4 / 48
3-3
しおりを挟む
朝日が登り始めた早朝、私は家を出た。
村の人達に気付かれないように、草木が生い茂る森の中へと入っていく。
朝露に濡れた葉っぱが頬を濡らし、湿気の多いところには羽虫がたくさん飛んでいた。
不安と恐怖でいっぱいの自分に言い聞かせるように勇気づける。
「生きるためなら虫なんてどうでもいいのよ…」
獣道を進むと小川が流れていて、それにそって下流の方へと歩みを進めると、一軒の水車小屋が見えるらしい。父が言っていた。
けれど小川は一向に見えてこない。
太陽が頭上まで登ってきたところで休むことにした。
近くに中くらいの岩を見つけその上に座り、風呂敷から竹の筒を取り栓を抜くと、ぽんっという軽快な音がなった。
水を口の中に流し込んだ。喉に潤いを取り戻した娘はふと辺りを見渡す。
水の流れる音が微かに聞こえた気がしたのだ。木の軋む音も若干聞こえる。
森に入っていくうちに水車小屋にたどり着いてしまったのでないかと早々に嬉しく思った。
風呂敷に竹の筒をしまうと再び水の音がする方角へと足を伸ばす。草木をかき分け、水音が聞こえる小川の目の前に来た時、人の話し声が聞こえてきた。
娘は驚き、息を殺してその場に蹲ると、物音を立てぬようそっと聞き耳をたてた。
「生贄が逃げたらしいぞ」
「若い娘は美味いというが本当か?」
「知らねぇなぁ、俺らにはおいそれと手が出せるものじゃないぜ。神への捧げもんだからよぉ」
「食ってみてぇなぁ……」
しゃがれた声を持つ人影は会話をしながら森の中へと消えていく。
何時経っただろうか、娘は恐怖で足がすくみ、その場から動けずにいた。
生贄が食われるなんて聞いていない。沼に沈むのだとばかり思っていた娘は、自分が食われている様子を想像し鳥肌をたてる。肌に食い込む歯の感覚、迫り来る痛み。娘は気持ち悪さのあまり、先程水を飲んだばかりなのにもう喉が渇いていた。
そしてもう一つ、さっきの会話で得た情報は、村で生贄の娘が逃げだしたことが広まっていることが分かった。
父と母は無事なのだろうか。殺されていないだろうか。娘は自分が考えもなしに逃げていることに気づき、情けなさに顔を歪める。
「逃げていていいの………?」
自分に問いかけるがその声は虚しく消えていく。
娘が逃げなければ両親に被害が及ばなかったかもしれない。娘だけが犠牲になればあとは村の皆んなが平和に暮らせる。米が食える。
娘は自分のことしか考えていないことに気づき冷笑する。
生きることの権利を奪った土地神様を娘は一生恨むだろう。村の人たちはそんな恨まれ者の神に豊作を願うのだから滑稽な様子だ。
「恨むのなら土地神よ…………」
独り言と共に立ち上がる。
小川は目の前にあるのだからあとはくだるだけだ。気合を入れて歩き出そうとした時、いきなり強い風が吹き娘は咄嗟に髪を抑える。
風と共に何か聞こえた気がした。娘は身構えるが辺りに誰もいないため、恐る恐る緊張をとき、歩き出す。
それから何時間経っただろうか。太陽が西に傾き始めた頃、娘は数人の人間の声に顔をあげる。
「探せっ!!早朝に逃げたのならまだこの辺りにいるはずだ!!!」
村人達だ。複数人の砂利を踏む音があたりに響く。そんな声が聞こえ娘は目を見開き急いで逃げる。
動悸が激しく、呼吸をするのが辛かった。けれどあっさりと娘は見つかってしまうのだった。
「見つけたぞ!!!こっちに来い!!」
1人の村人に見つかってしまい急いで逃げようとするが、声を聞いて集まった村人が娘を囲んだ。
「逃げても捕まるだけだ。村のためにも、大人しくしてろ」
1人の男に腕をひねり上げられる。
「痛いっ……!」
腕をひねられ痛みを感じる。村人は腕をつかんだまま娘のことを歩かすがすくんだ足が思うように動かなかったため半分引きずられるようにして歩く。
「もう夜も近い。このまま沼に向かうぞ。村長がお待ちだ」
「おいおい生贄なんだから粗末に扱うなよ」
「また逃げられたらどうする」
「こんなか弱い娘に何が出来るってんだ。逃げられるんだったら見てみたいもんだねぇ?」
村人達が口々にそういう。
娘はもう喋る気力もなくなっていた。考えてみれば逃げることに必死で朝と昼は何も食していない。体内に取り入れたのは水だけだ。
そして娘の必死の逃走劇も虚しく終わる。
「こりゃまぁうっつくだな」
「手を出すな、土地神に呪われるぞ」
村人達の戯言も聞こえない。
おっとう、おっかあ、私は逃げられませんでした。ごめんなさい。
でも死にたくない。
娘の感情の抵抗も虚しく終わった。
村の人達に気付かれないように、草木が生い茂る森の中へと入っていく。
朝露に濡れた葉っぱが頬を濡らし、湿気の多いところには羽虫がたくさん飛んでいた。
不安と恐怖でいっぱいの自分に言い聞かせるように勇気づける。
「生きるためなら虫なんてどうでもいいのよ…」
獣道を進むと小川が流れていて、それにそって下流の方へと歩みを進めると、一軒の水車小屋が見えるらしい。父が言っていた。
けれど小川は一向に見えてこない。
太陽が頭上まで登ってきたところで休むことにした。
近くに中くらいの岩を見つけその上に座り、風呂敷から竹の筒を取り栓を抜くと、ぽんっという軽快な音がなった。
水を口の中に流し込んだ。喉に潤いを取り戻した娘はふと辺りを見渡す。
水の流れる音が微かに聞こえた気がしたのだ。木の軋む音も若干聞こえる。
森に入っていくうちに水車小屋にたどり着いてしまったのでないかと早々に嬉しく思った。
風呂敷に竹の筒をしまうと再び水の音がする方角へと足を伸ばす。草木をかき分け、水音が聞こえる小川の目の前に来た時、人の話し声が聞こえてきた。
娘は驚き、息を殺してその場に蹲ると、物音を立てぬようそっと聞き耳をたてた。
「生贄が逃げたらしいぞ」
「若い娘は美味いというが本当か?」
「知らねぇなぁ、俺らにはおいそれと手が出せるものじゃないぜ。神への捧げもんだからよぉ」
「食ってみてぇなぁ……」
しゃがれた声を持つ人影は会話をしながら森の中へと消えていく。
何時経っただろうか、娘は恐怖で足がすくみ、その場から動けずにいた。
生贄が食われるなんて聞いていない。沼に沈むのだとばかり思っていた娘は、自分が食われている様子を想像し鳥肌をたてる。肌に食い込む歯の感覚、迫り来る痛み。娘は気持ち悪さのあまり、先程水を飲んだばかりなのにもう喉が渇いていた。
そしてもう一つ、さっきの会話で得た情報は、村で生贄の娘が逃げだしたことが広まっていることが分かった。
父と母は無事なのだろうか。殺されていないだろうか。娘は自分が考えもなしに逃げていることに気づき、情けなさに顔を歪める。
「逃げていていいの………?」
自分に問いかけるがその声は虚しく消えていく。
娘が逃げなければ両親に被害が及ばなかったかもしれない。娘だけが犠牲になればあとは村の皆んなが平和に暮らせる。米が食える。
娘は自分のことしか考えていないことに気づき冷笑する。
生きることの権利を奪った土地神様を娘は一生恨むだろう。村の人たちはそんな恨まれ者の神に豊作を願うのだから滑稽な様子だ。
「恨むのなら土地神よ…………」
独り言と共に立ち上がる。
小川は目の前にあるのだからあとはくだるだけだ。気合を入れて歩き出そうとした時、いきなり強い風が吹き娘は咄嗟に髪を抑える。
風と共に何か聞こえた気がした。娘は身構えるが辺りに誰もいないため、恐る恐る緊張をとき、歩き出す。
それから何時間経っただろうか。太陽が西に傾き始めた頃、娘は数人の人間の声に顔をあげる。
「探せっ!!早朝に逃げたのならまだこの辺りにいるはずだ!!!」
村人達だ。複数人の砂利を踏む音があたりに響く。そんな声が聞こえ娘は目を見開き急いで逃げる。
動悸が激しく、呼吸をするのが辛かった。けれどあっさりと娘は見つかってしまうのだった。
「見つけたぞ!!!こっちに来い!!」
1人の村人に見つかってしまい急いで逃げようとするが、声を聞いて集まった村人が娘を囲んだ。
「逃げても捕まるだけだ。村のためにも、大人しくしてろ」
1人の男に腕をひねり上げられる。
「痛いっ……!」
腕をひねられ痛みを感じる。村人は腕をつかんだまま娘のことを歩かすがすくんだ足が思うように動かなかったため半分引きずられるようにして歩く。
「もう夜も近い。このまま沼に向かうぞ。村長がお待ちだ」
「おいおい生贄なんだから粗末に扱うなよ」
「また逃げられたらどうする」
「こんなか弱い娘に何が出来るってんだ。逃げられるんだったら見てみたいもんだねぇ?」
村人達が口々にそういう。
娘はもう喋る気力もなくなっていた。考えてみれば逃げることに必死で朝と昼は何も食していない。体内に取り入れたのは水だけだ。
そして娘の必死の逃走劇も虚しく終わる。
「こりゃまぁうっつくだな」
「手を出すな、土地神に呪われるぞ」
村人達の戯言も聞こえない。
おっとう、おっかあ、私は逃げられませんでした。ごめんなさい。
でも死にたくない。
娘の感情の抵抗も虚しく終わった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる