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チャンスのタイミング
屋敷に戻ると、アレクセイは私室にアリスティアを呼び、長椅子に並んで座らせてから話し始めた。
「先日の夜会でアリスティアのドレスに、ワインを掛けた者が誰か判明した」
「何方ですか?」
「ベルティエ侯爵の孫娘である、ソフィーという令嬢だそうだ。目撃者がいたらしい」
ソフィーはイザベラの従姉妹であり、他家に嫁いだベルティエ侯爵の娘が産んだ子である。実家は父から代替わりしていて、兄が家督を継いでいる筈だ。ソフィーは幼少の頃から、領地にいる家族と離れて王都の侯爵邸で暮らしていたので、アリスティアは昔から顔見知りだった。
「そうですか」
アリスティアが静かに一言返すのを聞いてから、アレクセイは話を続けた。
「ソフィー嬢には今後王宮での夜会など、出入を禁止する事も検討しているが」
「その件について、少し待って頂いてもよろしいでしょうか?明後日私の実家で、妹がお茶会を開くのですが、 ソフィーの事も招待しております。そこで、本人から直接事情を聞いてみようと思います」
「事情?」
アレクセイは訝しんだ目で、アリスティアを見る。ドレスにワインを掛けるのに、嫌がらせ以外の事情があるのか疑問だ。アリスティアはあの件について、珍しく怒りを露わにしていた記憶がある。しかし現在は犯人の名前を聞いても、落ち着き払っていた。
「事を大きくしない方が、話しやすい場合もあるでしょう」
「アリスティアがそういうなら。だが今後また何かしてきたら、相応の対応をさせて貰う」
「はい。その時は、頼りにさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ。勿論だ」
頼りと言われるなんて意外で、喜びと驚きにより言葉を失いそうになったが、持てる威厳を前面に押し出して頷いた。
「あの……そこで、急で申し訳ないのですが、明日一日だけ実家に泊まりたいと思っております。妹が始めてお茶会を主催するのです。今迄妹は、わたくしの隣で補佐的な立ち回りをしていたのですが、何だか心配で……。過保護ですみません」
「そうか、構わないが」
返事をした直後、アリスティアは家族思いなのかと感心しつつ、アレクセイの頭をとある言葉が過ぎった。以前ドレスを汚された時に言っていた『貴族社会的に殺す』という言葉が脳内を反芻している。
(まさか前日入りして仕返しの策を練りつつ、罠を張ろうとしているとかではないよな)
真意を測りかね、固まったまま微笑を貼りつかせた。そんなアレクセイの隣で、アリスティアは口元を綻ばせる。
「ありがとうございます。それと良かったら旦那様も、ご一緒致しませんか?わたくしだけ実感に帰るのも変ですし。リュシエール家での晩餐会を兼ねて、旦那様をご招待させて頂きたいのですが」
「いや、この数日仕事が立て込んでいて、明日の帰宅時間も何時になるか分からない状態なんだ。アリスティアは実家でゆっくりしてくるといいよ」
アレクセイが告げると、アリスティアは視線を落とした。
「……そうですか、お仕事お忙しそうですしね。急で申し訳ありませんでした。
それに私の実家だと、夜はわたくしと同室になってしまいますしね」
「え」
一般的に夫婦とは同じ部屋で夜を過ごすもの。
この屋敷意外で、シルヴェスト夫妻が寝所を別にしている事を知られる訳にはいかない。
婚姻前のアレクセイなら気にする必要はなかったが、今は決して妻と不仲だと思われる訳にはいかない。
王命での婚姻は中々覆らないように考えられるが、万が一のことを考え、これ以上夫婦間の問題を作る訳にはいかない。決してこの結婚に横槍を入れさせてはならないのだ。
幸い夫婦仲は良好だと世間で認識されている。
にも関わらず、妻の実家で寝所を別にするなんて出来る訳もなく、アレクセイがアリスティアを妻として扱っていないと思われてしまう。
という事は逆を言えば、アリスティアと必然的に同衾出来たという事だ。
氷の棘がアレクセイの胸に深く突き刺さり、アリスティアの言葉を遅れて理解すると、ようやく痛みが走った。
「それでは、失礼致します」
「……」
アリスティアは礼をすると、優美な所作で部屋から出ていった。
(しまった!!アリスティアと同衾出来るチャンスを、自分から逃してしまった!!)
この事態は悔やんでも悔やみきれないが、仕事が立て込んでいるのも事実であり、発言を撤回する事は出来ない。
一人残されたアレクセイは、アリスティアが出て行った扉を見つめながら、ただただ呆然と失意にくれるのだった。
「先日の夜会でアリスティアのドレスに、ワインを掛けた者が誰か判明した」
「何方ですか?」
「ベルティエ侯爵の孫娘である、ソフィーという令嬢だそうだ。目撃者がいたらしい」
ソフィーはイザベラの従姉妹であり、他家に嫁いだベルティエ侯爵の娘が産んだ子である。実家は父から代替わりしていて、兄が家督を継いでいる筈だ。ソフィーは幼少の頃から、領地にいる家族と離れて王都の侯爵邸で暮らしていたので、アリスティアは昔から顔見知りだった。
「そうですか」
アリスティアが静かに一言返すのを聞いてから、アレクセイは話を続けた。
「ソフィー嬢には今後王宮での夜会など、出入を禁止する事も検討しているが」
「その件について、少し待って頂いてもよろしいでしょうか?明後日私の実家で、妹がお茶会を開くのですが、 ソフィーの事も招待しております。そこで、本人から直接事情を聞いてみようと思います」
「事情?」
アレクセイは訝しんだ目で、アリスティアを見る。ドレスにワインを掛けるのに、嫌がらせ以外の事情があるのか疑問だ。アリスティアはあの件について、珍しく怒りを露わにしていた記憶がある。しかし現在は犯人の名前を聞いても、落ち着き払っていた。
「事を大きくしない方が、話しやすい場合もあるでしょう」
「アリスティアがそういうなら。だが今後また何かしてきたら、相応の対応をさせて貰う」
「はい。その時は、頼りにさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ。勿論だ」
頼りと言われるなんて意外で、喜びと驚きにより言葉を失いそうになったが、持てる威厳を前面に押し出して頷いた。
「あの……そこで、急で申し訳ないのですが、明日一日だけ実家に泊まりたいと思っております。妹が始めてお茶会を主催するのです。今迄妹は、わたくしの隣で補佐的な立ち回りをしていたのですが、何だか心配で……。過保護ですみません」
「そうか、構わないが」
返事をした直後、アリスティアは家族思いなのかと感心しつつ、アレクセイの頭をとある言葉が過ぎった。以前ドレスを汚された時に言っていた『貴族社会的に殺す』という言葉が脳内を反芻している。
(まさか前日入りして仕返しの策を練りつつ、罠を張ろうとしているとかではないよな)
真意を測りかね、固まったまま微笑を貼りつかせた。そんなアレクセイの隣で、アリスティアは口元を綻ばせる。
「ありがとうございます。それと良かったら旦那様も、ご一緒致しませんか?わたくしだけ実感に帰るのも変ですし。リュシエール家での晩餐会を兼ねて、旦那様をご招待させて頂きたいのですが」
「いや、この数日仕事が立て込んでいて、明日の帰宅時間も何時になるか分からない状態なんだ。アリスティアは実家でゆっくりしてくるといいよ」
アレクセイが告げると、アリスティアは視線を落とした。
「……そうですか、お仕事お忙しそうですしね。急で申し訳ありませんでした。
それに私の実家だと、夜はわたくしと同室になってしまいますしね」
「え」
一般的に夫婦とは同じ部屋で夜を過ごすもの。
この屋敷意外で、シルヴェスト夫妻が寝所を別にしている事を知られる訳にはいかない。
婚姻前のアレクセイなら気にする必要はなかったが、今は決して妻と不仲だと思われる訳にはいかない。
王命での婚姻は中々覆らないように考えられるが、万が一のことを考え、これ以上夫婦間の問題を作る訳にはいかない。決してこの結婚に横槍を入れさせてはならないのだ。
幸い夫婦仲は良好だと世間で認識されている。
にも関わらず、妻の実家で寝所を別にするなんて出来る訳もなく、アレクセイがアリスティアを妻として扱っていないと思われてしまう。
という事は逆を言えば、アリスティアと必然的に同衾出来たという事だ。
氷の棘がアレクセイの胸に深く突き刺さり、アリスティアの言葉を遅れて理解すると、ようやく痛みが走った。
「それでは、失礼致します」
「……」
アリスティアは礼をすると、優美な所作で部屋から出ていった。
(しまった!!アリスティアと同衾出来るチャンスを、自分から逃してしまった!!)
この事態は悔やんでも悔やみきれないが、仕事が立て込んでいるのも事実であり、発言を撤回する事は出来ない。
一人残されたアレクセイは、アリスティアが出て行った扉を見つめながら、ただただ呆然と失意にくれるのだった。
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