僕の考えた最強ホラー

帰れぬ森

深い霧が森を包み込み、空は重たく、まるで世界が沈んだようだった。
足元には湿った土と落ち葉が積もり、歩くたびにひどく音を立てる。
リョウは必死に前を向いて歩き続けていた。
彼の手に握られているのは、古びた地図と一枚の写真。写真には、薄暗い森の中に立つ小さな家が写っていた。そこが、失われた村――「アノタ」だという。

数時間前、リョウは都会の喧騒から逃れるようにして、休暇を取ってこの山奥に足を踏み入れた。友人から聞いた伝説のことを確かめるために。だが、今やその選択を深く後悔している。道を外れて迷子になり、森の奥深くへと入り込んでしまった。

「はぁ、あの家はどこだ…？」リョウは息を切らしながらつぶやいた。周囲はますます不気味に静まり返り、風の音すら感じられない。足元の落ち葉が微かに揺れることもなく、まるで時間そのものが止まっているようだった。

足を止め、地図を再度広げる。辺りには目印となるようなものは何も見当たらない。すべてが同じように見え、リョウは自分がどこにいるのかすら分からなくなっていた。

「どうしても、あの家を見つけなければ…」

彼が何度もそう自分に言い聞かせていた理由は、簡単だった。その家には、亡き母親がかつて過ごした場所があると言われていたからだ。母親が若かりし頃、家族を置いて突然姿を消し、戻ってこなかったという。リョウは母親の足取りを追うために、この森を訪れたのだ。しかし、今やその先に何が待っているのか、全く見当がつかない。

歩き続けるうちに、突然背後で足音が響く。驚いて振り向くが、誰もいない。ただの風の音だろうと思い、再び歩き始める。しかし、足音は止まらない。何度も、何度も聞こえてくる。

リョウは恐怖に駆られ、足を速めた。しかし、その時、目の前に現れたのは――あの家だった。

小さな木造の家が、森の奥にひっそりと建っている。リョウはその家に近づいていった。窓の外からは薄明かりが漏れており、誰かがいるような気配を感じる。心臓が激しく鼓動を打つ。思わず立ち止まり、息を呑んだ。

家の扉はわずかに開いていた。リョウはそのまま扉を押し開け、中に足を踏み入れる。すると、突然、背後でガラガラという音が響いた。振り向くと、扉が一瞬で閉じられ、外の光が消えてしまった。

「誰かいるのか…？」

リョウは声を張り上げて叫ぶが、返事はない。代わりに、部屋の中からかすかな囁き声が聞こえてきた。

「帰れない…」

その声は、リョウが今まで聞いたことのない、深い絶望に満ちた声だった。彼は恐る恐る足を進め、声のする方へ向かう。

やがて、薄暗い部屋の奥に一枚の鏡が置かれているのを見つけた。鏡には何も映っていなかったが、リョウが近づくと、突然その鏡の中に何かが映り始める。誰かの顔だ。

その顔は、リョウ自身の顔だった。

だが、目を見開いたその顔は、恐怖に満ち、じっとリョウを見つめていた。そして、鏡の中の自分が、ゆっくりと口を開く。

「帰れない…」

リョウはその瞬間、足元が崩れ落ちるような感覚を覚えた。背後から冷たい手が肩に触れ、リョウは身動きが取れなくなる。彼の視界は徐々に暗くなり、そして完全に闇に包まれた。

その後、リョウの姿を見た者はいなかった。森は再び静寂に包まれ、あの家は誰の目にも現れることはなかった。

だが、数年後、この森に足を踏み入れた者たちが、リョウと同じように姿を消していくことになる。そして、彼らもまた、帰れぬ森に取り込まれていったのだ。