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第2話
第9節 与えられた権限、問われる責任
しおりを挟む玉座の間とは名ばかりの応接室に、冷えた空気が流れた。
カナスは、手にした書類を一瞥し、ふっと鼻で笑う。笑いの温度は、書類に記された“辞令”の文言よりもさらに冷たいものだった。
「──私が、人事調整全般を、ですか」
対面に立つのは、魔王軍中枢庁舎の統括官。魔王直属の命を伝達するだけの、いわば政治的“伝声管”に過ぎない。だが、その声音には「逆らえば処分もありうる」という含意が平然と滲んでいた。
辞令の文末には、淡々とした一文が加えられていた。
《ただし、三ヶ月以内に人材流出を抑制できぬ場合、当人は処罰対象とする》
それはまるで、「やれなければ切る」ことが当然というような筆致だった。
カナスは書類を胸元に戻し、内心の皮肉を抑えながら、ゆっくりと口を開く。
「お言葉を返すようですが、それは“トカゲの尻尾”を貼り替えただけではありませんか?」
統括官は眉をひそめたが、即座に反論はしてこなかった。代わりに、視線を逸らしつつ、冷徹な応答を返す。
「あなたには、前職において数百人規模の人員調整に成功した記録がある。魔王直々の評価も受けている。“あなたならできる”ということです」
その“前職”とは、地獄とすら称される、かのブラック企業──残業月200時間超えが常態化し、深夜に倒れても誰にも気づかれぬ密室空間だった。そこで主任を任されていたカナスにとって、部下が辞めずに働き続ける環境など、もはやファンタジーの域である。
(あの頃よりマシな地獄があるとは思えませんけど)
それでも──。
「分かりました」
カナスは一歩前へ出て、小さく一礼した。命じられたのなら、やる。それが地獄に適応し、生き延びる術だった。
「ただし、必要な情報と権限はいただきます。“平時調整”というスキルに過度な期待はしないでくださいね。私は魔法で人を洗脳できませんから」
最後に皮肉を添えるのも、彼女の処世術だ。
彼女に与えられたのは“魔王軍全域の人事調整権限”。つまり、誰をどこへ異動させ、誰を昇進・解雇させるかの裁量──そして責任を、である。
そして、その全てが“結果次第”という鎖につながれている。
(これはまさに、“沈む船のバケツ係”ですね)
カナスは視線をあげた。部屋の片隅で事務的に立っていた補佐官が、ほんのわずかに眉をひそめていた。
──逃げ道はない。だが、逃げる気もない。
それが、魔王軍に転生した彼女の「今やるべきこと」だった。
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