ゴブリンロード

水鳥天

文字の大きさ
38 / 213

対決

しおりを挟む
 つい数刻前まで熱心な議論が行われていた兵舎一階の集会所も今は人影はなく、大机を挟んで椅子に座るレナと地べたに寝そべった大黒虎の姿をしたセブルだけだった。

 レナはじっとセブルを見つめる。セブルは全く気にする様子もなくツンとした表情で暇そうに尻尾の先で床を一定のリズムで叩いていた。

 重たい空気がこの広い空間を圧迫していたがセブルの尻尾が出す音に割り込むように声を上げたのはレナだった。

「ねぇセブル。あんたさぁ。あたしたちが喋ってることちゃんと理解してるんでしょ」

 レナから掛けられた言葉にセブルは視線も向けない。しかし尻尾が床をたたくリズムが乱れてすぐに持ち直した。

「ふーん。あっそう、無視するんだ」

 大机に片肘をついて顎を乗せるレナは話を続ける。

「あんたの行動ってただの動物が懐いているように見えないんだよね。大人しく毛皮に擬態したりしてたあたりからなにか違和感があったけど、ここにきてあんたのその変身の能力とかユウトの指示に的確に答える様子ってしっかり意思疎通できなきゃ説明できないよねー」

 今回のセブルは反応を見せない。その様子にレナは大きくため息をついた。

「あっそ。まぁいいか。あんたがそんな態度でもユウトは答えてくれるでしょ。あたしの近くじゃなんでかそわそわして落ち着きないし。言い寄れば何とかなるかなー」

 レナはわざとらしく独り言を大きな声で言い放ち両手を天井に突き出し身体を伸ばす。その時セブルの耳がぴくッと震えた。

 その変化にレナは気づいてセブルを見つめる。セブルは立ち上がりレナの方へ頭を向けるとじっと見つめた。

「おっ、どうするの?今のあんたならあたしを簡単に殺せるんじゃない?」

 レナの煽るような言い方にセブルの全身の毛が揺らめき激しく波打つ。それを見たレナは椅子から立ち上がり腰を低く構えた。

 大机を挟んでレナとセブルの間で空気が張り詰める。

 波打つセブルの毛は眼をそのままに渦を巻くと黒い虎を形作ったシルエットが崩れまた何かを形作りだす。再び成形された頭、両手、胴、両足が現れ最後に尻尾が浮かび上がると人体の輪郭が浮かび上がった。

 その人体のラインは緩やかな曲線を描き、やまなりの胸と張り出した腰回りは女性としての体つきを強調している。

 全身真っ黒に青い瞳はセブルと変わらない。人体との差異はネコのように上へ突き出す大きな耳と尻尾があること。そして白眼までも黒い。

 全身真っ黒にもかかわらず明らかに怒りの表情を浮かべていることがレナに理解できるのは

髪や肌でそれぞれ光沢が違っているからだった。特に肌はきめ細かく短い毛で覆われ艶のような光沢を放っている。

 セブルは毛が立ち大きく振らんだ尻尾を天井に向け、緩い癖のついた長髪は風もないのに揺らめいている。爪のとがった両手を胸元まで上げると目の前の大机に真っ直ぐ振り下ろした。

 苛立ちをぶつけられるように叩かれた大机は破裂音を響かせる。セブルは間髪入れずに見開いた瞳をそのままに声を発した。

「ユウトさんの苦労も知らないで余計なことをするな!」

 一連のセブルの変化と行動にレナは拍子抜けしてしまった。

「なにあんた。人になれたの?」
「言葉伝わんないからわざわざなってやったの!誰にも見せるつもりなかったのに!こぉのバカ!」

 レナは目を細め眉間にシワをよせると言葉を返した。

「思考も意思疎通もできるくせして畜生のふりしてたやつが偉そうにすんな!」
「ユウトさんがどれだけお前に気を使ってるかわかってない鈍感にどうのこうの言われたいくない!」

 思わぬ角度からの悪口にレナには話が見えず戸惑う。

「ハァ?何それ。なんでユウトがあたしに気を使うの?」
「それはっ!そのっ・・・えっと・・・言えない」

 セブルは声のトーンが一気に弱まり、逆立つ勢いだった毛がしおれてしまう。

「待って待って。そこ大事なところでしょ。あたし悪口言われ損じゃん」

 態度が一変したセブルにレナはつっこみを入れ、追い打ちをかける。

「うううぅ・・・ボクが言ったってユウトさんには黙っててよ。絶対だからな」

 セブルは目を伏せレナから目線をそらしもじもじと考え込んだのち語りだす。

「ユウトさんはあの体のせいかすっごく欲情しやすい。お前のことを異性として過剰に意識してしまう・・・だから必死に我慢して紛らわして意識しない様にしてんのにぃべたべたしてんじゃないよ!」

 終盤は半ばやけくそになってセブルは言い放つ。そしてレナの反応をおそるおそる観察した。

「えっ。なに?にやついてる?」
「いっいや。ほらっ。あたしのこと女性扱いするやつなんていたんだって思うとなんか変な気分でさっ。なんだろう、この感覚」

 レナは目線が泳ぎ、明らかに動揺しているように見える。今度はセブルの眉間に縦すじが入った。

「なにをのんきな!死ぬ気で苦労してるって言ってんの!鈍感!ガサツ!ばっ」

 前のめりになってレナを指差しまくし立てていた最中だったセブルは突然、頭に向かって全身が収縮して黒い塊になる。

「あっ」

 そのまま大机の上にベたんと打ち付けた。

 そしてすぐに四肢と目、口、耳、尻尾が形成され一瞬呆然としたかと思うとその場で駄々をこねるようにじたばたしながら鳴きわめく。一部始終を目の当たりにしたレナはぺたんと椅子に腰を下ろすと脱力し、大きなため息を一つついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった

雷覇
ファンタジー
ワノクニ、蒼神流・蒼月道場。 天城蒼真は幼き頃から剣を学び、努力を重ねてきた。 だがある日、異世界から来た「勇者」瀬名隼人との出会いが、すべてを変える。 鍛錬も経験もない隼人は、生まれながらの天才。 一目見ただけで蒼真と幼馴染の朱音の剣筋を見切り、打ち破った。 朱音は琴音の命で、隼人の旅に同行することを決意する。 悔しさを抱えた蒼真は、道場を後にする。 目指すは“修羅の山”――魔族が封印され、誰も生きて戻らぬ死地へと旅立つ。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

処理中です...