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第2話
第10節 調整官の反撃
しおりを挟む魔王軍南部補給隊壊滅の報が届いた翌朝、カナスはまだ暖かさの残る灰の報告書に目を通しながら、執務室でコーヒーらしき液体を啜っていた。
「ラグルス中隊長、車列全焼……しかも『原因不明』とはな。まるで誰も悪くない、そう言いたげな書き方だわ」
テーブルに叩きつけた水晶端末が、小さく軋む。
記載内容は、曖昧なまま結論も責任者も明示しない、例の“魔王軍スタイル”そのものだった。
無責任は伝統であり、責任者を特定しないのは文化であり、判断を下す者が消されるのは制度だった。
カナスは椅子を蹴って立ち上がると、報告書の束を脇に抱えて廊下へ出た。
すでに数名の書記官が入口で頭を下げていたが、目を合わせる暇もない。
「南部戦線司令部へ通達。補給隊全焼事案に関する内部査察を開始。関連部隊指揮官を明日中に招集。逃げられると思わないことね」
副官ラディアが背後から追いついてきた。
「主任、既に一部の将校が『病欠』を理由に連絡を絶っております」
「見事な連携だこと。さすが地獄の同僚たちね」
その言葉に感情はなかった。ただし、“冷笑”だけは乗っていた。
職務放棄、虚偽報告、責任転嫁。もはや日常茶飯であり、そんな環境を変えることなど──無理筋だ。
──それでも、やらねばならない。
会議室に詰め込まれた十数名の中級将校たち。
誰もが「今回の件には関与していない」と口を揃える。
報告書は不備だらけ、口頭説明は支離滅裂、魔獣のせい、気象のせい、魔力のせい、果ては「最近の新人のやる気の問題」まで飛び出した。
カナスは、黙ってそれらを一つ一つ記録する。
「……この程度で言い逃れられると思っているのかしら」
発せられた声は低く、そして冷たい。
彼女は水晶端末を手に取り、そこに記された“戦力維持権限”コードを表示させた。
「この場で二名を“前線転属”とするわ。反論は受け付けない。必要なのは責任と結果よ」
ざわめきが広がる。
中には反発しようと立ち上がった者もいたが、その前に副官ラディアが魔法障壁を展開した。
“新しい主任は、容赦がない”
──そんな噂が、その日から魔王軍中に広まることになる。
だが、カナスの表情は決して勝利に満ちてはいなかった。
むしろその瞳の奥には、深い疲労と、焦燥と、ほんの僅かな自嘲が漂っていた。
「これで何かが変わったと、そう思えるほど純粋じゃないのよ」
ラディアは黙って寄り添うように立っていた。
無言のうちに、次の書類が手渡される。
──次は、中央補給局で“魔王直属の特命人事案件”が発生しているらしい。
「はいはい……休む暇もなし、ね。まったく、ブラック企業と何も変わらないわね」
皮肉を言いつつ、カナスは再び歩き出す。
スキル【平時調整】──本来“役立たず”と評されるそれが、崩壊寸前の組織においては唯一の希望になりつつあった。
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