2 / 6
招いた悪夢
しおりを挟む
リアムは屋敷から街を見ていた。
窓からでも街の華やぎがわかる。
祭りのためにあちこちに花売りがいて、通りを埋め尽くす人は皆花を抱えていた。
「リアム、こっちに来てちょうだい」
新しいドレスに身を包み、お嬢様は上機嫌で鏡を見ている。
レースが幾重にも重なった、白いドレス。
それは祭りの由来となった花が白だったという伝承に合わせたらしく、まるで湖に投げられた百合のようにも見えた。
同じドレスを着たリアムを見てお嬢様は満足気に笑んだ。
「楽しみね?」
リアムはその言葉に賛同はしなかったが、エレミアは気にした様子がない。
控えめにノックをする音が聞こえてトレイズが馬車の用意ができたと告げる。
部屋を出るときに見たエレミアは得体のしれない笑みを浮かべていた、その表情を見てしまったラナが肩を震わせた。
一緒に部屋を出たラナは腕をさすり誰にともなく話しだす。
「ああいうときのお嬢様って少し怖いです」
私もトレイズも返事をしない。
ふうっ、と息をつき、ラナは話を変えた。
「そうだ、リアムさん。 わたしも聖祭に行くことにしました」
「え?」
「俺も同行させてもらう」
二人がそう言い出したことがリアムには以外だった。
二人とも、特にトレイズは聖祭に興味がなさそうだったためだ。
事実、二人の瞳はいやに真剣で、とても祭りを楽しみにしている顔には見えない。
言葉をためらうラナにトレイズが言う。
「見てもらったほうがいいだろう」
ラナも異を唱えなかった。
トレイズたちは庭に向かいリアムもその後をついていく。
二人とも常にない厳しい表情をしている。
リアムはその様子にわずかに不安を感じた。
屋敷の庭は外に出られないお嬢様が窓から楽しめるようにきれいに手入れされている。
この時期は青々とした芝生がとても美しい。
その庭が赤く染まっている。
それは、遠くから見ても異様な光景だった。
「………」
「さっき下に降りたときにみつけたんです」
絶句するリアムにラナが言う。
近くによるとなお赤い、それは大量の花だった。
種類も赤の彩度もまちまちな花たちは潰されたように花弁を散らしている。
丁度お嬢様の部屋からは見えない位置にあり、窓の外を見ていたリアムも気づかなかった。
「ラナに言われて見に来たんだが、これはよくない」
「? 何が…」
「これを見てください」
ラナが足元を示す。
「これは…」
二人が緊張していた理由がわかる、リアムも背に冷たいものを感じた。
赤い花たちの中に同色の小さなカード。
真っ赤なカードには黒い文字で『a』と記されていた。
その文字で思い当たるのはこの間までお嬢様が遊んでいた少年しかいない。
正確に言うならリアムがお嬢様の代わりに恋人として会っていた少年だ。
これまでも何通か手紙が届けられたことはあったけれど…。
「そこの文章を読んだか?」
よく見るとカードの色とはわずかに違う赤でメッセージが書かれていた。
『花たちも貴女の不在を悲しんでいます』
短いメッセージは恋人たちが交わす内容にも似ていて、それが不気味だった。
「その文章だけならおかしくはないんですが、カードの内容とこの花…。 怖いですよ」
「ラナの言うとおりだ、尋常な人間のすることじゃない」
「…」
お嬢様のいる部屋の方を見るとトレイズが首を振った。
「お嬢様のことを、アルフレッドが知っているとは思えない」
ラナもその言に同意した。
「そうですよ、お嬢様は外に出ませんし、屋敷に出入りしている者とも会ったことがないんですから、わかるわけありませんよ」
二人の言うとおり、このメッセージはリアムの演じたエレミアに宛てられたものだろう。
散らばった花を一輪手に取る。
比較的きれいなその花は純粋な愛情の花言葉を持つ。
頭に浮かぶ少年は明るい笑顔ばかりだった。
リアムの知る彼は快活な子で、こんな陰湿なことをするような性格ではない。
アルフレッドの『純粋な愛情』を歪めてしまったのはリアムだった。
彼は、何を思ってこのメッセージを残したのだろう。
リアムの手から花を取り上げ、トレイズが厳しい口調で言った。
「お嬢様のことはいい、問題は君のことだ」
聖祭の間、この街は人があふれかえっている。
突然、アルフレッドと遭遇するかもしれない。
「今、街に出るのは危険だ」
「でも、リアムさんはお嬢様の命令を無視なんて出来ませんよね」
だから用心のためについて来てくれるらしい。
「でも…」
自分の罪のために二人を巻き込むことは嫌だった。
何が起こっても自業自得だが、トレイズにもラナにも危険な目にはあってほしくない。
リアムはなんとか断る言葉を探す。
それにアルフレッドとも話をしたいと思った。
リアムのせいで彼が変わってしまったなら、リアムには責任がある。
元凶の自分がそんなことを言うのもおこがましいが、アルフレッドには前のような快活さを取り戻してほしかった。
もし、街中でアルフレッドと会うことになったら、二人がいないほうがいい気がする。
しかしトレイズもラナも引かない。
「俺達のことも知らないはずだし、離れたところから見ているだけだから」
「リアムさんだけでなんて危ないから絶対駄目です」
トレイズは怖いほど真剣に、ラナは涙目で言いつのる。
「俺達に何もしなかった後悔をさせないでくれ」
結局押し切られる形で一緒に街に出ることになった。
窓からでも街の華やぎがわかる。
祭りのためにあちこちに花売りがいて、通りを埋め尽くす人は皆花を抱えていた。
「リアム、こっちに来てちょうだい」
新しいドレスに身を包み、お嬢様は上機嫌で鏡を見ている。
レースが幾重にも重なった、白いドレス。
それは祭りの由来となった花が白だったという伝承に合わせたらしく、まるで湖に投げられた百合のようにも見えた。
同じドレスを着たリアムを見てお嬢様は満足気に笑んだ。
「楽しみね?」
リアムはその言葉に賛同はしなかったが、エレミアは気にした様子がない。
控えめにノックをする音が聞こえてトレイズが馬車の用意ができたと告げる。
部屋を出るときに見たエレミアは得体のしれない笑みを浮かべていた、その表情を見てしまったラナが肩を震わせた。
一緒に部屋を出たラナは腕をさすり誰にともなく話しだす。
「ああいうときのお嬢様って少し怖いです」
私もトレイズも返事をしない。
ふうっ、と息をつき、ラナは話を変えた。
「そうだ、リアムさん。 わたしも聖祭に行くことにしました」
「え?」
「俺も同行させてもらう」
二人がそう言い出したことがリアムには以外だった。
二人とも、特にトレイズは聖祭に興味がなさそうだったためだ。
事実、二人の瞳はいやに真剣で、とても祭りを楽しみにしている顔には見えない。
言葉をためらうラナにトレイズが言う。
「見てもらったほうがいいだろう」
ラナも異を唱えなかった。
トレイズたちは庭に向かいリアムもその後をついていく。
二人とも常にない厳しい表情をしている。
リアムはその様子にわずかに不安を感じた。
屋敷の庭は外に出られないお嬢様が窓から楽しめるようにきれいに手入れされている。
この時期は青々とした芝生がとても美しい。
その庭が赤く染まっている。
それは、遠くから見ても異様な光景だった。
「………」
「さっき下に降りたときにみつけたんです」
絶句するリアムにラナが言う。
近くによるとなお赤い、それは大量の花だった。
種類も赤の彩度もまちまちな花たちは潰されたように花弁を散らしている。
丁度お嬢様の部屋からは見えない位置にあり、窓の外を見ていたリアムも気づかなかった。
「ラナに言われて見に来たんだが、これはよくない」
「? 何が…」
「これを見てください」
ラナが足元を示す。
「これは…」
二人が緊張していた理由がわかる、リアムも背に冷たいものを感じた。
赤い花たちの中に同色の小さなカード。
真っ赤なカードには黒い文字で『a』と記されていた。
その文字で思い当たるのはこの間までお嬢様が遊んでいた少年しかいない。
正確に言うならリアムがお嬢様の代わりに恋人として会っていた少年だ。
これまでも何通か手紙が届けられたことはあったけれど…。
「そこの文章を読んだか?」
よく見るとカードの色とはわずかに違う赤でメッセージが書かれていた。
『花たちも貴女の不在を悲しんでいます』
短いメッセージは恋人たちが交わす内容にも似ていて、それが不気味だった。
「その文章だけならおかしくはないんですが、カードの内容とこの花…。 怖いですよ」
「ラナの言うとおりだ、尋常な人間のすることじゃない」
「…」
お嬢様のいる部屋の方を見るとトレイズが首を振った。
「お嬢様のことを、アルフレッドが知っているとは思えない」
ラナもその言に同意した。
「そうですよ、お嬢様は外に出ませんし、屋敷に出入りしている者とも会ったことがないんですから、わかるわけありませんよ」
二人の言うとおり、このメッセージはリアムの演じたエレミアに宛てられたものだろう。
散らばった花を一輪手に取る。
比較的きれいなその花は純粋な愛情の花言葉を持つ。
頭に浮かぶ少年は明るい笑顔ばかりだった。
リアムの知る彼は快活な子で、こんな陰湿なことをするような性格ではない。
アルフレッドの『純粋な愛情』を歪めてしまったのはリアムだった。
彼は、何を思ってこのメッセージを残したのだろう。
リアムの手から花を取り上げ、トレイズが厳しい口調で言った。
「お嬢様のことはいい、問題は君のことだ」
聖祭の間、この街は人があふれかえっている。
突然、アルフレッドと遭遇するかもしれない。
「今、街に出るのは危険だ」
「でも、リアムさんはお嬢様の命令を無視なんて出来ませんよね」
だから用心のためについて来てくれるらしい。
「でも…」
自分の罪のために二人を巻き込むことは嫌だった。
何が起こっても自業自得だが、トレイズにもラナにも危険な目にはあってほしくない。
リアムはなんとか断る言葉を探す。
それにアルフレッドとも話をしたいと思った。
リアムのせいで彼が変わってしまったなら、リアムには責任がある。
元凶の自分がそんなことを言うのもおこがましいが、アルフレッドには前のような快活さを取り戻してほしかった。
もし、街中でアルフレッドと会うことになったら、二人がいないほうがいい気がする。
しかしトレイズもラナも引かない。
「俺達のことも知らないはずだし、離れたところから見ているだけだから」
「リアムさんだけでなんて危ないから絶対駄目です」
トレイズは怖いほど真剣に、ラナは涙目で言いつのる。
「俺達に何もしなかった後悔をさせないでくれ」
結局押し切られる形で一緒に街に出ることになった。
0
あなたにおすすめの小説
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
最強と言われるパーティーから好きな人が追放されたので搔っ攫うことにしました
バナナマヨネーズ
恋愛
文武に優れた英雄のような人材を育てることを目的とした学校。
英雄養成学校の英雄科でそれは起こった。
実技試験当日、侯爵令息であるジャスパー・シーズは声高らかに言い放つ。
「お前のような役立たず、俺のパーティーには不要だ! 出て行け!!」
ジャスパーの声にざわつくその場に、凛とした可憐な声が響いた。
「ならば! その男はわたしがもらい受ける!! ゾーシモス令息。わたしのものにな―――……、ゴホン! わたしとパーティーを組まないかな?」
「お……、俺でいいんだったら……」
英雄養成学校に編入してきたラヴィリオラには、ずっと会いたかった人がいた。
幼い頃、名前も聞けなかった初恋の人。
この物語は、偶然の出会いから初恋の人と再会を果たしたラヴィリオラと自信を失い自分を無能だと思い込むディエントが互いの思いに気が付き、幸せをつかむまでの物語である。
全13話
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】深く青く消えゆく
ここ
恋愛
ミッシェルは騎士を目指している。魔法が得意なため、魔法騎士が第一希望だ。日々父親に男らしくあれ、と鍛えられている。ミッシェルは真っ青な長い髪をしていて、顔立ちはかなり可愛らしい。背も高くない。そのことをからかわれることもある。そういうときは親友レオが助けてくれる。ミッシェルは親友の彼が大好きだ。
真面目な王子様と私の話
谷絵 ちぐり
恋愛
婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。
小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。
真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。
※Rシーンはあっさりです。
※別サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる