血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜

寝袋未経験

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断頭台の吸血鬼編

陽姫劇場─第三幕─

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 ひなたとレイアさんが退室してから、だいたい1時間経過した。

 白く広い天井と壁と床に囲われた監禁部屋に存在するのは、俺と俺を磔にする台、そして耳から音楽を垂れ流し続けるスマホとイヤホン。
 ボカロから有名バンドの曲にクラシック音楽まで、幅広いプレイリストが2倍速で俺の脳を刺激し続けた。
 2倍速ってのが良い味出している。
 絶妙に浸れず、かと言って睡眠導入用BGMにもなりきれない。

「あ。」

 そのせいで、近付いてくるまで2人が戻ってきた事に気付けなかった。
 陽が俺の耳に装着したイヤホンを外すと、今まで聞こえていなかった空調の小さな音まで俺の耳を刺激し始めた。

「キレた……ってか、やつれた?」
「当たり前だろ……で、次は何するんだよ。」
「見たまんまだけど。」

 どう見ろと言うんだろう。
 何も持っている様には見えない。

 強いて挙げるなら、もはや見慣れつつある白衣か。
 リアルお医者さんごっこでも始めて、俺は患者役で切られるのかもしれない。
 あくまで2人の目的は俺を暴走させることだし、痛みで暴走する可能性は大いにある。

「やるぞレイアちゃん。全ては輝の為だ。」
「やった事はないですが……頑張りますッ!」
「ちゃんとリードしてやるから任せな。じゃ、お願いしまーす。」
 そう言って陽は、レイアさんと共に部屋を出ていった。
 帰ったのかと疑問に思っていたら、今度は頭上から機械音声が流れ始める。 

『え~と……エントリーナンバー1番。汐原輝を怒らせるため、最凶のコンビが今宵爆誕するッ!!』

 あぁ、天の声さんまでも陽の毒牙に……
 憐れんでいると、ウィーンと扉が開いて2人が勢い良く飛び出してきた。

「「はいどーもー!!」」

 なるほど、ビデオの次は漫才か。
 頭おかしいんじゃねぇかな。

「ねぇねぇレイアちゃん。最近、悩みがあってな~」
「悩み? 何ですか?」
「来年から就職活動が始まるんだけど…何の職業につけばいいのか悩んでるんよ。」

 漫才に突っ込むのは野暮だと分かってるけど、聞く相手間違えてるぞ。
 600年吸血鬼の世界で生きてきたレイアさんに分かる筈のない話題だ。

「う~ん…陽さんなら、どれでも卒無く熟しそうですけどね。ちなみにどんな職業に就きたいんですか?」
「楽して金稼げる職。」
「それあったら悩む必要ないんですよ。ちゃんと考えてください。」

 もっとグダグダするかと思ったが、レイアさんは詰まることなく、想像以上に自然な演技を披露した。
 ツッコミなんて縁が無さそうなのに、妙に様になっている。

「う~ん、なら普通に営業職かな。」
「営業ですか……あ、じゃあ試しに何か私に売ってください。」
「おけ。じゃあ店員さんやって。俺がレイアちゃんのお店にボールペンを売りに来た設定ね。」
「分かりました。」

 陽は「ガチャ」と言いながらドアノブを捻るような演技をして架空の部屋に入室した。

「失礼致します……名刺のくだり要る?」
「省略で。では本日はよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。今回レイアさんのお店で売って頂きたいのは、こちらのボールペンです。」

 そう言って陽は胸ポケットに入っていたボールペンを摘んで取り出した。

「ボールペンですか? でも、私のお店では既にボールペンが売られているんですが…」
「あ……じゃあ、大丈夫です。ありがとうございました。」

 申し訳無さそうな顔でお辞儀して立ち去ろうとする陽を、レイアさんが慌てて引き戻す。

「ちょっと待ってください!めげるのが早過ぎますよ!売るのが仕事じゃないですか!」
「あ~悪い、仕切り直そう。レイアさんのお店で売って頂きたいのはこのボールペンです。」

 そう言って2人は再び並び立ち、陽はボールペンをレイアさんに差し出した。
 ボールペンを受け取ったレイアさんは少し困った表情を見せる。

「でも、私のお店では既にボールペンが売られているんです。」
「ご安心を。この商品は現在レイアさんのお店で取り扱っているどのボールペンよりも、なんと2倍近くお安いんです。」
「へ~凄いッ! ちなみに機能性をお聞きしてもよろしいですか?」

 手を合わせて興味津々で尋ねるレイアさんに、陽は得意げに答えた。

「取り扱っているどの商品よりも約3倍近く消費速度が速いんですッ!!」
「へ~凄いッ! お帰りくださいッ!!」
「何故ですか!?」
「そんな商品売ったら詐欺で訴えられますよッ! なんですか消費速度3倍てッ!! トータルマイナスじゃないですかッ!!」
「インクの量がなんと通常よりも約3倍少ないんですッ!! しかも見た目じゃ分からないように芯の周りを黒く塗って─」
「かさ増ししてるだけじゃないですかッ!! 転職してください!! そんな会社いずれ倒産しますよッ!!」

 やっぱりレイアさん演技上手くないか?
 普段とは違う辛辣なキャラで、しかも一日二日も無い短時間でちゃんと台本覚えて陽に合わせられてる。

「じゃあどうすりゃいいんだよ~」
「シンプルな付加価値でいいんですよ。例えばグリップの握り心地がいいとか、字を消せるとか。」
「ふむ。」

 レイアさんの言葉に陽は口に手を当てて3秒ほど考える仕草を見せ、そして完全に理解したという表情で口を開く。

「書いた文字が一定時間で消えるからメモのセキュリティが万全!」
「需要がピンポイント過ぎる……」
「癖の無いボールペンです! 付加価値が無いという付加価値があり、お値段を抑えれています!」
「付加じゃなく削ぎ落とされて……」
「じゃあッ!!亜空間からインクを無限に供給して……」
「……」

 そんな技術産まれた頃には、完全にペンレスの時代になっているのでは?
 そう言いたげなレイアさんの無言の圧に、陽は完全に萎縮し、その場に体育座りした。

「営業はやめとく。俺には向いてなかったみたいだ……」
「今のって開発側の苦悩に見えましたけど……じゃあ、どうするんですか?」
「時代はコンサルだ。コンサルタントになるぞ。」
「…………新卒未経験のコンサルタントってどうなんでしょうね。」
「止めとけ消されるぞッ!! コンサル企業が倒産するとか意味不明だな……って思うことあるけどッ!!」

 どっちの発言も危ない。
 何も知らないであろうレイアさんに言わせてる陽はもっと危ない奴だ。

「じゃあIT業界かな。俺も理系の端くれだし……夢のITエンジニア、なれるんじゃないか?」
「うん、いいんじゃないですか? 将来安泰そうですし。」
「よーし!! …………あ。やっぱいいわ。」
「え、何でですか?」
「就職してから勉強したくない。」
「多分、その思考は現代社会そのものに向いてないですよ。」
「やっぱ時代は配信者だろ。」
「正社員じゃなくなった……まあ基本フリーランスだから、お金は自由に──」
「でも安定してないのしんどいな。却下で。」
「……じゃあ、取り敢えず大手企業を目指して──」
「でも大手って自由に出来ないって言うし……却下ッ!」
「…………はい。」

 レイアさんに半ば諦めた目で見られてることなど気にする様子もなく、陽は腕を組んで唸りながら考える。

「で、レイアちゃん。結局、俺って何の職業が向いてるんだろうな?」
「実家で引き篭もりニートしてれば良いんじゃないですか?」
「クソ辛辣ッ!?レイアちゃん!?」

 死んだ魚の様な目で提案するレイアさんに陽は焦った様子を見せたが、手を口に当てる。

「でも、ニートも意外と大変──」
「もういいですッ!「どうもありがとうございました~」」

 2人揃ってお辞儀すると一瞬部屋の照明が消え、すぐに点灯した。

 無駄に完成度の高い漫才だった。
 1時間でここまで仕上げたなら大したもんだ。

『『『『『パチパチパチパチ』』』』』

 スピーカーからも複数人の拍手が聞こえてきた。
 皆同じ気持ちなんだろう。

「ハァハァ……で、どうだったよ?」

 漫才した意図は全く分からないし、陽を褒めるのは癪だが、不慣れなレイアさんに対してもしっかり演技指導したんだろう。

「まぁ……頑張ったんじゃね。」
「……え、キレてないの?」
「キレるポイントどこだよ。」

 陽の斜め上の反応に俺は思わず尋ねていた。
 もし漫才の意図が俺をキレさせる為だったのなら、2人は錯乱しているに違いない。

「主であるレイアちゃんの初漫才の相方を俺が奪ったんだぞ? 怒るだろ普通ッ!! 今後レイアちゃんと漫才する機会があっても、お前は1番目の男になれないんだぞ!?」
「そんな機会は無い。」
「え……あ、阿吽の呼吸で連携したんだぞ? レイアちゃんと自分以外の男がッ! どう思うよッ!」
「別に……完成度への感心が勝った。」
「なっ!?」

 陽は衝撃を受けて膝から崩れ落ちた。
 拳を握りしめ、地面を何度も叩く。

「クソッ……こだわり過ぎたって、いうのかよ……親父の、関西の血が憎いッ!」
「わ、私は凄く楽しかったですよ! またやりましょうねッ!」
「……クククッ……こうなりゃ最後のプランだ。」

 立ち上がった陽は悪い笑みを浮かべて懐に仕込ませていた得物を取り出す。
 「く」の字型に黒光りする、如何に非力な人間でも一度持てば立派な殺傷能力を得られる武器が俺に向けられる。

「過度なストレスを与えてやりゃいい。こういうのでな。」

 陽が取り出したのは、少なくとも見た目だけは拳銃な小道具だった。

「……うん。」

 けど本物ではないだろう。
 持ってる訳ないし、持たせてもらえる訳もない。

「なんだその『今更な物出てきたな。』って顔は。」
「この前の任務で一回撃たれてんだよ。」

 ここ最近得た知見だが、撃たれるより刃物で斬られたり刺される方が痛かった。
 仮に銃だとしても俺を暴走させるには至らないだろう。
 武器選びを間違えたな。

「そんなの知ってる。でも結局は使い方次第だろ──《Activation》」
「え?」
 今、なんて言っ──パンッ!

 銃声が鳴ったが、全く痛みはなかった。
 その代わりに俺は目に映った光景に理解が追い付かず、何も喋れなくなった。

 頬に飛んできた彼女の血の熱で、何が起こったのか理解する。
 視線を下に向ける。
 
「………………レイアさん?」

 声をかけても倒れた彼女は反応はない。
 頭からドクドクと血を流し、身体は小さく痙攣している。
 
 駆け寄りたくても、俺の身体は動かない──動けない。

 硝煙と血の香りの中で、初めて人を撃った陽は震えず、汗1つ流さず、いつも通りの目に戻っていた。
 まるで自分が透明人間なんじゃないかと誤解するぐらい無感情な黒い瞳を向けて、彼は淡々と笑った。

「さぁ、終幕だ。」

 金色の髪が少しずつ紅く染まっていく様子を俺は見ていることしかできなかった。
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