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異世界<日本>編

歩み寄り 1

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「はぁ、はぁ、はぁ…」
  走り過ぎて呼吸が苦しい。喉の奥から鉄の味が込み上げてくる。
 「げほっ」
  咳をして足を止める。こんなに走ったのいつ以来だろ。暴れる心臓に手を当てて座り込む。
  息が苦しい。違う、苦しいのは胸の方だ。
 「そりゃ関心がないのはわかってたけどさ…」
  激しい怒りが引いた後は、ただ空しい。
  本当にヴォルフにとってどうでもいい存在なんだって思い知る。
 「あー、きもち悪い…」
  走り過ぎた。元々あまり身体を動かすのは得意じゃないのに、無理をした。
  おかげで魔力の暴走は避けられたけれど。
  初等科すら通ったことのない平民の娘が王位第一継承者の双翼になったというのはずいぶん王宮を騒がせた。
  生まれや経歴をあげつらう人間は後を絶たない。一緒に働いていたら普通気づく。
  うぬぼれでなく、マリナのことは知ってて当然だった。まさか知らない人間が、こんなに身近にいるなんて…。
  王子ですら知っていたのに。
 「無関心にも程がある…」
  あまりの衝撃…、と怒りに魔力が暴走しかけた。
  自分もダメだな、と心で反省する。そもそもヴォルフをあの姿にしたのも感情に起因する魔力の暴走が原因だっていうのに。
 「ダメだな、私は」
  こんなに自分の力をコントロールできないなんて。
  魔術師にとって力を制御できないのは恥以外の何物でもない。
  原因までわかっていてもどうにもできなかった。
  ヴォルフが絡むとうまく感情が制御できない。
  気にして欲しいわけじゃない。それでも腹立たしく感じるのは仕方がなかった。
  すぐに帰る気にはなれず、このままどこかへ行こうかと考えたところで思い出す。
 「あ、しまった」
  サイフを忘れてきた。お金がなかったら遠くへはいけない。
 「なにやってんだか…」
  溜息を吐いて額に手を当てる。飛び出してくるならサイフも持ってくるべきだった。
 「仕方がないから散歩でも行くかな」
  歩くだけならお金はかからない。平日に外を歩くのはあまり好きじゃないけれど、戻るって選択肢はない。
  声を掛けられなさそうな場所を求めて歩き出した。
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