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異世界<日本>編
関心 2
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家のドアを開いて後ろを振り返る。見える範囲にヴォルフの姿はなかった。
少し考えて鍵を閉めずに部屋へあがる。こうしておけば戻る気になれば開けて入れる。
終わっていた洗濯物を干し、テーブルにつく。
取り出したサンドイッチをもそもそと食べる。砂を食べているように味がしない。
カチャ、とノブが回る音がし、ぴりっとした緊張感が部屋に漂う。ヴォルフは何事もないようにおいてあったタオルで足を拭い、上がってきた。
完全に閉まりきらないドアを閉めるために玄関へ近づく。何も言うことが見つからなくて無言でヴォルフの横を通り、鍵を閉める。
テーブルの前に座るヴォルフ、目線を合わせないまま弁当を開け目の前に置く。
テレビの音が無言の気まずさを少しだけ和らげる。
ヴォルフの弁当が空になったのを見て流しに下げようと腰を上げる。マリナが手を伸ばす前にヴォルフが容器を咥えた。
何をするのかと思っていると流しに持って行きシンクに置く。
手伝ってくれる気だったのか、その行動に驚いた。
「ありがとう」
下げたものの犬の手で蛇口を捻れるわけもなく、流しの横に座っている。
マリナが水を出し、容器を浸す。手に取ったスポンジに洗剤を泡立て、横を見下ろすとヴォルフはマリナの手元を見ている。
マリナが容器を洗っている間もヴォルフは横に座って見ていた。
空容器はすぐに洗い終わり、テーブルに戻る。
座るとヴォルフも斜向かいに腰を下ろす。間にあった空気は少しだけ重さを減らしていた。
サンドイッチの残りを口にするとマスタードの辛味と酸味を感じる。
さっきはあんなに味気なく感じられたのに、単純な自分に嫌気がさす。
食べ終わってお茶を飲んでいるとヴォルフが口を開いた。
「お前はこれまでどうしてたんだ?」
唐突に追放された後の話を聞きたいと言う。
「何? いきなり」
「俺のことは話したが、お前のことは聞いてなかったからな」
王子以外に関心がないくせにどうしたのかと思ったけれど、ヴォルフなりに気を回したのかもしれない。気まずいまま過ごさないように。
「話すほど変わったことはないけど…」
この世界に来てまず困ったのは家とお金がないことだった。
元々城に居住し、食事も食堂で賄い、お金を使わない生活をしていたマリナは現金も換金できそうな物も、何も持っていなかったのだ。
「ここの大家さんは変わった人でね。そのうち紹介する機会もあると思うけれど、びっくりすると思う」
大家さんを見た時マリナは本当に驚いたのだ。
無一文で困るマリナに何も言わず、アパートの一室を貸してくれた。
家具付き、ガスや電気、水道も付いているとあって、その日からマリナは不自由なく生活できた。本当に感謝してもしきれない。
突然現れたマリナをあっさり受け入れ、かといって干渉してくるでもなく放置。
ここにいる理由を説明できないマリナには助かったので厚意に甘えさせてもらった。
次に困ったのが生活費だ。家賃はいらないという大家さんのおかげで寝る場所には困らないけれど、食べなければ生きていけない。
ぎりぎり働ける年齢でよかったと心から思った。
「お前15じゃなかったか?この国では16からしか働けないと思っていたが」
ヴォルフがよくそんなことを知っていたなと思ったら、ヴォルフを拾ったおじいさんの孫が高校生になって16歳になったからバイトすると話していたらしい。
それでもその会話を覚えていること自体驚きだ。ヴォルフなりにこの世界の情報を得ようと必死だったのだろうか。
「向こうの国でいう高等科に入る年齢なら問題ないわ」
16歳でなきゃ…とかいうところも実はあったが、きちんと法律を把握していないところで働くのは嫌だったのでそこには頼まなかった。
今のバイト先はそういったところがちゃんとしているし、店長や同僚も良い人たちだ。働きやすい良い職場だと思う。
「お前はあの喫茶店で働いているのか?」
「そう。 食事もついてくるし、働いてる人たちはいい人だし、いいところだと思うわ」
向こうの世界みたいに気を張っていることもないし、危険もない。
ただ充実感は向こうの方があった。
王位を継ぐ主の補佐は、緊張感があった。失敗を許さない周囲の視線や悪意に実力を見せつけて黙らせる爽快さはここではない。
自分の持てる力を存分に出し、認められる。ここの穏やかさとは質の違う充足感を好ましく思っていた。
「学び舎には行かなくていいのか?」
「なんで?」
この世界の知識を得る方法は他にいくらでもある。不特定多数に接する危険はまだ冒したくない。
「行きたくないのか?」
「そもそも学校に行ったことないし、そんなに興味もないかな」
マリナの答えに返ってきたのは思いがけない声だった。
「え?」
「は?」
なんで疑問符が付いた答えが返ってくるの?
ヴォルフの顔に浮かんだ疑問符に驚いて口が開いていく。
まさか、知らない?
唖然としたのは一瞬で、次いで猛烈な怒りが湧いてきた。
「信じられない…」
「お、おい?」
双翼候補になったときも、正式に双翼に任じられたときも、あれだけ王宮が騒いでいたのに、知らなかった?
「無関心なのはわかってたけど、そこまで…」
ゆらっ、と身体の内側で力がゆらめいた。
拳を握って暴れる力を抑える。ダメだ、今ここにはいられない!
「…!」
部屋を飛び出して、ヴォルフから離れた。
後ろに聞こえた声に激しい声で言葉を叩きつける。
「付いてくるな!」
呼び止める声は聞こえないフリをした。
少し考えて鍵を閉めずに部屋へあがる。こうしておけば戻る気になれば開けて入れる。
終わっていた洗濯物を干し、テーブルにつく。
取り出したサンドイッチをもそもそと食べる。砂を食べているように味がしない。
カチャ、とノブが回る音がし、ぴりっとした緊張感が部屋に漂う。ヴォルフは何事もないようにおいてあったタオルで足を拭い、上がってきた。
完全に閉まりきらないドアを閉めるために玄関へ近づく。何も言うことが見つからなくて無言でヴォルフの横を通り、鍵を閉める。
テーブルの前に座るヴォルフ、目線を合わせないまま弁当を開け目の前に置く。
テレビの音が無言の気まずさを少しだけ和らげる。
ヴォルフの弁当が空になったのを見て流しに下げようと腰を上げる。マリナが手を伸ばす前にヴォルフが容器を咥えた。
何をするのかと思っていると流しに持って行きシンクに置く。
手伝ってくれる気だったのか、その行動に驚いた。
「ありがとう」
下げたものの犬の手で蛇口を捻れるわけもなく、流しの横に座っている。
マリナが水を出し、容器を浸す。手に取ったスポンジに洗剤を泡立て、横を見下ろすとヴォルフはマリナの手元を見ている。
マリナが容器を洗っている間もヴォルフは横に座って見ていた。
空容器はすぐに洗い終わり、テーブルに戻る。
座るとヴォルフも斜向かいに腰を下ろす。間にあった空気は少しだけ重さを減らしていた。
サンドイッチの残りを口にするとマスタードの辛味と酸味を感じる。
さっきはあんなに味気なく感じられたのに、単純な自分に嫌気がさす。
食べ終わってお茶を飲んでいるとヴォルフが口を開いた。
「お前はこれまでどうしてたんだ?」
唐突に追放された後の話を聞きたいと言う。
「何? いきなり」
「俺のことは話したが、お前のことは聞いてなかったからな」
王子以外に関心がないくせにどうしたのかと思ったけれど、ヴォルフなりに気を回したのかもしれない。気まずいまま過ごさないように。
「話すほど変わったことはないけど…」
この世界に来てまず困ったのは家とお金がないことだった。
元々城に居住し、食事も食堂で賄い、お金を使わない生活をしていたマリナは現金も換金できそうな物も、何も持っていなかったのだ。
「ここの大家さんは変わった人でね。そのうち紹介する機会もあると思うけれど、びっくりすると思う」
大家さんを見た時マリナは本当に驚いたのだ。
無一文で困るマリナに何も言わず、アパートの一室を貸してくれた。
家具付き、ガスや電気、水道も付いているとあって、その日からマリナは不自由なく生活できた。本当に感謝してもしきれない。
突然現れたマリナをあっさり受け入れ、かといって干渉してくるでもなく放置。
ここにいる理由を説明できないマリナには助かったので厚意に甘えさせてもらった。
次に困ったのが生活費だ。家賃はいらないという大家さんのおかげで寝る場所には困らないけれど、食べなければ生きていけない。
ぎりぎり働ける年齢でよかったと心から思った。
「お前15じゃなかったか?この国では16からしか働けないと思っていたが」
ヴォルフがよくそんなことを知っていたなと思ったら、ヴォルフを拾ったおじいさんの孫が高校生になって16歳になったからバイトすると話していたらしい。
それでもその会話を覚えていること自体驚きだ。ヴォルフなりにこの世界の情報を得ようと必死だったのだろうか。
「向こうの国でいう高等科に入る年齢なら問題ないわ」
16歳でなきゃ…とかいうところも実はあったが、きちんと法律を把握していないところで働くのは嫌だったのでそこには頼まなかった。
今のバイト先はそういったところがちゃんとしているし、店長や同僚も良い人たちだ。働きやすい良い職場だと思う。
「お前はあの喫茶店で働いているのか?」
「そう。 食事もついてくるし、働いてる人たちはいい人だし、いいところだと思うわ」
向こうの世界みたいに気を張っていることもないし、危険もない。
ただ充実感は向こうの方があった。
王位を継ぐ主の補佐は、緊張感があった。失敗を許さない周囲の視線や悪意に実力を見せつけて黙らせる爽快さはここではない。
自分の持てる力を存分に出し、認められる。ここの穏やかさとは質の違う充足感を好ましく思っていた。
「学び舎には行かなくていいのか?」
「なんで?」
この世界の知識を得る方法は他にいくらでもある。不特定多数に接する危険はまだ冒したくない。
「行きたくないのか?」
「そもそも学校に行ったことないし、そんなに興味もないかな」
マリナの答えに返ってきたのは思いがけない声だった。
「え?」
「は?」
なんで疑問符が付いた答えが返ってくるの?
ヴォルフの顔に浮かんだ疑問符に驚いて口が開いていく。
まさか、知らない?
唖然としたのは一瞬で、次いで猛烈な怒りが湧いてきた。
「信じられない…」
「お、おい?」
双翼候補になったときも、正式に双翼に任じられたときも、あれだけ王宮が騒いでいたのに、知らなかった?
「無関心なのはわかってたけど、そこまで…」
ゆらっ、と身体の内側で力がゆらめいた。
拳を握って暴れる力を抑える。ダメだ、今ここにはいられない!
「…!」
部屋を飛び出して、ヴォルフから離れた。
後ろに聞こえた声に激しい声で言葉を叩きつける。
「付いてくるな!」
呼び止める声は聞こえないフリをした。
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