血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜

寝袋未経験

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初恋編

初恋は鉄の味

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「………疲れた。」
 夜の通学路を歩きながら俺は呟いていた。

 夏休みが終わり、二学期に入って最初の授業を経て俺の口から出てきたのはこんな情けない言葉だった。
 夏休みの間ゲーム三昧で昼夜逆転していたのもあって睡魔が俺を苦しめる。

 そんな状態にも関わらず、友達と夜遅くまでカラオケは愚行だったと反省するべきだろう。
 母親からの連絡にも気付かずに遊んだため、夕食はすでに冷蔵庫の中に封印されているに違いない。

 それはそうと、今日はやけに騒がしい。パトカーや消防車が俺の横をジャンジャカ鳴らしながら通り過ぎていく。
「火事?」
 気になってスマホを確認する。
 ネットニュースの見出しには30超えた人気アイドルと20歳になったばかりの女優が結婚したという物を筆頭に、人気動画投稿者炎上の理由や、吸血鬼の襲撃事件という記事がある。

 さっきのは襲撃事件の方だろう。
 吸血鬼化した彼氏が同棲中の彼女の血を吸って失血死させ、さらに近隣の住宅を襲ってあげく建物が崩落したという。
 ここら一帯も警戒区域として指定されており、ゆっくりと歩いていた俺の脚は、気持ちに引っ張られて少し早歩きになる。

(しかし…吸血鬼ねぇ。)
 実物は見たことないが、博物館に展示された吸血鬼のミイラなら見たことがある。
 その容姿はほぼ人だったが、鋭い牙があった。       
 また瞳が金色なのが特徴らしい。

 あれが血を吸う器官だとかなんとか…
 ぶっちゃけ皆興味はなかった。 
 博物館では適当にダベって、課題は無心で書いて提出しただけだ。
(どうせ会えるなら会ってみたいな~…つってね。)
 もし遭遇して襲われでもしたらやってられない。
 吸血鬼に噛まれた奴は死ぬだの、吸血鬼になるだの聞くし、もし死ななくても太陽の下に出れない生活なんかしたくない。
 今俺に出来ることはさっさと家に帰ってFPSに興じることだけだ。

        バサッ!!
 そんな当たり前の日々に、俺の目の前に彼女は降ってきた。黒を基調とした服に映える白い肌、金色の髪に少し小柄な身体。

         グチャ…!
 全身が砕ける音と共に、鮮血が飛び散った。


「………え?」
 人が落ちてきた。
 何故人が落ちてきたのだろう。
 自殺…少なくとも事件性はあるんだろう。
 
 冷静で居続けようとするが、血の匂いが嗚咽感を誘う。
 俺は震える手ですぐさま携帯で助けを呼ぼうとする。
 110番、それとも119番なのか?
 混乱する頭で考え続け、110番に電話を掛ける。

Prrrrrrrrrrrrr
 警察に掛かるまで待機しなければならない。
 そんな中、眼の前に横たわる遺体からは血が流れ続けて─
「………戻っ、てる?」
 道に拡がっていた血の海がどんどん身体に戻っていく。
 そして傷口が塞がり、彼女は立ち上がった。

 彼女の金色の瞳が俺の姿を捉えたのと同時に連絡が繋がる。
『事件ですか? 事故ですか?』
 どちらかと言うと事件だろう。彼女は間違いなく吸血鬼だ。
 逃げる?
 無理だ。
 吸血鬼が怪力で俊敏である事ぐらい知ってる。

 全身の力が抜けて、手からスマホが抜け落ちた。
 パキッと音がしたので逝ったかもしれない。
 少なくとも画面は死んだ。
 まあ、どの道俺も死ぬから関係ない。
「あの、携帯…落ちましたよ?」

……
………
 見た目通りの可愛らしい声だった…
 こんな可愛い娘に殺されるなら良いかもしれない。
 正直見た目はどストライクだ。
「え~と…急いでるので、さようなら!」
「………え?」
 俺がボーッとしてるうちに会釈をとって吸血鬼は跳躍して消え去った。
 俺は別に殺されなかった。
 吸血もされなかった。

 俺は吸血鬼と出会って生還したのだった。
──────────────────────
「だから何だって話か。」
 あの後何事もなく帰宅した俺はレンチンした回鍋肉を自室の机で食べている。
 きっと味は落ちているんだろうが、腹に溜まれば味なんて別にどうでもいい。
 右手でマウスを操作しながら左手で回鍋肉を口に運ぶ。
 利き手じゃないので食べるペースは遅くなるが、俺の一日はこんな夜更かしを経て終わる。
(にしても、あの吸血鬼可愛かったなぁ…)
 面白くも、つまらなくもない動画をヘッドホンから垂れ流しながらさっきの出来事を連想する。
 今でも鮮明に彼女の顔が出てくるあたり、本当に好みみたいだ。
 吸血鬼じゃなきゃ告白の1つや2つしていたかもしれない。
「………キモいな。」
 俺はゲームを起動し、コントローラーを手に取る。そして見慣れたメンバーと戦場へ飛び出した。
コンコン
「おい!! 風呂空いたぞ?」
「………」
「…じゃあ湯船流しとくな? あ~お父さん可哀そ─」
「はいはい! 入る入る!!」
なんともタイミングが悪い。今、ようやく地に足が着いたというのに…
「ったく…」
 しかし誰も悪くないので文句は言えない…ランク戦に行ってなくて良かった。
 俺はパソコンを閉じて部屋を出る。
 それと同時に兄が自分の部屋に入っていったのが横目に見えた。

 俺の部屋は玄関から最も離れた場所にあるのに対して、兄の部屋は玄関のすぐ横なので俺の部屋から最も遠い。
 そのため部屋の中を見る機会は殆ど無いが、きっとオンライン対戦に興じているんだろう。
 夏休み前に大学の課題でずっと疲労困憊だった反動で、彼の引きこもりが加速している気がする。
 大学に入りさえすれば後は楽勝と聞くが、理系はその対象外だとも聞く。
 自分の得意科目が数学である以上、同じ道を進むと思うとやる気も失せてくる。

 風呂場への道のりで俺の足元に黒い生物が向かってきた。
 言っておくが断じて虫ではない。
 ここはマンションの7階…決してGなんか出ない。
「何だよ、ノワ。」
 しっぽを振りながら俺の事を見上げてくる頭だけ黒い小型犬パピヨン、ノワの事を撫でると満足したのかそのままリビングの自宅へと戻っていった。
 どうやら彼女は去年買ってもらったクッションが相当お気に入りらしく、1日の半分はあそこで寝ている。
 御年14のご長寿さんだというのに異様に元気だ。

 風呂から見える両親の寝室にはすでにベッドで熟睡している母の足が見えた。
 最近パートも増やしたと言う。
 俺もアルバイトしたいが、学校の規則で出来ないためお小遣いでやりくりするしかない。


 不自由だ。
──────────────────────
(眠くない…)
 風呂から上がり、ゲームも楽しみ、今は深夜の2時…
 明日も学校があるため7時には起きなければならず、そろそろ寝ないと明日に響くのは分かっていても、眠りにつけなかった。
 それに今日は対戦中も上の空になって負け続きだ。

 理由は分かっている。
 あの吸血鬼さんだ。

「………腹減った。」
 明日の朝用のパンをもう食べてしまうかとも考えたがジュースも飲みたくなり、コンビニに行くことにした。
 もしかしたら吸血鬼さんに再会できるのでは、という淡い期待もあった。

(完全に徹夜コースだな…)
 パジャマに上着を羽織って、財布と鍵、画面がバキバキになった携帯を上着のポッケにしまって玄関に向かう。
 いつの間にか帰ってきていた父は、母と寝室でぐっすりだ。
 俺が外出したことにも気付かな─
         カチャ…
「ふぁっ…あ?何してんの?」
「っ!?」
 玄関横の部屋から兄が出てきた。

 こんな夜更けに何してるんだ…というのは大学生である彼から俺へのセリフか。
 多分課題をやっていたんだろう。

「ふ~ん。いってら。」
 兄はそれだけ言ってトイレに入っていった。
「………」
 お咎め無しなのは有り難いがここだけの話、俺は兄があまり得意ではない。

 どういう所が苦手かと言うと、自分に関係ない時は放置するくせに巻き込まれるとすぐに親や教師に報告する性根だ。
 きっと自分のことしか考えていない。

 あと、これは推測だが兄も俺が嫌いだ。
 ここ数年まともに会話した記憶がない。
 喧嘩したとかではなく、ただ波長が合わない感じだ。

 お互い不干渉、かといってそれを両親に悟られない程度には会話をするといった生活を続けている。

「一人暮らししたい…」
 そうすればコンビニに行くのだってこんなビクビクしないで済むのに。
──────────────────────
「あーとざした~。」
 本当に「ありがとうございました。」と言ってるのか分からない、フニャフニャな言葉を受けつつ、ビニール袋を片手に店を後にする。
 エナドリ、ポテチという変わり映えしないラインナップ。
 でも変に凝った物を食べる気にはならない。

 コンビニでの夜バイトというのも少し魅力的だが、ただでさえ朝に弱い自分には無理だろう。
「や、やめてくれ!!」
「ん?」
 家までの帰路、ネズミが沸くような路地裏から男の情けない叫び声が聞こえた。
 早く帰った方がいいとは分かっていたが、深夜だからか恐れを興味が上回った。

 音を立てないよう息を殺して路地裏に入っていく。
 進んでいくと曲がり角が現れ、角から少し顔を覗かせると月明かりに照らされて2つの人影が見えた。
 逆光で顔は見えないが、腰が抜けた男性を女性が追い詰めている様に見えた。
 痴話喧嘩だろうか?なら拍子抜けだ。

 俺はそのまま来た道を戻ろうとした。
「なんですか…それ…貴方が殺したんでしょう!?」
 女性の怒声がコンクリートの壁で反響した。
 そして、その内容に戻ろうとした俺の脚が止まる。
「違う!! 殺したかった訳じゃ…お腹が空いて…」
(お腹空いたから人殺したのッ!?)
 ここまで来て俺は怖気づいた。そもそも変な事に首を突っ込むのは良くない。

 逃げるが勝ち─パキッ…「あ。」

 足元を見ると割れたビール瓶が散乱していた。流石路地裏、なんでも有る。
「誰!?」
「ッ!!!」
 女性の顔が凄い勢いで此方を向き、そのお陰で彼女がどんな存在か理解した。

 暗闇に浮かぶ金色の双眸。それは吸血鬼の特徴である金の瞳─
「いや…あの、すいませんでした!!!」ダッ!
「ちょ、ちょっと待って!!」
 制止の言葉を背に受けながら俺は一目散にその場から駆け出す。

 吸血鬼に身体能力で勝てる訳が無いとは分かっている。
「ハァ…ハァ…!!」
 だが、早くここから逃げなければどんな目に合うのかも分からない。
 手に持っていたビニール袋も投げ捨てて、全速力で大通りへ走る。
       タンタンタンッ!!!
「待ってってッ! 言ってるじゃないですか!!」
「はいッ!?」
 だが声の主は信じられないスピードで迫ってきた。
 曲がり角でも減速せず、壁を蹴って此方へ飛び込んできた。
       パシッ!!
「捕まえた!!」
「ぐっ…」バタンッ!!
 俺は手首を掴まれたかと思ったら、そのままコンクリートの地面に倒された。
 抜け出そうとしても、上に乗る女性を振りほどけない。
「いッ…」
「もう逃がしませんよ。」
「ひ、ひぃ…!! すいません!! 何も聞いてないから許して下…て、あれ?」
 なんか聞き覚えのある声だった。

 俺は首と目の可動域を限界まで使って俺の上にのしかかる人物の顔を見ようと努力する。
 しかし見えるのは金髪と顔の一部。それでもさっきまで何度も連想していたからこそ確信した。
「さっきの吸血鬼さん!?」
「え……あ、学生服の!! 通報してた人!!」
 覚えてもらえていた事にちょっと嬉しくなってしまった。

 俺の存在に気付いた彼女はすぐさま俺の上から降り、そして地面に正座した。
「す、すみませんでした! てっきり彼の仲間かと…あ! あと先程の事もすみませんでした!!」
「え、いや謝る必要なんて…」
「いえ、驚かせてしまったと後で気づいて…あ、あのときはやる事があって!! それで、その…」
 そこまで言って言葉が思いつかなかったのか、彼女は深々と頭を下げた。
 律儀な吸血鬼さんだ。やっぱり悪い娘じゃないらしい。

 俺は素早く起き上がり、彼女と同じように正座する。
 半ズボンだから膝が地面に直で当たって痛い。  
 でも出会えた興奮からか、そこまで気にならなかった。
「大丈夫です。むしろ吸血鬼さんとまた会えてラッキーだったというか…」
「え?そ…そう、ですかね?えへへ…」
 そう言ってはにかむ彼女の顔に俺は思わずドキッとする。

 今まで恋愛なんてクソ喰らえだと思っていたが、容姿だけでなく礼儀作法や性格まで良いときた。
 俺の初恋は完全にこの娘に奪われた。

 そう分かった瞬間、一気に吹っ切れた。
 吸血鬼がなんだ。
 法律を変えてでもこの子と結婚してやる。

         パキッ…
 彼女の背後でガラスが割れるような音がした。
 彼女に釘付けになっていた俺の視線が路地裏の暗闇に移った瞬間、路地裏の角を曲がって何かが突っ込んできた。
「…っ!」
 俺は彼女の身体を掴み、無理矢理横に押し退けた。
 それと同時に頭の中に強烈な衝撃が襲った。

 脱力感。

 胸元を見ると錆び付いた刃物の柄が見えた。
 流石、路地裏…本当になんでもある。改めて感心していると、俺の身体は地面に倒れ込んでいた。

 立ち上がれない。

 口の中が血の味で満ちていく。

 意識が保てそうにない。

 彼女が男を殴り倒したのが霞む目でも見えた。







 助けられてよかった。

「ッ……ごめんなさい…」
 彼女は泣きながらそう言って、こちらに顔を寄せてくる。
 キスされると淡い期待をしたけど違った。



 彼女は俺の首筋に噛み付いた。
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