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方向音痴に道案内は……何度でもお願いします その1
しおりを挟む翌日、今度は戒夜と園比の案内でこの島を巡る事になった。
夢の中で起きて次の日を迎えるなんて、ちょっと変な気分だけどまだまだ始まったばっかで恋愛イベント起きてないもん、夢から覚める訳にはいかないっ。せっかくの乙女ゲーの夢だもんね。
にしても、攻略相手、誰にしようかな……。ある程度決めとかないとやっぱダメだよね。
乙女ゲーをする時は、誰を落とすか決めてからストーリーを進めないとバッドエンドになっちゃう事がある。もちろんここはゲームの中じゃなくて夢の中だから好感度足りなくてバッドエンドってのはないのかもしれない。けどその代わり、だらだら夢見てたら恋愛イベント起きないままで目が覚めて強制終了って事もありえるのよね。
でもだからって、せっかくそれなりにストーリー性のある夢なんだから、単発で恋愛イベントだけってのも、寂しい。
ていうか、元々現実でこのゲーム、始めたばっかで一周目のたぶん共通ルート抜けてないくらいだったから、まだどのキャラが一番良かったとかの思い入れがないんだよね。
第一印象だけで言うなら戒夜か透見のどっちかかな。全然違うタイプだけど、どっちも好きなタイプだったり。
けどもちろん剛毅や園比も気にはなる。わたしギャップ萌えするタチだから、どこかで予想外な事されるとコロッと好きになっちゃうんだよね。
そんな事うだうだ考えつつ、着替える。
今日はバッチリ、昨日沙和さんの所で買ってきた普通の服を着たんで街を歩いても恥ずかしくないぞ。
ひとまず朝食を取るために食堂へ行くと、昨日と同じようにみんなが揃っていた。
で、ふと疑問に思った。
「おはよう。……もしかして、みんなもここに住んでるの?」
大きなテーブルにはわたしを入れて五人分の食事の用意。棗ちゃんは給仕に徹しているみたいだから一緒には食べないんだろう。
「実家は別にありますが、姫君がこちらに来られたからには〈唯一の人〉にお会いするまで、私たちが責任を持ってお守りしなければなりませんから」
にこやかに透見が言う。
「棗が家の事を良くやってくれるから不自由はないしな」
さらりと言った戒夜の言葉に棗ちゃんはちょっと眉をしかめた。
「最初は当番制だったはずだけどね? まあ、嫌いじゃないからやってるけど。たまには手伝ってよね?」
て、え? 棗ちゃんが家のこと全部やってるの? 大変じゃん。
「良かったらわたしも何か手伝うよ。……て言っても実は料理とかはあんま得意じゃないんだけどさ……。お皿を洗うくらいなら出来るから」
女子力の低いわたしは料理はあんまり得意じゃない。いや、全然出来ない訳じゃないよ? ほとんどしないけどさ。
イイ歳して料理も出来ないってのはアレだけど、今の時代料理なんて出来なくても充分生きていけるもん。便利な世の中だよねっ。
控えめに申し出たわたしの言葉に棗ちゃんは慌てて首をブンブンと振った。
「とんでもありません。姫様にそんな事させるだなんてっ」
「そーそー。棗が好きでやってんだからさせときゃいいんだって」
笑いながら軽く言う剛毅。この言いようにはさすがに棗ちゃんも怒ったみたいで。
「そうです。剛毅も喜んで手伝って下さいますし、ね?」
黒い笑顔が炸裂した。
食事が終わり、早速戒夜と園比と一緒に家を出る。
「いってらっしゃい。……姫君をよろしく頼みます」
食堂を出る際、透見がにっこり笑って見送ってくれた。その後ろで剛毅が棗ちゃんに見守られながら、というか見張られながらトホホ顔で食器を運んでる。
それを見て園比がくすくす笑った。
「剛毅もバカだよね~。あんな事言わなきゃいいのに」
「しかし実際、棗ばかりに家事を任せているのは問題あるな。今日の夜は皆で話し合って、もう一度家事分担の当番表を作るべきだろう」
クイと眼鏡を上げる戒夜。
「ええー? 僕、マズイ料理は食べたくないんだけどー? 今までこういう集まりの時ってずっと棗ちゃんに料理任せてたじゃん。みんな料理なんて作れんの?」
ぷうっと園比が膨れる。みんな仲良いなぁ。
「家事は料理だけではなかろう。棗が良いと言えば料理は棗に任せて他の事を我々がやればいい」
「あの……わたしも手伝うよ……?」
さっき棗ちゃんには断られちゃったけど、やっぱりわたしだけ手伝わないなんておかしいよね。
だけど戒夜がキッパリ言った。
「それは棗が許さない」
「そーそー。姫様を当番に入れたりなんかしたら、きっと棗ちゃん先回りして全部姫様の分やっちゃうから、やめといた方がいいよ?」
にこっと笑って園比も言う。
うーん、確かに。さっきの棗ちゃん見てたらやりかねないかも。そうなったらかえって棗ちゃんを疲れさせちゃうかも?
「姫はそれより〈唯一の人〉を探す事に集中して下さい。……そういえば方向音痴だそうですね?」
玄関を出たところで言われ、ギクリとする。
「はい、その通りです……」
せっかく昨日透見と剛毅に案内してもらった街は、すでに道順を忘れかけてる。
「女の子はしょーがないよ。気にしない気にしない」
余程情けない顔をしちゃってたのか、園比がよしよしと頭を撫でてくれる。そんな様子を見ていた戒夜が『女の子? オバサンの間違いだろ』って顔をしたのがしっかり見えてしまってグサリと傷ついた。
「では仕方ありません。今日はもう一度大雑把に街を歩いた後、郊外を案内しましょう。しっかり頭に地図を描いて歩いて、大きな道だけでも覚えて下さい」
「はい……」
厳しく言われ、わたしは頷くしか出来なかった。
そんなわたしを見かねたのか、園比がかばってくれる。
「もー、戒夜。そんな言い方ないでしょ。誰だって得意不得意はあるんだから」
ね? と笑うと園比はパッとわたしの方に手を差し出す。
えーと、握手?
分からないままその手を握ると、園比はにっこり笑ってそのまま歩きだした。
「さ、行こう。大丈夫、覚えるまで何度だって案内してあげるから、ね?」
手を繋いで歩くなんて、いつぶりだろう? あんまり久しぶりなんで、年下の男の子とはいえ、照れる。園比にしてみれば深い意味なんてないんだろうけど。
「園比、あまり軽々しく姫に触れるな」
戒夜が生真面目に言う。〈救いの姫〉という立場上〈唯一の人〉以外の人と気軽に接するのはやっぱまずいのかな。
そんな風に思ってたら、園比がニヤッといたずらっ子の瞳をしてわたしの手をぎゅっと握った。そしてわざと戒夜に見せつけるようにぶんぶんと手を振る。
「いーじゃん。手、繋ぐぐらい。そのくらいの事で〈唯一の人〉は怒りゃしないよ。……それとも戒夜、妬いてんの~?」
突然言われたその内容に驚いたんだろう、戒夜は一歩あとずさった。
「何を馬鹿な事を。姫に対して失礼だと言っているんだ俺は」
慌てて言う戒夜を見てるとうん、本当にヤキモチ妬いてて図星つかれたみたいに見える。もしこれが年齢詐称容姿詐欺してる夢だったら素直に『いや~ん、戒夜ったらヤキモチ妬いちゃって~』って喜べるんだろうけど、さすがにそれはないよね。戒夜は単に、本当に『救いの姫に失礼』って思ってるんだろう。
「さすがに手をつないでなくてもはぐれたりはしないよ?」
戒夜の言う事もなんか分かるし照れくさいのもあって、わたしは園比の手を離した。
「あ、ちぇーっ」
残念そうに口を尖らせそう言ってくれる園比。良い子だなぁ。
単に守備範囲が広いだけかもしれないけど、こんな風に女の子扱いしてもらえるのは、正直嬉しい。たとえそれが誰に対してであっても、他の人たちがこんな風にはっきりとそんなそぶりしてくれないから、余計そう感じる。
「では、行きましょうか」
案の定、何事も無かったかのように戒夜はすたすたと歩き始めた。
もうちょっとヤキモチっぽい感じ見せてくれても良いのに。切り替え早いなぁ。
あ、でも待てよ。わたしが手を放したからほっとして気持ち切り替えられたとか? だとしたら、しまった。ほっとした顔見逃した。
残念、と思いつつわたしは戒夜の後を追いかけた。
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