悪役令嬢に転生したけど、恋愛より“支配契約”の方が興奮します

猫屋敷/犬太郎

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第3話 仮面の旅人たち

第1節 帝都よりの照会

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 午前七時、空中行政塔《第七環》に響いたのは、決して曖昧なものではなかった。

 冷たく律動する機構の息吹。帝国中央から届いた“監査査問”という名の照会は、形式上は定時通報のひとつでありながら、その文面に含まれる政治的意味合いは、端的にして重々しかった。

「――“軍備構成比に対する監査的照会”。総督、これが帝都内務監察庁の正式文面です」

 補佐官《カティア》は、書類の綴りを卓上に置きながら、まるで医師が診断書を提示するような静謐さでそう告げた。

「直近三ヶ月、我が第七環交易部隊が装備した武装艦艇の総数、それに関する費用、及び再配置済みの火器格納庫数……。監査は“帝国標準より7.3%超過”との指摘を付記しています」

 レティシア・クロードは、背筋をまっすぐにしたまま、紅茶に口をつけた。

 苦味は変わらない。帝都からの文言に左右されるほど、彼女の舌は未熟ではない。

「帝都の“監査的照会”は、通達ではない。だが、それが制度的に持つ意味は一つだ。“過剰を自認せよ”という、遠回しな命令「はい。法制上の命令ではなく、制度内での“自浄努力”を求める合図です。だが問題は、どの軍備が“過剰”と定義されたかではなく、誰がその定義を下したか、です」

 レティシアの指が、書類の上を滑る。

 その指が指し示したのは、監査部の封蝋に紛れていた、一つの識別符号だった。

「“D5-A3-R”。……帝都第七官房の査問識別。つまり――“内通者”のいる可能性が高い」

「それが、総督府のどこかに、ですか?」

「否。“交易省内に、である”。監察庁が直に動くはずがない。これは、交易省本省の内部から出た“自浄要求”だ。すなわち――誰かが、我々の軍備拡張を咎めた」

 レティシアはゆっくりと席を立ち、広大なガラス窓から空を見た。

 濃密な浮雲。その隙間を縫うようにして、帝国標準型の重武装交易艦が、一条の白光を残して航行している。

「……交易とは、交渉ではない。利益とは、秩序の別名にすぎない。そして秩序とは、数と火力によってのみ保証される」

「その“火力”が、帝都に脅威と映り始めた、というわけですね」

「愚かとは言わぬ。妥当ではある。だが、帝都が“軍を持たぬ交易”を理想とするならば、それは理想ではなく妄想だ。海賊を交渉では黙らせられん」

 カティアは、無言のままうなずいた。

 その顔には感情らしき揺れはない。だが、目の奥に宿る“記録者”としての冷徹な光は、なおもレティシアに問いかけていた。

 ――それでもあなたは、武器を持つのか?

 レティシアは答えることなく、背後に並ぶ書類棚の一角から、一冊の分厚い報告書を取り出した。

「第七環の武装構成と、各空域における交戦記録だ。帝都へ送る。理由は明白だ――我々は、“秩序の番人”である」

「了解しました。文言は、“自由交易空域における防衛的任務遂行の必要性”として起案しておきます」

「同時に、監察庁にはこう返せ。“我々は軍を持たない。ただし、護衛艦隊という形で、“秩序維持装置”を保持する”」

 レティシアは、軽く口角を上げた。

「文法と制度――それが帝国を動かす。であれば、我々は“制度の解釈者”として正当な権限を行使しているに過ぎない」

「帝都の反応は?」

「おそらく――沈黙、でしょう」

 カティアはわずかに目を伏せた。

 だがそれこそが、帝国における最も明確な返答であることを、彼女もまた理解していた。

 “沈黙”は、容認である。

 あるいは、それ以上の“放棄”である。

 レティシア・クロードは、紅茶のカップを机上に戻しながら、静かに言った。

 「さて、制度は許可を下した。我々は動く。軍備を削るのではなく――“定義を変える”のだ」

 それは、制度を信じぬ者にとっては詭弁に聞こえただろう。

 だが、帝国においてはそれが――真理であった。
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