35 / 55
第三章
絶対に声を出してはいけません
しおりを挟む東の都から西に数十キロ行った小さな町。その町の郊外に真っ白な石で出来た塔が聳え立っている。十メートルはあろうかという高さ。そしてその最上階の一室がコマドリの世界だった。
天井から吊るされた鉄製の鳥籠の中。鳥人用に作ってあるとはいえ、成人した今では両脚を伸ばして座ればいっぱいいっぱいの狭さ。そんなところにコマドリは生まれた時から監禁されていた。
世話役は町で煙たがられている孤児達。当番制で代わる代わる食事を運んだり、服を持ってきたりしていたが、皆コマドリの事を恐れている様子で用事が終わるとさっさと去ってしまう。
必要最低限のものだけを与えられて、鳥籠から見える小さな窓から空を見て。それがコマドリの全てだった。
小さな頃は分からなかったけれど、コマドリがこんな風に扱われているのには理由があるらしかった。なんでもコマドリの持つ能力に関係しているらしい。それに気付いたのは偶々鳥籠にやってきた小動物に出会ってからだった。
朝目覚めると足元に可愛らしい、茶色い毛が生えた生き物がいて、どんぐりを齧っていた。尻尾は長くて先が丸まっていて、歯が出ており、目は真っ黒で真ん丸。初めてみる生き物にコマドリは目を丸くする。
「可愛いね。おいで」
呼び掛ければ、言葉を理解しているようにコマドリの手のひらに乗ってきた。その愛おしさに思わず笑みが溢れる。
コマドリが朝ごはんにと運ばれていたパンのかけらを差し出すと、その動物はすんすんと匂いを嗅いで安全を確かめた後、パクリとパンくずを咥えてまた床に戻った。
どんぐりを持ったままパンも咥えている姿は随分な食いしん坊に見えて面白い。
コマドリは自分も朝ごはんを食べながら、茶色い毛玉がパンとどんぐりを平らげる様をずっとみていた。胸の中がじわじわとあたたかくなる。結局その日は食べ終えると窓から去っていってしまったが、その日からその動物は度々コマドリの鳥籠にやってくるようになった。話し相手すら居なかったコマドリに小さな友達ができたのだ。
それが嬉しくて嬉しくて、コマドリはその子がいつ来てもいいように少しパンをとっておくようになった。
「今日も来てくれたの?」
早朝、窓からひょっこりと顔を出した小動物にコマドリは笑い掛ける。
「ほら、お食べ」
パンを差し出すとその子は嬉しそうに寄ってきた。
小さなお友達と仲良くなってからの穏やかな日常。心が満たされていく感覚。その中で不意にコマドリの中に歌が生まれた。
誰に教えられた訳でもないのにメロディと歌詞が頭に浮かんでくる。コマドリは心の赴くまま、そのメロディを口ずさんだ。
『枯れた砂漠に命が芽吹く―――はじまりの種再び落ちて―――』
頬が紅潮して歌声は滑らかにのびる。
歌っているうちに自分はこの為に生まれてきたという確信が大きくなった。その時の心地良さはとても言葉では言い尽くせない。しかし幸せな時はすぐに終わりを告げた。
「あれ、ねぇ?」
歌い終わってお友達の様子をみると、その子は此方を見上げたまま呆けて微動だにしなかった。
「どうしたの?」
撫でても、新しいパンを差し出しても動かない。息もしているし心臓も動いているのに瞬き一つしないのだ。
「どうして・・・・・・」
呟いてはっと口に手をあてた。
『歌』だ。
あの歌のせいでこの子は正気を失ってしまった。
コマドリの持つ能力にあてられたのだ。それを本能で理解したコマドリは悲しみに暮れた。大切な友達だったのに。なんて事をしてしまったのだろう。
コマドリはそれから毎日小動物に呼び掛け、水を与えようとしてみたり、ご飯をあげようとしたりした。けれど小さなお友達は変わらず動かぬまま。祈っても祈っても願いは届かず元に戻らない。痩せ細り続ける小さな身体。そしてある朝ついに死んでしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・」
コマドリは泣きながら謝ってお友達の亡骸を綺麗な小箱に入れた。埋葬したくてもコマドリはここを出られない。だからせめて美しい棺桶に入れてあげたかったのだ。
そして箱に鍵をかけると同時に今後一切歌は歌わないと誓った。もう誰も傷付けないように。
しかし思いとは裏腹に力はどんどん増していった。時にはコマドリの声を聞いただけで廃人になってしまう者まで出始める始末で、このままではコマドリの世話をする孤児がいなくなってしまうというところまできてしまった。町人たちは話し合いの結果、コマドリに筆談を教えるべく、文字を教える先生を無理矢理塔に派遣した。
「いいですか、絶対に声を出してはいけません。文字の読み書きを覚えることだけを考えなさい」
教師はいつも怯えながら文字の読み書きを教えた。コマドリが少し息を大きく吸い込んだだけで「ひっ!」と悲鳴をあげ、「この化け物!」と罵る。
けれどコマドリは黙って読み書きの習得に専念した。一年も経つと難しい本もすらすら理解できるようになり、漸く解放された教師は意気揚々と去っていって二度と姿を現すことはなかった。
それからコマドリは世話係と筆談でやり取りするようになった。
と言っても雑談などではない。あくまで必要最低限の会話だけだ。その頃にはコマドリは自分がどのような存在なのか理解していたから、それを不満に思うこともない。ただ毎日が早く過ぎ去っていきますようにと願うばかりだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界子供ヤクザ【ダラムルバクト】
忍絵 奉公
ファンタジー
孤児院からスラムで育ったバクト。異空間収納と鑑定眼のダブルギフト持ちだった。王都西地区20番街では8割を縄張りとする先代のじいさんに拾われる。しかしその爺さんが死んだときに幹部同士のいざこざが起こり、組は解散。どさくさにまぎれてバクトが5・6番街の守役となった。物語はそこから始まる。7・8番街を収めるダモンとの争い。また後ろ盾になろうと搾取しようとする侯爵ポンポチーコ。バクトは彼らを越えて、どんどん規格外に大きくなっていく。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる