独身彼氏なし作る気もなしのアラフォーおばさんの見る痛い乙女ゲーの夢のお話

みにゃるき しうにゃ

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最後の戦い その1

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 神社の境内はとても静かだった。遠くから聞こえてくる潮騒の音。どこかに学校があるのだろうか、チャイムの音も微かに聞こえる。

 聞こえてくる音は様々だけど、それでも境内は静かだった。そよぐ風に揺られるクスノキの葉擦れの音。参拝者の為の手水のあふれるチョロチョロという音や小鳥の声も聞こえてくる。

「本当にここに空鬼が来るの?」

 辺りを警戒しながら園比が呟いた。辺りが静かだからだろうか、自然と声を低くしている。

「ここが争いの場になるんなら神主さんとか巫女さんとか、避難してもらっとく方が良くね?」

 ふと思い立ったように剛毅が言った。けれどその言葉に、わたしは首を横に振った。

「大丈夫だよ。だってホラ……」

 見渡す景色のどこにも、わたし達以外の人影はなかった。普段なら境内を掃除したり社務所で仕事をしている巫女さんや神主さんの姿を見かけそうなものなのに。

 そしてなにより不自然なのは、辺りがすっかり夕景に変わっていた事だった。

 屋敷からこの神社までゆっくり歩いても何時間も掛かりはしない。朝早くに屋敷を出たのだから今はどう考えてもまだ午前中の早い時間の筈だ。

 なのにオレンジ色の夕日が辺りを黄色く、そして赤く染めている。

 理由はなんとなく、分かってる。彼の印象深いイベント。スチルのあるシーンにこんな夕景がある。せつなくて泣けるそのシーンの背景をたぶんわたしが無意識に選んじゃったんだろう。

 人がいないのも、夢の中のモブキャラとはいえ他人を巻き込みたくないと無意識にこの場所に結界を張ったように誰もいなくなったんだと思う。御都合主義だね、わたしの夢。

 そのクセ彼とのハッピーエンドを作れない辺り、わたしは意気地なしだ。

「気がつきませんでした。いつから……」

 険しい顔つきになり透見が夕陽に照らされた神社を警戒する。

「魔術の気配はありませんが…空鬼の仕業でしょうか?」

 低く呟く透見にわたしは慌てて首を振った。

「違うと思う。たぶんわたし」

 驚くみんなにゲームの事は伏せ、説明する。すぐに園比と剛毅、棗ちゃんの三人は納得してくれて「さすが姫様」「こんな事も出来るなんてすごい」とか口々に誉めてくれた。

 けど透見と戒夜は少し複雑そうな顔でわたしを見ている。

「〈唯一の人〉である透見が貴女の名を知った事で小鬼を無意識に撃退する力を得たように、名を名乗った事で〈救いの姫〉である貴女も無意識に結界を張る事が出来たのかもしれませんが、『無意識に』というのはあまり喜ばしい事ではありませんね」

 眼鏡をキラリと光らせ、戒夜が言う。

「なんでさ。無意識だろうと他人を巻き込みたくないって姫様のやさしー心が働いて結界張ったんなら結果オーライじゃん」

 むっとして言う園比に戒夜はた溜め息をつく。

「無意識に張った結界は気がつかぬ間に解けてしまう場合があるだろう。それがどんなに危険な事か」

 戒夜の言い分も分からないではない。何かの拍子に結界が解けちゃって近くにいた巫女さんが巻き添えになったなんて事になったら困るもん。でも。

「大丈夫だよ。決着が付くまではもう、わたし達以外はここにはいないから」

 目覚めは近いから、余分な登場人物なんていらない。

 わたしがあまりにもキッパリそう言ったせいか、戒夜もそれ以上口を開かなかった。

「それにしても姫君。空鬼は本当にここに来るのでしょうか」

 透見が静かに尋ねてくる。

「来るよ。というか、いるよ」

 そう言い、わたしは空を見上げる。空高く、目の悪いわたしには顔の見えない位置に赤い髪を持った彼は浮いていた。

「やあ、カクゴが出来たんだね」

 いつもの軽い口調。だけどその顔が微笑んでいるのか、困ったように笑っているのかわたしには見えない、分からない。

 それでも彼の声を聞いただけで、その存在を確認しただけで胸が締め付けられる。涙がこぼれ落ちそうになる。彼を倒すと心に決めた筈なのに、それでも『どうして彼と争わなければならないの』という思いがわたしの心を満たしていく。

 だけどわたしはその思いを振り払い、彼を見つめた。

「空鬼」

 厳しい顔をして透見を始め、みんなが身構える。だけど彼は身構える事なく、そのまま宙に浮かんでいた。



 いよいよ最後の戦いが始まるんだ。彼の望む、目覚めの為の戦い。わたしは望みたくない、彼との別れの戦い。

 そこでふと気づいた。今更だけどこの戦い、わたし達にはかなり不利なんじゃないの? だって彼は「空飛ぶ赤鬼」の名の通り、空を飛ぶことが出来るんだもの。

 気になってこっそりと透見に耳打ちする。

「ねぇ、空飛ぶ彼と、どうやって闘うの?」

 小さな声で尋ねたつもりだったのに、驚いた事に空から呆れた声が降ってきた。

「今ここでそれを相談するんだ? 随分暢気だねぇ」

 カァッと羞恥で頬が熱くなる。でも確かにそうだ。闘うって覚悟を決めたんなら、闇雲にやって来るだけじゃダメじゃない。

 今更そんな事に気づいても遅いけれど、それでも彼は今後のためにとわたしに指摘してくれる。

「姫君、ご心配なさらず。貴女はそこにいるだけで良いのですから」

 わたしを庇うように透見が優しくそう言ってくれる。

「ああ、〈唯一の人〉はちゃんと計画立ててたんだね。まさかボクが両手を広げて『さあどうぞ』って目の前に行かなきゃならないのかと思って焦ったよ」

 冗談めかして両手を広げ、彼がそんな風に言う。わたしの気持ちがまだ彼にあるという事を知っているせいなのか、透見は冷たい目で彼を見た。

「本当に我々に倒される気があるのなら、そうして下さっても何の問題もないのですが?」

 それを聞いて彼は困ったように笑いながら肩をすくめた。

「まさか。本当にそんな事をしたところで困るのはキミ達でしょ。幾ら倒さなくちゃならない相手とはいえ、無抵抗な相手に刃を向けられないでしょ?」

 キミ達は『救世主』で『正義の味方』なんだから。まるでそう言っているようだった。そしてそれはたぶん正しい。この島では皆、〈唯一の人〉の事をそんな風に思ってるだろう。

 そんな事を考えてたら、ヒュッと音を立てて彼の方へと何かが飛んだ。

「ゴチャゴチャ言ってないで、始めようぜ」

 不適な笑みを浮かべ剛毅が言う。さっき飛んで行ったのは剛毅のナイフだったらしい。

 不意打ちだったそれを彼はヒョイと難なく避けてみせた。剛毅の方も特に期待していなかったのか、避けられても気にしていないようだ。

 だけど剛毅のその言葉を合図に、みんなが戦闘態勢に入る。足手まといのわたしを除いてもこちらは五人。一人を相手に一見有利な様にも感じる。だけどさっきも思った様に彼は空を飛べる。空の上にいる彼に、園比や戒夜は攻撃出来ない。剛毅や棗ちゃんはある程度の高さなら投擲する事が出来るけど、あんまり高くまではたぶん届かない。

「ご心配なさらないで下さい、みおこさん。貴女の事は私が守りますから」

 不安な顔をしてしまっていたのだろうか。透見が密かに耳元で囁く。半分はわたしを安心させる為に。半分は他の人に聞かれないようわたしの名前を呼ぶ事で、〈唯一の人〉としての力を増す為に。

 わたしの考えが正しかったのか、透見の力がブワリと音を立てて増したような気がした。それを待って、透見は魔術の呪文を唱え始める。

 そして闘いは始まった。


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