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第20話 ありがとう、セバスチャン…
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「お嬢様、どちらに行かれるのですか?」
イレブンジス・ティを済ました後、誰にも何も告げずにそっと家を出ようとしたところ、エントランスでセバスチャンに呼び止められた。
「ちょっと、散歩をしに…」
「そうですか、それでは私もご一緒させていただきます」
普段、セバスチャンは散歩に同行したりしないので、私の体調が優れないからなのか、切り裂きジャックと遭遇して顔を見られたようだと報告したからなのか、どちらにしても心配でついて行くと言い出してくれたのだろう。私の人生ではこれまで… そんな優しい彼と出会ったことはなかった。常に自分が一番大事で、私のことは2の次、3の次は当たり前。倦怠期にもってくると私のことを気にかけたりすることもなくなる人がほとんどだった。それに比べてセバスチャンの紳士たるや… 思わず、向こうの世界なんてどうだっていいやと思いかけたりもしたけれど、ふと「ここ何日か、寝ても元の世界に戻れていない」ことを思い出して、不安がよみがえってきた。
「…お嬢様?」
そんな私の僅かな感情の浮き沈みにも、セバスチャンは敏感に反応してくれる。それは本当に、ここが夢の中なんじゃないかと感じさせるほどの幸せな時間なのだった。
「大丈夫。ありがとう、セバスチャン…」
そう感謝を述べると、セバスチャンは決まって優しく微笑んでくれる。その微笑みが、私にとっては何よりも代えがたい癒しの瞬間でもあった。
「栄養のある物を食べて、毎食後ドクターに処方された薬をきちんと飲み、たくさん睡眠を取り、こうして体を動かすように心がけていれば必ず体調は戻るはずです。今は、それより私が危惧していることは… お嬢様が切り裂きジャックに狙われていないかということです」
「うん… 遭遇したときは、無我夢中で逃げ回ったから気付かなかったけど… 殺すつもりなら、あの時執拗に追って来てたと思うし、そもそもアレが本当に切り裂きジャックだったのかも今となってはよくわからなくなってる」
あの時の恐怖を思い出して、暗い表情で俯いていると… セバスチャンは、そっと私をハグしてくれた。
「そんな心配なさらないでください。私の目の届く所にいてくれさえすれば、命を懸けて私はお嬢様をお守りしますので…」
背が高くスラっとしているから、華奢にも見えるセバスチャンだったけれど、その腕は力強く不思議と不安が治まって行った。
「ありがとう、セバスチャン…」
そう言うと、セバスチャンはいつものように微笑んで、私のおでこにキスをして離れた。思わず、ドキリとして赤面してしまっていると… 突然、近くで発砲音が鳴り響いた。その時のセバスチャンの反応は速かった。私に覆いかぶさって守りながら地面に伏せ、すぐに周囲に視線を配らせた。と、その瞬間… セバスチャンは何者かに頭を殴られて気を失ってしまう。そして私は、布で目と口を閉ざされて抱え上げられ、どこかへ連れ去られてしまったのだった。
意識を取り戻すと、そこは薄暗い倉庫だった。周囲には誰もいない。そのため、一瞬そこが現代の東京なのか… 散歩をしていた19世紀末のロンドンの世界なのかわからなくなっていた。
「ここは…?」
そう呟くと、背後から人の声が発せられる。
「意識が戻ったようだな」
振り返ろうとしたけれど、私は椅子に座った状態で手足を縛られていて振り返ることはできなかった。
「手荒なことをして、悪かったな。名探偵のお嬢さん」
そう言って、私の見える前方にやってきて目と口を閉ざしている布をはずしたのは… レストレード警部から容疑者として名前が挙げられていた最後の人物、地元ロンドンのギャング組織に属する「ハーキュリーズ・ブラックウッド」だった。
「貴方が… 切り裂きジャックだったの?」
ブラックウッドの手には、鋭いジャックナイフが握られていた。
「ふふふっ、それが名探偵が導き出した推理の答えか?」
「推理なんて、そんな大それたことはしてないけど…」
ナイフをかざして警戒をしたまま立っているブラックウッドは、危険な雰囲気を醸し出しているけれど、整った顔をしていてイケメンと呼ばれる男性たちの中でも群を抜いた魅力を持っていた。しかし、いくらイケメンに目がない私でもその時は、緊張と危機感の方が上回っていた。
「セバスチャンは? セバスチャンはどこ?」
「オマエに質問は許されていない。オレからの質問に答える時のみ、その口を開くんだ。いいな?」
そう言って、鋭い眼光で睨みつけられると… ゾクっとした感情が沸き起こってくる。
「オマエは、何者だ?」
「私は… ヒカリ。ヒカリ・エヴァンスハム…」
「それは知っている。有名な名探偵さんだからな」
「………」
「以前、病院でオマエにぶつかられたとき、奇妙な違和感を感じた。オレの勘はよく当たるんだ。オマエは普通じゃない。頭がキレる名探偵だとかそんな話じゃない。オマエには気を付けろとオレの本能が訴えかけているんだ」
「………」
「もう一度、問う。オマエは、何者だ?」
イレブンジス・ティを済ました後、誰にも何も告げずにそっと家を出ようとしたところ、エントランスでセバスチャンに呼び止められた。
「ちょっと、散歩をしに…」
「そうですか、それでは私もご一緒させていただきます」
普段、セバスチャンは散歩に同行したりしないので、私の体調が優れないからなのか、切り裂きジャックと遭遇して顔を見られたようだと報告したからなのか、どちらにしても心配でついて行くと言い出してくれたのだろう。私の人生ではこれまで… そんな優しい彼と出会ったことはなかった。常に自分が一番大事で、私のことは2の次、3の次は当たり前。倦怠期にもってくると私のことを気にかけたりすることもなくなる人がほとんどだった。それに比べてセバスチャンの紳士たるや… 思わず、向こうの世界なんてどうだっていいやと思いかけたりもしたけれど、ふと「ここ何日か、寝ても元の世界に戻れていない」ことを思い出して、不安がよみがえってきた。
「…お嬢様?」
そんな私の僅かな感情の浮き沈みにも、セバスチャンは敏感に反応してくれる。それは本当に、ここが夢の中なんじゃないかと感じさせるほどの幸せな時間なのだった。
「大丈夫。ありがとう、セバスチャン…」
そう感謝を述べると、セバスチャンは決まって優しく微笑んでくれる。その微笑みが、私にとっては何よりも代えがたい癒しの瞬間でもあった。
「栄養のある物を食べて、毎食後ドクターに処方された薬をきちんと飲み、たくさん睡眠を取り、こうして体を動かすように心がけていれば必ず体調は戻るはずです。今は、それより私が危惧していることは… お嬢様が切り裂きジャックに狙われていないかということです」
「うん… 遭遇したときは、無我夢中で逃げ回ったから気付かなかったけど… 殺すつもりなら、あの時執拗に追って来てたと思うし、そもそもアレが本当に切り裂きジャックだったのかも今となってはよくわからなくなってる」
あの時の恐怖を思い出して、暗い表情で俯いていると… セバスチャンは、そっと私をハグしてくれた。
「そんな心配なさらないでください。私の目の届く所にいてくれさえすれば、命を懸けて私はお嬢様をお守りしますので…」
背が高くスラっとしているから、華奢にも見えるセバスチャンだったけれど、その腕は力強く不思議と不安が治まって行った。
「ありがとう、セバスチャン…」
そう言うと、セバスチャンはいつものように微笑んで、私のおでこにキスをして離れた。思わず、ドキリとして赤面してしまっていると… 突然、近くで発砲音が鳴り響いた。その時のセバスチャンの反応は速かった。私に覆いかぶさって守りながら地面に伏せ、すぐに周囲に視線を配らせた。と、その瞬間… セバスチャンは何者かに頭を殴られて気を失ってしまう。そして私は、布で目と口を閉ざされて抱え上げられ、どこかへ連れ去られてしまったのだった。
意識を取り戻すと、そこは薄暗い倉庫だった。周囲には誰もいない。そのため、一瞬そこが現代の東京なのか… 散歩をしていた19世紀末のロンドンの世界なのかわからなくなっていた。
「ここは…?」
そう呟くと、背後から人の声が発せられる。
「意識が戻ったようだな」
振り返ろうとしたけれど、私は椅子に座った状態で手足を縛られていて振り返ることはできなかった。
「手荒なことをして、悪かったな。名探偵のお嬢さん」
そう言って、私の見える前方にやってきて目と口を閉ざしている布をはずしたのは… レストレード警部から容疑者として名前が挙げられていた最後の人物、地元ロンドンのギャング組織に属する「ハーキュリーズ・ブラックウッド」だった。
「貴方が… 切り裂きジャックだったの?」
ブラックウッドの手には、鋭いジャックナイフが握られていた。
「ふふふっ、それが名探偵が導き出した推理の答えか?」
「推理なんて、そんな大それたことはしてないけど…」
ナイフをかざして警戒をしたまま立っているブラックウッドは、危険な雰囲気を醸し出しているけれど、整った顔をしていてイケメンと呼ばれる男性たちの中でも群を抜いた魅力を持っていた。しかし、いくらイケメンに目がない私でもその時は、緊張と危機感の方が上回っていた。
「セバスチャンは? セバスチャンはどこ?」
「オマエに質問は許されていない。オレからの質問に答える時のみ、その口を開くんだ。いいな?」
そう言って、鋭い眼光で睨みつけられると… ゾクっとした感情が沸き起こってくる。
「オマエは、何者だ?」
「私は… ヒカリ。ヒカリ・エヴァンスハム…」
「それは知っている。有名な名探偵さんだからな」
「………」
「以前、病院でオマエにぶつかられたとき、奇妙な違和感を感じた。オレの勘はよく当たるんだ。オマエは普通じゃない。頭がキレる名探偵だとかそんな話じゃない。オマエには気を付けろとオレの本能が訴えかけているんだ」
「………」
「もう一度、問う。オマエは、何者だ?」
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