられていない近況

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 屋敷に戻ってきて食事も終えた後。
 弟たちに向けて手紙を書こうと便箋を広げて文章に迷う。
 近況をどう伝えたものかと悩ましい。
 他の家に養子に入ったこともクリスティーヌ様と婚姻することも手紙でいきなり伝える内容ではないし。
 除籍された俺は公的にはすでに彼らの家族ではないのだが、それでもまた別の家に養子に入るというのは違った感情を彼らにもたらすかもしれない。
 急に決まったことだし内容からも説明はできなかったのだけれど。

 とりあえず近々会いに行くということを記す。
 これは直接話した方がいいだろう。
 それに、将来のことが少しでも思い描けたか聞いておきたい。

 時間を与えてあげたいと思う反面、与えられる時間では状況は変わらないと感じていた。
 漠然と何か月も迷うくらいなら選択肢を見据えた上で考えた方がいい。
 処刑が無くなったことは彼らも聞いているはずだし、この手紙にも書いている。
 会う頃にはこの前より感情の整理もついているだろうから。


 筆を置いたところで扉が叩かれる。
 どうぞと声を掛けるとクリスティーヌ様が入ってきた。
 学園へ戻る時間の確認に来たクリスティーヌ様へ、明日の予定は昼前に終わらせるつもりだと伝え昼下がりの出発ではどうかと聞く。
 大丈夫だと了承をもらい近くにあった便箋へ書き付ける。
 そういえば馭者に帰りの馬車の時間を伝えるのを忘れていた。
 後で伝えなければと思っていると、クリスティーヌ様が伝えておくと言ってくれた。
 クリスティーヌ様の視線が散らばった便箋へ落ちる。

「手紙を書いていたの?」

「ええ、弟たちに向けて。
 来週には彼らのいる施設に行ってこようと思います。
 俺の近況を何も話していないので」

 心配そうに顔を曇らせるクリスティーヌ様へ大丈夫だと笑みを送る。
 直接会って話したいと考えている、そう伝えるとクリスティーヌ様も行ってもいいかと聞かれた。

「急に会おうというわけじゃないの、もしアランが話をして会いたいと言ってくれるようならと思って」

 驚かせたらいけないから馬車で待っているというクリスティーヌ様をそっと抱き寄せる。

「ありがとうございます。
 弟たちの感情に配慮してくれて」

 ただでさえ突然養子になった話をしに行くのだ。
 途切れた縁が更に遠くなり、見捨てられたと不安にさせるかもしれない。
 その懸念もわかった上で申し出てくれたことが嬉しかった。

「当然のことよ。
 弟さんたちにも色々あったし、アランだって立場が突然変わって気持ちが追いつかないことはないかって心配になることもあるわ」

「俺は大丈夫ですよ」

 全て納得して受け入れたことだ。
 東侯の養子になるのは四侯会談に参加するために必要なことだった。直答が許され国王が無下にできない立場であの場に臨めたことは意味があると思っている。
 侯爵様の提案を受けた東侯が申し出てくれたことは素直にありがたかった。
 クリスティーヌ様との婚姻に至っては喜んで変化の中へ飛び込んだのだ。

「もしそんなことがあればちゃんとクリスティーヌ様へ伝えます」

 俺を案じて話を聞いてくれる人がいる。
 そう知っているし、案じてるのに頼ってくれないもどかしさで傷つけることはしたくない。

「喜びも悲しみも分かち合うのが夫婦ですから」

 そうありたいと願いを込めて口にする。
 全てを曝け出してほしいと求めるのではなく、こうしてクリスティーヌ様が俺に寄り添ってくれるように彼女が辛い時や不安になる時には隣りで支えたい。
 楽しい時は共に笑い、喜びを分かち合う。
 そんな夫婦になりたいですと囁くと肯定を返すように背に手が回される。
 何も言わずに抱き合う。
 それだけで全て満たされる気持ちだった。


 しばらくして身を離すとクリスティーヌ様の頬がほんのり赤くなっているのを見て少し照れが襲ってきた。

「すみません、いきなり……」

 突然抱きしめてしまったことを謝ると、クリスティーヌ様が俺の腕を引き身を寄せる。

「アランに抱きしめられるとほっとするの。
 それに……、夫婦になるのだから一々謝っていたらおかしいわ」

 謝らないでと囁き肩に頭を凭れさせる。
 頬に散った朱みと、はにかみながらも頭を寄せる姿に心臓がどくりと鳴る。
 近くで漂う花のようなクリスティーヌ様の香りにくらりとした。
 あと半月足らずで正式な夫婦となる。
 甘く誘うような香りにそのことを思い出す。
 引き寄せられそうな理性を留めたのはクリスティーヌ様が浮かべる穏やかな微笑み。

「弟さんたちは私のこと認めてくれるかしら」

 ゆったりと問いかける声にそうなってほしいと答える。

「できれば祝福してほしいです」

 やっぱり大切な人には祝福してほしから。
 笑みを交わし合って身を離す。
 遠ざかる香りに名残惜しさよりも安堵を感じる。
 部屋まで送りますと言った俺の心中を知らないクリスティーヌ様は嬉しそうにふわりと笑んだのだった。


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