血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜

寝袋未経験

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断頭台の吸血鬼編

陽姫劇場─第二幕─

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 レイアさんによって、白く広い監禁部屋に運び込まれた黒縁のテレビが、ほどなくして陽によって俺の目の前に移動してきた。
 運び終えたひなたは「ふぅ~」と息を吐いて、額の汗を拭った。

「これでよし。」
「ダメですよ! テレビは離れて観ないと!」
「えぇ……厳しい……」
 アニメ開始前の何処かで見た注意喚起みたいな流れで、陽は渋々テレビ台を動かし、俺との間に2mほど距離ができるよう設置し直した。

 それを見て納得した様子のレイアさんは、ポケットからリモコンを取り出した。 
 電源ボタンが押されると、いつもの格好をしたレイアさんが赤いソファーに姿勢よく座る静止画が映し出された。
 そして再生ボタンが押されると、画面上のレイアさんがソファーの上でソワソワし始めた。

「じゃあ俺らは部屋出てるから、この動画見とけよ。」
「失礼しました。」
 振り返ることなく部屋から出ていった陽と、丁寧にお辞儀をして出ていったレイアさん。
 これだけで2人の人間力が浮き彫りになっている。

 俺は奥の扉からテレビに視線を戻す。
 退室に掛かる時間も考慮していたのか、丁度始まりそうだ。
『よーい…アクションッ!!』
 音合わせは入れなくていいだろ。
 一呼吸置いて、陽は画面外からレイアさんに問い掛けた。
『では、画面の向こうの皆さんに自己紹介をお願いします。』
 何が皆さんだ、俺しか居ねぇのに。
 …
 ……
 ………
 コイツ、ネット上に拡散するつもりじゃないよ
な?
『はいッ、レイアです! 本日はお願い致します!』
『お願い致します。では、まずご年齢をお聞きしてもよろしいですか?』
 一番最初に御法度とされる女性の年齢の話題を出すとは、流石は陽だ。

『正確な数字は分からないのですが、600歳位です!』
 そんな陽の失礼さが霞む値の大きさだった。
 だが、驚くほどじゃない。
 純血だったら寿命長そうだし、あとジャックがチラッと言ってた気がする。
『へぇ~見えない! とても若々しいですね。』
『あ、ありがとうございます。えへへ…』
 レイアさんの答えに対し、陽は全く動揺せず、なんならお世辞を言う余裕すら見せた。
 台本があるのか、それとも予想済みだったのか……
 レイアさんが頭を掻いて照れているあたり、多分後者だ。
 もし前者ならレイアさんは意外と演技派ということになる。

『今の質問のように、今回GAVAの皆さんから様々な質問を募りました。その数100個ッ!じゃんじゃん答えていってください。』
『はいッ! NG無しで頑張ります!』
 NG無しなんて言わせるな。
 こんな言い回しは普段のレイアさんならしないし、やはり台本があるんだろう。

『では質問です。過去に交際経験などはありますか?』
「ッ!!!」
 2問目から気になる話題が出てきた。
 普段の彼女の振る舞いからは男っ気など無さそうだが、美人なんだから可能性は─
『いえ、ありません。』
 俺は心の中でガッツポーズを決めた。
 天下は俺の物だ。

『吸血鬼になった時、私はまだ赤ん坊で物心すらついてなかったんです…それから半年前までずっと監禁されていて、物理的に殿方と接触する機会すら殆どなかったです。なので、今も少し測りかねてるというか……』
『え?600年間監禁され、あ……そうなんですね~……はい、では次の質問です──』
 13日ならぬ13秒天下だった。
 素直に喜べないよ。
 これなら交際経験あった方がマシだった。

 600年間ずっと監視下に居て、それでも誰かの役に立ちたいだなんて、とてもじゃないけど俺は思えない。
 レイアさんは何処までも底抜けに良い人だけど、陽の対義語と呼べるくらい良い人だけど──

 だからこそ恐ろしい。
 時折口にしていた己を卑下する発言もそうだが、彼女は自分を大事にしていない。
 俺みたく惚れたとか、何か明確な理由がある訳でもなく、『誰かの役に立てる』という一点で、傷付きながら、歯を食いしばって全人類を守ろうとしている。

 自分至上主義である陽の、正に対極に位置し、同時に陽に匹敵する狂気だと思う。

『─続いて好きな異性のタイプについてお聞かせください。』
 13問目の質問も恋愛関連の話題だった。
 正直俺得ではあると同時に、努力で応えることが出来ない回答だったらと思うと耳を塞ぎたくなる。
 今だけは指先まで封じ込めるこの拘束が邪魔だ。

『そう……です、ね……』
『そんな深く考えなくていいですよ。高身長とか、お金持ってるとか、高学歴とか。』
『では、強いて言えば……字が綺麗な人でしょうか。日本語の聞き話しは吸血鬼の特性で問題無いんですが、読みは練習しなきゃ駄目で……読めない字を見せられると少し困ってしま──』
 画面外から伸びてきた陽の手がレイアさんの口を制止した。
『待って? 何それ。そんな特性もあるの?』
『血液を摂取すると、その人の話せる言語を自分も話せるようになるんです。』
『ドクター!? どういう仕組みなんです!?』
『Unknown!』
『はい、では次の質問です──』
 機械的に切り替える陽が怖過ぎる。
 もうアドリブなのか演技なのかも分からない。

 しかし血を吸った相手の話す言語が分かる能力。
 レイアさんだけじゃなく、ジャックやマリアも日本語ペラペラだったのはこれが理由か。

『──3サイズを教えて下さい。』

 吸血鬼ってスゴ……って、そういえば俺も吸血鬼でしたっと──「………………は?」

 気を抜いたタイミングで、画面の中の陽が非常識で意味不明な問いを、レイアさんに向かって投げかけた。
 明らかに一線を越えた発言だ。
 流石のレイアさんだって、拒絶するに決まって─
『あ~……実は測ったことないんですよね……』
『そうだったんですか。ではこの場で測っちゃいますか。なんと都合良く此処にメジャーがッ!!』
『あ、お願いします。』
「は? ……はぁ!?」
 どれだけ怒っても、困惑してももう遅い。
 この映像は録画だ。
 事は既に済んでいる。
 つまりさっき部屋に来たレイアさんは──
「やめろ。」 
 観たくない。
        ガチャンッ!!
 こんな映像観たくないのに、堅牢な拘束が逃げる事を許さない。
      
「ッ……やめろおおおおおお!!!」

 白衣が脱ぎ捨てられ、メジャーによってバスト、ウエスト、ヒップが測られ始めた。

『胸囲94、ウエスト73、ヒップ90ですね。』

 それは中々に引き締まった肉体でした。
 縦線が入った腹筋、厚みのある胸筋、いわゆる逆三角形ってやつでした。

 
 大学に上がってからジムに通い始めたんだったか。
 俺は10分ほど呆然と、脳内ツッコミすら止めて、画面を眺めていた。
 レイアさんがメジャーを持ち、画面外から出てきたドクターに手伝ってもらい、陽の身体を測る様子を。

『お、胸囲増えた。筋トレ効果実感するわぁ。ドクターもしましょうよ、筋トレ。』
『いやぁ、長続きしたことないんだよね……』
『俺の行ってるジム紹介します?』
『Let me think about it.』
『じゃあ後でURL送っときます。』
『……ウン。』

 映像は不服そうなドクターの顔で止まった。


 ドアが開いて2人が部屋に入ってきた。
 そして2人揃って笑顔で両手を広げた。
「「どうでしょう!!」」
「どうしろと。」
「……暴走しているようには見えないんですが?」
 レイアさんに困った表情で尋ねられた陽は、口に左手を当てて人差し指で右頬をトントンと軽く叩きながら、俺の顔をマジマジと見てきた。

「ふむ。思春期のガキは、エッチな期待を裏切られたらブチギレると思ったんだが……どっちかっていうと軽蔑されてる感じだな。仕方ない、実験に失敗は付き物。次の策を考えてくるから─」
 陽は右手をポケットに突っ込み、飛行機で貰えるタイプの白いイヤホンとスマートフォンを取り出した。
「これ付けて待っててくれ。」
 スマホの端子にプラグを挿入し、俺の耳に装着した。
「今から最大音量かつ2倍速で俺のプレイリストを流すから、聴きながらストレス溜めて待っててくれ。」
「え? ちょっ、待て。」
「では行くぞ助手君ッ!!」
 陽は俺の言葉に耳を傾けず、くるりと身を翻して出入り口に歩いていった。

「はいッ!! ひかるさん待っててくださいッ!!」
「レイアさん一旦落ち着きましょうッ!! 絶対陽に騙されて、うッるさああああああああ!!!???」

 二人は白衣を靡かせ、俺の悲鳴を背に監禁部屋を後にした。
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