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16 まるで初恋の気分です
しおりを挟む半ば脅しのように圧を掛けられてしまったが、裕太郎はそれでもこの邸宅を後にした。
今流行りの歌を鼻唄で歌いながらとぼとぼ歩いていた。もう朝焼けである。
何冊か写真集やラジオにも出て、それなりに人気が出たと確信はしているが、まだまだ一部の人が知っているくらいだ。
裕太郎の父親は職人であり、技術を学ばせたかったのだが、
「跡をついで、そこで終わっちまう人生なんて、まっぴらごめんだ!」
と、両親に啖呵を切り、今にいたる。
5年目で、パトロンを抱えないと生活出来ない【赤いルージュ劇場】の看板俳優か。
溜め息を吐くと、藤宮一族の邸宅前。
大きな門で中まで見る事が出来ない。明新時代の先祖は大将として名を果たしていたぐらいだ。
芸事を毛嫌う事でも有名だったようで。
「マスターもやったもんだ。家族の反対を押しきってあんなきらびやかな世界を作ったのだから......」
感心するぐらいだ。
「それにくらべて、冴えない俳優か.....。様にならねぇな」
裕太郎は一人呟いた。
裕太郎は腕時計を見ると、朝の5時だ。
「なんで来てしまったのか」
待ち合わせをしている訳でもなく、ぶらぶらと来てしまったのだ。
(俺を待ってた訳でもないだろうに、ひょっとしたら)
なんて思ってしまったら、つい。
中性的でよく分からないところもあるが、なんだか面白い人だ。
とぼとぼ門を通り過ぎる。
すると、門の開く音に裕太郎は振り向いた。
「伊吹......さん」
「......」
「なんだ裕太郎だったか」
間が空いたものの、伊吹は微笑んだ。
「起きたのです?」
「いや、眠れなかったもでな......」
「そうですか」
「どこかのご令嬢と逢瀬だったか」
(単刀直入だな)
裕太郎は苦笑する。
「お得意様のご令嬢です」
と、言った。
「ふーん。色男め」
伊吹はそう吐き捨てた。
(彼女にそう言われると辛いな)
「ごめん」
「え?」
伊吹が謝ったもので、裕太郎はキョトンとした。
「何だか物悲しい顔をしたからつい...」
「感性が鋭い、と、言われた事はありませんか?」
つい言ってしまった。
「逆だ。感性がおかしいと言われる」
伊吹はうーんと考えてから言った。
「それはひどい」
「誰だと思う?」
「え?」
「池山だ。昨日、わたしの隣にいただろう?」
「......ああ、あのハンサムな」
「なんだ。同性でもそう思うのか」
伊吹は笑った。
「彼こそどうなんです?」
伊吹が単刀直入に言うタイプだから、すんなり聞く事が出来た。
「何を?」
どうやら本気で分かってないらしい。
「いいえ。なんでも......」
「ああ! 池山との関係か?!」
(ほんとうにこの人は...... )
「同期だ」
と、普通に答えた。
「ははっ」
「なんだ、いきなり笑って......」
「あ、いや、なんか素直過ぎて...」
「そうか...? 散歩でもしないか?」
伊吹から屈託なくそう言われたが、素直なので、それが素直に頷く事が出来た。
(......初恋の気分だ)
裕太郎はそう感じた。
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