『庭師』の称号

うつみきいろ

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第三章

絶対に声を出してはいけません

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 東の都から西に数十キロ行った小さな町。その町の郊外に真っ白な石で出来た塔が聳え立っている。十メートルはあろうかという高さ。そしてその最上階の一室がコマドリの世界だった。

 天井から吊るされた鉄製の鳥籠の中。鳥人用に作ってあるとはいえ、成人した今では両脚を伸ばして座ればいっぱいいっぱいの狭さ。そんなところにコマドリは生まれた時から監禁されていた。

 世話役は町で煙たがられている孤児達。当番制で代わる代わる食事を運んだり、服を持ってきたりしていたが、皆コマドリの事を恐れている様子で用事が終わるとさっさと去ってしまう。

 必要最低限のものだけを与えられて、鳥籠から見える小さな窓から空を見て。それがコマドリの全てだった。

 小さな頃は分からなかったけれど、コマドリがこんな風に扱われているのには理由があるらしかった。なんでもコマドリの持つ能力に関係しているらしい。それに気付いたのは偶々鳥籠にやってきた小動物に出会ってからだった。

 朝目覚めると足元に可愛らしい、茶色い毛が生えた生き物がいて、どんぐりを齧っていた。尻尾は長くて先が丸まっていて、歯が出ており、目は真っ黒で真ん丸。初めてみる生き物にコマドリは目を丸くする。

「可愛いね。おいで」

 呼び掛ければ、言葉を理解しているようにコマドリの手のひらに乗ってきた。その愛おしさに思わず笑みが溢れる。

 コマドリが朝ごはんにと運ばれていたパンのかけらを差し出すと、その動物はすんすんと匂いを嗅いで安全を確かめた後、パクリとパンくずを咥えてまた床に戻った。

 どんぐりを持ったままパンも咥えている姿は随分な食いしん坊に見えて面白い。

 コマドリは自分も朝ごはんを食べながら、茶色い毛玉がパンとどんぐりを平らげる様をずっとみていた。胸の中がじわじわとあたたかくなる。結局その日は食べ終えると窓から去っていってしまったが、その日からその動物は度々コマドリの鳥籠にやってくるようになった。話し相手すら居なかったコマドリに小さな友達ができたのだ。

 それが嬉しくて嬉しくて、コマドリはその子がいつ来てもいいように少しパンをとっておくようになった。

「今日も来てくれたの?」

 早朝、窓からひょっこりと顔を出した小動物にコマドリは笑い掛ける。

「ほら、お食べ」

 パンを差し出すとその子は嬉しそうに寄ってきた。

 小さなお友達と仲良くなってからの穏やかな日常。心が満たされていく感覚。その中で不意にコマドリの中に歌が生まれた。

 誰に教えられた訳でもないのにメロディと歌詞が頭に浮かんでくる。コマドリは心の赴くまま、そのメロディを口ずさんだ。

『枯れた砂漠に命が芽吹く―――はじまりの種再び落ちて―――』

 頬が紅潮して歌声は滑らかにのびる。
 歌っているうちに自分はこの為に生まれてきたという確信が大きくなった。その時の心地良さはとても言葉では言い尽くせない。しかし幸せな時はすぐに終わりを告げた。

「あれ、ねぇ?」

 歌い終わってお友達の様子をみると、その子は此方を見上げたまま呆けて微動だにしなかった。

「どうしたの?」

 撫でても、新しいパンを差し出しても動かない。息もしているし心臓も動いているのに瞬き一つしないのだ。

「どうして・・・・・・」

 呟いてはっと口に手をあてた。

『歌』だ。

 あの歌のせいでこの子は正気を失ってしまった。

 コマドリの持つ能力にあてられたのだ。それを本能で理解したコマドリは悲しみに暮れた。大切な友達だったのに。なんて事をしてしまったのだろう。

 コマドリはそれから毎日小動物に呼び掛け、水を与えようとしてみたり、ご飯をあげようとしたりした。けれど小さなお友達は変わらず動かぬまま。祈っても祈っても願いは届かず元に戻らない。痩せ細り続ける小さな身体。そしてある朝ついに死んでしまった。

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・」

 コマドリは泣きながら謝ってお友達の亡骸を綺麗な小箱に入れた。埋葬したくてもコマドリはここを出られない。だからせめて美しい棺桶に入れてあげたかったのだ。

 そして箱に鍵をかけると同時に今後一切歌は歌わないと誓った。もう誰も傷付けないように。

 しかし思いとは裏腹に力はどんどん増していった。時にはコマドリの声を聞いただけで廃人になってしまう者まで出始める始末で、このままではコマドリの世話をする孤児がいなくなってしまうというところまできてしまった。町人たちは話し合いの結果、コマドリに筆談を教えるべく、文字を教える先生を無理矢理塔に派遣した。

「いいですか、絶対に声を出してはいけません。文字の読み書きを覚えることだけを考えなさい」

 教師はいつも怯えながら文字の読み書きを教えた。コマドリが少し息を大きく吸い込んだだけで「ひっ!」と悲鳴をあげ、「この化け物!」と罵る。
けれどコマドリは黙って読み書きの習得に専念した。一年も経つと難しい本もすらすら理解できるようになり、漸く解放された教師は意気揚々と去っていって二度と姿を現すことはなかった。

 それからコマドリは世話係と筆談でやり取りするようになった。
と言っても雑談などではない。あくまで必要最低限の会話だけだ。その頃にはコマドリは自分がどのような存在なのか理解していたから、それを不満に思うこともない。ただ毎日が早く過ぎ去っていきますようにと願うばかりだった。
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