独身彼氏なし作る気もなしのアラフォーおばさんの見る痛い乙女ゲーの夢のお話

みにゃるき しうにゃ

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夜が、明ける その2

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 温かな胸の中、自分の身体を預けたくなる。透見の言う通り、彼を忘れる事が出来たなら、そもそも彼の事を思い出す事がなかったなら、透見とのハッピーエンドでこの夢は終われただろう。

 だけどわたしは透見の体をぐいと押し戻した。

「みおこさん?」

 優しく問いかける透見にわたしは首を振る。

 彼を忘れる事は、きっとない。透見を〈唯一の人〉とし、彼を倒す覚悟はしたけれど、それでも彼を好きという思いは変わらない。

 わたしの思いに気づいたのか、透見はほんの少し笑みを浮かべ息をついた。

「そうですね。私が急ぎすぎました。まずは明日、空鬼を倒してからですね」

 ゆっくりと透見が身体を離す。

「うん。彼を、空鬼を倒すという気持ちはちゃんとあるから」

 辛くても、彼を倒す。それが彼の望みだから。

 ごめんね、透見。彼を倒した後、わたしは目を覚ます。貴方達にとっては、わたしはわたしの世界に還る。空鬼を倒した後のわたし達には何も生まれない。何もやってこない。あるのは別れだけ。

 だけどその事を透見に伝える事はなく、「おやすみなさい」と挨拶をしてわたしは透見を見送った。



 ひとりになり、部屋の灯りを消しベッドに入る。

 月灯りが窓からやわらかく部屋へと差し込んでいる。

 これまで色んな乙女ゲーをプレイしてきた。元々一つの事に燃えるとそればっかりに集中して他に興味のいかなくなるわたし。幸か不幸かやる気は無いけどそれなりにマジメに仕事をこなしていたので、多くはないけれど乙女ゲーにつぎ込むお金はあり、次々と新しいものを購入してプレイした。

 好きになったり萌えたキャラもたくさんいる。最初に好きになった、わたしを救ってくれたともいえるキャラの事も、今でもやっぱり大好きだ。

 だけど、恋をしたのは彼だけだ。どうしてこんなに好きなのか。現実にはいない、ただの二次元のキャラクターなのに何故こんなにも切なくなるのか。

 普通の人には分かってもらえないかもしれない。別に理解してくれというつもりもない。

 ただただ、彼が好きという想いがわたしの中にあった。現実でも嫌な事があっても、彼という存在のおかげでがんばって笑顔を作ろうと思えた。

 そんな彼と、夜が明ければ闘わなくてはならない。

 窓から差し込む月の光は、とてもやわらかい。優しさと淋しさ、そんなもので出来ているような月の光をわたしは見つめる。

 朝になれば、彼と逢える。

 明日には、彼と別れなければならない。

 夜明けを心待ちにしているわたしと、明日が来ないでほしいと願うわたし。どちらもが本当の気持ちで、その矛盾した思いを抱えたまま、わたしはじっと窓からさす月灯りを見ていた。

 覚悟したからだろうか。そんな矛盾を抱えていても不思議と気持ちは落ち着いていた。

 逢いたい。でも闘いたくはない。それでも闘わなくてはならない。

 静かに、息をひそめてそんな思いを抱きながら、わたしはやわらかな月灯りを見つめ続けた。

 やがて時はたち、空が白み始める。

 彼に逢うために、夜が、明ける。



 翌日、決戦の日という事もあって、みんな朝早くから気合いが入っていた。

 わたしはというと、この日を迎えたくなんてなかったという思いと、それでも彼に逢えるという思いで複雑な心境になっていた。

「して姫。これから我々はどちらへと向かえば良いのですか?」

 朝食を取り終え、準備万端といった面もちで戒夜が尋ねてくる。他のみんなも皆、わたしにじっと注目している。

「神社、で良いと思う。あそこは空鬼にとても縁が深い場所だから」

 言いながら今更ながらに思い出す。あの神社は彼の出て来るゲームに描かれている背景の場所だ。透見達の出て来るゲームではなく、彼の。

 どうして思い出せなかったんだろう。これもまた、この夢の設定なんだろうか。知ってる筈の事を思い出せない、記憶の封印。

 思い出せないといえば、わたしは彼の名前さえ思い出せていない。あんなにも好きで何度も何度も繰り返しそのゲームをプレイしていたというのに。

 もしかしたら彼の名前を思い出す事が出来たら彼とのハッピーエンドもあるんじゃないだろうか。

 そんな淡くも甘い思いがわたしの頭を過る。

 だけどその事に気づくのが遅すぎた。もうルートは確定している。もう目覚めの時刻は迫っている。バッドエンドでも良いから最後まで、どうか最後までこの夢を見させて。

「大丈夫ですか、姫君。…怖いのですか?」

 震える手を握りしめていると、透見が優しくその手を重ねてきた。温かなその手に、じわりと涙が浮かびそうになる。

「怖くは、ないよ。ありがとう透見」

 笑みを作って嘘をつく。怖くない筈がない。彼に会えば彼と闘わなくてはならない。かといってぐずぐずしていれば逢えないまま目覚めかねない。

「なんなら姫さんは留守番してオレたちだけで行くってのはどうかな。もう〈唯一の人〉が透見だって分かってるんだし、姫さんが無理して怖い目に遭わなくてもも良いと思うんだけど」

 剛毅の提案に園比も「それがいーよ」と賛成してくれる。けどそれじゃあダメなの。折角の提案だけど、それには乗れない。

「ありがとう。けどたぶん、わたしが行かないと空鬼は現れないから」

 これはわたしの見ている夢だから、わたしが動かなければ話は動かない。それに彼は、わたしの為にこの世界にいるのだ。わたしが行かないでどうするの。それになによりわたしが、彼に会いたい。

「そうですね。あの時空鬼は姫君に『覚悟が決まったらおいで』と言っていました。姫君の言う通り、彼女が行かなければ空鬼が出て来ないという可能性はあるでしょう」

 微笑み頷くと透見は重ねた手を引き、わたしを導くように歩き出す。

 その手はとても優しいけれど、縋っちゃダメだ。自分の意志で決めて自分の足で歩いて行かなくちゃ。

 だからわたしは、透見の優しい手から手を離し、両手でパンと自らの頬を叩いて気合いを入れる。

「姫君?」

 驚いたように透見や他のみんながわたしを見る。

「うん、行こう」

 精一杯の笑顔を作り、わたしは告げる。

 この笑顔で、彼に会おう。折角逢えた彼に、少しでも笑顔を向けよう。

 彼を倒すなんて選択は辛いものでしかないけれど、それでもやっと彼に逢えたんだから。逢えるんだから。

 そう心に決めわたしは決戦の場へと歩き始めた。


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