独身彼氏なし作る気もなしのアラフォーおばさんの見る痛い乙女ゲーの夢のお話

みにゃるき しうにゃ

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夜の逢瀬 その2

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 でも、わたしは……。

「ダメだよ」

 わたしの言いたい言葉を先読みしたように、彼は笑いながらそう言った。

「ここはキミの世界じゃない。キミはちゃんと自分の世界に帰って、前を向いて歩いていかなきゃ」

 貴方と一緒にいられるなら、帰れなくてもいい。この世界でずっと一緒にいたい。そう言おうとしたわたしの声を彼は否定する。でも。

「だけどわたしが何度もここに来るのは、貴方に呼ばれるからだわ」

 そんな言葉が口をついて出た。

 もちろん正確には魔術師がわたしを召還する、という設定なんだけど。だけどわたしが召還されるのは空飛ぶ赤鬼が再びこの島へやって来るという理由があるからだ。今回はわたしの召還が先だったけれど、蘇った記憶の中には過去、召還された時にはすでに小鬼が島を荒らし始めていた時もあった。

 わたしの言葉に彼は瞳に悲しみを滲ませる。

「そうだね。ボクはキミをキミの世界に帰してあげたい。…けど、淋しいんだ。キミのいない世界は淋しくて、その淋しさが小鬼を生み出す。淋しさから生まれた小鬼はキミを捜して島中を駆け巡る……」

 彼の言葉がわたしの中にスッととけ込む。やっぱり彼は、わたしの事を想ってくれている。

 言われてみれば小鬼は、わたしを見つけて本当に嬉しそうな顔をしていた。わたしに害をあたえようなんてしなかった。ただ、一緒に行こうと、彼の元へと連れて行ってくれようとしていただけだ。

 小鬼を見てあんなにも胸が苦しくなったのは、小鬼が彼の分身のようなものだったからだ。彼の存在が確認できたから、彼がまだわたしを求めてくれていると分かったから……。

 切なくなる。きゅっと胸が痛くなる。

 彼は視線を落とし、辛そうな顔をしている。

「だったら……」

「だけどボクは、キミをキミの世界に帰してあげたい」

 わたしの意見は聞かないよと言わんばかりに彼が言う。けれどわたしも自分の気持ちを伝えたくて口を開く。

「わたしは帰りたくなんてない。貴方と一緒にいたい」

 喩えこの夢が覚めなくなって現実世界に戻れなくても、わたしは貴方と一緒にいたい。

 そんなわたしの気持ちを見透かした様に真剣な瞳でわたしを見る。

「ダメだよ。キミだって本当は分かってるんでしょ? ここにこのままいられないって事は」

 彼の瞳に胸が詰まる。苦しくなる。

 彼がわたしの為を思って言ってくれているんだという事が痛い程伝わってくる。

 それでも、わがままでも現実逃避だったとしても、わたしは一緒にいたいのに……。

「わたしは……」

「姫君!」

 突然聞こえてきた透見の声。振り向くと走ってここまで来たのだろうか? 息を切らしながらわたし達を見ている透見の姿がある。

「おのれ、空鬼……!」

 憎しみに満ちた瞳をして透見が彼を睨みつける。そして息が整い始めると同時に呪文を唱え始める。

「ダメ! 透見っ」

 思わず叫び、彼を攻撃するつもりだろう透見から彼をかばうように立ちはだかる。

「……っ。姫君!」

 わたしの態度に顔を歪ませる透見。と同時に背後にいた彼が、わたしの腕を掴む。

「さっき言ったよね。ボクは目的の為ならキミを襲う事も躊躇わないって」

 その言葉が終わるか終わらないかの内に、彼とわたしの体が浮き上がった。

「きゃっ!?」

 反射的に叫び、振り向き彼へとしがみつく。

 高所恐怖症とまでは言わないけれど、高い所に慣れているわけでもない。ましてや足元には何も無いとなれば、怖くない筈がない。

「ホラ、もっと叫んで助けを求めて」

 煽るように彼がそんな事を言う。

 彼の事を知らなければ、彼に恋していなければきっと、なんて酷い人なんだろうと思っただろう。だけどわたしは彼を知っている。わたしは彼の事が好きだ。だからこんな酷い目に遭わされても、怖くても、彼を酷い人だとは思えない。

「姫君を放せ」

 今まで見た事もない、激しく怒っている顔で透見が叫ぶ。

「うん。じゃあ離そうか」

 そう言い彼がわたしの腕から手を離した。途端に重力に支配されたわたしの体が落下を始める。

「きゃあああっ」

 悲鳴が出る。彼にしがみついていた筈なのにわたしの握力や腕力では自分の体重を支えきれず、あっという間に落ちていく。

 怖くて目を閉じた途端、フワリと身体が浮くのを感じた。

「大丈夫ですか、姫君!」

 あと一メートルで地面という所で宙に浮いたわたしをホッとした様に透見が抱きとめた。

「あ、ありがとう。透見」

 たぶん透見が魔術で助けてくれたんだろう。お礼を言うと透見は短く首を振り、空を見上げ睨んだ。

「どういうつもりだ」

 透見の問いに彼は空の上で笑いながら答える。

「空鬼は〈救いの姫〉を狙い襲う。これは古から決められた事でしょ? どういうつもりも何もないでしょ、〈唯一の人〉」

 わたしは透見の腕から下り、彼を見上げる。さっきまではすぐ傍にいたのに、あんなに遠い。隣には透見がいる筈なのに、まるで独りぼっちになってしまった様でひどく淋しい。

「では何故魔術をかけ、姫君の心を惑わす」

 彼の答えが気に入らないと言わんばかりにいつもと違い、強い口調で言う透見。わたしが軽い気持ちで透見を〈唯一の人〉に選んでしまったせいで、彼の方こそ洗脳されてしまったかのように〈救いの姫〉を想い始めている。

 透見の言葉に彼は首を傾げた。

「ん? なんのコトだろう?」

「誤魔化すな!」

 叫ぶと透見は呪文を唱え始める。

「ダメ! 透見」

 わたしは慌てて透見を止めた。何の呪文かは分からなかったけれど、たぶん彼を攻撃する為の呪文だ。彼を攻撃なんてさせられない。

 わたしの声にいったん呪文を止めたものの、透見はいつでも再開するつもりなのが伝わってきた。

 そして空の上にいる彼は、わたしの行動に「おやおや」と困ったように笑みを浮かべた。

「何を迷う必要があるのかな。キミは〈唯一の人〉に出会えたんだから、あとは空鬼であるボクを倒すだけでしょ?」

 遠く、空の上から話しかけているのに、まるですぐ傍で囁かれたように彼の言葉が耳へと入ってくる。わたしだけかと思ったら、それは透見もだったようで、彼の囁きに眉をしかめ言葉を返した。

「……お前は倒される事を望んでいるのか?」

 透見の言葉に彼は答えない。ただ、口元に笑みを浮かべこちらを見ている。

 締め付ける胸元を押さえ、わたしは彼を見上げた。

 彼はわたしを早く元の世界へと返したがっている。だから〈唯一の人〉である透見に倒されたがっている。

「透見……」

 わたしは透見の腕を掴んだ。

「お願い、透見。彼を攻撃しないで……」

 縋るように透見にこいねがう。

 わたしの言葉に空の上で彼がため息をついた。

「今日は無理みたいだね。…じゃあ、覚悟が決まったら、おいで」

 そう言い、彼が背を向ける。

「あ……」

 去って行く彼を追いかけたいのに、わたしは空を飛ぶ事なんて出来ない。彼を追いかける事が出来ない。

「姫君?」

 どうする事も出来なくて、わたしは地面にしゃがみ込み、声を抑えながら泣いた。


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