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第1話 空の秩序にして契約なき忠誠
第3節 空賊連合の影
しおりを挟む空域西部――帝国航路網の外縁部に位置し、浮遊石の含有率が低い低層島群と、未開拓の小型浮遊礁が散在する地域。帝国の航宙図では「第七級交易圏」と分類され、いわば“交易省が手を抜いてよいとされた範囲”である。
しかし、交易省の怠惰と関心の薄さは、別の勢力にとっては“好機”だった。
彼らは“自由商会”と名乗った。
公文書上では“空賊”と記され、報告書では“違法航行商団”、あるいは“無許可飛行組織”などと表現されるが、実態はそれらのどれにも正確には当てはまらない。
彼らは海賊のように旗を掲げて略奪するわけではない。
彼らは反帝国の急先鋒として銃を撃つわけでもない。
彼らはむしろ、帝国法の“抜け穴”を熟知し、それを突き、回避し、無視し、時には偽装しながら“制度の外側”で秩序を築いていた。
「……自由とは、本当に迷惑な概念だな」
レティシア・クロード総督は、重厚な地図の上に指を滑らせながら、ひとりごちた。空域西部――とりわけ《ヴェルデ=ライン航路》を中心としたエリアでの航行記録を分析しながら、帝国法の網をすり抜ける匿名船団の動きを追っている。
空を行き交う全航行体は、《通商航行監査局》による通報義務と登録義務を負う。それは“帝国秩序”を空にまで投影したいと願った元老院の意志の現れであり、交易省の予算獲得のための建前でもあった。
だが、現実には、登録を行わず、監査を拒み、しかし略奪も行わず、独自に貨物の輸送・交換・情報伝達まで行う“謎の航行集団”が複数存在した。時に帝国の官製航路よりも安定して荷を届け、時に帝国軍よりも早く騒乱を鎮める。
その矛盾した存在感は、やがて“自由商会”という名称で括られるようになった。
だが、レティシアの見立ては違う。
「秩序を否定する者は、ただの反逆者だ。だが秩序を模倣する者は、もっと厄介だ。――彼らは帝国を“制度”で凌駕する可能性がある」
統治官としての彼女は、戦闘よりも統治構造、組織運用、物流管理にこそ興味を抱く存在だった。
空賊が略奪者であるならば、銃で討てばよい。だが自由商会は、法を理解し、法の内と外を行き来する“実務能力”を備えた組織であり、その指導層にはおそらく元帝国官僚、あるいは情報局の残党すら混じっているという噂もある。
その存在は、帝国の“制度そのもの”への挑戦に他ならない。
「閣下、こちらが例の密航報告です。偽装商団『白翼運送』の通行記録と、積荷の明細です」
副官が差し出した書類には、実に“正確な”出港日と入港先が記されていた。誰が、どこから、何を、どうやって、どのように運んだか――その全てが、あたかも“正規の通商報告”のように整えられている。
だが、この船団は《帝国商標認定局》に登録されていない。契約印も偽物であり、証票も盗品。あらゆる法令に照らせば“違法”であるにもかかわらず、どの都市もこの商団を摘発しようとはしていなかった。
理由は単純だった。彼らは――
「……役に立つからだ」
レティシアは呟く。
「現地の市場は、彼らによって成り立っている。規制と税制でがんじがらめにされた帝国の供給線よりも、自由商会は“早く、安く、融通が利く”。……まさに、制度の欠陥が産んだ“制度外秩序”」
支配というものは、単に命令を下すだけでは成り立たない。制度を提示し、それに従わせる“合意の形”を示さねばならない。自由商会は、帝国が放棄したその“合意の空白”を埋めたのだ。
「副官、通商監査官たちに指示を。自由商会の代表と目される“ルシア=ナイン”と接触を試みろ」
「はっ……接触、ですか? 帝国法の下では彼らは――」
「空賊? 反乱者? それとも犯罪者か? 違うな」
彼女は、端整な顔立ちに冷笑を浮かべた。
「“制度の幽霊”だよ。……ならば、幽霊とは交渉してはいけないという法があるか?」
副官が言葉を失う。
だがレティシア・クロードは、静かに命じた。
「“制度”とは、排除だけで成立するものではない。折衝し、編入し、制度のうちに吸収し、腐食させることもまた支配だ」
この帝国では、戦争とは銃声ではない。制度の外から生まれる“異物”を、どのように“文書の中”へと取り込むか――それこそが、総督に課せられた最大の戦場だった。
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