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22、夕暮れの風景。
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折角訓練を早目に切り上げたのにギルドで獲物を換金したり、そのお金で買い食いしたりしていたら夕暮れどきになってしまった。
「お前が変な店によるからこんな時間になるんだよ。」
「駄菓子屋は変な店じゃないよ。」
「まあ、楽しかったからいいじゃないか。」
三人で慌てて学園への道を走った。
夕暮れどきの下町の風景を見ると思い出すことがある。
あれはまだ冒険者を始めて間も無い頃、夕暮れどきの下町の街に立ち尽すアンベール副団長を見た。
同じような顔で立ち尽している子供をたまに見かける。大抵親に虐待を受けていたりして家に帰りたくない子供だ。誰もが暗くなる前に帰ろうと足早になる。そんな中でぼうっと立っているのは案外目立つ。
「アンベール副団長は家に帰りたくないの?」
わたしが声をかけるとアンベールさんが驚いた顔でわたしを見た。
「帰っても誰もいないからな。」
「家族がいないの?」
「馬車で二日程行ったアンベール家の領地に父と母と弟がいるよ。」
アンベールさんはそう言ったが親しい人の話をしているように見えなかった。
「家族仲が上手くいっていないの?」
「ユインは時々鋭いな。別に仲が悪いわけでもないけれど、上手くはいっていないかな。家族ってかんじがしないんだ。」
アンベールさんがポツリポツリと話し出した。
「俺を産んだ時に実母は亡くなった。父親は無口な人であまり話さない。俺が8歳の時に新しい母親が出来たけど、年が8つしか違わないから母親とは思えなかったな。」
わたしは近所の8つ年上のお姉さんが急に母親になったところを想像してみた。やっぱりムリだと思ったので、うんうんとうなづいて聞いた。
「俺が12歳の時に弟が出来たんだけど、13歳の時から全寮制の学校に通っていたから余り関わってない。18歳で学校を卒業して直ぐに王国騎士団に入ったから、それからはずっと王都で一人暮らしさ。」
「寂しくはないの?」
「実家に帰ると気を使わせてしまうから一人の方が気が楽だな。」
「親しい人はいないの?」
「親しい友人は結構いるよ。だから寂しくはない。」
アンベールさんがわたしを安心させるように微笑んだ。
「副団長は長男だからそのうちアンベール家に帰るんでしょう。」
「別に長男が継ぐと決まった訳でもない。弟が継いだ方がいいと思ってるよ。」
「じゃあアンベールさんはずっと王国騎士団にいるの?」
「王国騎士団は35歳までしかいられないんだ。たぶん何処かの婿養子に入るんじゃないかな。」
「じゃあ、わたしが婿養子に貰ってあげる。」
「ユインが貰ってくれるの。それは嬉しいな。」
アンベールさんが破顔した。
それからわたしは夕暮れどきになるとアンベールさんを探すようになった。見つけると必ず挨拶をした。
「おつかれさま。」
たったそれだけの一言をアンベールさんは待っているようだった。まるで飼い主を待つ犬みたいだと思った。
それでも前に見た時のような悲しい瞳はしていなかった。
アンベールさんを婿養子に貰ってあげると約束したわたしは、お母さんにどう話そうか悩んでいた。当時まだ10歳だったわたしは婿養子がどういうものか良く解っていなかった。
アンベールさんを連れて帰ったらお母さんが怒るだろうな、と思った。
「生き物を持ち帰ってはいけないと言ったでしょう。」
頭の中でお母さんが言った。
「でもアンベールさんは人間だから壁で爪を研いだりしないし、働いているからご飯代だって自分で稼げるよ。」
「あんな大きな人が家にいたら邪魔になるでしょう。いたところに返して来なさい。」
頭の中の母親に言い負けたので、結局お母さんに言わないまま今に至っている。
「お前が変な店によるからこんな時間になるんだよ。」
「駄菓子屋は変な店じゃないよ。」
「まあ、楽しかったからいいじゃないか。」
三人で慌てて学園への道を走った。
夕暮れどきの下町の風景を見ると思い出すことがある。
あれはまだ冒険者を始めて間も無い頃、夕暮れどきの下町の街に立ち尽すアンベール副団長を見た。
同じような顔で立ち尽している子供をたまに見かける。大抵親に虐待を受けていたりして家に帰りたくない子供だ。誰もが暗くなる前に帰ろうと足早になる。そんな中でぼうっと立っているのは案外目立つ。
「アンベール副団長は家に帰りたくないの?」
わたしが声をかけるとアンベールさんが驚いた顔でわたしを見た。
「帰っても誰もいないからな。」
「家族がいないの?」
「馬車で二日程行ったアンベール家の領地に父と母と弟がいるよ。」
アンベールさんはそう言ったが親しい人の話をしているように見えなかった。
「家族仲が上手くいっていないの?」
「ユインは時々鋭いな。別に仲が悪いわけでもないけれど、上手くはいっていないかな。家族ってかんじがしないんだ。」
アンベールさんがポツリポツリと話し出した。
「俺を産んだ時に実母は亡くなった。父親は無口な人であまり話さない。俺が8歳の時に新しい母親が出来たけど、年が8つしか違わないから母親とは思えなかったな。」
わたしは近所の8つ年上のお姉さんが急に母親になったところを想像してみた。やっぱりムリだと思ったので、うんうんとうなづいて聞いた。
「俺が12歳の時に弟が出来たんだけど、13歳の時から全寮制の学校に通っていたから余り関わってない。18歳で学校を卒業して直ぐに王国騎士団に入ったから、それからはずっと王都で一人暮らしさ。」
「寂しくはないの?」
「実家に帰ると気を使わせてしまうから一人の方が気が楽だな。」
「親しい人はいないの?」
「親しい友人は結構いるよ。だから寂しくはない。」
アンベールさんがわたしを安心させるように微笑んだ。
「副団長は長男だからそのうちアンベール家に帰るんでしょう。」
「別に長男が継ぐと決まった訳でもない。弟が継いだ方がいいと思ってるよ。」
「じゃあアンベールさんはずっと王国騎士団にいるの?」
「王国騎士団は35歳までしかいられないんだ。たぶん何処かの婿養子に入るんじゃないかな。」
「じゃあ、わたしが婿養子に貰ってあげる。」
「ユインが貰ってくれるの。それは嬉しいな。」
アンベールさんが破顔した。
それからわたしは夕暮れどきになるとアンベールさんを探すようになった。見つけると必ず挨拶をした。
「おつかれさま。」
たったそれだけの一言をアンベールさんは待っているようだった。まるで飼い主を待つ犬みたいだと思った。
それでも前に見た時のような悲しい瞳はしていなかった。
アンベールさんを婿養子に貰ってあげると約束したわたしは、お母さんにどう話そうか悩んでいた。当時まだ10歳だったわたしは婿養子がどういうものか良く解っていなかった。
アンベールさんを連れて帰ったらお母さんが怒るだろうな、と思った。
「生き物を持ち帰ってはいけないと言ったでしょう。」
頭の中でお母さんが言った。
「でもアンベールさんは人間だから壁で爪を研いだりしないし、働いているからご飯代だって自分で稼げるよ。」
「あんな大きな人が家にいたら邪魔になるでしょう。いたところに返して来なさい。」
頭の中の母親に言い負けたので、結局お母さんに言わないまま今に至っている。
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