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3-13 夜空のドラゴン
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この世界の建築技術がどれほど進んでいるのかはよくわからない。
中世ヨーロッパ風って言えばなんとなくそんな感じもするけど、魔法という技術が確立されている以上、僕の知ってる建築物とは強度とか仕組みが違うんじゃないかと思う。
そもそも建物を見て「バロック建築だな」とか「むむむ、これは竪穴式住居……!」なんて言える知識はなく。所詮歴史の教科書で見知った知識しかないわけで、レンガの家がどれほど強いのか脆いのか。はたまた木造だからどう優れているのかとかわからないんだけど、山の上から見た街は「火の海」だった。
「ーー嘘だろ……」
地下から地上に急いで戻り、月明かりも無い真っ暗な世界の中、足元で一つの街が燃えていた。
いや、正しくは「火に飲み込まれていた」。
遠すぎてはっきりとは見えない。でも地下に潜る前に見た街並みは燃え盛るの炎の下に隠れてしまっている。
「平気です。見てください……まだ防壁が遮っています」
「ーーーー?」
よくよく見ればちらちらと瞬く「ドーム」みたいなものが街全体を覆っていた。
どうやら炎はその上で燃え盛っているように見える。
「……あれぐらいの炎であれば持ちます……でも問題はーー、」
「……中、か……」
しかしそのドームの内側からも確実に火は登っており、城下町が燃えているのは確かなようだ。
「それにーー、」
言ってエミリアが指をさしたのは街の上空。
燃え盛る炎の中で大きく火を吐く存在が大きな翼を羽ばたかせていた。
「ドラゴンっ……ーー、」
地下で会った「主様」よりも小柄に見えるがそれでも近づけば大型のトラックより遥かに大きいだろう。
燃え盛る炎の中に目を走らせるとそんな影が他にも2体ーー、いや3、4体はいるように見える。
エシリヤさんの言う通り快く思っていない存在(ドラゴン)というのは確実に存在するらしい。いつか防壁が破れることを知っているのかなんども口から炎を吐き、街を押しつぶそうとしている。
……中の気温、やばいことになってんじゃないか……?
さながらオーブンか釜だろう。外に出れば直接炎に焼かれることになるだろうしーー、「ちっくしょ……」思わず走り出していた。
「ちょっ、バカ!!」
肩に乗っていた結梨が爪を立ててしがみつく。けれどいてもたってもいられなかった。
この世界にきて日は浅い。
あの街の人たちと交流があったわけじゃない――。
でも確かにあそこには人々が暮らしていて、生活があった。
僕らの世界とは違っていても人が生きていたーー。
それが目の前で焼き払われようとしていて、おとなしくしているなんてできないッ……。
「飛翔せよ漆黒の翼ッ……!! 我に示せッ堕天の暗き月……!! 召喚地に落ちた天上の番犬!!」
叫び、腕をはらって魔法陣を描き出すとそれは背中に一つの翼を授ける。
天上の黒き獣の翼。
黒く染まった真紅の翼は天使のそれと相違なく、地を蹴っていた足がふわりと宙に舞う。
「うっわっ!!? ちょっ……エエェエええ!!!?」
結梨が悲鳴をあげる。
「……ぁ、」
ズルりとその小さな体が肩を離れた。
「あかりィいいいいいいいい!!!?」
悲鳴とも怒号ともとれる叫び声をあげて幼馴染が跳んで行った。というか、置き去りになって落ちていった。
「やっば……」
急いで戻る。
翼の制御は思いの外うまくいっていて、いうことを聞いてくれる。
まるで地面を走るのと変わらないぐらい機敏に反応し、小さくなっていた結梨の姿が次の瞬間には目の前に迫っていた。
「ゆーっふげッ……!!」
で、思いっきり顔面でぶつかった。
柔らかい猫のお腹が視界を覆い、「ふぎゃぁああアアアアアア」混乱状態の結梨が頭にしがみついて爪を立てる。
「いだだだだだだだだ!!!!」
なんとか姿勢を立て直し、空中に舞い上がるとボタボタ血を流しながらも結梨を引っぺがす。
「痛いよ!!!」
「痛いどころじゃ済まなくなるところだったわよ!!!」
空中で浮遊(ホバーリング)しながら睨み合う。そういえば結梨って高所恐怖症……。
「……ごめん」
「……ふんっ……!!」
思いっきりご機嫌斜めでこのまま首根っこ掴んでるのも危ないからマントのフード部分に収まってもらう。
「とりあえず首でもなんでもいいから掴んで落ちないように気をつけて……? 僕も気をつけるから……」
「もうやだ……」
どうやらフードの中で小さく丸まったらしい。こんなことならエミリアに預けてきた方がーー、
「アカリ様っ……!」
言ってるうちにエミリアがやってきた。
クー様にぶら下がって。
「……ええぇー……どうなってんのそれ……」
「走るよりかは早いかと……!!」
「いやいや……」
翼が生えてる僕が言うのもなんだけど、どこぞの怪盗よろしくドラゴンにぶら下がって空を飛んでる姿はなかなか凄まじい。
そもそもクー様の小さな体でエミリアを支えきれるわけがないんだけどーー、ってよく見たら翼から薄い膜みたいなものが広がってそれ自体が「大きな翼」になっていた。
どうやら魔法で浮力を増しているらしい。
「私も行きますからっ……! 置いていかないでください!!」
震えていた。憤っているように見えて、多分それは自分を鼓舞しているんだろう。
それに街の人たちが心配なのは僕よりもエミリアの方だ。
あれほどまで優しく接してくれている国民を見捨てるなんて考えてもいないはずだった。
「……わかった、無茶はしないでね」
「はいっ……!」
僕も頭に血が上って先行したことを謝る。
冷静に冷静にっ……、これはゲームじゃない。現実なんだと言い聞かせ、僕の命には結梨のそれも繋がれていることを
再確認。……魔法があるからって油断はしないようにしなきゃな。
「……!! アカリ様!! あれを……!!」
言われて振り返るとどうやらこちらに気がついらたしいドラゴンが2体、体の向きを変えて飛んできていた。
暗くてよく見えないが黒い鱗が煌めき、噛み締めた口の隙間からは息のように炎がくすぶっている。
「っ……エミリアは先に城に向かってくれ。……あいつらは僕が……」
「しかしっ……!!」
「なーにっ……大丈夫だよ、きっと。ーーこれでも伝承の魔導士サマ、なんでしょ?」
「……はいっ……」
不安は拭いきれなかったようだがクー様は短く「クゥッ」と鳴き声をあげ、返事をしてくれた。
ーーここは任せた、……かな?
なんとなくそんなふうに言われたように感じて少し嬉しくなる。「クーちゃんッ」と合図したエミリアに応えるように急降下を始めた姿を追うように一体が転身する。
「させるかよっ……」
僕もそれに合わせるように急降下、まるで空を泳ぐように駆けるエミリアとドラゴンの間を切り裂くように割って入り、
「我が宿敵を蹴散らせッ……!! 乱舞する竜の牙!!!」
雷撃を以(もっ)てその動きを制する。
四方から出現した雷(いかずち)に一瞬ひるんだように見えたが、どうやら雷は鱗で弾かれてしまうらしく「アインッ、ツヴァイ、ドライ、フィーア!」どれだけ打ち出そうと空中でバチバチと音を立てて四散するばかりだ。
「燈(あかり)!!」
結梨がフードの中で叫び、「爪(クロウ)!」振り向きざまに左腕を薙ぎ払って迫っていたもう一体に牽制をかける。
電気が通じなくても目の前で炸裂すれば体は止まる。
その隙に羽ばたき、急上昇してその場から抜け出すとエミリアが城壁をつたって街の中へと降りていくのが見えた。
……頼んだぞ。
中が危険なのは変わらない。
クー様が守ってくれるだろうけど僕も早く向かいたい。
「つーわけで、雷がダメならこっちはどーでぃっ……!?」
手に持った杖で狙いを定め、描く魔法陣は僕が知る中でも一番美しい。
赤く二重の円が描かれ、煌めいた先に小さな炎が浮かび上がる。
「第六の門、黒煙たる大地の力、深淵より来れ! 燃え尽きる事なき不死鳥の舞!」
ボウッ、と目の前が明るくなり生み出され大きく羽ばたき飛んでいくのは一体の大きな鳥。
炎の中に生まれ、炎とともに生きた伝説の生き物・不死鳥(フェニックス)だ。
もっとも、召喚術ではなくあくまでも炎の不死鳥を生み出すだけの魔法でそれは対象を焼き殺す。
それはドラゴンであっても生物である以上、例外ではないはーーず……、
「うわっ!!?」
飛んでくる不死鳥を睨み上げた二体のドラゴンはともに口を開き、巨大な炎の塊を次々と打ち出してきた。
炎で出来た不死鳥は貫かれると不安定に体を揺らし、外れた幾つかは僕の元へと飛んでくる。
「大天使(エンジェリング)の結界領域(バリアフィールド)ッ……!!!」
慌てて張った結界は炎が当たる度に激しく揺れ、ビリビリと大気が裂けそうな音が響く。
一方、不死鳥(フェニックス)は二体のドラゴンを翼で薙ぎ払いながら夜の空で燃え尽きていった。
「クッソ……流石はドラゴンって感じだなぁ……」
直撃こそしなかったけど、崖から落ちてきた岩を全て「蒸発」させた魔法で火傷すら負っていない。
少し表面が燻っているようにも見えるけど、あまりダメージにはなっていないらしくそれでも反撃したことに怒りを膨らませ、咆哮がかえってくる。
ーーこわぁあああ……。
さながら怪物映画だ。
ジュラシックパークの世界にでも迷い込んだみたいだ。
二体のドラゴンは目配せし合い、体をしならせると旋回して二方向(ふたほうこう)からこちらを挟み撃ちにしようとしてくる。
慌てて僕も羽ばたき、間を縫うようにしてかわすけれど空中戦はあちらの方に分(ぶ)がある。
流石、空の王者ってだけはある。……偏見だけど。
昨日今日飛べるようになった僕じゃ動きに無駄が多いし、立ち回りもわからない。
反応速度はこちらの方がうわまっているらしく、見てからかわせばなんとかなるけどジリ貧なのは確かだ。ーーそれに、そうこうしているうちに「街の中」で何かが起きてからじゃ遅すぎる。
「つってもこいつら連れて町に向かうわけにもいかないしな……」
距離をとりつつ、頭の中で魔導書をパラパラ捲ってみる。雷、炎が効かないなら水ーーってことになるのかもしれないけど街を消化させるぐらいしか効果はなさそうだ。
だとすればもっと威力の高いーー、
「あんたねぇ……さっきからバカみたいに付き合うことないでしょーに」
「え……でも……、うわっ!」
頭の後ろから話しかけれて気が逸れた隙に「頭ごと」持って行かれかけた。結界領域(バリアフィールド)はまだ砕かれてないけどそれでもいつまで持つかもわからない。
「この世界に来てから脳筋すぎるっつってんのよ。……もっと頭使いなさいよ」
「頭……」
使ってるつもりなんだけどな……と魔導書を捲る指が止まった。
ーーああ、そっか。
異世界(ファンタジー)イコール戦闘(バトル)みたいな先入観があったのは否めない。
やっぱりちょっと熱くなってた。冷静さに欠けるのは良くない――。
「熱くなった方が負けってね……!」
ちょっと複雑な魔法陣なので描きながら攻撃をかわすとなると線がブレる。
「導け、我らが主よ。鳴らせ、断罪の時ーー……、」
その度に描き直し、二つ同時に円を描き、文字を書き加えていく。
濃い緑色に染まり、ビシビシと鼓動するかのように発動の時を待つ二つの魔法陣ーー、
「ここだぁッ……!!!」
二体が再び挟み込むようにして突撃したきたタイミングで急降下し、追ってきたところで魔法陣を発動させる。
「 地に縛り付けシ、神々の鎖ッーー! 白銀(グラビティ)の鎖(グングニール)!!!」
ツタが伸びるように出現した幾重(いくえ)もの鎖ーー、それは槍のように二体のドラゴンを貫き、巻き付け、ガチンッと空で縛り上げる。
「っ……ーー、落ちてもタンコブぐらいで済むだろ……?」
巨大な体を止めた反動に顔を歪めつつも、鎖を出現させた魔法陣は維持する。
翼の自由を奪い、怒りに雄叫びをあげる姿に僕も顔を歪める。
「ごめんな……」
さよなら代わりに吐き出された炎を守護領域を弾き出して相殺させ、浮力を失った体が地上に吸い込まれていくのを眺めた。
受身も取れず、そのまま叩きつけられるのは酷だろうが仕方ない。
「行くわよ」
「……うん」
ちらりと視界の端で鎖に縛られた二体のドラゴンが地面に横たわり、静かに呻くのが見えた。そんな姿に「ズキリ」と、胸の奥が痛み、そっと目を逸らした。
「燈(あかり)」
「……わかってるって」
お見通しってわけかな。全く……。
「…………」
それに甘えるわけじゃないけど口には出さないでおく。
じんわりと彼(ドラゴン)らを縛り付けた感触が残っていた。
ーーもし仮に、あのドラゴンたちともっと違う出会い方をしていたなら……。例えば、クー様を知らず、あの主様も知らなければ「強大で、人なんて敵いもしない怪物」として震えはしても戦えただろう。でも、そうじゃないことを知ってる。
クー様や主様、……そしてエシリヤさんたちの話を聞くに「人とは相入れない存在」なだけで「理性がある」。
そんな風に思うと、魔法で焼き払うことにためらいを感じてしまう。ーー否、できれば命はとりたくない。もちろん、殺されないことが前提だけど……。
「ハァ……、ただの高校生にナニ求めてんだか……」
「自業自得でしょ。……だからあんな魔導書捨てろって言ったのに」
「……いったっけ?」
「あんたが聞いてなかっただけでねー……」
空を飛ぶことには慣れたのか、それでも高い所は怖いらしく首に爪を立てながらも結梨が顔を覗かせて言った。
「……ろくなことにはならないって思ってたわよ」
「ごめん……」
「何を今更」
地上に近づき、滑空するように城壁の外に降り立つと城門の一部が崩れていた。
中の火事から逃げてきた人が周囲に転がり、喘いでいる。
「っ……、急ごうッ……」
そのままエミリアの姿を探して中へと入ると街の中は火の海だった。
夜だというのに空を覆う炎で周囲は赤く照らされ、そして「中から起きた火事」で辺りは燃え盛っている。
必死に火を消そうとする人、燃え盛る建物から荷物を外に運びだそうとする人ーー、街の人たちの行動は様々だ。
しかし、そんな中で略奪や殺戮が行われている様子はない。
ただ混乱が起き、逃げ惑っているーー。そんな感じ。
「……?」
空を駆けながらその状況に首をかしげる。
一体狙いはなんだ……? この国そのもの……?
未だにビシビシと音を立て続ける防壁の向こう側ではドラゴンが火を吐き続けている。今にも割れそうな不安な音を立ててはいるけど、流石「本物の魔導士による魔法」だ。そうやすやすと破られる事は無いようだ。
ーーなら、やっぱり狙いはエミリアーー……。
「っ……」
よくも考えず先に行かせたのは間違いだったかもしれない。
城に辿り着けばアルベルトさんもいるし、ドラゴンとの空中戦に巻き込ませるよりかは安全かと思ったけど無理矢理にでも主様のところで待たせとくべきだったかーー、……!!?
「っ……?」
「……燈(あかり)?」
城までもう少しというところで首筋を掴まれるような感覚に襲われ、思わず地面を横滑りしながら着地し杖を薙ぎ払った。
しかしそこには誰もおらず、一瞬で心拍数が上がって息を荒げる僕の呼吸音と遠くから聞こえる人々の悲鳴がこだまするばかりだ。
……なんだ……いまの……。
山を登っている時に感じていた「視線」。それがいま、実体となって掴み掛かってきていた。
姿は見えない。……だけど、いまここにそいつがいるのは確かだ。
「……ッ……いつまでコソコソしてるつもりだ! この覗き魔!! 変態!! スケベ!!」
結梨は何も感じていないらしく首をかしげる。……しかし、いまもこうしている間もピリピリと肌をかすめる感触は拭(ぬぐ)えない。
「誰かいるの……燈(あかり)……?」
「……わかんない……わかんないけど……やばい」
「…………」
得体の知れないものに襲われる恐怖は生物本来の警戒心を呼び覚ますのかもしれない。
祠に向かう途中に襲われた獣たちに対しても僕は異常に恐怖を感じた。なのに、あのドラゴンに対してはそれほど「怖い」と思わなかった。……いや、怖いのは怖かったけど「恐ろしい」と思わなかった。……だってドラゴンだとしてもそれは「そこにいる生き物」だったから。見て触れられる「生物」だったからーー。
「クッソ……」
ザラザラと精神を削られていくのがよくわかる。
何者かもわからず、そしてそれが「人」なのかそれとも「ドラゴン」なのか……はたまた、それ以外の「何者」なのか。
この世界に来てから驚く出来事は多かった。魔法が使えることやドラゴンの存在、「よくないもの」にとりつかれた獣たち。
だから「何が起きても不思議じゃない」。
僕の世界の常識はこの世界で通用せず、きっとこの「何者か」も僕らの予想を超えるようなーー、
「燈(あかり)!! お城が!!」
「……!?」
纏わりつく何かに気を取られて、それへの反応が遅れた。
振り返り、城が目に入った瞬間、
ーー城の一部が大きく外に吹き飛んだ。
「うわッ……!!」
レンガが、大理石が粉々に砕かれ宙を舞って襲ってくる。
咄嗟に障壁を召喚して身を守り、砂埃が舞う中顔を覗かせると足元に人が転がっていた。
「エシリヤ……さん……? エシリヤさん!!!」
思わず駆け寄り、体を抱え起す。
するとべっとりとした感触と共に手のひらに生暖かいものが広がった。
「うぁっ……」
ウェーブかかった金色の髪は煤にまみれ、ドレスはあちこちが破れて無残な姿になっていた。
そして何よりも、
「動かしちゃダメよ、燈(あかり)……傷が開く」
「……ぁあ……」
身体中傷だからけで、腹部にかけて大きな切り傷が広がっていた。薄い青と白の綺麗なドレスが赤黒い、真紅に飲み込まれていく様は痛々しくて見ていられない。
「アルベルトさんは……エミリアは……!!」
クー様の回復魔法があればきっと傷口もふさがる、そう思って姿を探しーー、
「ぁ……」
城の中から出てくる、その人影に気がついた。
「……あんた……なにしてんだよ……、……なにしてんだよ!!!!」
エシリヤさんの傷口を押さえながら叫び、片手で杖を突き出す。
「答えろよ!! ランバルト……!!!」
そこには、気を失ったエミリアを引きずり、クー様を踏みつける「暇を出された護衛の騎士」が立っていた。
「……魔導士……きてしまったのか……」
「おい、答えろよ……なにしてんだよ!! その足どけろって!!」
動けない。いますぐにでも殴り飛ばしてやりたいけどエシリヤさんの傷は深い。
とてもじゃないけどここに放っておくなんて出来なかった。
「クビなったからって八つ当たりか!!? 怒りぶつけんなら俺だろ!! 違うかよ、おい!?」
聞こえてないはずはない。
ランバルトはクー様をつま先で蹴飛ばすと瓦礫の中からこちらに降りてきた。
無残にも地面を転がる小さなドラゴンは微かに翼を動かしただけで首をもたげることすら出来なかった。
「ランバルト……さま……、」
「……!! エミリア!!」
腕を引かれ、ズルズルと引きずられているエミリアが意識を取り戻したらしい。苦しげに呻き、転がっているクーさまを見るや否や「クーちゃん!!!」と悲鳴をあげた。
「彼の命は奪いません……ご安心を……」
「……私は一体……それより何故……」
「……」
忠義を尽くしていたはずの騎士の視線は冷たい。
燃え盛る炎を瞳に反射させつつも静かにエミリアを見下し、
「……あなたには死んでいただきます」
感情を何一つ浮かべず、ただ事務的にそう答えた。
「アカリ……さま……」
「……!? エシリヤさん……! 動いちゃダメです……! 傷がっ……」
しかし傷口を押さえていた手はそっと押しやられ、「私は平気です……」と苦笑を浮かべるとエシリヤさんはランバルトを睨む。
「……アルベルトが悲しみますよ……」
「承知の上です」
苦々しく顔を歪めるエシリヤさんと無情にも顔色一つ変えないランバルト。
二人の間で無言の応酬があり、「アカリさま……?」とエシリヤさんが僕の体から身を起こした。
「ダメですって!! じっとしててください!!」
慌てて押さえようとするけど胸に手を置かれ、それは拒まれた。
「……エミリアを……守ってください……あの子は……我が国の希望なのですーー、」
「でもっ……!!」
とランバルトが剣を抜くのが見えた。
「おい!!!」
反射的に魔法陣を浮かべる。
それが何の魔法だったのかはわからないーー、でももしランバルトがエミリアを、その剣でエミリアを殺すつもりなら、僕は、
「ーーやめろ、無駄だ」
「ッ……!!!」
温度の感じない言葉に僕は魔法陣を起動させる。
青白い光、周囲の炎を飲み込みつつ大きくなったそれは一直線にランバルトの腕に向かって突き進みーー、
「 天龍(かみ)の雷(いかり) 」
バギンッ、と空を覆っていた防壁を突き破り伸びてきた白い雷によって僕の魔法は「噛み砕かれた」。
「うぁッ……!?」
魔法と魔法の激突。
恐らくは相殺されたエネルギーが周囲に爆発したのだろう。目がくらむような光とともに衝撃が全身を打った。
「燈(あかり)!!!」
「クッソ……!!」
フードの中から結梨を取り出すとエシリヤさんに押し付けて走り出す。
この隙に逃げられでもしたらエミリアは取り戻せなくなってしまうーー。
「うォおおおおおおお!!!」
風圧でマントと帽子は飛んでいき、魔導士らしからぬ物理攻撃でランバルトに殴りかかる。
杖を縦に振り下ろし、ガギッンと剣で受け止められる感触が確かに響く。
すかさず重心をずらし、剣の肌を滑らせるようにして勢いを逃し、体の捻りを加えてもう一撃ーー、「喰らえっ、じーさん秘伝の二連撃!!」
散々稽古でお見舞いされた動きを完璧にトレースしたつもりだった。
鍔迫り合いには持ち込ませず、一瞬の気の緩みのタイミングを狙った不意打ちーー、
しかし、実践続きの「本物兵士」にはそんなものは通用しないらしく、
「甘いっ……!!」
横腹を狙った横薙ぎの一撃は肘と膝で挟まれて止められてしまった。
……っていうか、ンなのありかよ……!!
「ッ……て……はっ……!!?」
文句の一つでも叫びそうになった矢先、アルベルトの「変化」に思わず跳び下がった。
「な……、それ……どうなってんだ……? お前……『なんなんだよ』それ……!!」
僕の杖を放り捨て、剣を鞘に戻すアルベルトの頬にはーー、いや体のあちこちには「鱗」が浮かんできていた。
それは炎の光を受けては赤く、時には青く光り、まるでそれら一枚一枚が命を宿しているかのように色を変える。そして僕は、その様子に見覚えがあった。ーーいや、「よく似ている」と思った。
「説明するまでもあるまい……」
「いや説明しろよ」
まぁ、想像はつくけどさ。
人間では「魔力源が足りないから使えないはずの高威力の魔法」、エミリアであっても「クー様の魔力源」を使用して魔法陣を描いていた。なのにさっきの一撃は明らかに「アルベルト」から打ち放たれ、そして「ドラゴンの炎」であっても防ぎきった魔法防壁をいともたやすく貫いてみせた。
つまり、この男はーー、このアルベルトという兵士は、
「……ドラゴンと人間のハーフ」
「……聞いておいて先に答えるとは……カンに触る女だな」
「ならさっさと答えりゃいいだろ」
厄介だ。正直かなりやばい。
ドラゴンは魔力源はあっても「魔法」は使えないようだった。あくまでも単純な力の変換。
魔力源を炎に変えて吐き出す。浮力を大きくして空を飛ぶーー、恐らくはそんな単純な使い方しかできないのだろう。
だからあの2匹は物理攻撃に頼っていた。
知性は人間ほどにあるのかもしれないけど、「魔法陣」を描けるのは人間の特権なのかもしれない。
しかしこいつは違う。
エミリアが「伝承の魔導士」だと言った「僕と同じように」、自らの魔力源を元に魔法を行使し、あの威力を生み出せる。
そして恐らくは「剣術」に関しても「体術」にしても僕よりも上だ。
「っ……」
そりゃ、ちょっと道場でしごかれてただけの高校生に何を求めてんだって話だけどさ、それでもそんな力の差がある状況に挑まなきゃならないってのは正直笑えない。
アルベルトさんは元王国騎士団長だと言っていた。
こちらを殺す気が無かったとは言え、あれよりも強いとは思えないーー、……魔法さえなければ。
「……平和的に解決する方法ってないのかな……?」
「そんなもの……遥か昔に過ぎているッ……」
言葉に滲むのは激しい怒り。腕を掴まれているエミリアが苦痛に呻いた。
「くそっ……」
迂闊に飛び込めない。
身体能力で負けるとは思ってない。例え、素のスペックで負けていても「身体強化」でなんとかなるーー。
だけど「能力」に関しては危うい。
段位が違えば相手の攻撃をかわし、一方的に反撃することが可能のように「さっきみたいな止め方」がアリなのだとしたら最悪、腕を掴まれてそのまま魔法の餌食になりかねない。
何ぶん、「殺し合い」に関してはあちらの方が専門で、遥かに上手なのだから。
「……魔導士。……これは我が国の問題だ。貴様は関係ないだろう……怪我をさせたくない、おとなしく手を退け」
「……そーはいっても一泊の恩義って言葉があってさぁ……はいそーですかって見過ごすこともできないんだわ……。……それに約束もしたしね」
「……そうか……ならーー、仕方あるまい」
「ッ……!!!」
ランバルトの姿が一瞬にしてブレた。
それが地面を蹴り、僕の死角にまで移動したのだと気がついたのは「鋭く放たれた手刀をかわした後だった」。
「ーーユーリ!! エミリアを!!」
「うんっ!!」
地面に捨て置かれたエミリアのことは結梨に任せる。
まさか躱されると思っていなかったのかランバルトは驚愕し、僕はそこに足を蹴り上げ、顎を狙った。
ーーしかし、それは虚しく宙を切るだけで仰け反って躱されてしまう。ーーの、で、
「でェええええいや!」
蹴り上げた足に続いて地を蹴り、体の捻りを加えた反対側からの大振りな蹴りーー、「ッ……」をアルベルトは腕で止め歯を食いしばってこっちを睨む。
「そのような服装で蹴りなどッ……貴様は恥じらいというものを知らんのか!!」
「ンなこと、言ってる場合かよッ!」
更に浮いた足を踏み蹴り、腹部を撃ち抜く。
反動で距離をとり、着地と同時に「乱舞する雷竜(ダンシング・ライトニング・ドレイク)」の魔法陣を描くが「ぅぉッ……?!」半分ほど書いたところで地面を砕く程の踵落としが目の前を通過した。
「貴様とは戦いたくないッ……!!」
「ンでだよ……!!! 喧嘩売ってきてんのはそっちだろ!!!」
掻き消された右手側は廃棄し、時間差で書いた左手の「乱舞する雷竜(ダンシング・ライトニング・ドレイク)」を打ち出す。
「アインッ、ツヴァイ、ドライ、フィーア!」
腕を振るいながら雷を打ち出し、その間にも距離を詰めて蹴りを繰り出し続けた。
「巫女は仕方がないッ……だがっお前は関係ないだろう!!!」
「うぁっ……!?」
体を引き寄せられ、抱きしめられる形になる。
思わず次の衝撃に備え、後ろの手で防壁魔法を描くがーー、
「お前をッ……傷付けたくはないのだ……!!!」
「……はい……?」
その敵意の無い表情にーー。
いや、初めて見せた「アルベルトの感情に」思わず動きが止まってしまった。
「……分からんのか……俺の気持ちが……」
「……ええっと……?」
思考よ巡れ。ーーなに言ってんだこのバカは……?
もちろん、世の中の女性諸君であれば胸の一つもときめくのだろう。
真剣な眼差し、よく見えればあちこち傷だらけで頬が切れているーー、抱きしめる腕は逞しく、日々の鍛錬を怠ってはいないのだろう。……だが、僕は男だ。……女の体に入っているけど、男だ。
どれだけイケメンであろうとも、どれだけハンサムであろうとも、……どれだけ男前な騎士様であってもーー、……胸の一つもトキメクはずもない。
……むしろ、気持ち悪さしかこみ上げてこないんだけど……。
「……頼む……手を退いてくれ……」
嘘だろマジかよ……。そんな素振り全然見えなかったって……!
思い当たる節あるかって言われたら無いし!! ていうかあれってツンデレ!? 僕にキツくあたってきてたのは「好きな子に見て欲しくて意地悪しちゃう男子」ってやつなの!!? 童貞かよコイツ!! 僕もだけど!!!
「……あ……あー……ランベルトさん……?」
「……なんだ」
「……ぁはは……」
ちょっと気がぬけるけど……正直、もう戦う気持ちとか完全に抜けちゃってるけどーー、
「 女のコを無理やり抱きしめるのは……ダーッメっ☆……みたいな? 」
ーー後ろ指で描いた「乱舞する雷竜(ダンシング・ライトニング・ドレイク)」で僕ごとアルベルトを貫く。
……正直、二度目だし多少どうにかなると思ったんだけど、
「あがががががががががっ」
感電の感触にはこれっぽっちも慣れてなかった僕は、女のコ失格な悲鳴をあげてバタン、と後ろ向きに倒れた。
……セクハラのランバルトと一緒に。
ーーセクハラのランバルトって二つ名、ちょっとかっこよくないか……? なーんてことを引っくり返りながら思う。
バチバチと目の中で火花が飛び散るような感覚だ。正直思考回路も焼き払われたきがする。
「うー……もう絶対この手は使わん……」
「燈(あかり)!! ちょっと燈!! 平気なの!?」
「ああ……うん……結梨が生きてるなら僕も生きてる……」
「馬鹿」
正直いろいろ限界だけど……。
いくら頑丈な体だって言っても思えば山登りした後だしドラゴンと戦ったし……ああ、狼みたいなのにも襲われたか……。昨日は昨日でハチャメチャだったけど、今日も今日で濃いなぁ僕の1日……。現実(あっち)の世界の1日が嘘みたいに思えるよ……。
「何かもう……疲れすぎて幻覚が見えるもん……」
「……?」
ぼんやり静かな空を見上げて「あー、すごい」と働かない頭が月並みな感想を漏らす。
……ていうか、あ……これヤバくないか……?
視覚から得た情報を脳が処理しきれていなかった。今更になってようやく事態が頭に届き始める。
「……絶滅危惧種(ドラゴン)、いったい何体いんだよ……」
当たり前のように「夜空と思われたそれは」全て「ドラゴン」だった。
中世ヨーロッパ風って言えばなんとなくそんな感じもするけど、魔法という技術が確立されている以上、僕の知ってる建築物とは強度とか仕組みが違うんじゃないかと思う。
そもそも建物を見て「バロック建築だな」とか「むむむ、これは竪穴式住居……!」なんて言える知識はなく。所詮歴史の教科書で見知った知識しかないわけで、レンガの家がどれほど強いのか脆いのか。はたまた木造だからどう優れているのかとかわからないんだけど、山の上から見た街は「火の海」だった。
「ーー嘘だろ……」
地下から地上に急いで戻り、月明かりも無い真っ暗な世界の中、足元で一つの街が燃えていた。
いや、正しくは「火に飲み込まれていた」。
遠すぎてはっきりとは見えない。でも地下に潜る前に見た街並みは燃え盛るの炎の下に隠れてしまっている。
「平気です。見てください……まだ防壁が遮っています」
「ーーーー?」
よくよく見ればちらちらと瞬く「ドーム」みたいなものが街全体を覆っていた。
どうやら炎はその上で燃え盛っているように見える。
「……あれぐらいの炎であれば持ちます……でも問題はーー、」
「……中、か……」
しかしそのドームの内側からも確実に火は登っており、城下町が燃えているのは確かなようだ。
「それにーー、」
言ってエミリアが指をさしたのは街の上空。
燃え盛る炎の中で大きく火を吐く存在が大きな翼を羽ばたかせていた。
「ドラゴンっ……ーー、」
地下で会った「主様」よりも小柄に見えるがそれでも近づけば大型のトラックより遥かに大きいだろう。
燃え盛る炎の中に目を走らせるとそんな影が他にも2体ーー、いや3、4体はいるように見える。
エシリヤさんの言う通り快く思っていない存在(ドラゴン)というのは確実に存在するらしい。いつか防壁が破れることを知っているのかなんども口から炎を吐き、街を押しつぶそうとしている。
……中の気温、やばいことになってんじゃないか……?
さながらオーブンか釜だろう。外に出れば直接炎に焼かれることになるだろうしーー、「ちっくしょ……」思わず走り出していた。
「ちょっ、バカ!!」
肩に乗っていた結梨が爪を立ててしがみつく。けれどいてもたってもいられなかった。
この世界にきて日は浅い。
あの街の人たちと交流があったわけじゃない――。
でも確かにあそこには人々が暮らしていて、生活があった。
僕らの世界とは違っていても人が生きていたーー。
それが目の前で焼き払われようとしていて、おとなしくしているなんてできないッ……。
「飛翔せよ漆黒の翼ッ……!! 我に示せッ堕天の暗き月……!! 召喚地に落ちた天上の番犬!!」
叫び、腕をはらって魔法陣を描き出すとそれは背中に一つの翼を授ける。
天上の黒き獣の翼。
黒く染まった真紅の翼は天使のそれと相違なく、地を蹴っていた足がふわりと宙に舞う。
「うっわっ!!? ちょっ……エエェエええ!!!?」
結梨が悲鳴をあげる。
「……ぁ、」
ズルりとその小さな体が肩を離れた。
「あかりィいいいいいいいい!!!?」
悲鳴とも怒号ともとれる叫び声をあげて幼馴染が跳んで行った。というか、置き去りになって落ちていった。
「やっば……」
急いで戻る。
翼の制御は思いの外うまくいっていて、いうことを聞いてくれる。
まるで地面を走るのと変わらないぐらい機敏に反応し、小さくなっていた結梨の姿が次の瞬間には目の前に迫っていた。
「ゆーっふげッ……!!」
で、思いっきり顔面でぶつかった。
柔らかい猫のお腹が視界を覆い、「ふぎゃぁああアアアアアア」混乱状態の結梨が頭にしがみついて爪を立てる。
「いだだだだだだだだ!!!!」
なんとか姿勢を立て直し、空中に舞い上がるとボタボタ血を流しながらも結梨を引っぺがす。
「痛いよ!!!」
「痛いどころじゃ済まなくなるところだったわよ!!!」
空中で浮遊(ホバーリング)しながら睨み合う。そういえば結梨って高所恐怖症……。
「……ごめん」
「……ふんっ……!!」
思いっきりご機嫌斜めでこのまま首根っこ掴んでるのも危ないからマントのフード部分に収まってもらう。
「とりあえず首でもなんでもいいから掴んで落ちないように気をつけて……? 僕も気をつけるから……」
「もうやだ……」
どうやらフードの中で小さく丸まったらしい。こんなことならエミリアに預けてきた方がーー、
「アカリ様っ……!」
言ってるうちにエミリアがやってきた。
クー様にぶら下がって。
「……ええぇー……どうなってんのそれ……」
「走るよりかは早いかと……!!」
「いやいや……」
翼が生えてる僕が言うのもなんだけど、どこぞの怪盗よろしくドラゴンにぶら下がって空を飛んでる姿はなかなか凄まじい。
そもそもクー様の小さな体でエミリアを支えきれるわけがないんだけどーー、ってよく見たら翼から薄い膜みたいなものが広がってそれ自体が「大きな翼」になっていた。
どうやら魔法で浮力を増しているらしい。
「私も行きますからっ……! 置いていかないでください!!」
震えていた。憤っているように見えて、多分それは自分を鼓舞しているんだろう。
それに街の人たちが心配なのは僕よりもエミリアの方だ。
あれほどまで優しく接してくれている国民を見捨てるなんて考えてもいないはずだった。
「……わかった、無茶はしないでね」
「はいっ……!」
僕も頭に血が上って先行したことを謝る。
冷静に冷静にっ……、これはゲームじゃない。現実なんだと言い聞かせ、僕の命には結梨のそれも繋がれていることを
再確認。……魔法があるからって油断はしないようにしなきゃな。
「……!! アカリ様!! あれを……!!」
言われて振り返るとどうやらこちらに気がついらたしいドラゴンが2体、体の向きを変えて飛んできていた。
暗くてよく見えないが黒い鱗が煌めき、噛み締めた口の隙間からは息のように炎がくすぶっている。
「っ……エミリアは先に城に向かってくれ。……あいつらは僕が……」
「しかしっ……!!」
「なーにっ……大丈夫だよ、きっと。ーーこれでも伝承の魔導士サマ、なんでしょ?」
「……はいっ……」
不安は拭いきれなかったようだがクー様は短く「クゥッ」と鳴き声をあげ、返事をしてくれた。
ーーここは任せた、……かな?
なんとなくそんなふうに言われたように感じて少し嬉しくなる。「クーちゃんッ」と合図したエミリアに応えるように急降下を始めた姿を追うように一体が転身する。
「させるかよっ……」
僕もそれに合わせるように急降下、まるで空を泳ぐように駆けるエミリアとドラゴンの間を切り裂くように割って入り、
「我が宿敵を蹴散らせッ……!! 乱舞する竜の牙!!!」
雷撃を以(もっ)てその動きを制する。
四方から出現した雷(いかずち)に一瞬ひるんだように見えたが、どうやら雷は鱗で弾かれてしまうらしく「アインッ、ツヴァイ、ドライ、フィーア!」どれだけ打ち出そうと空中でバチバチと音を立てて四散するばかりだ。
「燈(あかり)!!」
結梨がフードの中で叫び、「爪(クロウ)!」振り向きざまに左腕を薙ぎ払って迫っていたもう一体に牽制をかける。
電気が通じなくても目の前で炸裂すれば体は止まる。
その隙に羽ばたき、急上昇してその場から抜け出すとエミリアが城壁をつたって街の中へと降りていくのが見えた。
……頼んだぞ。
中が危険なのは変わらない。
クー様が守ってくれるだろうけど僕も早く向かいたい。
「つーわけで、雷がダメならこっちはどーでぃっ……!?」
手に持った杖で狙いを定め、描く魔法陣は僕が知る中でも一番美しい。
赤く二重の円が描かれ、煌めいた先に小さな炎が浮かび上がる。
「第六の門、黒煙たる大地の力、深淵より来れ! 燃え尽きる事なき不死鳥の舞!」
ボウッ、と目の前が明るくなり生み出され大きく羽ばたき飛んでいくのは一体の大きな鳥。
炎の中に生まれ、炎とともに生きた伝説の生き物・不死鳥(フェニックス)だ。
もっとも、召喚術ではなくあくまでも炎の不死鳥を生み出すだけの魔法でそれは対象を焼き殺す。
それはドラゴンであっても生物である以上、例外ではないはーーず……、
「うわっ!!?」
飛んでくる不死鳥を睨み上げた二体のドラゴンはともに口を開き、巨大な炎の塊を次々と打ち出してきた。
炎で出来た不死鳥は貫かれると不安定に体を揺らし、外れた幾つかは僕の元へと飛んでくる。
「大天使(エンジェリング)の結界領域(バリアフィールド)ッ……!!!」
慌てて張った結界は炎が当たる度に激しく揺れ、ビリビリと大気が裂けそうな音が響く。
一方、不死鳥(フェニックス)は二体のドラゴンを翼で薙ぎ払いながら夜の空で燃え尽きていった。
「クッソ……流石はドラゴンって感じだなぁ……」
直撃こそしなかったけど、崖から落ちてきた岩を全て「蒸発」させた魔法で火傷すら負っていない。
少し表面が燻っているようにも見えるけど、あまりダメージにはなっていないらしくそれでも反撃したことに怒りを膨らませ、咆哮がかえってくる。
ーーこわぁあああ……。
さながら怪物映画だ。
ジュラシックパークの世界にでも迷い込んだみたいだ。
二体のドラゴンは目配せし合い、体をしならせると旋回して二方向(ふたほうこう)からこちらを挟み撃ちにしようとしてくる。
慌てて僕も羽ばたき、間を縫うようにしてかわすけれど空中戦はあちらの方に分(ぶ)がある。
流石、空の王者ってだけはある。……偏見だけど。
昨日今日飛べるようになった僕じゃ動きに無駄が多いし、立ち回りもわからない。
反応速度はこちらの方がうわまっているらしく、見てからかわせばなんとかなるけどジリ貧なのは確かだ。ーーそれに、そうこうしているうちに「街の中」で何かが起きてからじゃ遅すぎる。
「つってもこいつら連れて町に向かうわけにもいかないしな……」
距離をとりつつ、頭の中で魔導書をパラパラ捲ってみる。雷、炎が効かないなら水ーーってことになるのかもしれないけど街を消化させるぐらいしか効果はなさそうだ。
だとすればもっと威力の高いーー、
「あんたねぇ……さっきからバカみたいに付き合うことないでしょーに」
「え……でも……、うわっ!」
頭の後ろから話しかけれて気が逸れた隙に「頭ごと」持って行かれかけた。結界領域(バリアフィールド)はまだ砕かれてないけどそれでもいつまで持つかもわからない。
「この世界に来てから脳筋すぎるっつってんのよ。……もっと頭使いなさいよ」
「頭……」
使ってるつもりなんだけどな……と魔導書を捲る指が止まった。
ーーああ、そっか。
異世界(ファンタジー)イコール戦闘(バトル)みたいな先入観があったのは否めない。
やっぱりちょっと熱くなってた。冷静さに欠けるのは良くない――。
「熱くなった方が負けってね……!」
ちょっと複雑な魔法陣なので描きながら攻撃をかわすとなると線がブレる。
「導け、我らが主よ。鳴らせ、断罪の時ーー……、」
その度に描き直し、二つ同時に円を描き、文字を書き加えていく。
濃い緑色に染まり、ビシビシと鼓動するかのように発動の時を待つ二つの魔法陣ーー、
「ここだぁッ……!!!」
二体が再び挟み込むようにして突撃したきたタイミングで急降下し、追ってきたところで魔法陣を発動させる。
「 地に縛り付けシ、神々の鎖ッーー! 白銀(グラビティ)の鎖(グングニール)!!!」
ツタが伸びるように出現した幾重(いくえ)もの鎖ーー、それは槍のように二体のドラゴンを貫き、巻き付け、ガチンッと空で縛り上げる。
「っ……ーー、落ちてもタンコブぐらいで済むだろ……?」
巨大な体を止めた反動に顔を歪めつつも、鎖を出現させた魔法陣は維持する。
翼の自由を奪い、怒りに雄叫びをあげる姿に僕も顔を歪める。
「ごめんな……」
さよなら代わりに吐き出された炎を守護領域を弾き出して相殺させ、浮力を失った体が地上に吸い込まれていくのを眺めた。
受身も取れず、そのまま叩きつけられるのは酷だろうが仕方ない。
「行くわよ」
「……うん」
ちらりと視界の端で鎖に縛られた二体のドラゴンが地面に横たわり、静かに呻くのが見えた。そんな姿に「ズキリ」と、胸の奥が痛み、そっと目を逸らした。
「燈(あかり)」
「……わかってるって」
お見通しってわけかな。全く……。
「…………」
それに甘えるわけじゃないけど口には出さないでおく。
じんわりと彼(ドラゴン)らを縛り付けた感触が残っていた。
ーーもし仮に、あのドラゴンたちともっと違う出会い方をしていたなら……。例えば、クー様を知らず、あの主様も知らなければ「強大で、人なんて敵いもしない怪物」として震えはしても戦えただろう。でも、そうじゃないことを知ってる。
クー様や主様、……そしてエシリヤさんたちの話を聞くに「人とは相入れない存在」なだけで「理性がある」。
そんな風に思うと、魔法で焼き払うことにためらいを感じてしまう。ーー否、できれば命はとりたくない。もちろん、殺されないことが前提だけど……。
「ハァ……、ただの高校生にナニ求めてんだか……」
「自業自得でしょ。……だからあんな魔導書捨てろって言ったのに」
「……いったっけ?」
「あんたが聞いてなかっただけでねー……」
空を飛ぶことには慣れたのか、それでも高い所は怖いらしく首に爪を立てながらも結梨が顔を覗かせて言った。
「……ろくなことにはならないって思ってたわよ」
「ごめん……」
「何を今更」
地上に近づき、滑空するように城壁の外に降り立つと城門の一部が崩れていた。
中の火事から逃げてきた人が周囲に転がり、喘いでいる。
「っ……、急ごうッ……」
そのままエミリアの姿を探して中へと入ると街の中は火の海だった。
夜だというのに空を覆う炎で周囲は赤く照らされ、そして「中から起きた火事」で辺りは燃え盛っている。
必死に火を消そうとする人、燃え盛る建物から荷物を外に運びだそうとする人ーー、街の人たちの行動は様々だ。
しかし、そんな中で略奪や殺戮が行われている様子はない。
ただ混乱が起き、逃げ惑っているーー。そんな感じ。
「……?」
空を駆けながらその状況に首をかしげる。
一体狙いはなんだ……? この国そのもの……?
未だにビシビシと音を立て続ける防壁の向こう側ではドラゴンが火を吐き続けている。今にも割れそうな不安な音を立ててはいるけど、流石「本物の魔導士による魔法」だ。そうやすやすと破られる事は無いようだ。
ーーなら、やっぱり狙いはエミリアーー……。
「っ……」
よくも考えず先に行かせたのは間違いだったかもしれない。
城に辿り着けばアルベルトさんもいるし、ドラゴンとの空中戦に巻き込ませるよりかは安全かと思ったけど無理矢理にでも主様のところで待たせとくべきだったかーー、……!!?
「っ……?」
「……燈(あかり)?」
城までもう少しというところで首筋を掴まれるような感覚に襲われ、思わず地面を横滑りしながら着地し杖を薙ぎ払った。
しかしそこには誰もおらず、一瞬で心拍数が上がって息を荒げる僕の呼吸音と遠くから聞こえる人々の悲鳴がこだまするばかりだ。
……なんだ……いまの……。
山を登っている時に感じていた「視線」。それがいま、実体となって掴み掛かってきていた。
姿は見えない。……だけど、いまここにそいつがいるのは確かだ。
「……ッ……いつまでコソコソしてるつもりだ! この覗き魔!! 変態!! スケベ!!」
結梨は何も感じていないらしく首をかしげる。……しかし、いまもこうしている間もピリピリと肌をかすめる感触は拭(ぬぐ)えない。
「誰かいるの……燈(あかり)……?」
「……わかんない……わかんないけど……やばい」
「…………」
得体の知れないものに襲われる恐怖は生物本来の警戒心を呼び覚ますのかもしれない。
祠に向かう途中に襲われた獣たちに対しても僕は異常に恐怖を感じた。なのに、あのドラゴンに対してはそれほど「怖い」と思わなかった。……いや、怖いのは怖かったけど「恐ろしい」と思わなかった。……だってドラゴンだとしてもそれは「そこにいる生き物」だったから。見て触れられる「生物」だったからーー。
「クッソ……」
ザラザラと精神を削られていくのがよくわかる。
何者かもわからず、そしてそれが「人」なのかそれとも「ドラゴン」なのか……はたまた、それ以外の「何者」なのか。
この世界に来てから驚く出来事は多かった。魔法が使えることやドラゴンの存在、「よくないもの」にとりつかれた獣たち。
だから「何が起きても不思議じゃない」。
僕の世界の常識はこの世界で通用せず、きっとこの「何者か」も僕らの予想を超えるようなーー、
「燈(あかり)!! お城が!!」
「……!?」
纏わりつく何かに気を取られて、それへの反応が遅れた。
振り返り、城が目に入った瞬間、
ーー城の一部が大きく外に吹き飛んだ。
「うわッ……!!」
レンガが、大理石が粉々に砕かれ宙を舞って襲ってくる。
咄嗟に障壁を召喚して身を守り、砂埃が舞う中顔を覗かせると足元に人が転がっていた。
「エシリヤ……さん……? エシリヤさん!!!」
思わず駆け寄り、体を抱え起す。
するとべっとりとした感触と共に手のひらに生暖かいものが広がった。
「うぁっ……」
ウェーブかかった金色の髪は煤にまみれ、ドレスはあちこちが破れて無残な姿になっていた。
そして何よりも、
「動かしちゃダメよ、燈(あかり)……傷が開く」
「……ぁあ……」
身体中傷だからけで、腹部にかけて大きな切り傷が広がっていた。薄い青と白の綺麗なドレスが赤黒い、真紅に飲み込まれていく様は痛々しくて見ていられない。
「アルベルトさんは……エミリアは……!!」
クー様の回復魔法があればきっと傷口もふさがる、そう思って姿を探しーー、
「ぁ……」
城の中から出てくる、その人影に気がついた。
「……あんた……なにしてんだよ……、……なにしてんだよ!!!!」
エシリヤさんの傷口を押さえながら叫び、片手で杖を突き出す。
「答えろよ!! ランバルト……!!!」
そこには、気を失ったエミリアを引きずり、クー様を踏みつける「暇を出された護衛の騎士」が立っていた。
「……魔導士……きてしまったのか……」
「おい、答えろよ……なにしてんだよ!! その足どけろって!!」
動けない。いますぐにでも殴り飛ばしてやりたいけどエシリヤさんの傷は深い。
とてもじゃないけどここに放っておくなんて出来なかった。
「クビなったからって八つ当たりか!!? 怒りぶつけんなら俺だろ!! 違うかよ、おい!?」
聞こえてないはずはない。
ランバルトはクー様をつま先で蹴飛ばすと瓦礫の中からこちらに降りてきた。
無残にも地面を転がる小さなドラゴンは微かに翼を動かしただけで首をもたげることすら出来なかった。
「ランバルト……さま……、」
「……!! エミリア!!」
腕を引かれ、ズルズルと引きずられているエミリアが意識を取り戻したらしい。苦しげに呻き、転がっているクーさまを見るや否や「クーちゃん!!!」と悲鳴をあげた。
「彼の命は奪いません……ご安心を……」
「……私は一体……それより何故……」
「……」
忠義を尽くしていたはずの騎士の視線は冷たい。
燃え盛る炎を瞳に反射させつつも静かにエミリアを見下し、
「……あなたには死んでいただきます」
感情を何一つ浮かべず、ただ事務的にそう答えた。
「アカリ……さま……」
「……!? エシリヤさん……! 動いちゃダメです……! 傷がっ……」
しかし傷口を押さえていた手はそっと押しやられ、「私は平気です……」と苦笑を浮かべるとエシリヤさんはランバルトを睨む。
「……アルベルトが悲しみますよ……」
「承知の上です」
苦々しく顔を歪めるエシリヤさんと無情にも顔色一つ変えないランバルト。
二人の間で無言の応酬があり、「アカリさま……?」とエシリヤさんが僕の体から身を起こした。
「ダメですって!! じっとしててください!!」
慌てて押さえようとするけど胸に手を置かれ、それは拒まれた。
「……エミリアを……守ってください……あの子は……我が国の希望なのですーー、」
「でもっ……!!」
とランバルトが剣を抜くのが見えた。
「おい!!!」
反射的に魔法陣を浮かべる。
それが何の魔法だったのかはわからないーー、でももしランバルトがエミリアを、その剣でエミリアを殺すつもりなら、僕は、
「ーーやめろ、無駄だ」
「ッ……!!!」
温度の感じない言葉に僕は魔法陣を起動させる。
青白い光、周囲の炎を飲み込みつつ大きくなったそれは一直線にランバルトの腕に向かって突き進みーー、
「 天龍(かみ)の雷(いかり) 」
バギンッ、と空を覆っていた防壁を突き破り伸びてきた白い雷によって僕の魔法は「噛み砕かれた」。
「うぁッ……!?」
魔法と魔法の激突。
恐らくは相殺されたエネルギーが周囲に爆発したのだろう。目がくらむような光とともに衝撃が全身を打った。
「燈(あかり)!!!」
「クッソ……!!」
フードの中から結梨を取り出すとエシリヤさんに押し付けて走り出す。
この隙に逃げられでもしたらエミリアは取り戻せなくなってしまうーー。
「うォおおおおおおお!!!」
風圧でマントと帽子は飛んでいき、魔導士らしからぬ物理攻撃でランバルトに殴りかかる。
杖を縦に振り下ろし、ガギッンと剣で受け止められる感触が確かに響く。
すかさず重心をずらし、剣の肌を滑らせるようにして勢いを逃し、体の捻りを加えてもう一撃ーー、「喰らえっ、じーさん秘伝の二連撃!!」
散々稽古でお見舞いされた動きを完璧にトレースしたつもりだった。
鍔迫り合いには持ち込ませず、一瞬の気の緩みのタイミングを狙った不意打ちーー、
しかし、実践続きの「本物兵士」にはそんなものは通用しないらしく、
「甘いっ……!!」
横腹を狙った横薙ぎの一撃は肘と膝で挟まれて止められてしまった。
……っていうか、ンなのありかよ……!!
「ッ……て……はっ……!!?」
文句の一つでも叫びそうになった矢先、アルベルトの「変化」に思わず跳び下がった。
「な……、それ……どうなってんだ……? お前……『なんなんだよ』それ……!!」
僕の杖を放り捨て、剣を鞘に戻すアルベルトの頬にはーー、いや体のあちこちには「鱗」が浮かんできていた。
それは炎の光を受けては赤く、時には青く光り、まるでそれら一枚一枚が命を宿しているかのように色を変える。そして僕は、その様子に見覚えがあった。ーーいや、「よく似ている」と思った。
「説明するまでもあるまい……」
「いや説明しろよ」
まぁ、想像はつくけどさ。
人間では「魔力源が足りないから使えないはずの高威力の魔法」、エミリアであっても「クー様の魔力源」を使用して魔法陣を描いていた。なのにさっきの一撃は明らかに「アルベルト」から打ち放たれ、そして「ドラゴンの炎」であっても防ぎきった魔法防壁をいともたやすく貫いてみせた。
つまり、この男はーー、このアルベルトという兵士は、
「……ドラゴンと人間のハーフ」
「……聞いておいて先に答えるとは……カンに触る女だな」
「ならさっさと答えりゃいいだろ」
厄介だ。正直かなりやばい。
ドラゴンは魔力源はあっても「魔法」は使えないようだった。あくまでも単純な力の変換。
魔力源を炎に変えて吐き出す。浮力を大きくして空を飛ぶーー、恐らくはそんな単純な使い方しかできないのだろう。
だからあの2匹は物理攻撃に頼っていた。
知性は人間ほどにあるのかもしれないけど、「魔法陣」を描けるのは人間の特権なのかもしれない。
しかしこいつは違う。
エミリアが「伝承の魔導士」だと言った「僕と同じように」、自らの魔力源を元に魔法を行使し、あの威力を生み出せる。
そして恐らくは「剣術」に関しても「体術」にしても僕よりも上だ。
「っ……」
そりゃ、ちょっと道場でしごかれてただけの高校生に何を求めてんだって話だけどさ、それでもそんな力の差がある状況に挑まなきゃならないってのは正直笑えない。
アルベルトさんは元王国騎士団長だと言っていた。
こちらを殺す気が無かったとは言え、あれよりも強いとは思えないーー、……魔法さえなければ。
「……平和的に解決する方法ってないのかな……?」
「そんなもの……遥か昔に過ぎているッ……」
言葉に滲むのは激しい怒り。腕を掴まれているエミリアが苦痛に呻いた。
「くそっ……」
迂闊に飛び込めない。
身体能力で負けるとは思ってない。例え、素のスペックで負けていても「身体強化」でなんとかなるーー。
だけど「能力」に関しては危うい。
段位が違えば相手の攻撃をかわし、一方的に反撃することが可能のように「さっきみたいな止め方」がアリなのだとしたら最悪、腕を掴まれてそのまま魔法の餌食になりかねない。
何ぶん、「殺し合い」に関してはあちらの方が専門で、遥かに上手なのだから。
「……魔導士。……これは我が国の問題だ。貴様は関係ないだろう……怪我をさせたくない、おとなしく手を退け」
「……そーはいっても一泊の恩義って言葉があってさぁ……はいそーですかって見過ごすこともできないんだわ……。……それに約束もしたしね」
「……そうか……ならーー、仕方あるまい」
「ッ……!!!」
ランバルトの姿が一瞬にしてブレた。
それが地面を蹴り、僕の死角にまで移動したのだと気がついたのは「鋭く放たれた手刀をかわした後だった」。
「ーーユーリ!! エミリアを!!」
「うんっ!!」
地面に捨て置かれたエミリアのことは結梨に任せる。
まさか躱されると思っていなかったのかランバルトは驚愕し、僕はそこに足を蹴り上げ、顎を狙った。
ーーしかし、それは虚しく宙を切るだけで仰け反って躱されてしまう。ーーの、で、
「でェええええいや!」
蹴り上げた足に続いて地を蹴り、体の捻りを加えた反対側からの大振りな蹴りーー、「ッ……」をアルベルトは腕で止め歯を食いしばってこっちを睨む。
「そのような服装で蹴りなどッ……貴様は恥じらいというものを知らんのか!!」
「ンなこと、言ってる場合かよッ!」
更に浮いた足を踏み蹴り、腹部を撃ち抜く。
反動で距離をとり、着地と同時に「乱舞する雷竜(ダンシング・ライトニング・ドレイク)」の魔法陣を描くが「ぅぉッ……?!」半分ほど書いたところで地面を砕く程の踵落としが目の前を通過した。
「貴様とは戦いたくないッ……!!」
「ンでだよ……!!! 喧嘩売ってきてんのはそっちだろ!!!」
掻き消された右手側は廃棄し、時間差で書いた左手の「乱舞する雷竜(ダンシング・ライトニング・ドレイク)」を打ち出す。
「アインッ、ツヴァイ、ドライ、フィーア!」
腕を振るいながら雷を打ち出し、その間にも距離を詰めて蹴りを繰り出し続けた。
「巫女は仕方がないッ……だがっお前は関係ないだろう!!!」
「うぁっ……!?」
体を引き寄せられ、抱きしめられる形になる。
思わず次の衝撃に備え、後ろの手で防壁魔法を描くがーー、
「お前をッ……傷付けたくはないのだ……!!!」
「……はい……?」
その敵意の無い表情にーー。
いや、初めて見せた「アルベルトの感情に」思わず動きが止まってしまった。
「……分からんのか……俺の気持ちが……」
「……ええっと……?」
思考よ巡れ。ーーなに言ってんだこのバカは……?
もちろん、世の中の女性諸君であれば胸の一つもときめくのだろう。
真剣な眼差し、よく見えればあちこち傷だらけで頬が切れているーー、抱きしめる腕は逞しく、日々の鍛錬を怠ってはいないのだろう。……だが、僕は男だ。……女の体に入っているけど、男だ。
どれだけイケメンであろうとも、どれだけハンサムであろうとも、……どれだけ男前な騎士様であってもーー、……胸の一つもトキメクはずもない。
……むしろ、気持ち悪さしかこみ上げてこないんだけど……。
「……頼む……手を退いてくれ……」
嘘だろマジかよ……。そんな素振り全然見えなかったって……!
思い当たる節あるかって言われたら無いし!! ていうかあれってツンデレ!? 僕にキツくあたってきてたのは「好きな子に見て欲しくて意地悪しちゃう男子」ってやつなの!!? 童貞かよコイツ!! 僕もだけど!!!
「……あ……あー……ランベルトさん……?」
「……なんだ」
「……ぁはは……」
ちょっと気がぬけるけど……正直、もう戦う気持ちとか完全に抜けちゃってるけどーー、
「 女のコを無理やり抱きしめるのは……ダーッメっ☆……みたいな? 」
ーー後ろ指で描いた「乱舞する雷竜(ダンシング・ライトニング・ドレイク)」で僕ごとアルベルトを貫く。
……正直、二度目だし多少どうにかなると思ったんだけど、
「あがががががががががっ」
感電の感触にはこれっぽっちも慣れてなかった僕は、女のコ失格な悲鳴をあげてバタン、と後ろ向きに倒れた。
……セクハラのランバルトと一緒に。
ーーセクハラのランバルトって二つ名、ちょっとかっこよくないか……? なーんてことを引っくり返りながら思う。
バチバチと目の中で火花が飛び散るような感覚だ。正直思考回路も焼き払われたきがする。
「うー……もう絶対この手は使わん……」
「燈(あかり)!! ちょっと燈!! 平気なの!?」
「ああ……うん……結梨が生きてるなら僕も生きてる……」
「馬鹿」
正直いろいろ限界だけど……。
いくら頑丈な体だって言っても思えば山登りした後だしドラゴンと戦ったし……ああ、狼みたいなのにも襲われたか……。昨日は昨日でハチャメチャだったけど、今日も今日で濃いなぁ僕の1日……。現実(あっち)の世界の1日が嘘みたいに思えるよ……。
「何かもう……疲れすぎて幻覚が見えるもん……」
「……?」
ぼんやり静かな空を見上げて「あー、すごい」と働かない頭が月並みな感想を漏らす。
……ていうか、あ……これヤバくないか……?
視覚から得た情報を脳が処理しきれていなかった。今更になってようやく事態が頭に届き始める。
「……絶滅危惧種(ドラゴン)、いったい何体いんだよ……」
当たり前のように「夜空と思われたそれは」全て「ドラゴン」だった。
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そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
修学旅行のはずが突然異世界に!?
中澤 亮
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高校2年生の才偽琉海(さいぎ るい)は修学旅行のため、学友たちと飛行機に乗っていた。
しかし、その飛行機は不運にも機体を損傷するほどの事故に巻き込まれてしまう。
修学旅行中の高校生たちを乗せた飛行機がとある海域で行方不明に!?
乗客たちはどこへ行ったのか?
主人公は森の中で一人の精霊と出会う。
主人公と精霊のエアリスが織りなす異世界譚。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
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12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
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貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
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世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
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「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
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定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
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