ブラック企業から異世界転生したら、魔王軍の人材流出がもっとヤバかった 〜ハズレスキル「平時調整」で成り上がる〜

猫屋敷/犬太郎

文字の大きさ
3 / 22
第1話

第3節 “ハズレ”の刻印と、動かざる者

しおりを挟む


 《保有スキル:平時調整(分類:支援系/評価:E級未満)》

 その一文は、カナスの頭上に文字通り浮かんでいた。淡い魔力の光を帯びて、ゆらゆらと宙に揺れている。
 “可視化された評価”という地獄じみた制度は、この異世界でもしっかりと機能しているらしい。

 魔族たちの反応は、分かりやすいものだった。
 鼻で笑う者、眉をひそめる者、露骨に舌打ちをする者。それぞれの動きはバラバラだが、“見下し”という感情だけは揃っていた。

 「やっぱりハズレだな」「また外したのか、最近はツイてないな」「帰還させても無駄だ、燃料代がもったいない」
 言葉が好き勝手に飛び交い、耳に入る。それらは感情的というより、業務連絡の一部として発せられているようだった。

 カナスはそれを見ながら、スキルウィンドウの表示構造を無意識に分析していた。

 フォントは楔形文字風。階層的には“名前・種別・評価”の順。
 装飾は最小限。おそらく、視認性重視のUI。魔法で形成されているにもかかわらず、設計思想は妙に“事務的”だ。

 《分類:支援系》というのも気になる。
 支援系――攻撃でも防御でもない。“戦闘に関与しない”ことの裏返し。
 評価はE級未満。つまり、S~Eの一般等級すら与えられていない、という意味だろう。

 ……なんてことだ。ここでも“評価不能枠”とは。

 皮肉にも、かつて人事査定に追われた立場として、彼女はこの構造に**“見覚え”があった**。

 「前職と違って、こっちはS~Eで済むだけマシか……」

 小さく呟いた声は誰にも届かなかったが、自分だけにははっきり聞こえていた。

 魔族たちは、それぞれ自分の持ち場へ戻ろうとし始めていた。
 “失望”が“無関心”に変わり、“無関心”が“放置”へと変わるまでの流れは早い。
 この手の現象には、どの世界でも“処理速度”というものがあるらしい。

 だが、たった一人だけ――動かなかった。

 玉座に座する魔王が、沈黙を守ったまま、依然としてカナスを見下ろしている。

 彼の瞳は色を持たず、焦点もない。だがその視線には、情報を吸い取るような質量があった。
 目を合わせているだけで、何かが“監査”されている気分になる。
 カナスはその圧力を、表情一つ動かさずに受け止めていた。

 ――評価されていない。されていないが、見られている。

 この状況を、かつて加納司として経験した場面に重ねるとすれば、それは「会議中の沈黙している役員」だった。
 発言しないが、権限を持ち、いつでも鶴の一声を放てる。
 その存在は発言者よりも重く、沈黙するだけで場の“方向”を支配する。

 つまり、今のこの場で最も恐れるべきは、口を開かない魔王――。

 「貴様」

 その魔王が、ようやく発声した。音の濁りがない。呼吸がなかったかのように、言葉だけが空間に放たれた。

 「“平時調整”とは何だ。説明しろ」

 その問いは、質問というより、**“試問”**だった。
 誰も彼もが彼女をハズレと切り捨てていく中、唯一“確認する価値”を見い出した者の声だった。

 カナスは、少しだけ目を細めた。

 「……私自身、完全には理解しておりません。ですが、少なくとも“戦闘では使えない”という意味で間違いないでしょう」

 魔族たちの失笑が走る。だが魔王は動かない。

 「補足を許す」

 「“組織が正常に動いている”状態を維持・再構築する能力――ではないかと。言い換えるなら、“混乱を整理する力”」

 沈黙。今度は、誰も嘲笑しなかった。
 その言い回しが、魔族たちにとっては“具体的に理解できない概念”だったからだ。

 カナスはそれを見越して、説明の深度を調整した。
 “平時”という概念が、この戦争社会の中でどれだけ共有されているかは未知数だ。
 だが、「混乱の後に何を建て直すか」なら、まだ通じる。

 魔王は口を閉ざし、しばし沈思するかのように視線を外した。
 まるで思考すらも他者に見せたくない、というかのように。

 「ふむ……面白い。ならば――お前のその“平時”とやらを、我が軍に試してみせろ」

 命令ではない。“期待”と“挑発”をないまぜにした提案だった。
 周囲が「いや無理だろ」と言いたげな空気の中で、魔王だけが“余白”を与えてくる。

 これも、どこかで見た構図だった。

 “トップの思いつきに振り回される中間管理職”という構図である。

 カナスは、深く息を吐いた。
 やれやれ、とでも言いたげに、眉をわずかに下げ、言葉を置いた。

 「まずは――業務内容の洗い出しと、各部門の役割分担から始めましょうか」

 その声は、戦うでもなく、従うでもなく。
 ただ、業務命令のメールに対して返すような、**“業務的同意”**だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が転生時に願ったのは、たった一つ。「誰にも邪魔されず、絶対に安全な家で引きこもりたい!」 その切実な願いを聞き入れた神は、ユニークスキル『絶対安全領域(マイホーム)』を授けてくれた。この家の中にいれば、神の干渉すら無効化する究極の無敵空間だ! 「これで理想の怠惰な生活が送れる!」と喜んだのも束の間、追われる王女様が俺の庭に逃げ込んできて……? 面倒だが仕方なく、庭いじりのついでに追手を撃退したら、なぜかここが「聖域」だと勘違いされ、獣人の娘やエルフの学者まで押しかけてきた! 俺は家から出ずに快適なスローライフを送りたいだけなのに! 知らぬ間に世界を救う、無自覚最強の引きこもりファンタジー、開幕!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

処理中です...