血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜

寝袋未経験

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断頭台の吸血鬼編

迷コンビ結成

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 14歳の頃、御手洗みたらい有栖ありすは学生として普通の生活を送る選択を捨てて『Project Dhampir』の第一被験者となり、人造吸血鬼の力を得た。
 それから10年間、血塗れになりながら、それでも献身的に市民を守ってきた彼女の手は今、守るべき市民を胸ぐらを掴んでいた。

「お前に、何が分かる…」
 有栖がひなたに手を出したことに狼原かみはらとドクターを除いて、隊員達は心底驚く。
 だが周囲の事など気に止めず、有栖の碧眼は陽しか映していなかった。
白鴉会はくあかいの残党を蹴散らして、ジャックとマリアを見つけだし…奇跡的に2人に勝てたとしても…」
 有栖の掴む力が徐々に強くなっていき、陽は息苦しさを覚えるが、その顔に恐怖はなかった。
 そんな陽の様子が有栖の神経を逆撫でする。
ひかるを失えば、私達はさらに後退することになるッ!!」
 常に冷静で、戦闘においても事務においても優秀、若くして総隊長という立場を任された彼女が、隊員でもない男に初めて弱音を吐露した。

「そうなれば守った命も無駄になるッ!!!」
「だから俺が居るんだろ?」


「…え?」
 追い詰められて自暴自棄になりかけた有栖は、陽の一言を聞き、惹き込まれるような黒い瞳を見て、頭がスッと冷静になる。
 そのまま彼女は胸ぐらを掴んでいた手を緩め、陽を解放した。

 陽は乱れた服を戻しつつ、有栖に笑顔を向ける。
「多様な価値観、大いに結構だ。けどこのままじゃ俺の平和な明日あすが守られさそうだったんでね。」
 陽は怒っているわけではなく、むしろ有栖の本音を知れたことに満足気だった。

「俺の望みは一刻も早く日本にいる吸血鬼を捕らえてもらうこと。そしてアンタの望みは世界にいる吸血鬼全てを倒すこと。だからアンタの望みを叶える代わりに、俺の望みを叶えてくれ。」
「……だが…お前は輝の事を見捨てて─」
「事態は一刻を争う状況。戦力を分散する訳にはいかない。今日一日俺はフリー。そして吸血鬼は日中は動けない。この条件なら、日の出から日の入りまでの、12時間がタイムリミット。」
「…お前、まさか…」
「あと12時間で輝の暴走を止める術を見つけ出す。それさえ完了すれば、これは輝次第だが─」
 言いかけて陽は少し躊躇し、口を閉じる。

 それは今までと違い、希望的な話だった。
 だが、その場にいる誰よりも、汐原輝の悪い所も、ほんの少しの良い所も知っているのは彼だった。

 少し間を置いて、陽は視線を有栖から全員に向けた。
「残りの時間で暴走を制御して、マトモな戦力にまで昇華させられる。」
 突如、そんな夢物語の様な話をされ、皆の頭にほんの一瞬、期待が芽生えた。
 
 だが、それはすぐに、苦い現実にかき消された。
「無理です…」
 ここまで全く口を開かなかったレイアが、陽の言葉に首を振った。
「吸血鬼の暴走は操る操れないじゃないんです。理性を失って、敵味方関係無く暴れ続けて、最終的に自滅してしまう…制御できた吸血鬼なんて、私は1人しか─」
「輝の意志は消えてたか?」
「え?」
 戸惑うレイアに、陽は机に置かれた報告書をペラペラをめくり、途中で手を止めた。
 そこにはジャックとの戦闘について事細かく書かれていた。

「入館申請の空いた時間に、このビッッッッチリ書いてある報告書に先に目を通したんだけど…これ、輝は君を守る為に暴走しただろ。そして暴走中も、その目的だけは果たしてる。意識はないのかもしれないけど、意志は消えてないんじゃね?」
「意志…」
 レイアの頭を過ぎったのは、いつかの訓練室で汐原輝と話した事、そして彼の立てた誓い。

   ──俺がレイアさんを守ります──

(もしかして…あの約束を守る為に?)
「それに、ジャックとマリアを見つけても、輝が強くなるまで指咥えて待ってるつもりかって話だ。暴れるだけじゃジャックに負けたんだろ?その9本の尻尾の攻撃?それを戦術として組み込めなきゃ再放送になる。」
 陽のいうように、制御できたほうが勝率が増すのは間違いない。

 だが、そんな事は不可能だと思っている隊員達は、素直に頷かない。
 議論を進めるためにも、別役べっちゃくはそんな総意を陽へ伝える役を買って出る。
「けど、やっぱ厳しいだろ。暴走をそんな短時間で─」
「あいつなら出来ます。」
 生粋の弟嫌いとは思えない程、陽に力強く断言され、別役は口を紡いだ。
 その目に揺らぎはなく、本気で出来るという確信があった。
 陽は有栖に視線を戻す。
「吸血鬼の力…輝は扱えるようになるのに、どのくらいの時間が掛かった?」
「…7日だ。」
 陽の問いに有栖は一言そう答えた。

「ブフォ!?」
 それを聞いて狼原は飲んでいた水を豪快に吹き出した。
 全員の視線が前方に座る狼原に向く中、そんな視線を意に介さず狼原は慌てて有栖に詰め寄った。
「7日!?普通2ヶ月は掛かるよ!?」
「いくら何でも盛り過ぎでは?少なくとも2週間あれば─」
「それは君も漏れ無く天才型だからだよッ!?」
 別役が狼原に座れと視線を送ると、狼原は「失礼」と一言謝罪を述べ、席に着いた。
 そして、もう一度ペットボトルを手に取り、乾いた口を潤した。
 
「いや驚いた。でも、それなら出来るかもしれないね…」 
「輝は頭こそ微妙ですが、身体使うセンスとかだけは良いので。」
「……あっ。」
 レイアの脳裏に、自分の再生術を見ただけで真似て、ジャックとの戦闘で活用していた汐原輝の姿が浮かび上がった。
 有栖も、訓練では扱えていなかった広範囲の血液操作を行っていた姿を思い出す。
「確かに、ジャックとの戦いでも能力の使い方が見違える程上達していた…」
「絶対とは言い切れないけど、暴走の止め方さえ判明すれば、後はどうにでもなる。」
 堂々とした陽の物言いに、その場にいた全員、覆しようのない絶望的な状況に、一筋の光が差すような感覚を覚えた。

 樫村かしむらは隣の藤宮ふじみやと後ろの時雨しぐれに口を解いてもいいかのジェスチャーをして了承をもらうと勢いよく立ち上がる。
「よォし!!ならさっさと始め─」
「いや、皆さんは今後の捜索の準備を優先してください。」
 出鼻を挫かれた樫村はキッと陽を睨むが、陽の真剣な眼差しに目を見開き、すぐに顔の筋肉の強張りが解けた。

「ジャックとマリアの発見が最優先です。困ったらすぐ頼るので、動ける人は全員で捜索の準備と夜に向けて休息を始めてください。輝については俺と─」
 陽は話の途中で前に歩き始め、レイアの横で止まり、彼女の肩を叩いた。
「レイアちゃんが中心になって担当します。」
「……へ?」
「前回の暴走の開始と停止は君が原因だ。制御も君の存在が鍵になる。ですよねドクター?」
「うん、best choiceだと思うよ。」
 まさか自分にスポットライトが当たると思っていなかったレイアの動揺した様子に、陽はすぐ理由を説明した。
 そして陽の隣に座るドクターも、そして有栖もその可能性が高いと思っていた。

 だが確実ではなく、レイアを失う可能性や輝にレイアを傷つけさせる結果になると危惧して踏み出せない選択でもあった。 
「…その根拠は?」
 有栖は陽へ尋ねた。

 今度も何か理由があるのなら、頭ごなしに否定するんじゃなく、真意を聞くべきだと彼女は思っていた。
 だが陽は先程までの真剣な顔から一転、微笑みを浮かべた余裕のある表情で応対した。

「今回は無い、勘だ。そもそもレイアちゃんって任務に参加できないんだろ?だったら貸してくれ。」
 事実、レイアを参加させなければ上層部も文句は言えず、むしろ被害を最小限にする為にジャックとマリアの捜索には協力的になる筈だと有栖は考えた。

「…分かった。輝を頼む。」
「交渉成立だな。任しとけ。」
──────────────────────
 15畳はありそうな大部屋の照明がつく。
「個室貸してくれるとは太っ腹だな。」
 陽は入室早々、綺麗に整えられた談話室を見渡す。
 その後ろからレイアも談話室に入室し、鍵をかけた。
「あの…陽さん…」
「あい、陽さんですよ。」
「私が、怖くは…ないんですか?」
「…はい?」
 背後から投げかけられたレイアからの問いの意図が分からず、陽は振り返った。
        シュッ!!
「ッ!?」
         トッ…
 思わず目を閉じてしまう程の風圧と共に、陽の眉間に冷たく、しかし命を宿した温もりを持つ指先が押し当てられた。

 人の目ではとても追いきれない敏捷性と、貫かないギリギリのところで止まれる精密動作性。
 陽は『華奢で戦えなさそうだ』というレイアへの評価を改めた。
 金色の鋭い双眸を向けてくる彼女は夜の世界の覇者、吸血鬼そのものだった。

「この一室なら、貴方が何処にいても抵抗する間もなく、一瞬で…心臓や首を破壊する事が出来ます。私はそんな…化け物なんです。」
 レイアの優しい言葉には自己否定が滲んでいた。
 輝を吸血鬼とのいざこざに巻き込んでしまった事への責任と後悔に、彼女は今にも押し潰されそうだった。
 だからこそ、これ以上、彼女自身の問題に関係無い一般人を巻き込みたくはなかった。
「怖気づきましたか?今なら未だ間に合います。ドクターさんにお願いして─」
「カッコつけるのはいいけど、指先凄いぷるぷるしてるぞ。どんだけ緊張してんだ。」
「……─ッ!!」
 陽の軽口にレイアは赤面し、即座に右手を左手で覆って隠す。
 レイアの慌てふためく様子に陽は吹き出しそうになるが、真面目に忠告してくれた彼女の気持ちを蔑ろにしないよう、ギリギリで堪えた。

「くくッ…いや、そりゃ君を少しでも怪しいと感じたら、他の誰が大丈夫だと言っても、常に刃物くらい持ち歩くし、視界に収め続けるよう動くさ。けど、君は愚弟ひかるを眷属にした事に余計な罪悪感を抱き続ける変な吸血鬼ちゃんだ。」
「へ、変…」
「俺自身の判断で君は信用することにした。この選択の果てに死ぬなら、それは愚かな選択をした俺の責任だ。」
 陽は笑顔で自分の気持ちを伝えた。
 他人に惑わされず、周囲の評価など気にしない、そんな常に自分の意思で行動している陽の心の強さが、レイアには眩しく見えた。
 眩しすぎて、自分がとても情けなく、無力に思えてしまった。

 物置に入っているホワイトボードを引っ張り出そうと奮闘する陽に、レイアは心の内を伝えた。
「頼ってくれて、とても嬉しいんですが…やっぱり私は…何の役にも、立てないとおもいます。」
「………全部試したのか?」
 俯いて自分を卑下するレイアに激励するわけでも、軽蔑するわけでもなく、陽は淡々と尋ねた。
 陽の問いにレイアは顔をあげる。
 ホワイトボードの設置を終え、陽は振り返ってレイアに視線を合わせた。
「え?」
「役に立てないってのは、自分の能力が生かせる場所を、まだ見つけられてないってことだと俺は思ってる。」
 キョトンとするレイアに、陽は口に左手を当てて人差し指で右頬をトントンと軽く叩きながら、分かりやすい例を考える。

「例えば…射撃の天才がこの現代日本に生まれたとして、その才能を知覚する機会はあるか?祭の射的?ゴム鉄砲?本物の銃でしか才能が発揮出来ないとしたら、芽吹くことなくその生涯を終える事だろう。」
「ッ!」
「才能を発揮出来る機会に恵まれ、そして人に見つけてもらえた幸運な者だけが、天才と呼ばれるんだと俺は思ってる。つまりレイアちゃんはまだ、自分の才能に気付けてないって話。」
「私の…才能…」
 思い詰めるレイアを横目に、陽はホワイトボードのペン置きから黒いマーカーを摘み上げ、キュポっと蓋を開ける。

「君が幸運に恵まれる事を俺は祈ってる。だが、まずはお仕事を片付けなきゃな。」
 キュキュキュッと『汐原輝暴走制御大作戦』とホワイトボードの上半分に大きく記載して、陽は2人だけの部屋で声たかだかに宣言する。
「さっきも言ったが時間がねぇ。今日中にけりをつけるぞッ!!手を貸しなレイアちゃんッ!!」
「はい…よろしくお願いしますッ!!!」

 俺の知らないところで、俺が最も敬愛する吸血鬼と最も嫌悪する人間の、悪夢の様なコンビが誕生した瞬間だった。
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