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第2話
第8節 報連相の魔窟と“平時調整”の罠
しおりを挟む「報告……は、してました。たぶん。ええ、はい。提出は……その、口頭で」
──もう何度目になるだろうか。
ヒアリングの中でも特に“魔王軍らしい地獄”がこの第8節である。
すなわち、報告・連絡・相談、通称「報連相」の崩壊跡地だ。
人間の企業でさえ疎かになりがちなこの概念が、
こと魔王軍に至っては、もはや“伝説の遺物”と化していた。
「口頭で済ませた」「誰かに伝えた気がする」「記憶にない」
そんな言葉が、今日もこの魔窟のような会議室を支配している。
「……つまり、それは“報告した”とは言えません。
どこにも記録が残っていないなら、存在しなかったのと同じです」
冷静に、だが決して責める口調ではなく。
主任カナスは、疲れたように資料をめくりながら答える。
この種のやり取りに、怒っても意味はない。
問題は、“再発防止”という名の手順書が、一向に浸透しない現実の方だった。
この節でカナスが直面しているのは、組織の“忘却”と“自己正当化”の集合体である。
なぜ報告しなかったのか?
→「誰かがやってくれると思った」
→「魔王直属の命令には逆らえない空気だった」
→「そもそも書類のフォーマットがわからなかった」
──全部、知っている。
それでも、聞かねばならない。確認せねばならない。
なぜなら、「黙認」は最悪の毒であることを、彼女はよく知っていたからだ。
「主任……一つだけ聞いていいですか」
報告者の一人が、ふと声を落とす。
疲れきった声だった。どこか、命を削るような目をしていた。
「こんなに頑張って、意味ありますか……?」
──その問いに、カナスは黙った。
一瞬、返答に迷ったようにさえ見えた。
だが彼女は、机に肘をつき、書類の山を見下ろしながらぽつりと呟く。
「意味があるかは……たぶん、すぐにはわかりません。
でも、意味がなかったことだけは、あとで必ずわかります」
その言葉に、沈黙が落ちた。
副官のラディアでさえ、何も言わない。いや、だからこそ重かった。
この世界において、「報連相」という概念は“希少魔道知識”に等しい。
そしてそれを理解し、継続できる者はほとんどいない。
それでも、カナスはやる。
彼女の異能《平時調整》は、戦場では使えない。
派手な演出も、数値化もできない。
だが、「組織が静かに壊れていく音」を聞く力だけは、ある。
「今、あなたが話してくださったことは、少なくとも一人分の犠牲を減らす情報です。
それを“意味がない”と言うなら、私は──それでも記録します」
……場の空気が変わった。
報告者が、小さく何度も頷く。
その目に、ほんの僅かに灯が戻ったのを、ラディアは見逃さなかった。
──そして、ヒアリングは続く。
書類は増え、疲労は積み上がり、業務は地味で、誰にも褒められない。
だが、その積み重ねのすべてが、「魔王軍が崩壊しない」ための最低限の土台になっていた。
そして、誰よりそれを知っていたのは他ならぬ副官だった。
ラディアは黙って、主任の疲れた顔を見つめる。
言葉はなかったが、**“あなたが壊れてしまえば終わり”**という想いが滲んでいた。
それでも、カナスは今日も言う。
「次。通して。まだ三人、残ってます」
──この戦場に終わりはない。
だが、それでも歩き続ける者が一人でもいれば、地獄は地獄でなくなる。
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