9 / 22
第1話
第9節 辞めたくても辞められない理由
しおりを挟む「なあ、お前……いつから“正規兵”になったんだ?」
その問いに、若いオーク兵士はぽかんとした顔をした。
「え、えっと……たぶん、半年くらい前です。戦果出したんで昇格したって言われて――」
「俺は三年だ。で、戦果は三度。にもかかわらず、肩章は変わらん。なぜだと思う?」
「……さあ……?」
「人事記録が、行方不明なんだとよ。書いた奴が、戦死してな」
その一言に、場の空気が重くなった。
ここは魔王軍・第六方面軍。
西方戦線、地上駐屯部隊。
“魔界と人間界の狭間”と呼ばれる、もっとも不安定で、もっとも人が壊れやすい前線のひとつ。
兵舎の片隅、薄暗い食堂。
数人の兵士が、冷めた汁物を啜りながら、誰も笑わない冗談を交わすのが“日常”だった。
「俺、実家に手紙出してない」
ぽつりと、獣人系の女兵士が言った。
「出したら、たぶん戻れない気がして。……向こうの記憶が、あっという間に薄れていくんだよね」
「それは、お前がここに“適応した”証拠さ。誇れよ。――“軍用犬”としてのな」
言い放ったのは、爬虫族の上等兵。
淡々としているが、目の奥には“焦げた灰の色”があった。
彼は、二年前に一度“脱走”を図った。
だが見つかり、“再教育”を受けて戻ってきた。
以来、彼は“あまり喋らない人”になった。
「なあ、ほんとに疑問なんだが……なんで俺たち、ここまでして戦ってんだ?」
それは、誰もが心の奥底で思っていたことだった。
――守るものがあるのか?
――報酬が充分なのか?
――名誉が、意味を持つのか?
どれも、曖昧。
むしろ、“辞めたい”という願いだけが明確だった。
だが。
「辞めたら、“裏切り者”だろ?」
「そう。魔王軍からの離脱は、戦死と同義。“裏切り”というラベルが、家族ごと潰す」
「……で、どうする?」
「死ぬしかないだろ。“自己都合退職”なんて、存在しないんだから」
そう、ここでは“辞める”という選択肢がない。
正式な離脱ルートは、書類上存在していても、実行された前例が皆無。
そのすべてが、“行方不明”か“戦死”に分類されている。
それを知ってなお、口にする者がいた。
「俺、辞めるよ。マジで、今日限り」
そう言ったのは、珍しく元気なトロール兵だった。
「死にたくねえもん。命令が変だって気づいた時点で、こっちも変わるべきだろ?」
誰も反論しなかった。
ただ、その“辞める”という言葉の重さに、沈黙が落ちた。
彼は翌日から、姿を見せなかった。
代わりに回ってきたのは、一通の報告書。
《○○兵(トロール族):敵地偵察任務中に消息不明。戦死扱いにより処理完了》
誰も何も言わなかった。
その日から、“辞める”という言葉を口にした者はいない。
そして、カナス・アスカルトは、その報告書に目を通していた。
静かに、赤線を引く。
そして、メモ欄に書き込む。
【発言直後の消失/辞職希望表明と対応事例の検出/記録の不自然な“早さ”】
何かが、起きている。
“辞めたい”と言った者の末路が、誰かによって操作されている。
辞めさせないために。
辞めたという記録を残させないために。
では、“誰が”?
「……組織が、意思を持って動くとすれば、その意思を代行している“誰か”がいる」
彼女は呟く。
もはや、これは“人材流出”ではない。
むしろ、**“人材の封じ込め”であり、“思想拘束”**だった。
それは、企業で言えばブラックの極致。
戦場で言えば、**“自死の軍”**だ。
「そんなものを、“軍”とは呼ばない。呼ばせない」
カナスは立ち上がる。
そして、ひとつの帳票を魔王軍本部・人事部の“改変案件フォルダ”に投函した。
【提案:自発的離脱制度の創設について】
【付随提案:帰還支援・再教育無し・記録開示の義務付け】
内容は、軍の常識から見れば“異常”。
だが、これを通さなければ“正常な離職”という概念が永遠に存在しない。
だからこそ、提案する。
それが潰される前提であろうとも。
“異端”と呼ばれようとも。
「人が辞められない組織は、崩壊するだけです」
彼女の言葉は、誰にも届かないかもしれない。
だが、確実に“火種”を投じたのだった。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる