15 / 22
第2話
第3節 魔王からの“ご依頼”
しおりを挟む会議が終わる頃には、既に陽が傾いていた。
魔王軍本営の上層階、執務棟はまるで異世界製の要塞に“霞がかった高層ビル”を組み合わせたような異様な構造をしている。
石造りの壁面には魔力の走査痕が絶えず灯り、召喚陣と警報紋が重ね張りされていた。そこを進むスーツ姿のカナスは、どう見ても“場違い”だった。
──それでも、足を止める者はいない。
魔王直属執務区画に、平服で呼び出される存在など滅多にいない。
よほどの“異端”でなければ許されない。
そして今まさに、それがカナスだった。
「主任、魔王陛下が──応接間でお待ちです」
補佐官の少女(種族未詳)は、儀礼的な敬語を使いながらも、明らかに語尾を震わせていた。
魔王直属の来訪者と接すること自体が、恐怖に値する。それがこの軍団の掟であり、現実だった。
「……分かりました。ありがとう。待たせるのは、悪手ですね」
カナスは深く頷くと、ネクタイを微調整し、薄く笑った。
ビジネスマナー。社畜時代に染みついた生存戦略の名残り。
魔王の間でも、笑顔は武器である。
──そして、扉は開かれた。
*
応接間に座していたのは、“人間の青年”に見える何かだった。
長身痩躯。整った顔立ちに深紅の瞳。黒衣に身を包み、椅子に深く腰を下ろしたその姿は、一見すれば物静かな貴族の子息にも思える。
だが、違った。
空気が重い。異様なまでに。
そこに在るのは、“形を人に似せただけの異形”。存在自体が魔力の奔流で縫い合わされているような──そんな錯覚すら覚える。
笑ってもいない、怒ってもいない。ただ“いる”だけで、周囲の理が歪んでいた。
「……貴様が、新しい人事部主任か。名は?」
「カナスと申します。昨日、転生によって着任いたしました。以後、よろしくお願いします」
「ほう。噂通り、ずいぶんと落ち着いているな。……本当に人間だったのか?」
「はい。ただ、肉体は一部再構成されておりますので、血液検査では“魔族寄り”の判定が出るそうです」
魔王は、沈黙した。
その静寂には意味がある。言葉を重ねる必要などないという、確信に満ちた支配者の沈黙だった。
「いいか、人事主任。……我が軍は今、静かに崩れている」
その一言は、訓示でも威嚇でもない。
“真実”だった。
「戦争は続いている。前線では英雄が死に、後方では職員が消えていく。人事記録が更新されるより早く、部下が燃え尽きる」
語る声は低く、響く。それは破壊を志向する者の声ではなかった。むしろ、それを止められない者の響きだった。
「我ら魔族にとって“人”とは、恐れ、祟り、破壊すべき存在だった。……だが今、我々が最も恐れているのは、“退職届”だ。
崇高な魔軍の指揮官が、机に書類を叩きつけて消えていく。敵ではなく、味方が我を削る」
カナスはただ、黙って頷いていた。
それは“理解”の頷きであり、“同業者”への共感だった。
──魔王もまた、管理職である。
威厳と狂気を抱え、軍団を統べる。
だが、その掌から零れ落ちる者たちに、手を伸ばせない。
「カナス。貴様のスキル、“平時調整”とやら──それで我が軍を立て直せ」
それは命令だった。だが、どこか“縋るような”響きも混じっていた。
カナスは静かに息を吸い込み、返答した。
「──お任せください。まずは、“辞めたくない職場”を作るところから始めましょう」
そして、こう付け加えることを忘れなかった。
「……ただし、定時で帰れるとは限りません。それでも、よろしいですか?」
魔王は、初めて微かに笑った。
それは──地獄の中に差し込む、かすかな“理解”の灯だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
構造理解で始めるゼロからの文明開拓
TEKTO
ファンタジー
ブラック企業勤めのサラリーマン・シュウが転生したのは、人間も街も存在しない「完全未開の大陸」だった。
適当な神から与えられたのは、戦闘力ゼロ、魔法適性ゼロのゴミスキル《構造理解》。
だが、物の仕組みを「作れるレベル」で把握できるその力は、現代知識を持つ俺にとっては、最強の「文明構築ツール」だった――!
――これは、ゴミと呼ばれたスキルとガラクタと呼ばれた石で、世界を切り拓く男の物語。
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる