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3-9 ドラゴンの魔力
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「……それにしても、だ」
と、改まって岩に座り直し襲ってきた野生動物たちを眺める。
どいつもこいつも、もはやただの肉だった。あの変な黒いオーラは蒸発するように空に消えて、ただの動物の死体が転がっている。焼け焦げてしまっていて匂いもきになるけど、ここにこのまま放置して行っていいものなんだろうか。一応神聖な場所らしいけど。
「自然と朽ちれば野へと帰りましょう」
「そういうもんか……」
なんだかさっぱりした回答を寄越すエミリアに首をかしげる。
まぁこの世界の人たちは随分地に根付いた生活を送っているようだったから、こういうことに関しては寛容なんだろう。たぶん。元の世界でなら役所とかに連絡して死体を回収してもらわなきゃいけないし。
「ふーむ……」
あぐらをかいてそいつらを眺める。眺める。眺める……。
見たところ「狼っぽいやつ」と「猿っぽいの」、あと「鳥らしいの」だ。
動物図鑑でもあればなんとなく探すこともできるんだろうけど、たぶん載ってない。向こうの世界では生息していないであろうことがなんとなくわかる。その特徴が先天的なものなのかはわからないけど……。もしかしたらあの「黒い靄(もや)」に取り憑かれて「こうなった」のかもしれないし。
囲まれた時に感じていた異様さは死体からは発せられていない。
襲われていたからそう感じたのか、それとも「覆っていた靄」がそうさせていたのか……。
「こっちの生き物は全部こんな感じなのか? それとも『良くないもの』の影響?」
「ええっと……凶暴化しているのは影響を受けているからだと思います……」
んー……微妙にかみ合ってない……。
とはいえ、結局「良くないもの」が喧嘩を売ってきてるのは間違いないらしい。
……ドラゴンか。
僕の肩に舞い降りてきたクー様が小さく鳴き声を上げ、そんな様子を可愛らしくも思う。
夢にまで見たドラゴンだ、惚れ惚れするようなフォルムは素晴らしい。
そんなクー様が、ドラゴン一族がエミリアを殺そうとしているとは思えなかった。
エミリアと僕を交互に見比べるクー様は到底争い事とは無縁そうに見える。
先ほどは勇敢にエミリアを守ろうとしていたけどさ。
「それであのぉ……アカリ様……? そろそろコレ、どうにかしていただけませんか?」
「ん?」
「いつまでも輪っかの中にいてはアカリ様の傷も治すことが出来ませんし、クーちゃんも落ち着かないようですし……」
「それなぁ……」
エミリアが困っているのもわかる。実際僕も困っていた。
さっきに感電での麻痺はだいぶん取れていてもう平気なことは平気なんだけど、果たして「結界を解いてしまっていいのか」。
魔導書に書かれていた魔法はどれも強力でさっきぐらいの魔獣(暫定的にこう呼ぶ)ならなんとかなるんだけど、問題はそれを扱うのが僕ってトコだ。ボディガードが大変なのはわかっていたけど予想以上だった。
「できればそのままいて欲しいんだけど……やだよな……?」
「……はい……」
流石のエミリアもうんとは言ってくれない。そりゃそうだ、「何かが領域に入ってくるたびにそれを弾き飛ばす」のだから。
まるでコンビニの屋根下に設置されてる害虫取りみたいに落ち葉や石が転がってくるたび「バチバチ!」と音を立てるのだ。鬱陶しい事この上ない。
「んぅー……」
でも本当に「解除してしまっていいのか」。
腕の傷が目に入る。……下手したらエミリアにこの傷が付いていたかもしれないと思うと過保護にならざるえない。
「心配していただけてるのはわかります……しかし、この程度の試練ーー乗り越えずして『正当な巫女』として認められるでしょうか?」
「……試練っていうけど……命を狙われることも儀式に入ってるのか?」
「……いえ……」
これは流石に意地悪だったと思った。
子に疎(うと)まれる親の気持ちってのはこーいう感じなんだろうなぁ……。
パパじゃなくてママだけど。この体だと。
「わかった。“解除する”」
パチン、と指先を鳴らすと天使の輪は消え、クー様が嬉しそうにエミリアの肩にに止まった。
「はぁ……」
なんだかんだでその姿を見慣れてるわけで。
二人の仲を引き裂くのは得策じゃぁないな……。
「アカリ様っ」
トテトテと距離を置いていたエミリアがやってきては腕を差し出すよう促す。
何をしようとしているかは言うまでもない。
エミリアが呪文を詠唱し、クー様がそれに沿ってブレスを吐き出すと僕の『傷口は』燃え、炎が消える頃には完全に治っていた。
「何度見てもすごいな」
「いえいえそんなっ……! アカリ様の方がとんでもないです!」
「そうか……?」
「はいっ……!」
そうも自信満々に言われると何だか自信もつく。
……というか、本当に?
僕の知識はあの魔道書だけだから「ドラゴンと一緒に魔法を使う」なんて発想はなかった。
見たところ魔力限を生み出しているのはクー様で、エミリアはそれを使って魔法陣を描いているように見えたけど……。
「そもそもアンタ、どうやって魔法陣書いてるわけ?」
「へ……?」
頭の中を見透かしたように結梨が尋ねてきた。
「バンバン魔法使ってるけど、魔導書はないんでしょ? どーなってんのよ、それ」
「どーなってんのって……全部暗記してるからそれを描いてるだけだよ。……頭の中で」
「…………」
猫の顔でも心底軽蔑する表情ってできるんだーって思った。
自分から聞いておいて何やら気に入らなかったのか、ていうか「気持ち悪い」とでも思ったのか結梨はドン引きする。
「マジで言ってるの、それ」
「嘘言ってどうするのさ」
「うわー……」
何も不思議なことじゃない。魔導書を翻訳する上で何度も何度も読み返したし、図形を理解するために模写もした。
翻訳作業は暗号の解読と同意義で、古典部に入ってからの大半の時間をそれに費やしたと言えば当然の結果だろう。……だよね?
「だからほら、例えばーー、」
指先を宙で振るい、小さな魔法陣を一つ描くとそれが「ぽんっ」と音を立てて消滅し宙に「魔導師の一式セット」が姿を表す。
「この通り」
「……魔導師っていうよりマジシャンじゃん……」
「そうかな?」
出てきたのは魔法使いがよく被ってそうな三角帽子に黒のマント、あとは装飾が控えめな『魔導の杖』だ。
「どう? 似合うか?」
「……むかつくぐらいね」
帽子をかぶると何だか本当に「魔法使い(もしくは魔導師)」みたいだった。こんなことならもっと早くから出しとけばよかったな……?
「……本来魔法とは人が使えるものではないのです……」
「……?」
結梨との話が終わったのを見計らってかエミリアが間に割って入ってきた。
「魔法を使用する魔力源が人の器では少なすぎるんです……、せいぜいマッチに火をつける程度の魔法陣しか描けませんし起動もできません。だからそれを遥かに超える魔法を行使するアカリ様は『伝承の黒の魔導士』だと思うんです……」
「って言われてもなぁ……」
体は確かにそうなのかもしれないけど、中身はなぁ……。
「あんまり実感ないや」
「記憶を失っていらっしゃるのですから仕方ありません……、きっと大いなる代償なのでしょう」
「……代償」
「はい」
やばい、なんかエミリアが変なスイッチ入ってる。
目をキラキラさせて「自分の理想」をぐいぐい押し付けてきてる感がパない。
「アカリ様はきっと何かの使命の途中だったのかもしれません、それとも何者かを封印した反動で自らの記憶も封じていらっしゃる……!」
「や……、それはどうなんだろう……」
「ですよねっ、クーちゃん!」
心地よい程の「クゥッ!」と言う同意の声。
うーん……、笑うしかない「ははは……」。
と一つ思いついて早速治った右手で魔法陣をひとつ描いてみる。
「開け、諧謔(かいぎゃく)の扉ーー、遥か栄光の彼方(ヨジゲンポケット)!」
空中にくるりと描いたそれは形を成すとゆっくりと降下を始め、地面に転がっていた大荷物を飲み込んでしまう。
ーートプンッ、と逆さまに消えた荷物の後に残るのは僅かな揺らぎで、それもしばらくするとおさまった。
「……なにいまの」
結梨が気持ち悪いものでも見たかのように睨んでくる。
「空間操作魔法の一種、最初から荷物なんてこうすればよかったんだっ。あーっ、これぞまさに肩の荷が下りたって奴だね!」
実際のところは全然降りてないけど! あの大荷物を運ばなくていいと思うだけで幾分も気持ちが楽なる。
「……ちゃんと取り出せるんでしょうね」
「試してないけど多分」
「うわー……」
全然信用されてなかった。
いや、僕も平気だって確信してるのかって言われるとちょっと微妙だけど。でも魔法にも慣れてきたし、うん、多分平気だ。
「アカリ様……?! まさかそれほどにまで魔法を使って疲労などは……」
「……? わかんないけど……なに、それも魔力源がどーとか「流石です!!」
言い終わらないうちに手を掴まれエミリアの顔がすぐそばに迫っていた。
「うおっ?!」
「それほどまでの魔力源、一体この体の何処に……?! まだ私ともそう歳も変わらないようですのに……!! はっ……、まさか魔法で年齢を遅らせてーー、いや、もしかすると転生魔法をお使いですか!?」
「いや……流石にそんなのは知らないし歳もあんまり変わらないと思うけど……」
「でしたらどうしてっ……!! やはりこれはいろいろと伺わせていただきたく思うのです!!」
「わー……」
なんかさ、引っ込み思案だと思ってたら案外オタク知識に豊富で人の話を聞かないってこう言う感じなんだーーってのを目の当たりにする。国の人たちのために危険なことにも身を捧げる、献身的で儚いお姫様……ってイメージは徐々に、っていうかゴリゴリと削られて等身大の。それもけっこーめんどくさいタイプの女の子だとわかってきた。
「し……、城に戻ったらな……」
「はいっ……!!」
打ち解けたらはっちゃけるタイプなんだろうな……多分……。
「……ん? ユーリ?」
べしんっ、と尻尾で殴られた。「ふげっ!?」とか我ながら女の子らしさも欠片もない。
「ほら、休んだらさっさと行きましょう。……日が暮れる前に祠までには辿り着かなきゃなんでしょ?」
「ああ……うん……?」
もう少しゆっくりしていたい気もするけど確かに日は昇りきっていて、先を急がないとまずい。
申し訳程度に道が出来ているだけの山中。岩肌。
明かりなんて日が沈めば月ぐらいしかないだろうし、そんな状況で襲われたら面倒この上ない。
最悪、防壁魔法でも張れば安全なんだろうけど「害虫駆除のバチバチ」を一晩中聞きながらってのは気が休まらないだろう。それにーー、
「今夜じゃないとダメなんだよな……?」
「……はい」
「なら行くかっ……」
「はいっ!」
気が進まないなりに山を登り始める。ウダウダ言ってても始まらないしね。
神竜の祠を尋ねるのは月に力の満ちる晩でなくてはならない――。
そうエシリヤさんは言っていた。この巫女の儀式において重要なことらしい。
身を清め、祠に祀られている杖を取り、そして祭壇で洗礼を受けるーー。
そうして竜宮の巫女は誕生し、正式にその名を認められるのだという。
「確かに月の光って確かに魔力的な意味合いは強いもんな。術が強まったり弱まったりーー、」
と、唐突に浮かんだのは結梨の後ろ姿で、
「ファおっ!?」
流石に今回のは避けた。思いっきり避けた。完全に殺気を感じた。
「怖いっすよユーリさん……」
「次余計なこと考えたら殺す」
「……」
猫って野生化したら割と強いんじゃね……?
ゴゴゴッていうドス黒いオーラを発してる姿を見てそんなことを思う。
というか、「黒の神獣」とか呼ばれるぐらいだから結梨自身何か特別な力があってもいい気がするけど……。
「人に変身するのが力だったらどうしよう……」
「……殺されたいの」
「いぇ……」
人型になっても結梨は強いんだけどさ、多分……。
「……そういえば足の調子はどうなの」
「へ?」
ドタバタで完全に忘れてたけど結梨は足が悪い。主に左足が。
日常生活を送る上では支障はないけど走ったり運動したりすると激痛が走る。そしてそれは「残る」。
全国出場を決めた帰りに遭った交通事故以降、リハビリやいろんな医療を試したらしいけど完治するには至らなかった。
「山登りなんてして平気?」
「……そう思うならアンタが代わりに歩きなさいよ」
「わっ」
ひょいっと肩に乗られ、まるでマフラーみたいに首に体を巻きつける。
「……平気よ。……なんともない」
「そっか」
素直なのか捻くれてるのか。
まぁ、昔からだから慣れっこだけどもう少しストレートに感情出してくれた方が分かり易いのに。なんてグチグチ考えてたら、そんな様子を見てかクー様もエミリアの肩でクスクス笑っていた。目があって僕は曖昧に笑い返す。
ドラゴンと意思疎通ができてるのかわからないけど、向こうは向こうで勝手に友情を感じてくれているらしい。「お前も大変だな」って言われた気がした。
うーん……まぁ、結梨よりも種族の違うクー様と通じ合ってるのも如何なものかと思うけど……。
「ちょい待った」
「何よ、……重いとか言ったらひっ掻くわよ」
「いや、そうじゃなくて……」
ふとざらりとした感覚が肌を掠めた気がする。
足を止め振り返るが当然のごとく誰もいない。
僕と同じものをクー様も感じたのかお互い目を周囲に配るが物陰に誰かが隠れている様子もなく、クー様が翼を羽ばたき、高く飛翔すると旋回し始めた。
緊張が走る。
今もまだ何か嫌な感じは引きずっていた。
ザラザラ、ザラザラと誰かに見られているようなーー……。
「……燈?」
「…………」
結梨とエミリアは何も感じないらしく僕の様子を伺うばかりだ。
でも確かに「誰かに見られてる」、……気がする。それはクー様も同じようで降りてくると腑に落ちない様子で首を傾げた。
なんだ……?
ザラザラと首筋を削られるような……すごく嫌な感じだ。無視できないくせにその正体が掴めない。
「……先を急ごう……、警戒は怠らずに」
「……はい」
エミリアと二人足場の悪い山道を黙々と登り始める。
もうそこには陽気の欠片もなくなっていた。
と、改まって岩に座り直し襲ってきた野生動物たちを眺める。
どいつもこいつも、もはやただの肉だった。あの変な黒いオーラは蒸発するように空に消えて、ただの動物の死体が転がっている。焼け焦げてしまっていて匂いもきになるけど、ここにこのまま放置して行っていいものなんだろうか。一応神聖な場所らしいけど。
「自然と朽ちれば野へと帰りましょう」
「そういうもんか……」
なんだかさっぱりした回答を寄越すエミリアに首をかしげる。
まぁこの世界の人たちは随分地に根付いた生活を送っているようだったから、こういうことに関しては寛容なんだろう。たぶん。元の世界でなら役所とかに連絡して死体を回収してもらわなきゃいけないし。
「ふーむ……」
あぐらをかいてそいつらを眺める。眺める。眺める……。
見たところ「狼っぽいやつ」と「猿っぽいの」、あと「鳥らしいの」だ。
動物図鑑でもあればなんとなく探すこともできるんだろうけど、たぶん載ってない。向こうの世界では生息していないであろうことがなんとなくわかる。その特徴が先天的なものなのかはわからないけど……。もしかしたらあの「黒い靄(もや)」に取り憑かれて「こうなった」のかもしれないし。
囲まれた時に感じていた異様さは死体からは発せられていない。
襲われていたからそう感じたのか、それとも「覆っていた靄」がそうさせていたのか……。
「こっちの生き物は全部こんな感じなのか? それとも『良くないもの』の影響?」
「ええっと……凶暴化しているのは影響を受けているからだと思います……」
んー……微妙にかみ合ってない……。
とはいえ、結局「良くないもの」が喧嘩を売ってきてるのは間違いないらしい。
……ドラゴンか。
僕の肩に舞い降りてきたクー様が小さく鳴き声を上げ、そんな様子を可愛らしくも思う。
夢にまで見たドラゴンだ、惚れ惚れするようなフォルムは素晴らしい。
そんなクー様が、ドラゴン一族がエミリアを殺そうとしているとは思えなかった。
エミリアと僕を交互に見比べるクー様は到底争い事とは無縁そうに見える。
先ほどは勇敢にエミリアを守ろうとしていたけどさ。
「それであのぉ……アカリ様……? そろそろコレ、どうにかしていただけませんか?」
「ん?」
「いつまでも輪っかの中にいてはアカリ様の傷も治すことが出来ませんし、クーちゃんも落ち着かないようですし……」
「それなぁ……」
エミリアが困っているのもわかる。実際僕も困っていた。
さっきに感電での麻痺はだいぶん取れていてもう平気なことは平気なんだけど、果たして「結界を解いてしまっていいのか」。
魔導書に書かれていた魔法はどれも強力でさっきぐらいの魔獣(暫定的にこう呼ぶ)ならなんとかなるんだけど、問題はそれを扱うのが僕ってトコだ。ボディガードが大変なのはわかっていたけど予想以上だった。
「できればそのままいて欲しいんだけど……やだよな……?」
「……はい……」
流石のエミリアもうんとは言ってくれない。そりゃそうだ、「何かが領域に入ってくるたびにそれを弾き飛ばす」のだから。
まるでコンビニの屋根下に設置されてる害虫取りみたいに落ち葉や石が転がってくるたび「バチバチ!」と音を立てるのだ。鬱陶しい事この上ない。
「んぅー……」
でも本当に「解除してしまっていいのか」。
腕の傷が目に入る。……下手したらエミリアにこの傷が付いていたかもしれないと思うと過保護にならざるえない。
「心配していただけてるのはわかります……しかし、この程度の試練ーー乗り越えずして『正当な巫女』として認められるでしょうか?」
「……試練っていうけど……命を狙われることも儀式に入ってるのか?」
「……いえ……」
これは流石に意地悪だったと思った。
子に疎(うと)まれる親の気持ちってのはこーいう感じなんだろうなぁ……。
パパじゃなくてママだけど。この体だと。
「わかった。“解除する”」
パチン、と指先を鳴らすと天使の輪は消え、クー様が嬉しそうにエミリアの肩にに止まった。
「はぁ……」
なんだかんだでその姿を見慣れてるわけで。
二人の仲を引き裂くのは得策じゃぁないな……。
「アカリ様っ」
トテトテと距離を置いていたエミリアがやってきては腕を差し出すよう促す。
何をしようとしているかは言うまでもない。
エミリアが呪文を詠唱し、クー様がそれに沿ってブレスを吐き出すと僕の『傷口は』燃え、炎が消える頃には完全に治っていた。
「何度見てもすごいな」
「いえいえそんなっ……! アカリ様の方がとんでもないです!」
「そうか……?」
「はいっ……!」
そうも自信満々に言われると何だか自信もつく。
……というか、本当に?
僕の知識はあの魔道書だけだから「ドラゴンと一緒に魔法を使う」なんて発想はなかった。
見たところ魔力限を生み出しているのはクー様で、エミリアはそれを使って魔法陣を描いているように見えたけど……。
「そもそもアンタ、どうやって魔法陣書いてるわけ?」
「へ……?」
頭の中を見透かしたように結梨が尋ねてきた。
「バンバン魔法使ってるけど、魔導書はないんでしょ? どーなってんのよ、それ」
「どーなってんのって……全部暗記してるからそれを描いてるだけだよ。……頭の中で」
「…………」
猫の顔でも心底軽蔑する表情ってできるんだーって思った。
自分から聞いておいて何やら気に入らなかったのか、ていうか「気持ち悪い」とでも思ったのか結梨はドン引きする。
「マジで言ってるの、それ」
「嘘言ってどうするのさ」
「うわー……」
何も不思議なことじゃない。魔導書を翻訳する上で何度も何度も読み返したし、図形を理解するために模写もした。
翻訳作業は暗号の解読と同意義で、古典部に入ってからの大半の時間をそれに費やしたと言えば当然の結果だろう。……だよね?
「だからほら、例えばーー、」
指先を宙で振るい、小さな魔法陣を一つ描くとそれが「ぽんっ」と音を立てて消滅し宙に「魔導師の一式セット」が姿を表す。
「この通り」
「……魔導師っていうよりマジシャンじゃん……」
「そうかな?」
出てきたのは魔法使いがよく被ってそうな三角帽子に黒のマント、あとは装飾が控えめな『魔導の杖』だ。
「どう? 似合うか?」
「……むかつくぐらいね」
帽子をかぶると何だか本当に「魔法使い(もしくは魔導師)」みたいだった。こんなことならもっと早くから出しとけばよかったな……?
「……本来魔法とは人が使えるものではないのです……」
「……?」
結梨との話が終わったのを見計らってかエミリアが間に割って入ってきた。
「魔法を使用する魔力源が人の器では少なすぎるんです……、せいぜいマッチに火をつける程度の魔法陣しか描けませんし起動もできません。だからそれを遥かに超える魔法を行使するアカリ様は『伝承の黒の魔導士』だと思うんです……」
「って言われてもなぁ……」
体は確かにそうなのかもしれないけど、中身はなぁ……。
「あんまり実感ないや」
「記憶を失っていらっしゃるのですから仕方ありません……、きっと大いなる代償なのでしょう」
「……代償」
「はい」
やばい、なんかエミリアが変なスイッチ入ってる。
目をキラキラさせて「自分の理想」をぐいぐい押し付けてきてる感がパない。
「アカリ様はきっと何かの使命の途中だったのかもしれません、それとも何者かを封印した反動で自らの記憶も封じていらっしゃる……!」
「や……、それはどうなんだろう……」
「ですよねっ、クーちゃん!」
心地よい程の「クゥッ!」と言う同意の声。
うーん……、笑うしかない「ははは……」。
と一つ思いついて早速治った右手で魔法陣をひとつ描いてみる。
「開け、諧謔(かいぎゃく)の扉ーー、遥か栄光の彼方(ヨジゲンポケット)!」
空中にくるりと描いたそれは形を成すとゆっくりと降下を始め、地面に転がっていた大荷物を飲み込んでしまう。
ーートプンッ、と逆さまに消えた荷物の後に残るのは僅かな揺らぎで、それもしばらくするとおさまった。
「……なにいまの」
結梨が気持ち悪いものでも見たかのように睨んでくる。
「空間操作魔法の一種、最初から荷物なんてこうすればよかったんだっ。あーっ、これぞまさに肩の荷が下りたって奴だね!」
実際のところは全然降りてないけど! あの大荷物を運ばなくていいと思うだけで幾分も気持ちが楽なる。
「……ちゃんと取り出せるんでしょうね」
「試してないけど多分」
「うわー……」
全然信用されてなかった。
いや、僕も平気だって確信してるのかって言われるとちょっと微妙だけど。でも魔法にも慣れてきたし、うん、多分平気だ。
「アカリ様……?! まさかそれほどにまで魔法を使って疲労などは……」
「……? わかんないけど……なに、それも魔力源がどーとか「流石です!!」
言い終わらないうちに手を掴まれエミリアの顔がすぐそばに迫っていた。
「うおっ?!」
「それほどまでの魔力源、一体この体の何処に……?! まだ私ともそう歳も変わらないようですのに……!! はっ……、まさか魔法で年齢を遅らせてーー、いや、もしかすると転生魔法をお使いですか!?」
「いや……流石にそんなのは知らないし歳もあんまり変わらないと思うけど……」
「でしたらどうしてっ……!! やはりこれはいろいろと伺わせていただきたく思うのです!!」
「わー……」
なんかさ、引っ込み思案だと思ってたら案外オタク知識に豊富で人の話を聞かないってこう言う感じなんだーーってのを目の当たりにする。国の人たちのために危険なことにも身を捧げる、献身的で儚いお姫様……ってイメージは徐々に、っていうかゴリゴリと削られて等身大の。それもけっこーめんどくさいタイプの女の子だとわかってきた。
「し……、城に戻ったらな……」
「はいっ……!!」
打ち解けたらはっちゃけるタイプなんだろうな……多分……。
「……ん? ユーリ?」
べしんっ、と尻尾で殴られた。「ふげっ!?」とか我ながら女の子らしさも欠片もない。
「ほら、休んだらさっさと行きましょう。……日が暮れる前に祠までには辿り着かなきゃなんでしょ?」
「ああ……うん……?」
もう少しゆっくりしていたい気もするけど確かに日は昇りきっていて、先を急がないとまずい。
申し訳程度に道が出来ているだけの山中。岩肌。
明かりなんて日が沈めば月ぐらいしかないだろうし、そんな状況で襲われたら面倒この上ない。
最悪、防壁魔法でも張れば安全なんだろうけど「害虫駆除のバチバチ」を一晩中聞きながらってのは気が休まらないだろう。それにーー、
「今夜じゃないとダメなんだよな……?」
「……はい」
「なら行くかっ……」
「はいっ!」
気が進まないなりに山を登り始める。ウダウダ言ってても始まらないしね。
神竜の祠を尋ねるのは月に力の満ちる晩でなくてはならない――。
そうエシリヤさんは言っていた。この巫女の儀式において重要なことらしい。
身を清め、祠に祀られている杖を取り、そして祭壇で洗礼を受けるーー。
そうして竜宮の巫女は誕生し、正式にその名を認められるのだという。
「確かに月の光って確かに魔力的な意味合いは強いもんな。術が強まったり弱まったりーー、」
と、唐突に浮かんだのは結梨の後ろ姿で、
「ファおっ!?」
流石に今回のは避けた。思いっきり避けた。完全に殺気を感じた。
「怖いっすよユーリさん……」
「次余計なこと考えたら殺す」
「……」
猫って野生化したら割と強いんじゃね……?
ゴゴゴッていうドス黒いオーラを発してる姿を見てそんなことを思う。
というか、「黒の神獣」とか呼ばれるぐらいだから結梨自身何か特別な力があってもいい気がするけど……。
「人に変身するのが力だったらどうしよう……」
「……殺されたいの」
「いぇ……」
人型になっても結梨は強いんだけどさ、多分……。
「……そういえば足の調子はどうなの」
「へ?」
ドタバタで完全に忘れてたけど結梨は足が悪い。主に左足が。
日常生活を送る上では支障はないけど走ったり運動したりすると激痛が走る。そしてそれは「残る」。
全国出場を決めた帰りに遭った交通事故以降、リハビリやいろんな医療を試したらしいけど完治するには至らなかった。
「山登りなんてして平気?」
「……そう思うならアンタが代わりに歩きなさいよ」
「わっ」
ひょいっと肩に乗られ、まるでマフラーみたいに首に体を巻きつける。
「……平気よ。……なんともない」
「そっか」
素直なのか捻くれてるのか。
まぁ、昔からだから慣れっこだけどもう少しストレートに感情出してくれた方が分かり易いのに。なんてグチグチ考えてたら、そんな様子を見てかクー様もエミリアの肩でクスクス笑っていた。目があって僕は曖昧に笑い返す。
ドラゴンと意思疎通ができてるのかわからないけど、向こうは向こうで勝手に友情を感じてくれているらしい。「お前も大変だな」って言われた気がした。
うーん……まぁ、結梨よりも種族の違うクー様と通じ合ってるのも如何なものかと思うけど……。
「ちょい待った」
「何よ、……重いとか言ったらひっ掻くわよ」
「いや、そうじゃなくて……」
ふとざらりとした感覚が肌を掠めた気がする。
足を止め振り返るが当然のごとく誰もいない。
僕と同じものをクー様も感じたのかお互い目を周囲に配るが物陰に誰かが隠れている様子もなく、クー様が翼を羽ばたき、高く飛翔すると旋回し始めた。
緊張が走る。
今もまだ何か嫌な感じは引きずっていた。
ザラザラ、ザラザラと誰かに見られているようなーー……。
「……燈?」
「…………」
結梨とエミリアは何も感じないらしく僕の様子を伺うばかりだ。
でも確かに「誰かに見られてる」、……気がする。それはクー様も同じようで降りてくると腑に落ちない様子で首を傾げた。
なんだ……?
ザラザラと首筋を削られるような……すごく嫌な感じだ。無視できないくせにその正体が掴めない。
「……先を急ごう……、警戒は怠らずに」
「……はい」
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もうそこには陽気の欠片もなくなっていた。
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導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
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