ブラック企業から異世界転生したら、魔王軍の人材流出がもっとヤバかった 〜ハズレスキル「平時調整」で成り上がる〜

猫屋敷/犬太郎

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第2話

第3節 魔王からの“ご依頼”

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 会議が終わる頃には、既に陽が傾いていた。

 魔王軍本営の上層階、執務棟はまるで異世界製の要塞に“霞がかった高層ビル”を組み合わせたような異様な構造をしている。
 石造りの壁面には魔力の走査痕が絶えず灯り、召喚陣と警報紋が重ね張りされていた。そこを進むスーツ姿のカナスは、どう見ても“場違い”だった。

 ──それでも、足を止める者はいない。

 魔王直属執務区画に、平服で呼び出される存在など滅多にいない。
 よほどの“異端”でなければ許されない。

 そして今まさに、それがカナスだった。

「主任、魔王陛下が──応接間でお待ちです」

 補佐官の少女(種族未詳)は、儀礼的な敬語を使いながらも、明らかに語尾を震わせていた。
 魔王直属の来訪者と接すること自体が、恐怖に値する。それがこの軍団の掟であり、現実だった。

「……分かりました。ありがとう。待たせるのは、悪手ですね」

 カナスは深く頷くと、ネクタイを微調整し、薄く笑った。

 ビジネスマナー。社畜時代に染みついた生存戦略の名残り。
 魔王の間でも、笑顔は武器である。

 ──そして、扉は開かれた。



 応接間に座していたのは、“人間の青年”に見える何かだった。

 長身痩躯。整った顔立ちに深紅の瞳。黒衣に身を包み、椅子に深く腰を下ろしたその姿は、一見すれば物静かな貴族の子息にも思える。

 だが、違った。

 空気が重い。異様なまでに。

 そこに在るのは、“形を人に似せただけの異形”。存在自体が魔力の奔流で縫い合わされているような──そんな錯覚すら覚える。
 笑ってもいない、怒ってもいない。ただ“いる”だけで、周囲の理が歪んでいた。

「……貴様が、新しい人事部主任か。名は?」

「カナスと申します。昨日、転生によって着任いたしました。以後、よろしくお願いします」

「ほう。噂通り、ずいぶんと落ち着いているな。……本当に人間だったのか?」

「はい。ただ、肉体は一部再構成されておりますので、血液検査では“魔族寄り”の判定が出るそうです」

 魔王は、沈黙した。
 その静寂には意味がある。言葉を重ねる必要などないという、確信に満ちた支配者の沈黙だった。

「いいか、人事主任。……我が軍は今、静かに崩れている」

 その一言は、訓示でも威嚇でもない。
 “真実”だった。

「戦争は続いている。前線では英雄が死に、後方では職員が消えていく。人事記録が更新されるより早く、部下が燃え尽きる」

 語る声は低く、響く。それは破壊を志向する者の声ではなかった。むしろ、それを止められない者の響きだった。

「我ら魔族にとって“人”とは、恐れ、祟り、破壊すべき存在だった。……だが今、我々が最も恐れているのは、“退職届”だ。
 崇高な魔軍の指揮官が、机に書類を叩きつけて消えていく。敵ではなく、味方が我を削る」

 カナスはただ、黙って頷いていた。
 それは“理解”の頷きであり、“同業者”への共感だった。

 ──魔王もまた、管理職である。

 威厳と狂気を抱え、軍団を統べる。
 だが、その掌から零れ落ちる者たちに、手を伸ばせない。

「カナス。貴様のスキル、“平時調整”とやら──それで我が軍を立て直せ」

 それは命令だった。だが、どこか“縋るような”響きも混じっていた。

 カナスは静かに息を吸い込み、返答した。

「──お任せください。まずは、“辞めたくない職場”を作るところから始めましょう」

 そして、こう付け加えることを忘れなかった。

「……ただし、定時で帰れるとは限りません。それでも、よろしいですか?」

 魔王は、初めて微かに笑った。
 それは──地獄の中に差し込む、かすかな“理解”の灯だった。
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