血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜

寝袋未経験

文字の大きさ
3 / 30
初恋編

横たわる者と動き出す者

しおりを挟む
 吸血鬼に吸血されるとどうなるか?

 答えは簡単、失血死だ。

 では血を与えられたら?

 人の身体は吸血鬼の血という異物に適応出来ず拒絶反応を起こす。

 だが、与えられた血の中に含まれるmRNA+逆転写因子+…わからない?
 要するにHIVヒト免疫不全ウイルスと同じ仕組みで人のDNAを変異させるんだ。

 吸血鬼化って感染症と同じなんだよね。

 でも凄いのはここから。
 既に完成された筈の身体が新たに身体機能を獲得する。
 異常な再生能力に免疫力、そして吸血能力。

 その分、日光に以上に弱くなる…太陽の光に含まれる波長が吸血鬼の生存に必要な酵素の働きを弱めて失活させているという仮説が─わからない?
 ならしょうがない。

「ま、そんな訳で…君は吸血鬼になったんだ。Understand?」
「…アンダー…スタンド…」
 頭上の照明の眩しさに意識が覚醒してすぐ吸血鬼になったと言われ、俺は拙い英語で丸眼鏡を掛けた白衣の男に返事する。
 男は俺の返事に満足したのか、丸椅子に座って脚を組み直した。

 俺は吸血鬼さんが捕らえようとしていた吸血鬼が拘束を壊して吸血鬼さんを攻撃しようとして、庇って攻撃を喰らって死にかけた俺を吸血鬼さんが吸血鬼にして命を救──文面にするとややこしい。
 要するに俺の初恋相手は命の恩人にまでなった訳だ。

 俺は改めて、鞄の中身をゴソゴソと調べる男に視線を向ける。
 ガラスの奥の彼の瞳は黒い、金色ではない。
 つまり吸血鬼ではなく人間だ。
 なのに、どうして吸血鬼さんと関わりがあるんだ。
「ちょっとこれ借りるね。名前は…シオバラ…テル?」
「……ヒカル…」
「ヒカルね。私立白桜高等学校2年…住所は…」
 男は俺の財布から学生証を抜き取って、口に出しながら個人情報をメモに書き記していた。
 ここまで堂々とされると文句も言えない。

 それに身体が重くて持ち上がらないから抵抗しようもない。
 一体どのくらい寝ていたんだろう。

 可能な限り周囲を見渡す。
 まず部屋は白い。
 掛け布団、壁、天井まで真っ白。
 男が白衣を着ていることで白さが極まっている。

 次にこの部屋には窓がない。時計も置いていないので今の時間を知る術がない。
「……あの…いいですか…」
「What up? 何か質問かな?」
 なんで会話の所々に英語を挟むんですか、という質問をグッと呑み込む。

「ここは、何処です?」
「GAVAの地下…つまりUnderground!!」
「ギャバの……ギャバって?」
「あ~……ヒカル、君もしかして社会科苦手だろ? 世界吸血鬼対策局、通称GAVA。こんな感じで…」
 そう言って男はペンを走らせ、椅子から腰を上げメモをこちらに見せてくれた。
 そこには『GAVA』とデカデカと書かれていた。

「Understand?」
「は、はい。」
 俺が返事すると男は再び椅子に腰掛けた。
 ただ少し不満そうな顔になった気がした。
 英語で返さなかったからか?

「フン…しかし、君は運が良かった。レイアが再生力に特化した吸血鬼だからなんとかなったけど、それ以外なら助からなかったかもね。」
「レ、レイア?」
「君のご主人だよ。」
 話から察するに、もしやあの吸血鬼さんのことなんだろうか?
 レイア…何故か聞いたことがある響きだ。
 ゲームのキャラにでもいたか?

 ウィーーン…
「と、噂をすれば…」
 突如俺から見て左の白い壁の一部が凹み、そのままスライドした。
 白過ぎて区別つかなかったが、ドアだったらしい。

 そして見覚えのある吸血鬼、レイアさんが現れた。
 肩で息をして、汗ダラダラでも可愛いのは何?天使?
「ドクター…彼が、ハァ…起きたって…ゲホッ!」
「やあレイア! 見ての通り、どうやら君の再生力がperfectに遺伝したようだ。」
「それ…なら…良かった、です……スゥ~! ハァ~!」
 するとレイアは大きく深呼吸をして息を整えた。お礼を言うなら今だろう。

 俺はベッドの上で重力に逆らってなんとか身体を起こし、頭を下げる。
「あの…レイアさん。助けてもらって」
「違います!」
「へっ…?」
 結構強めに拒絶された。

 彼女の強い言葉に一瞬泣きそうになるが、彼女の顔を見て俺の涙は引っ込んだ。
 なんせレイアさんの目に大粒の涙が溜まっていたのだから。
「私のミスのせいで! 貴方を吸血鬼にするしかなくなって…謝って済む問題じゃない…でも、本当に…ごめんなさい…!」
「ちょ…」
 レイアさんは命の恩人だ。
 そんな彼女に頭を下げられたら俺はどうすればいいんだろう。

 むしろあの時俺が路地裏に行かなかったなら、こんな状況にはなっていなかった。
 しかも路地裏に入る時、俺は危険を承知で突入した訳だし、こうなったのは自業自得だ。
「レイアさん…その、俺は本当に大丈夫なんです。」
「でも…貴方には─」
「死ぬよりはマシですし、レイアさんが無事なら俺も命張った甲斐があったってもんですよ!」

 俺の説得を聞いてもレイアさんは未だに申し訳なさそうな表情をしている。そんな顔も可愛い。いや、それはどうでもよくて…
「あ。そういえば、俺っていつ帰れるんです?」
 俺はイスで退屈そうに話を聞いていたドクターにそう尋ねる。

 なんせ俺にも予定がある。
 来週の日曜には友達と夢の国に行くことになってるし、それに………そういえば未だに消化していない課題があった。

 数学の授業は金曜と土曜だから残り数ページぐらい前日にやればいっか、と高を括っていたからだ。早々に帰って終わらせなければならない。
 数学の七瀬は学校怖い先生ランキングでも五本の指に入る女性教師だ。

「……What? 何を言ってるのかな?」
 ドクターはそう言って首を傾げた。



「………えっ…?」  
 自分でも気づかないうちに口から勝手に零れ出ていた。
 ドクターはさっきまでと変わりない笑顔だ。
 それなのに俺の身体は不思議と強張った。

「君は帰れない。なんせ、君はもう人間じゃないからねぇ…吸血鬼は人の世界では生きられない。」
「はぁ!? こ、困ります!!」
「ハハハッ! 残念だけど、君には一生ここ─」
        ゴンッ!
 ドクターの頭に拳が振り下ろされ、鈍い音が部屋中を木霊した。

 先程まで余裕の表情でふんぞり返っていたドクターの顔が歪み、そのまま椅子から転がり落ちた。

「ぐあああああッ!!!」
「おい、総一郎そういちろう。それ以上子供を虐めるのはやめておけ。」
「そ、総一郎って…呼ぶな…僕はドクター」
「そうだな、Dr.御手洗みたらい。」
「うわああああああッ!!!」
 殴られたことより古風な本名を公表されたダメージの方がデカそうだ。

 それはそうと、ドクターを殴ったこの人は誰だ?綺麗な金髪…レイアさんに似ているが1つ違うところがあった。

 レイアさんが金色の目をしているのに対し、彼女の目は碧眼で、それに背も高い…170以上はあるだろう。
 かといって大柄というわけではなく、引き締まっている…有り体に言うとモデル体型だ。
 物凄い美人である。

「うちのバカが失礼したな。あれでも悪い奴じゃない。胡散臭くはあるがな。」
「あ、有栖ありす…暴力は止めなさい…特に、僕のようなか弱い人間には…」
「か弱い自覚があるなら身体でも鍛えるんだな。カップラーメンばっかり食べて…この前の健康診断でもコレステロール値が…」
 頭を押さえて地面に転がり続けるドクターを有栖さん見下ろす形で痴話喧嘩が始まった。

 内容もさながら、その様子は傍から見ると…まるで…
「あ、ドクターの彼女さんか。」
「いや、こいつはただの愚兄だ。」
「愚兄が出るかMy sister……よっこらせ。」
 ドクターは丸椅子によじ登って座り直した。
 心無しかドクターの頭にたんこぶが出来てるように見えるのは気のせいだろうか?

「怖がらせて悪かったね。ただ帰れないのは事実だ。」
「そ…そう、ですか…」
「様々な理由はあるけどね。僕らの仕事はそもそも人間社会に紛れて生きてる吸血鬼の特定と身柄の拘束、あとは研究。なのに捕えた吸血鬼を逃すなんて…それで人襲ったら僕らはthe endだ。」
「でも俺は人なんて…」

 そんな俺の言い訳をドクターが指で制した。
 今度は真剣な眼差しで、眼鏡越しにこちらの目をしっかり見ながら。

「吸血鬼にはrandomな要素が多いんだよ。それに今は良くても食欲はすぐに湧いてくる。」
「っ…」
「だからこそレイアもあれだけ謝ったわけで。」
 視界の端でレイアさんがさらに縮こまったように見えた。

 彼女があれだけ謝ってきたのにも納得がいった。

 俺はこの先、普通の生活は出来ないらしい。これまで築いてきた人間関係を一気に全て失うわけだ。家にも帰れなくなった。

 ちゃんと寝ておけば、コンビニに行こうと考えなかったら、路地裏に入らなかったら…俺の人生はこうはならなかったのだろうか?

「…分かりました。あぁもう!! 分かりましたよ!!」
 本当はすごく嫌だ。
 寂しいし、怖いし…今になって当たり前の日常の有り難みを知った。
 この先もそれを痛感するんだろう。
 …
 …
 …
 …
 あんな兄ですら、もう会えないと思うと少しは寂しいものらしい。
 ──────────────────
 目覚し時計を使っていないのに、いつもの起床時間に彼は目を覚ました。
 でも大学は9月の中旬まで始まらないので起きるメリットはない。

 そうして彼は二度寝を始める。
「…」
 カリッ…
「………」
 ガリガリ…
「……………」
 ガリガリ……ワンっ!!
「……起きますかぁ。」
 餌を求める愛犬ノワの呼び声に彼は目を擦りながら、冷たい地面に足を降ろす。
 その冷たさで意識が一気に覚醒していき、同時に食欲が湧いてくる。
 彼の名は汐原陽、陽と書いてヒナタと読む。
 普通の大学2年生で生命科学を専攻している。
 既に20歳でお酒は飲めるが父譲りの下戸と母譲りの酒好きというミスマッチにより、酔うと面倒くさい奴になるため控えている。
 タバコは父親が吸っていたため、それを反面教師に吸わないことを誓っている。
 身長は170…より、すこ~しばかり低いが別に気にしていない、決して。
 小学校の頃クラス1可愛い女子に恋をし、告白しなかったことで無駄に引き摺り、成熟していくにつれて恋愛の必要性が分からなくなり、結果恋愛経験は無い。
 友達はいるが、マイペースに生きているため一緒に遊びに行く事はない。
 あくまで学校で話す程度である。

 そして彼は、弟である輝のことを邪険に思っていた。

 父と母は輝が居ないことに気づくとすぐさま警察に連絡した。
 彼は両親や警察に事情を聞かれたが、『輝が夜に出掛けてるなんて知らなかった。』で乗り越える事にした。
 知っていると言えば責任を押し付けられる可能性があったからだ。

 もし輝が見つかって、それで彼が知っていたと証言したとしても、寝ぼけていたと嘘付けば通せると考えたからだ。

『──の汐原輝君が行方不明になり既に3日が経ちました。警視庁は捜索範囲を広げ─』

 しかし、失踪から3日が経過しても汐原輝は見つからなかった。それを受けて彼は─

「今日のログボうま。」

 ゲームに勤しみながらトーストに齧りついていた。彼にとって汐原輝の生死は心底どーでもよかったのだ。むしろストレスの種が消えて最高の生活を送っていた。昨晩も快眠である。

 だが「弟君のこと心配だよね…」や「君が兄として注意しておけば…」と周囲から言われ続け、イライラし始めていた。

 それに失踪当日に会っている手前、こうなってくると責任は自分にあるのでは…と、少しばかりの良心が痛んでいた。

 幸い、大学生の夏休みは長い。比較的自由に動くことが出来た。

 少し早めの昼飯に冷凍の炒飯を食べてお腹を満たし、外出の準備をいそいそと進めていく。

 そこそこ遠出なのでゲーム機でも持っていこうか?と思って手に取るが、接触不良が原因で充電が出来ていなかった。

 ランニングシューズとスニーカー…2足しかない靴のどちらを履くか悩みながら、彼は両親の寝室に声をかける。
「ちょっと出掛けてくる! 夜までには帰る!」
「……いってらっしゃい…」
 失踪して以来、母は精神的に参っていた。父も仕事を休んで車で捜索を開始していた。

 そんな2人の心労を憐れみながらも、陽は心の中で(何を悲しむ必要があるんだか…)と頭の中でハテナマークを浮かべた。

「さ~て…行きますか!」
 彼は五千円チャージした定期券を使って改札を通り抜けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い

☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。 「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」 そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。 スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。 これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...