悪役令嬢に転生したけど、恋愛より“支配契約”の方が興奮します

猫屋敷/犬太郎

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第3話 仮面の旅人たち

第2節 空域の囁き

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 正午を過ぎた頃、《第七環》の航行記録監視室に、小さな異変が記録された。

 南東空域、航路C-17経由の帝国交易艦《カリス・メア》が突如として通信を断絶。最後の発信は、わずか一文――「エンジン出力、異常加速中――制御不能、墜落……」という断末魔の記録だった。

 墜落地点は、雲下層部を抜けた先の辺境浮遊島《ル=フェルⅢ》。行政上は帝国未登記の“暫定保全区域”であり、空賊の影が絶えぬ地域だった。

「事故原因は、現時点では“エンジン機関の自動出力異常”とされております。ただし、発信機と記録機のタイムラグが不自然です。加えて、緊急遮断命令が発令されなかった点が不可解です」

 補佐官カティアが報告を読み上げる声音は、いつものように静かである。

 だが、その裏にある“沈黙の違和”を、レティシア・クロードは逃さなかった。

「その艦は、交易省直属の巡回船だったはず。標準の“二重通信機構”を搭載している。緊急遮断命令が出ていないのなら……“誰かが意図的に、黙らせた”と見るべきだ」

「はい。現地回収部隊を派遣しましたが、すでに残骸は燃え尽きており、積荷も空です。対空砲火の痕跡はなく、構造破壊も“内部爆発”の様相を呈しています」

 レティシアは一瞬、書類から視線を外し、天井を見上げた。

 空を、ではない。

 “情報の天井”を――すなわち、“帝国の制度という名の限界”を、である。

「外部攻撃の痕跡がなく、かつ積荷が空ということは、事故ではない。“事故に見せかけた収奪”か、“痕跡を消した誤魔化し”だ。……どちらにしても、“中にいた誰か”が加担していなければ不可能」

「現地の情報統制は、すでに完了しています。航路封鎖と、公式発表として“操縦ミスによる事故”が通知されました。ですが」

「……だが、“奴ら”が動いたのだな?」

 レティシアの視線が、カティアの手元に向かう。

 そこに置かれた一枚の封筒――無印、署名なし、発信局不明。だがその文面には、明らかに帝国制式文書の“行間”を模倣した言い回しが並んでいた。

『貴官の監視対象が、天の声を失うとき、誰が沈黙を奏でるか――』

 詩的ですらあるその文章は、しかし制度に従う者には“実行者の告白”として認識される。

 そしてレティシアは、その筆跡と文調に、ある種の既視感を覚えていた。

「……ジェスター・ノックス、か」

 名は記されていない。だが“様式”が、彼を告げていた。

 “喜劇王”の異名を持つ混沌の使者。
 “自由商会”の中にありながら、制度を嘲笑し、空域の秩序を“遊戯”に変える道化。

「彼が動いたなら、次もある」

「はい。報告には、“ル=フェルⅢ”で先日目撃された“謎の艦影”が添えられています。記録映像には、帝国標準には存在しない帆走補助構造と、あえて“旧式艦隊風”の外装が確認されました」

「……“見せびらかす”趣味は変わっていないようだな。制度に牙を剥くならば、それは常に“演出”と共にある」

 それは、制度の外部に生きる者たち――空賊、自由交易者、理念亡き“混沌の証人”たちの論理であった。

 ジェスター・ノックス。

 レティシアにとっては、かつて“交渉”を試みたことすらある男。

 その舌は毒を含み、笑顔の奥に策略を仕込む。

 だが、“秩序を認めた上で戯れる者”は、制度を否定する純粋な反逆者よりも、厄介である。

 なぜなら、“支配の形式を熟知している”からこそ、逸脱も可能なのだ。

「総督、続報を待ちますか?」

「否――“先に動く”。あの男は、“沈黙の間”を利用する。それを許せば、“第二の事故”が起きる」

 レティシアは、椅子から立ち上がった。

 窓の外、空域には陽光が差していた。

 だがその光の中にこそ、暗い影が潜む。

 帝国の制度は、“記録された事象”しか扱えない。

 ならば、“記録される前に起きる事象”を扱うのは――制度の演者、すなわち支配者たる者の役割である。

「補佐官カティア、予備艦隊“第四護衛群”を再配置せよ。名目は“空域整備支援”だ。だが実際には、“事故調査中の防衛強化”だと分かるように動かせ」

「了解」

 レティシアは最後に、未署名の告発文をもう一度見つめた。

 そこにあったのは、“自由”という名の仮面を被った嘲笑。

 だがそれは、制度に従う者にとっては――明確な“敵意”に他ならなかった。

「さて、道化師殿――次は、どんな演目を見せてくれる?」
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