独身彼氏なし作る気もなしのアラフォーおばさんの見る痛い乙女ゲーの夢のお話

みにゃるき しうにゃ

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夜の逢瀬 その1

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 ふと真夜中に目が覚めた。

 あれから、棗ちゃんが持ってきてくれたホットミルクを飲んだら急に眠気が襲ってきて、わたしは崩れるようにベッドに横になった。

 睡眠薬とまではいかないけれど、鎮静剤か何かがホットミルクに入っていたのかもしれない。だけどその事を怖いとか嫌だとかは思わなかった。きっとそれはわたしを休ませようとしてとった行為だろうから。

 ひんやりとした夜の空気を大きく吸い込み、わたしは起きあがった。真っ暗な部屋の中、月の光が微かにカーテンの隙間から差し込んでいる。

 窓辺に行き、カーテンを開けると半月より少し膨らんだお月様がぽっかりと浮かんでいた。

 そのお月様に誘われるようにわたしはふらりと部屋を出た。幸い服のまま眠っていたから着替える手間はいらなかった。

 みんな熟睡している時間なんだろう、隣の部屋にいる棗ちゃんも、透見も他のみんなもわたしが起き出して屋敷を抜け出した事に気がつかないようだった。

 ふらふらと人気のない暗い夜道を歩いて行く。

 どこへ、という明確な目的地はなかった。なかったんだけど、気がつくとわたしは神社の階段をゆっくりと登っていた。

 約束をしたわけではなかった。そもそも約束が出来る程、言葉も交わしていない。

 だけど予感はあった。階段を一段一段登る度に予感は強くなっていく。

 きっと会える。あの、懐かしい景色の見える場所で。

 初詣やお祭りのある夜ならば灯りに照らされているだろう境内も、何の行事もない今夜はほとんど月明かりが頼り。それでもあの場所へと行き、街を見下ろす。

 誰もが寝静まるこの時間は明かりの着いてる家なんてほとんどなくて、見えるのは信号機や街灯の明かりがほとんどだ。

「悪い子みーっけ。こんな夜中にフラフラひとりで出歩いてると、こわーい空鬼さんに見つかって襲われちゃうよ」

 頭上からそんな軽い口調で言葉をかけられる。わたしは彼を見上げ、微笑んだ。

「貴方はわたしを襲ったりなんてしないよ」

 月を背にして空からわたしを見下ろす彼。逆光のせいで表情はよく見えないけれど、きっと困ったように笑ってる。

「……本当に、覚えてるんだね」

 彼の言葉にほんの少し悲しくなる。

「全部は…思い出してないよ。思い出したのは、ほんの少しのこと」

 わたしが彼を好きだという事。〈唯一の人〉を選ばなければ彼はわたしの前に姿を現さないという事。わたしと〈唯一の人〉とで、彼を倒さなくちゃいけないという事。そして彼も、たぶんわたしを好きでいてくれるという事。

 どうして彼を倒さなければならないのか、何故彼もそれを望んでいるのか。……彼の名前さえ思い出せていない。

 現実での彼の出てくるゲームのタイトルやヒロイン、他の攻略対象の名前は思い出せるのに、どうしても彼の名前だけが出てこない。まるで封印されてしまっているかのように思い出せない。

 だからわたしは彼の名前を呼ぶことさえ出来ない。

「それでも、覚えてるんでしょ」

 トン、と彼は地上に降りてわたしの隣りへとやって来た。

 その気配にああ、と納得する。以前戒夜とここへ来た時に感じた誰かとここからのこの景色を見たというのは彼の事だ。

「わたし、ここから見下ろすこの街の景色、好きだわ」

 言いながら思い出す。この夢を見るのはこれが初めてじゃない。目覚めた時には忘れてしまっていたけど、何度もこの夢を見ている。

 彼とここから街を見下ろしたのは何度目の夢だったんだろうか。

「キミはこの島を愛してるからね」

 囁く彼の声は、とても優しい。

 それはここなら貴方に会えるからだわ。

 気づいた、というか思い出した、真実。だけどわたしはそれを声に出せない。

 肩を並べ、一緒に夜景を見下ろしてくれる彼。だけど以前のようにわたしの肩を抱いてはくれない。

「どうして。どうしてわたしは貴方を倒さなくてはならないの?」

 疑問をぶつけてみる。答えてくれるかどうかは分からないけれど、訊かずにはいられなかった。

「どうして? キミは〈救いの姫〉でボクは空鬼だからさ」

 当たり前のように彼は言う。でもわたしはそれじゃ納得出来ない。

「伝承で言われているように貴方がこの街やわたしを襲うなんて思えないし、わたしは貴方が……」

「襲うよ?」

 真面目な声で彼がキッパリと告げる。

「覚えてるなら、キミも知ってるでしょ? ボクは目的の為ならキミを襲う事だって躊躇わないよ」

 彼を見上げる。彼はうっすらと笑みを浮かべ、月を見上げている。

 確かにわたしは知っている。彼はただ優しいだけの人じゃない。喩え自分が嫌われる事になってもヒロインの為に行動する。それが彼以外の攻略キャラのルートであっても。

 だからこそ、この夢の中ではヒロインの位置にいるわたしの為に彼は動いてくれている。それをわたしは確信している。

 だけどそれが何なのかが分からない。彼はわたしの為に何をしようとしているんだろう。その為にどうして彼を倒さなければならないんだろう。

「わたしは貴方と敵対なんてしたくない」

 切実な思い。こんな近くにいるのに、彼の事がとても遠く感じる。わたしは彼が好きなのに。きっと彼も、わたしが好きなのに。

 不意に美術館で見た絵が思い浮かぶ。あの絵は〈救いの姫〉と空鬼の邂逅を描いたものだったのだろうか。わたし達の想いに気づいた誰かが絵に描き留めてくれていたのだろうか……。

「それは出来ない相談だなぁ。キミはちゃんとキミの役割を果たさないと」

 困ったように笑い、わたしを見る。

 わたしの役割。〈救いの姫〉の役割。

 どうしてこれまでの夢の中でわたしは彼を倒すなんて事してきたんだろう。記憶が無かったから? 彼がそれを望んでいたから?

 分からないし分かりたくないし、嫌だ。

「貴方の……貴方の、目的は何?」

 幾度なぜと問いかけても彼は誤魔化し、話を逸らす。だから今度こそちゃんと訊かないと。

 案の定彼はおどけた様子でこう告げる。

「何って、キミも知ってるでしょ? ボクはボクの役割を果たし、キミと〈唯一の人〉に倒される事だよ」

「嘘。それは手段であって目的じゃあないでしょう?」

 彼が倒される事によって果たされるもの。それはいったい何?

「……どうして? 何故、そう思うのかな」

 彼の瞳に悲しみの影が落ちる。彼を悲しませたいわけじゃないのに。だけどちゃんと訊いておかなきゃ。

「分かるよ、それくらい。わたしは貴方を倒したくなんてない。なのに貴方はわたしに倒させようとしている。何の目的もなく自分を倒せなんて言う人、いないもの」

 わたしの問いかけに、彼は迷っているようだった。わたしがそれを思い出せていないのを知って、教えるべきかどうか。

「……キミは、この世界の人じゃないでしょ?」

 彼の言葉に胸がズキリと痛む。

「キミは、自分の世界に帰らなくちゃ、ね」

 悲しそうな瞳のまま、彼は微笑む。

 そうだ。そうだった。空鬼を倒し島の平和を守り、〈救いの姫〉は自分の世界へと帰って行く。それがこの世界の設定。それがこの夢に課せられたルール。

 彼はわたしを元の世界に帰すために、倒されたがってるんだ。


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