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愛する人はカメレオン
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――佐倉優は、ベッドの上で、下肢を大きく広げているという痴態を曝していた。窓から降り注ぐ光はただ明るく、隠すことなど何もできない。
無論、裸体でひとりきり、そのような格好をしているわけではない。優の下肢には、もうひとつの身体がぴたりと張り付き、彼を内側から犯していた。
「うっん、…ふ、あぁん」
優は耐え切れないと言うように顔を歪め嬌声を上げている。指先はシーツを掻き乱し、それでも与え続けられるものが深まっていくのを止めることはできなかった。
優を犯している男・佐倉涼は、彼の白い頬に手を伸ばし喉奥で笑った。
「どうしたの、優?まだ、半分しか入ってないよ」
「――ひっ」
言いながらも、腰を進める涼に、瞳を開いて優は衝撃を物語った。
前座で散々、指と唾液で拡げられても、受け入れるには辛いのだ。しかも相手は、日本人の平均身長をはるかに超えた体格の良い男だ。男の象徴も優よりは一回り以上に逞しく、受け入れるには困難を要する。
優の喉から漏れ出る悲鳴を十分に堪能しながら、涼は全ての肉を彼の中に打ち込んだ。
「ひぁああぁ…」
何年経っても、異物感を受け入れるのは慣れないのだろう。なれない異物に翻弄されている優の髪を、涼は愛しげに搔き揚げた。
「ほんと、何時までたっても優は可愛いね」
上肢を折り曲げて、優への口付けを落とす。
「う、むうん」
そのせいで奥深く打ち込まれたペニスの角度が変わり、カリが前立腺を掠めた。
涼の舌が上顎を辿り、優の舌の根元を絡め取られるようなキスを挑まれ、両方からの刺激に、硬く閉じた瞳から涙が零れた。
「まっ、て!」
「待てない」
「ぁあ!」
優の制止の声をあげるものの律動が始まる。己のペニスを締め付ける肉壁の熱さに、涼は優の内股に手を添えて更に大きく開いた。
脚を引き攣るほど大きく広がされ、膝裏を抱えられて、軽く揺さぶられる。前立腺を細やかに掠めながら責められる。
「あ、あ、…あ、あ……ぁ、あ」
短い悲鳴が断続的に響き渡り、涼はひっそりと笑う。優の中をこうして愛することができるのは、自分ひとりだからだ。
7年前から、ずっと、ずっと…。
シーツを掴んでいた優の指先が、額に掛かる涼の髪に触れる。優はそのまま涼の額に触れ、頬を撫でた。
「ゆー」
涼が男にしてはしなやかな手を掴むと、優は儚く笑う。その途端、嵌ったものが、質量を増した。
「バ、カ…」
いきなり奥を刺激するモノに、優は甘い罵倒を漏らす。甘い罵倒を受けた涼は、男らしく笑い、今までになく激しい突き上げをした。
「は、あぁ…!」
優自身の物からも白濁とした液が漏れ、優の腰骨を伝ってシーツに零れていく。達したことによりアナルの締め付けが強くなり、間も無く涼も達した。
ゆっくりと息を整える優から涼は後ろから抱きしめてベッドへと横たわった。
暫く、そのままふたりでベッドの上で余韻を味わう。涼はベッドに力なく投げ出されている優の左手を取り、口に含む。すらりと長い指を一本、一本舐め、リングが外された薬指の根元を舐めた。
明るい陽の下で日本人にしては色素の薄いさらりと流れる髪に、涼は顔を埋める。
「カメレオン」
涼の腕に抱かれたまま、優はぽつりと言った。
「ん?なに?」
優の淡い美しさに見惚れていた涼は、彼にしては焦った風に視線を動かした。ふたりが見る先には、水槽があり、その中には鮮やかな色をしたカメレオンがいる。
「急に、なんで…」
「もしかして、カメレオン嫌いだった?」
「別に、嫌いじゃないけど…ただ、驚いた」
そう驚いたのだ。寝室に半ば強引に誘われたのはいいが、そこには異質がいた。それがこのカメレオンだ。
「昨日、たまたまペットショップにいったら、ふっと買いたくなって。犬や猫でも良かったんだけど、それじゃ、ここでも俺をほったらかしにして、優が世話を焼いちゃうだろ?だからだよ」
ならば、ペットを飼わなければ良いのではないかと思うが、そこは干渉できない。この寝室は、涼のものだ。
「それより優、もう、時間だ。シャワー浴びに行こう」
涼は優の髪にキスを落とすと、彼の腰を掴んで中からペニスを引いた。
「は、う…」
白濁とした液が泡となり、シーツに滑り落ちる。優はベッドから起き上がると、腕を掴んで促す涼と共にバスルームへと移動する。
この部屋のシャワールームは、男ふたりでも十分に広い。優がタイルに凭れかかっていると、涼はシャワーを適温にして優の躰に掛け始めた。
白いしなやかな躰にシャワーが滑り落ちる。
「中も洗ってあげるよ」
「いい、自分で…ちょっと、涼っ」
「今更でしょ。何を恥ずかしがることがあるの?」
優が戸惑っている間に、彼の躰をタイルに押し付けアナルに手を添えた。
「あぁ…」
互いの表情がつぶさに見える近さのまま向き合い、尻を割り開かれ、優は眉根を寄せた。涼は笑っている。
人差し指が壁を探り、奥で指が折り曲げられると、優の内股がびくびくと震えた。
「りょ、う…」
前立腺に届くまで深くはないが、指で掻き乱されると溜まらなくなる。そして前も、いつの間にか、涼のものが、優のものを緩く刺激していた。
「やめ、…さっき、イッたばっかりっ」
涼の胸板に手をついて切なく見上げる。厚い胸板は、年々逞しくなり、完全に優を凌駕していた。
しかし、涼は耳元に甘く囁いたのだった。
「でも全然、足りないでしょ、優も。ほら」
「あぅ」
涼のペニスが密着し、張り詰めたもので弄られると、優の腰が揺れた。アナルに埋め込まれた指も、それを煽るように動かされる。優に与えられる快感は、涼以上のものがあっただろう。
そのまま互いを刺激しあい腰を密着させ、次の瞬間には弾けた。
とろりとした物が互いの腹に飛び散り、優は涼の腕の中に崩れ落ちる。涼は優の躰をタイルに押し付け、泡の付いたスポンジで洗い始めた。
はあとため息を付いて息を整えている間に、涼が綺麗に躰を洗いあげて、横抱きにし再び寝室へと戻った。
涼は優をベッドに座らせ、フローリングに散らばった衣服を拾い集め、ベッドに置いた。そして、自身も素早く着込むと、優に告げる。
「車の用意しとくよ」
涼の背を見送った優は、力の入らない腕で服を身に纏い、寝室の隣にある自分のアトリエの扉を開けた。
そこには電源が落とされないままのデスクトップのパソコンがあった。周りには資料が散乱している。
優はソファに投げ出してある携帯と、バッグを持ち玄関へと向かった。
玄関の鍵を閉めエレベータをおり、マンションの玄関に行くと車が滑り込んできた。優が助手席に乗り込むと、サングラスをかけた涼が笑いかける。
「お迎えに行こうか。我が家のお姫様を」
助手席のシートに気だるげに身を委ねる優を横目に、車を発進させた。
車内は、涼が好んでいるアーティストの曲が流れている。
――この車は、優の妻である芙蓉と5年前に生まれた娘の菖蒲と暮らしているマンションへと送るために購入したものだった。
兄夫婦と暮らしていた涼がそのマンションを出たのは、5年前、菖蒲が芙蓉の腹に宿っていると解った時だった。
しかし、ふたりの関係は続いていた。
涼の一方的な執着が、何時しか色を変えていた。同じ父と母を持つ兄である優を愛したのは、涼であった。涼の熱情に絆されたのは、優だった。
――涼は幼稚園の駐車場に車を止めた。優はドアを開けて、フェンス越しにグランドでブランコに乗っている一人の女の子の名を呼び近づいていった。
女の子は、涼が聞こえるほどの大きな歓声を上げると、優に抱きついた。
この女の子こそ、菖蒲だった。
「ほんと、芙蓉さんそっくり」
涼はガラス越しに父子が睦みあう姿を見つめて、苦笑いをもらした。
間も無く、優と手をつないで幼稚園バッグを肩にかけた菖蒲が車に近づいてきた。それをみていた涼は運転席から降りて、ふたりに向かって笑った。
「お帰り、菖蒲」
「涼ちゃん!」
わずか5歳の女の子に、ちゃん付けにされるとは、と思ってしまうが、そこは血の繋がった姪だ。菖蒲は父親よりも背の高い叔父の手を取ると、ぎゅっと握った。
「今日はどうしたの?菖蒲をお迎えに来てくれたの?」
勝気そうな目はやっぱり芙蓉そっくりだ。涼は抱き上げると菖蒲に視線を合わせた。
「そうだよ菖蒲。最近、菖蒲に会ってないと思って、お迎えに来たんだ」
涼の言葉にわずか5歳ながらふふと女を匂わす笑い方をすると、叔父の首に抱きついた。
「ありがとう涼ちゃん、大好きよ」
涼は恋敵に良く似た姪の顔のパーツで、唯一好きな部分があった。それは唇だった。優に良く似た唇の形は、淡く色づいて可愛かった。
可愛い唇が、チュッと頬に押し付けられると、大きな手で菖蒲の髪を撫でた。ちらりと優を見ると、複雑そうな顔をしている。
愛する娘が、他の男にキスをする複雑さなのか、そのキスの相手が自分と肉体関係を持つ弟だからなのか解らなかったが、複雑なのには変わりない。
菖蒲を抱き上げて、後部座席に座らせる。このお姫様の安全と、助手席は優の特等席である事を守るために、チャイルドシートはしっかりと装備している。シートに座らせてしっかりとベルトをつけると、にこにこと笑った菖蒲をバックミラーに写して、再び車を発進させた。
マンションへのドライブ中も、菖蒲のおしゃべりは止まらない。幼稚園のともだちの話や、幼稚園で飼っているウサギに仔うさぎが生まれたこと、どちらかと言えば涼に向かっておしゃべりをしていた。
菖蒲のおしゃべりが止まれぬ中、マンションへとついた。二人を送り終えた涼は、エンジンを止め、菖蒲をおろした。
だがそのまま、車のキーロックをしない涼に菖蒲は気づいたのだろう。涼の足に抱きつき、懇願した。
「涼ちゃん、菖蒲と遊んでっ。おねがい!」
「菖蒲やめなさい。涼だって、仕事があるんだから」
優は知っていた。涼が最近大学ではなく、マンションに篭っているのは、論文を仕上げるためなのだ。この論文が評価されれば、準教授として大学に戻ることになっていた。
優もそんな彼に遠慮し、最近、涼のマンションへ行くことを避けていたのだが、優にも仕事がある。前日に電話をして、今日は大学に行くことを聞き出した優は、こっそりと仕事をするつもりだったのだが、涼には見抜かれていた。
アトリエとして使っている一室で資料集めなどをしていたのだが、帰ってきた涼に強引にベッドに浚われたのだった。
「良いよ菖蒲、遊んであげる」
「やったあ」
「その代わり、お前のパパの美味しいご飯を食べたいんだけど、菖蒲がパパにお願いしてくれる?」
「いいよ!」
菖蒲は元気に言うと、父親に向き直った。
「パパ、おねがい。涼ちゃんのご飯も用意してあげて!菖蒲のちょっとだけ上げてもよいから」
「ちょっとだけなんだ…」
ふたりの会話を聞いていた優は、ちょっとだけと言う我が娘に呆れた。
涼はその言い方が、7年前を髣髴させるようで可笑しくなった。全てではなく半分と言う約束だったのに、憎い彼女がくれたのは、優のほんの一部だった。
――しかし、一部だったのは昔の話だ。今はもう…。
「お前がごはんをあげることはないよ、菖蒲。涼は、パパの弟だからね、ご飯はちゃんとあるよ」
菖蒲はその言葉ににっこり笑い、涼に向き直った。
「よかったねえ、涼ちゃん」
涼が笑い返すと、菖蒲もにっこり笑った。
「じゃあ、俺も後から追うから先行って。駐車場に車止めてくる」
優と菖蒲を見送り、涼は駐車場に車を止めにいく。
涼が車に乗ったのを見届け、自宅に向かい仲良く手をつなぐふたりは、近所でも評判の仲良し父子だという。休日の日に、菖蒲を真ん中に涼と芙蓉が歩く姿は、佐倉の両親の自慢でもあるという。
人々は、この家族に何の嘘も誤魔化しもないと思っているだろう。一転の曇りのなければ、後ろめたさもないと…。
涼が車を止め、兄一家のマンションの部屋に訪れると、幼稚園の紺の制服から可愛いワンピース姿に着替えた菖蒲が纏わりついてきた。
「涼ちゃん、涼ちゃん、あのね!」
大好きな叔父と遊ぶことができて、菖蒲はご機嫌だった。大きな背に抱きついて、余り優がしないアクロバットな遊びをせがみ、笑い声がキッチンに響いた。
優は夕食の準備をしながらキッチンまで響く菖蒲の声に苦笑いをもらす。そういえば、正月で実家に行ったときも、涼にばかり纏わり着いて騒いでいた。それは佐倉の両親が苦笑いを漏らすほどで、父も義父も寂しそうにしていた。
「菖蒲、涼。晩ご飯できたよ」
芙蓉はまだ帰ってきていないが、先に夕食を食べるのはいつものことだった。芙蓉は残業を終えて帰宅すると、優と菖蒲の話を聞きながら夕食を食べると言うのが習慣化しているのだ。
ふたりはお片付けを済ませ、洗面台で手を洗うとそれぞれ席に着いた。
「いただきます」
「なんだか久しぶりだな、この感じ」
5年前、この家に居候していた時は、兄夫婦と一緒に食事をしていたが、マンションを借りて一人で暮らしてからは、外食が常になっていた。
「相変わらず、自分では作ってないのか?」
優が尋ねると、涼は応えた。
「あんまり料理は得意じゃないし。それに自炊しなくても、ちゃんと作ってくれてるじゃん」
そう何を隠そう涼の夕食は、優がアトリエを訪れた際は必ずといって良いほど作って、冷蔵庫においておくのだ。
今日も作るつもりだったのだが、その前に涼に捕まってしまったのだ。
「やっぱり出来立てが一番だね。おいしい」
涼の心からの笑顔に、優も思わず微笑み返した。その間も、菖蒲はおいしそうにおかずをほお張っている。
晩ご飯を食べ終えると、菖蒲はお風呂の用意をし始めた。母である芙蓉の帰りが遅いため、風呂には優と入っていたのだが、最近、ひとりで入り始めると言いはじめた。無論、幼稚園児がひとりで風呂というのは危険が伴うため、優はさり気無く脱衣場で待機している。
「また来てね、涼ちゃん。今日はありがとう」
涼にきちんとお別れの挨拶をした菖蒲は、風呂場へ駆け出した。
「じゃ、俺も帰るから」
そういって涼は、玄関へと向かう。しかし、優が追いかけてきた。
涼が振り返る前に、優は腕を伸ばし逞しい背に触れた。そのまま、後ろから抱き付いて涼の逞しい背中に頬を押し付ける。
「どうしたの?」
「ごめん、いつも、苦しい思いをさせて」
何を意味する謝罪なのか、涼にはわからなかった。だが優の心の中には確かに、涼への想いがあるのだろう。
優の腹に回った手をやんわりと取って解くと、正面から抱き寄せた。
「何言ってるの。優を欲しがったのは、俺だよ。――苦しい思いなんて、優を失うくらいなら、辛くはないよ」
柔らかい髪に唇を寄せて、そっと口づける。失うくらいなら、何を捨てても後悔はない。数多くの偽りを抱える自分たちの間で、これだけは嘘ではない。優を失うくらいならば、何を犠牲にしても良い。
「ほら、菖蒲を見に行かないと」
涼が促すと、優は淡い笑顔を見せて、菖蒲を追いかけた。涼はその後姿を見つめながら、腕に残る優の余韻を愉しんだ。
マンションの玄関をでると、ふと思いがけない人物に出会った。
肩まで伸びた艶のある黒髪と、化粧を施した美しい顔、パンツスーツも良く似合っている。
「涼、あなたどうして…」
優の妻である芙蓉であった。
「久しぶりだね、義姉さん」
涼が笑いかけると、芙蓉は眉を潜めた。
「あなた、何をしてるの?」
「何って、優と菖蒲を迎えに行って、菖蒲の子守りをしてたんだよ」
本来ならば、母として娘の子守りをしてもらったことに対しては、感謝をすべきだろう。だが、芙蓉の顔は歪んでいた。
「あなたたち、もしかして切れていないの?」
心なしか声も震えている。
「切れるって何が?俺と優の関係?何を言ってるの?俺たちはずっと変わらない。7年前から、俺たちは愛し合ってるんだ」
「だってあなたたち、一切、そんなそぶりも…」
少なくとも優からは感じられなかった。芙蓉と菖蒲を欺いて、涼と会っているなんて。菖蒲の妊娠が発覚した5年前、涼はマンションから出て行った。その数ヵ月後、涼は海外に研究員として旅立った。完全に終わったのだと、芙蓉は思っていた。
優は完璧な夫であり優しい父親だった。
「まあ、確かに菖蒲が生まれた頃は、流石に俺たちも離れそうだったけどね」
涼は苦笑いして思い出す。自分の分身ができたと知った時、優の関心が得られなくなったのだ。
あの時期は本当に辛かった。一切触れ合えない辛さに、何度、生まれたばかりの菖蒲を手にかけようと思ったほどだ。その辛さを紛らわすために、海外へ旅立ったといってもいい。
4年間アメリカで過ごし、帰ってきたのは、1年前のことだ。
「でも駄目だったんだよ。俺たちは求め合った」
何が切欠だなんてわからなかった。求め合うのは必然だった。両親の変わりにひとりで弟を迎えに来た優しく綺麗な兄…。
再会した瞬間、腕に抱きしめたのは涼だった。
そして、強引なキスに応じたのは、優だった。その後、ホテルに連れ込み、無理やり抱いた。涙を流して躰を開いたのも、優だった。
「良いことを教えてあげるよ。最近、優のアトリエに行った?」
「…いいえ」
優は仕事に集中するため、3年前からビジネスホテルの一室を借りていた。芙蓉も菖蒲を連れて何度か行ったことがある。それも最近久しいが、パソコンと資料が積み上げられているのみの、簡素な部屋だった。
「優のアトリエはね、二つあるんだ。ひとつは、ビジネスホテル。そして、もうひとつは…」
悪戯っ子のような笑顔で、涼は笑った。
「俺のマンション」
芙蓉は愕然とした。美しい瞳を見開いたまま、唇は震えていた。
「優はわたしたちをだましてたの?」
「だましているなんて、人聞きが悪いな。優はあんたたちにとって、完璧な夫で、優しい父親だろ?それのどこに嘘があるっていうんだよ」
優の恩恵を一番に受けている芙蓉が、優を穢すのは許さない。優は何時だって、芙蓉と菖蒲にとっては誠実だ。引きとめようとする涼の腕を振り切っていくほどに。
「じゃ、俺は帰るよ。あんたも早く上がれよ。優と菖蒲が待ってる。あんたの嘘を知らない、可哀想なふたりがね」
涼は言い捨てると、マンションの裏の駐車場に向かって歩き始めた。芙蓉はその背を、なんとも言い難い顔をしながら見送っていた…。
優を縛り付けるために、涼を共犯者に選んだのは芙蓉だった。
禁忌を犯すことを選んだのは涼だった。
そして、甘い嘘を選んだのは優だった。
――土曜日、優は菖蒲と共に実家に遊びに行くことになった。芙蓉は朝食を食べ終えると、菖蒲と視線を合わせる。
「じゃあね、菖蒲。ちゃんと、佐倉のおじいちゃんとおばあちゃんの言うことを聞いて大人しくするのよ?榎木のおじいちゃんとおばあちゃんもお邪魔するから、よろしくね」
佐倉家の両親と芙蓉の実家である榎木の両親は仲が良い。優と芙蓉が結婚する間から、お互いの家を行き来したこともあり、両親だけで旅行に行くこともあるくらいだ。
今日も久しぶりに一緒に食事をしないかと、佐倉の父から電話があり、御呼ばれすることになったのだ。しかし、芙蓉は抜けられない仕事があり、優と菖蒲のみでいくことになった。
「大丈夫よママ。ちゃんとかしこくしているわ。どっちのおばあちゃんもおじいちゃんも、ひいきなんてしないわ」
可愛らしくおめかしした菖蒲は、大人びたことを言った。一人っ子として育ったせいだろうか、やけに小賢しいところがある。
芙蓉は苦笑いすると、ふたりを優しく見守っている優に話しかけた。
「ごめんね、優。せっかくのお誘いに行けなくて」
芙蓉が仕事をして、優が家で仕事をしながら菖蒲を育てることを、理解してくれた佐倉の両親だ。芙蓉にとっても、大切な家族であった。
飲むであろう父と義父のためにつまみを作っていた優は、その言葉に笑った。
「気にしなくても良いよ、芙蓉。父さんたちのことだから、菖蒲に会いにきてもらう口実だし」
言いながら優は芙蓉に手を伸ばした。芙蓉が差し出された手を取ると、優が引き寄せる。
「それより芙蓉こそ、無理するな。最近、休日出勤ばっかりしてるだろう」
チームを任されているようになってから、芙蓉の仕事量は増した。もともと、結婚しても働きたいという約束をしているふたりの関係は、そのことで何ら波風は立っていない。
優の収入自体も芙蓉に引けを取らないものであるし、何があって乗り越えていけると信じている。
しかし、夜遅く帰ってくる妻に対して、いくつかの不安は抱えているのだろう。芙蓉はそんな優の手を握り、強く握りしめる。
「心配しないで。本当に大変な時は、あなたに助けてもらうから」
乗り越えていけると、そう信じている。
「芙蓉?」
「愛してるわ、優」
芙蓉は顔を上げて、訝る優にそっと囁いた。不意を突くような芙蓉の言葉に、一瞬、瞳を丸くした優だったが、すぐに応じた。
「俺もだよ、芙蓉。…俺に、菖蒲という存在を与えてくれて、ありがとう」
夫婦の間に、偽りはなかった。互いに尊敬し、愛し合い、穏やかに過ぎてゆく日々が愛しかった。
ただ一点の隠し事を除いては…。
芙蓉は優の言葉に美しく笑うと、玄関まで見送りにきた芙蓉を抱きしめて、仕事に出掛けた。
父子は芙蓉の姿が見えなくなるまで、見送っていたが、出発の準備をはじめ優の実家へと出掛けた。
――実家へ着いた途端、そろってエプロンをつけた母と義母に迎えられ、実家へと招きいれられた。
「お父さんたちったら、もう出来上がってるのよ」
どちらの母からもそんな言葉を聞かされて足を踏み入れたリビングには、ご機嫌に杯を重ねている父と義父がいた。
「おじいちゃんたち、臭~い」
菖蒲は思わず優の脚にしがみついて、顔を顰めた。両方の祖父は、菖蒲の姿を見た途端、嬉しそうな顔をしたが顔が高潮しているのは、半分は酒のせいだろう。
菖蒲は顔を顰めてますます優にしがみ付いていたが、ふたりと共にいる人物に向かって駆け出した。
「涼ちゃん!」
ふたりの陰になるようにしてソファに座っていた涼は、抱きついてきた菖蒲を優しく抱きしめた。
「涼も来てたんだ…」
「それはそうでしょ。あなたたちだけ呼んで、涼だけ呼ばないなんてできないわ」
母は最もな台詞を言い、バーベキューの準備を始めるわと、夫に近づいた。しかし、あ~とつぶやいた。
「使い物にならないわ」
「こっちもよ」
佐倉の母がいうと、榎木の義母も言った。涼が声をかける。
「俺と優が準備をするよ」
息子が二人となれば、一通りのアウトドアはこなしている。
涼と優は庭に出ると、早速火をおこし始めた。菖蒲は祖父たちにリビングにいるように請われたが、嫌がり、祖母たちのお手伝いをすることにした。
手際良く準備をしている涼を見ながら、優は話しかけた。
「来るとは聞いてなかったけど?」
「行くって言ってなかったからね。あ、もしかして、来た事を怒っている?」
「別に怒ってはないけど…」
「じゃあ、あれだ。昨日も会ったのに、一言も言わなかったことを怒ってるんだ。あんなにじゃれあって、お互いにキスをし合ったのに、大事なことを喋らなかった」
優は思わず手に持った軍手を背にたたきつけた。
「バカ」
つい先日も受けた甘い罵倒を受けて、涼は笑った。
「あら仲良しさんね」
「お、お義母さん」
優はびくっと震えた。
「昔から芙蓉もよく言っていたけど、本当に、仲が良いわね。羨ましいわ」
芙蓉の母であった。芙蓉は母に良く似ている。快活で美人な榎木の母は、二人に話しかけた。
「悪いけど涼くん。うちの車に乗ってある荷物を取りに着てくれる?旦那が使い物にならないのよ」
「いいですよ」
涼は快く応じ、榎木の母について行った。
優はふたりが視界からいなくなると、ほっと息をついた。会話を聞かれたかと一瞬ヒヤッとしたが、そうではなかったらしい。
安心した優は、ふたりが帰ってくる前に火を起こし始め、食材を運んできた佐倉の母と菖蒲と休憩することにした。
肉を焼き始める頃になると、酔っていた父たちも庭にでてきた。楽しいホームパーティーが始まり、菖蒲を中心に笑い声が漏れる。
榎木の両親には既に芙蓉の兄に子どもがいるが、娘の子どもということで可愛さは一入だろう。
菖蒲はわがままたっぷり、甘えたたっぷりで、それぞれの祖父母に纏わりついていた。
バーベキューが終わり、榎木の両親は帰って行った。優も夕食はマンションでと思っていたが、母に請われ食べていくことになった。
涼も同じく実家で食べることになり、久しぶりに水入らずの食事となった。
散々騒いだ菖蒲は、食べている間も目を擦り、デザートのメロンを食べる頃には佐倉の父の膝の上でウトウトし始めていた。
「明日は学校もないんだし、泊まって行けば?」
母の提案に、優は頷いた。芙蓉も日が変わるころにしか帰ってこないだろうし、それもいいだろう。菖蒲は完全に寝入る前に、シャワーだけでもしようという父と一緒に、風呂に入っていた。
優は菖蒲が入っている間に、実家を出る前に使っていた自分の部屋にベッドメイキングをしにいった。
久しぶりに入った部屋は、そのままになっていた。懐かしいままの部屋で、ベッドを調えると、本棚に近づいた。学生時代によく読んでいた文庫本を取り出した。ページを捲っていると涼が入ってきた。
「そうやってると、今も大学に通ってみるみたいだよ」
「どうせ童顔だよ」
「そういう意味じゃないよ。何時までも綺麗ってことだよ」
「弟にいわれてもな」
優にしては素っ気無い口調だったが、涼は近づいてくる。
「じゃあ、弟じゃなきゃ良かったの?」
「別にそういう意味じゃないって」
涼は後ろから彼の腰を掴んで、ゆっくりと身体を密着させた。
「疲れたでしょ。口調が素っ気無い」
「別に…」
と言いながらも、優自ら涼の逞しい背に寄りかかる。
「いつもなら『こんな所で』っていうくせに、やっぱり、疲れてるんだね」
普段ならば、家族がいる屋根の下で抱き合うなどしないだろう。
しかし、疲労と、住み慣れた実家が関係している。2階には、兄弟の部屋しかない。誰かが上がってくれば、足音でわかる。そして、芙蓉がいない。
涼は凭れかかってくる優の前髪を搔き揚げ、額にキスを落とし柔らかい髪に顔を埋めた。優はもたれかかりながらも、文庫本から目を逸らさない。
あたり前のように寄り添っていた。涼は暫く優の匂いを満喫していたが、ふと提案をした。
「ねえ、優。どうせついでに、ちょっと冒険しない?」
その言葉に、ようやく文庫本から目を離した優は、涼を見た。
――明日が休日である日は、少々の無理をしても仕事を済ませてしまう。そうすることで、休日は何の気兼ねもなく優と菖蒲と過すことができる。それを信念として芙蓉は働いてきた。
21時になった頃、優から電話がかかってきた。
『どうだ?仕事、終わりそうか?』
「う~ん、やっぱり、日が変わりそう。菖蒲はどう?」
『わがままたっぷり甘えただったよ。今は、寝てる』
「そう。楽しかったのね」
娘の賑やかな姿が目に浮かぶ。全ての人間の太陽であるかのように、明るく賑やかな姿は、それは可愛らしいものだろう。
『芙蓉、それで…』
「うん、なあに?」
優しい夫の声に癒された芙蓉も甘えた声になる。しかし、優の応じた言葉に芙蓉は驚いた。
『菖蒲、佐倉の家で寝てるんだ。今日は泊まる事になると思う』
「あら、そうなの?」
菖蒲が疲れてしまったのだろう。どうせ自分も早く帰れるわけではないし、優しい佐倉の両親が菖蒲を見てくれるのなら安心できる。
「お義父さんと、お義母さんに、お礼をちゃんと言ってね」
『解ってるよ。むしろ喜んでるよあの人たちは』
「そう、よかった」
芙蓉がくすくす笑うと、つかの間の沈黙があった。
『…芙蓉、俺、これからアトリエに行かなきゃならなくなったんだ』
アトリエという言葉に、芙蓉はピクリと震えた。
「そう…なの?…どうして?」
芙蓉はゆっくりと尋ねる。
『急に原稿依頼がはいって…明日までに仕上げて欲しいそうなんだ。それで…』
「……」
『明日の朝、菖蒲が起きるまでには佐倉の家には戻るから…』
「…そう、大変ね」
『…いいのか?』
「…いいわよ、お仕事だもの…たまには、こういうこともあるわよね」
芙蓉の了承を得たことで、電話越しの優の声が心なしか声が軽くなる。
『ごめんな。できるだけ早く終わらせるから』
「うん、大丈夫よ。じゃあ」
『ああ。おやすみ』
電話を切る。
優に対して初めて感じた猜疑心が、徐々に広がっていく。芙蓉は鏡を見るのが恐ろしいくらい、顔が歪んでいるのを自覚していた。
――芙蓉は、居ても立ってもいられず、あるビジネスホテルの一室の前に立っていた。そう、ここは優が仕事をする際に借りている簡易なホテルだ。
芙蓉は優から貰った鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。ガチャリと言う音がなり、扉を押した。
そこには、開いたままのパソコンとコーヒーカップ、積み上げられた資料の本が散乱している。
「嘘でしょ、優…」
芙蓉は愕然とした。久しく訪れていないからこそ、はっきりと解る。前回訪れた際とまったく同じなのだ。
常に整理整頓を心がけている優だから、覚えている。優らしくないと芙蓉が笑い、それに苦笑いをもらした優を、芙蓉は覚えている。
あの夜、涼が告げたことも思い出す。
『優のアトリエはね、二つあるんだ。ひとつは、ビジネスホテル。そして、もうひとつは…』
涼は勝ち誇ったように、芙蓉を見下ろしていた。
『俺のマンション』
「いや!」
芙蓉は叫び、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。嘘だと言って欲しかった。嘘だと思いたかった。
優を縛り付けるためのものが、何時しか色を変えている。
――優を愛すること、優に愛されること。優が唯一であること。優の唯一であること。
全ては、自分のエゴから始まったのに。
「優…優…」
芙蓉は締め付けられる想いに、ただひたすら涙を流した。
――電話を掛け終わった頃に、涼の車はマンションに到着した。突然の仕事に、父と母は眉を潜めたが、朝までには菖蒲の元に返ることを告げると、渋々承知したのだった。
菖蒲を自分のベッドに寝かしつけ、マンションに帰ると両親に告げた涼と共に、車に乗った。
芙蓉への電話を、涼の存在を感じながら掛ける。声は震えていないかと、我ながら滑稽に思えてしまった。
玄関に入ると、涼はゆっくりと優を抱きしめた。
「ちょっと、シャワーに」
「別にいいよ。これからもっと汗かくんだし」
涼が優の顎を取り、優しく口付けた。優が瞼を閉じて、降りてくるキスを感じていると、涼に抱き上げられる。
彼が首に縋りつき、涼は寝室のドアを足で蹴って開け放った。寝室は、黒いシーツのベッドがその存在感を放っている。
涼は優を腕に抱いたまま、ベッドの端に腰掛、更に深いキスを繰り返す。
「ぅん…む、ん…りょ…う」
喉奥まで探られ、息が荒くなる。嫌々と頭を振っても、大きな手に髪ごと後頭部を掴まれ、逃げ場がなくなる。
「うん、っ…」
優がキスに翻弄されていると、涼の手は彼のシャツから直に肌に触れてきた。指先が腰骨を辿り、臍を辿って、胸元の突起に触れてくる。爪先で引っかかれ、指先で詰られると、突起が尖った。
「もうこんなになってるよ。ここ、そんなに弱かったっけ?」
くすくすと笑いながら耳元に甘く囁かれ、優はうっすらと瞳を空けて、涼を睨んだ。涼は美しい目元を赤く染めた優の視線を受けながら、指の腹で乳首の感触を愉しんだ。
その感触を散々愉しんだ後、涼の掌は下がりデニムへ忍び込んできた。躊躇いもなくペニスに触れてくる、
優は涼の胸元に縋りついて、上下に擦り上げられる刺激に、熱が溜まっていくのを感じた。ゆっくりと、時よりきつく陰嚢も揉まれ優の躰が強張る。
「――あー、ぁあ…」
優自身が、涼の掌で弾け、白濁とした液が零れる。優ははあと、息を吐きながら力なく涼に凭れかかる。
その間にも、涼は掌に弾けたものを、ゆっくりと舐めた。優自身から溢れ出した物は、何だって愛しかった。例えそれが、憎い恋敵の血を受け継いでいる菖蒲だったとしても、涼は涼なりに菖蒲を可愛く思っていた。
優は、己の吐き出したものを旨そうに舐めている涼の手を取って、その指先に舌を絡ませる。仔がミルクを舐めるように、稚拙な舌の動きでも、涼には十分だった。
涼は優をベッドに押し倒すと、その躰を貪欲に奪った。先ほどまでの前座など払拭するような強さで、優の服を脱がせると、首筋から胸元そしてペニスに吸い付いた。
「はあ、ん…」
液を、尿道の奥から搾り出されるように吸われ、優の手が涼の髪を掴む。少し硬い髪を掴み引き剥がそうとするが、その手をつかまれ、逆に自分のペニスに持っていかれる。
「摩って、俺に優のいやらしいところ見せて」
甘く乞われ、優は自身を震える手で摩りだした。足を大きく拡げ、両手で自身を高めていく。その姿は、厭らしかった。清廉潔白を常にする優とは思えぬほどの淫猥な姿だ。
徐々に天を向いていくものと、その奥にあるアナルがまるで息をするようにヒクヒクとしている。
涼は指先を、アナルへとあてた。
「そこは…」
「優のイイところだよね」
指先が差し込まれ、躰が強張った。何度もセックスをして、何度も解されてきたとはいえ、異物はなれない。
しかし涼は、差し込まれた指先を折り曲げた。
「ん…ん…」
優は、唇を噛み締めてその感触を耐える。指が馴染み始めた頃を狙って、2本目が差し込まれた。
2本目も浅い位置で折り曲げられていたが、優がゆっくりと息を吐き、アナルを緩ませると一気に奥に差し込まれた。
「ひっ…!」
ぶるぶるとペニスが震える。一気に差し込まれたせいで衝撃は途轍もなかったが、優の躰はそれを快楽と捉えたようだった。
震えるペニスから液が漏れだし、ゆっくりと零れ落ちていく。それがペニスの裏を伝い、陰膿をすべり、アナルに差し込まれる涼の指にも伝った。
涼はその様子に笑いながら、片手で自身の前を広げた。既に質量を増している物を、優の内股に擦り付ける。どくどくと血脈さえ感じられるものに、優は我知らず、恍惚とした顔をした。
涼は指を抜き優の脚を抱えると、一気に貫いた。
「あっ、ひあ…」
涼は心地よい優の中で、深い快楽を感じていた。愛する優が、腕の中で、震えながら感じている。
深くなるごとに優の脚が、涼の腰に絡みつく。涼の腕も、優の躰をきつく抱きしめた。ほんの少しの隙間も必要ないほど、お互いの熱を感じながら、二人は同時に達した。
優を胸元に抱き寄せて、ベッドの上で反転した。心地よい重みが、涼を支配する。優の中に打ち込まれた涼自身が、優の重みを受けて更に奥に誘い込まれる。
「ひ、う…」
吐き出されたものが繋がった部分から流れ落ちてくるのに、それを中に押し戻されるように異物が進入したせいで、内股がぴくぴくと震えた。
涼は抜け切らない快感に震えている背筋をなで上げて、耳元で囁いた。
「ねえ、このままもう一回しよ」
どうせ、数時間後には、優は別の人間の元に返ってしまう。こんな短い間しか、自分たちは繋がっていられないのだから。
愛しい優の顔を上げ、ゆっくりと口づける。返されるキスは甘く、涼は眩暈を覚えるほどの快楽を感じた。
世間に対し嘘をつき、擬態する。誰も彼も擬態して、自分を偽り、愛する人に嘘をつく。
擬態して常識に紛れる姿はまるで、カメレオン。鮮やかで、軽やかなカメレオン。
愛する人は、カメレオン。
無論、裸体でひとりきり、そのような格好をしているわけではない。優の下肢には、もうひとつの身体がぴたりと張り付き、彼を内側から犯していた。
「うっん、…ふ、あぁん」
優は耐え切れないと言うように顔を歪め嬌声を上げている。指先はシーツを掻き乱し、それでも与え続けられるものが深まっていくのを止めることはできなかった。
優を犯している男・佐倉涼は、彼の白い頬に手を伸ばし喉奥で笑った。
「どうしたの、優?まだ、半分しか入ってないよ」
「――ひっ」
言いながらも、腰を進める涼に、瞳を開いて優は衝撃を物語った。
前座で散々、指と唾液で拡げられても、受け入れるには辛いのだ。しかも相手は、日本人の平均身長をはるかに超えた体格の良い男だ。男の象徴も優よりは一回り以上に逞しく、受け入れるには困難を要する。
優の喉から漏れ出る悲鳴を十分に堪能しながら、涼は全ての肉を彼の中に打ち込んだ。
「ひぁああぁ…」
何年経っても、異物感を受け入れるのは慣れないのだろう。なれない異物に翻弄されている優の髪を、涼は愛しげに搔き揚げた。
「ほんと、何時までたっても優は可愛いね」
上肢を折り曲げて、優への口付けを落とす。
「う、むうん」
そのせいで奥深く打ち込まれたペニスの角度が変わり、カリが前立腺を掠めた。
涼の舌が上顎を辿り、優の舌の根元を絡め取られるようなキスを挑まれ、両方からの刺激に、硬く閉じた瞳から涙が零れた。
「まっ、て!」
「待てない」
「ぁあ!」
優の制止の声をあげるものの律動が始まる。己のペニスを締め付ける肉壁の熱さに、涼は優の内股に手を添えて更に大きく開いた。
脚を引き攣るほど大きく広がされ、膝裏を抱えられて、軽く揺さぶられる。前立腺を細やかに掠めながら責められる。
「あ、あ、…あ、あ……ぁ、あ」
短い悲鳴が断続的に響き渡り、涼はひっそりと笑う。優の中をこうして愛することができるのは、自分ひとりだからだ。
7年前から、ずっと、ずっと…。
シーツを掴んでいた優の指先が、額に掛かる涼の髪に触れる。優はそのまま涼の額に触れ、頬を撫でた。
「ゆー」
涼が男にしてはしなやかな手を掴むと、優は儚く笑う。その途端、嵌ったものが、質量を増した。
「バ、カ…」
いきなり奥を刺激するモノに、優は甘い罵倒を漏らす。甘い罵倒を受けた涼は、男らしく笑い、今までになく激しい突き上げをした。
「は、あぁ…!」
優自身の物からも白濁とした液が漏れ、優の腰骨を伝ってシーツに零れていく。達したことによりアナルの締め付けが強くなり、間も無く涼も達した。
ゆっくりと息を整える優から涼は後ろから抱きしめてベッドへと横たわった。
暫く、そのままふたりでベッドの上で余韻を味わう。涼はベッドに力なく投げ出されている優の左手を取り、口に含む。すらりと長い指を一本、一本舐め、リングが外された薬指の根元を舐めた。
明るい陽の下で日本人にしては色素の薄いさらりと流れる髪に、涼は顔を埋める。
「カメレオン」
涼の腕に抱かれたまま、優はぽつりと言った。
「ん?なに?」
優の淡い美しさに見惚れていた涼は、彼にしては焦った風に視線を動かした。ふたりが見る先には、水槽があり、その中には鮮やかな色をしたカメレオンがいる。
「急に、なんで…」
「もしかして、カメレオン嫌いだった?」
「別に、嫌いじゃないけど…ただ、驚いた」
そう驚いたのだ。寝室に半ば強引に誘われたのはいいが、そこには異質がいた。それがこのカメレオンだ。
「昨日、たまたまペットショップにいったら、ふっと買いたくなって。犬や猫でも良かったんだけど、それじゃ、ここでも俺をほったらかしにして、優が世話を焼いちゃうだろ?だからだよ」
ならば、ペットを飼わなければ良いのではないかと思うが、そこは干渉できない。この寝室は、涼のものだ。
「それより優、もう、時間だ。シャワー浴びに行こう」
涼は優の髪にキスを落とすと、彼の腰を掴んで中からペニスを引いた。
「は、う…」
白濁とした液が泡となり、シーツに滑り落ちる。優はベッドから起き上がると、腕を掴んで促す涼と共にバスルームへと移動する。
この部屋のシャワールームは、男ふたりでも十分に広い。優がタイルに凭れかかっていると、涼はシャワーを適温にして優の躰に掛け始めた。
白いしなやかな躰にシャワーが滑り落ちる。
「中も洗ってあげるよ」
「いい、自分で…ちょっと、涼っ」
「今更でしょ。何を恥ずかしがることがあるの?」
優が戸惑っている間に、彼の躰をタイルに押し付けアナルに手を添えた。
「あぁ…」
互いの表情がつぶさに見える近さのまま向き合い、尻を割り開かれ、優は眉根を寄せた。涼は笑っている。
人差し指が壁を探り、奥で指が折り曲げられると、優の内股がびくびくと震えた。
「りょ、う…」
前立腺に届くまで深くはないが、指で掻き乱されると溜まらなくなる。そして前も、いつの間にか、涼のものが、優のものを緩く刺激していた。
「やめ、…さっき、イッたばっかりっ」
涼の胸板に手をついて切なく見上げる。厚い胸板は、年々逞しくなり、完全に優を凌駕していた。
しかし、涼は耳元に甘く囁いたのだった。
「でも全然、足りないでしょ、優も。ほら」
「あぅ」
涼のペニスが密着し、張り詰めたもので弄られると、優の腰が揺れた。アナルに埋め込まれた指も、それを煽るように動かされる。優に与えられる快感は、涼以上のものがあっただろう。
そのまま互いを刺激しあい腰を密着させ、次の瞬間には弾けた。
とろりとした物が互いの腹に飛び散り、優は涼の腕の中に崩れ落ちる。涼は優の躰をタイルに押し付け、泡の付いたスポンジで洗い始めた。
はあとため息を付いて息を整えている間に、涼が綺麗に躰を洗いあげて、横抱きにし再び寝室へと戻った。
涼は優をベッドに座らせ、フローリングに散らばった衣服を拾い集め、ベッドに置いた。そして、自身も素早く着込むと、優に告げる。
「車の用意しとくよ」
涼の背を見送った優は、力の入らない腕で服を身に纏い、寝室の隣にある自分のアトリエの扉を開けた。
そこには電源が落とされないままのデスクトップのパソコンがあった。周りには資料が散乱している。
優はソファに投げ出してある携帯と、バッグを持ち玄関へと向かった。
玄関の鍵を閉めエレベータをおり、マンションの玄関に行くと車が滑り込んできた。優が助手席に乗り込むと、サングラスをかけた涼が笑いかける。
「お迎えに行こうか。我が家のお姫様を」
助手席のシートに気だるげに身を委ねる優を横目に、車を発進させた。
車内は、涼が好んでいるアーティストの曲が流れている。
――この車は、優の妻である芙蓉と5年前に生まれた娘の菖蒲と暮らしているマンションへと送るために購入したものだった。
兄夫婦と暮らしていた涼がそのマンションを出たのは、5年前、菖蒲が芙蓉の腹に宿っていると解った時だった。
しかし、ふたりの関係は続いていた。
涼の一方的な執着が、何時しか色を変えていた。同じ父と母を持つ兄である優を愛したのは、涼であった。涼の熱情に絆されたのは、優だった。
――涼は幼稚園の駐車場に車を止めた。優はドアを開けて、フェンス越しにグランドでブランコに乗っている一人の女の子の名を呼び近づいていった。
女の子は、涼が聞こえるほどの大きな歓声を上げると、優に抱きついた。
この女の子こそ、菖蒲だった。
「ほんと、芙蓉さんそっくり」
涼はガラス越しに父子が睦みあう姿を見つめて、苦笑いをもらした。
間も無く、優と手をつないで幼稚園バッグを肩にかけた菖蒲が車に近づいてきた。それをみていた涼は運転席から降りて、ふたりに向かって笑った。
「お帰り、菖蒲」
「涼ちゃん!」
わずか5歳の女の子に、ちゃん付けにされるとは、と思ってしまうが、そこは血の繋がった姪だ。菖蒲は父親よりも背の高い叔父の手を取ると、ぎゅっと握った。
「今日はどうしたの?菖蒲をお迎えに来てくれたの?」
勝気そうな目はやっぱり芙蓉そっくりだ。涼は抱き上げると菖蒲に視線を合わせた。
「そうだよ菖蒲。最近、菖蒲に会ってないと思って、お迎えに来たんだ」
涼の言葉にわずか5歳ながらふふと女を匂わす笑い方をすると、叔父の首に抱きついた。
「ありがとう涼ちゃん、大好きよ」
涼は恋敵に良く似た姪の顔のパーツで、唯一好きな部分があった。それは唇だった。優に良く似た唇の形は、淡く色づいて可愛かった。
可愛い唇が、チュッと頬に押し付けられると、大きな手で菖蒲の髪を撫でた。ちらりと優を見ると、複雑そうな顔をしている。
愛する娘が、他の男にキスをする複雑さなのか、そのキスの相手が自分と肉体関係を持つ弟だからなのか解らなかったが、複雑なのには変わりない。
菖蒲を抱き上げて、後部座席に座らせる。このお姫様の安全と、助手席は優の特等席である事を守るために、チャイルドシートはしっかりと装備している。シートに座らせてしっかりとベルトをつけると、にこにこと笑った菖蒲をバックミラーに写して、再び車を発進させた。
マンションへのドライブ中も、菖蒲のおしゃべりは止まらない。幼稚園のともだちの話や、幼稚園で飼っているウサギに仔うさぎが生まれたこと、どちらかと言えば涼に向かっておしゃべりをしていた。
菖蒲のおしゃべりが止まれぬ中、マンションへとついた。二人を送り終えた涼は、エンジンを止め、菖蒲をおろした。
だがそのまま、車のキーロックをしない涼に菖蒲は気づいたのだろう。涼の足に抱きつき、懇願した。
「涼ちゃん、菖蒲と遊んでっ。おねがい!」
「菖蒲やめなさい。涼だって、仕事があるんだから」
優は知っていた。涼が最近大学ではなく、マンションに篭っているのは、論文を仕上げるためなのだ。この論文が評価されれば、準教授として大学に戻ることになっていた。
優もそんな彼に遠慮し、最近、涼のマンションへ行くことを避けていたのだが、優にも仕事がある。前日に電話をして、今日は大学に行くことを聞き出した優は、こっそりと仕事をするつもりだったのだが、涼には見抜かれていた。
アトリエとして使っている一室で資料集めなどをしていたのだが、帰ってきた涼に強引にベッドに浚われたのだった。
「良いよ菖蒲、遊んであげる」
「やったあ」
「その代わり、お前のパパの美味しいご飯を食べたいんだけど、菖蒲がパパにお願いしてくれる?」
「いいよ!」
菖蒲は元気に言うと、父親に向き直った。
「パパ、おねがい。涼ちゃんのご飯も用意してあげて!菖蒲のちょっとだけ上げてもよいから」
「ちょっとだけなんだ…」
ふたりの会話を聞いていた優は、ちょっとだけと言う我が娘に呆れた。
涼はその言い方が、7年前を髣髴させるようで可笑しくなった。全てではなく半分と言う約束だったのに、憎い彼女がくれたのは、優のほんの一部だった。
――しかし、一部だったのは昔の話だ。今はもう…。
「お前がごはんをあげることはないよ、菖蒲。涼は、パパの弟だからね、ご飯はちゃんとあるよ」
菖蒲はその言葉ににっこり笑い、涼に向き直った。
「よかったねえ、涼ちゃん」
涼が笑い返すと、菖蒲もにっこり笑った。
「じゃあ、俺も後から追うから先行って。駐車場に車止めてくる」
優と菖蒲を見送り、涼は駐車場に車を止めにいく。
涼が車に乗ったのを見届け、自宅に向かい仲良く手をつなぐふたりは、近所でも評判の仲良し父子だという。休日の日に、菖蒲を真ん中に涼と芙蓉が歩く姿は、佐倉の両親の自慢でもあるという。
人々は、この家族に何の嘘も誤魔化しもないと思っているだろう。一転の曇りのなければ、後ろめたさもないと…。
涼が車を止め、兄一家のマンションの部屋に訪れると、幼稚園の紺の制服から可愛いワンピース姿に着替えた菖蒲が纏わりついてきた。
「涼ちゃん、涼ちゃん、あのね!」
大好きな叔父と遊ぶことができて、菖蒲はご機嫌だった。大きな背に抱きついて、余り優がしないアクロバットな遊びをせがみ、笑い声がキッチンに響いた。
優は夕食の準備をしながらキッチンまで響く菖蒲の声に苦笑いをもらす。そういえば、正月で実家に行ったときも、涼にばかり纏わり着いて騒いでいた。それは佐倉の両親が苦笑いを漏らすほどで、父も義父も寂しそうにしていた。
「菖蒲、涼。晩ご飯できたよ」
芙蓉はまだ帰ってきていないが、先に夕食を食べるのはいつものことだった。芙蓉は残業を終えて帰宅すると、優と菖蒲の話を聞きながら夕食を食べると言うのが習慣化しているのだ。
ふたりはお片付けを済ませ、洗面台で手を洗うとそれぞれ席に着いた。
「いただきます」
「なんだか久しぶりだな、この感じ」
5年前、この家に居候していた時は、兄夫婦と一緒に食事をしていたが、マンションを借りて一人で暮らしてからは、外食が常になっていた。
「相変わらず、自分では作ってないのか?」
優が尋ねると、涼は応えた。
「あんまり料理は得意じゃないし。それに自炊しなくても、ちゃんと作ってくれてるじゃん」
そう何を隠そう涼の夕食は、優がアトリエを訪れた際は必ずといって良いほど作って、冷蔵庫においておくのだ。
今日も作るつもりだったのだが、その前に涼に捕まってしまったのだ。
「やっぱり出来立てが一番だね。おいしい」
涼の心からの笑顔に、優も思わず微笑み返した。その間も、菖蒲はおいしそうにおかずをほお張っている。
晩ご飯を食べ終えると、菖蒲はお風呂の用意をし始めた。母である芙蓉の帰りが遅いため、風呂には優と入っていたのだが、最近、ひとりで入り始めると言いはじめた。無論、幼稚園児がひとりで風呂というのは危険が伴うため、優はさり気無く脱衣場で待機している。
「また来てね、涼ちゃん。今日はありがとう」
涼にきちんとお別れの挨拶をした菖蒲は、風呂場へ駆け出した。
「じゃ、俺も帰るから」
そういって涼は、玄関へと向かう。しかし、優が追いかけてきた。
涼が振り返る前に、優は腕を伸ばし逞しい背に触れた。そのまま、後ろから抱き付いて涼の逞しい背中に頬を押し付ける。
「どうしたの?」
「ごめん、いつも、苦しい思いをさせて」
何を意味する謝罪なのか、涼にはわからなかった。だが優の心の中には確かに、涼への想いがあるのだろう。
優の腹に回った手をやんわりと取って解くと、正面から抱き寄せた。
「何言ってるの。優を欲しがったのは、俺だよ。――苦しい思いなんて、優を失うくらいなら、辛くはないよ」
柔らかい髪に唇を寄せて、そっと口づける。失うくらいなら、何を捨てても後悔はない。数多くの偽りを抱える自分たちの間で、これだけは嘘ではない。優を失うくらいならば、何を犠牲にしても良い。
「ほら、菖蒲を見に行かないと」
涼が促すと、優は淡い笑顔を見せて、菖蒲を追いかけた。涼はその後姿を見つめながら、腕に残る優の余韻を愉しんだ。
マンションの玄関をでると、ふと思いがけない人物に出会った。
肩まで伸びた艶のある黒髪と、化粧を施した美しい顔、パンツスーツも良く似合っている。
「涼、あなたどうして…」
優の妻である芙蓉であった。
「久しぶりだね、義姉さん」
涼が笑いかけると、芙蓉は眉を潜めた。
「あなた、何をしてるの?」
「何って、優と菖蒲を迎えに行って、菖蒲の子守りをしてたんだよ」
本来ならば、母として娘の子守りをしてもらったことに対しては、感謝をすべきだろう。だが、芙蓉の顔は歪んでいた。
「あなたたち、もしかして切れていないの?」
心なしか声も震えている。
「切れるって何が?俺と優の関係?何を言ってるの?俺たちはずっと変わらない。7年前から、俺たちは愛し合ってるんだ」
「だってあなたたち、一切、そんなそぶりも…」
少なくとも優からは感じられなかった。芙蓉と菖蒲を欺いて、涼と会っているなんて。菖蒲の妊娠が発覚した5年前、涼はマンションから出て行った。その数ヵ月後、涼は海外に研究員として旅立った。完全に終わったのだと、芙蓉は思っていた。
優は完璧な夫であり優しい父親だった。
「まあ、確かに菖蒲が生まれた頃は、流石に俺たちも離れそうだったけどね」
涼は苦笑いして思い出す。自分の分身ができたと知った時、優の関心が得られなくなったのだ。
あの時期は本当に辛かった。一切触れ合えない辛さに、何度、生まれたばかりの菖蒲を手にかけようと思ったほどだ。その辛さを紛らわすために、海外へ旅立ったといってもいい。
4年間アメリカで過ごし、帰ってきたのは、1年前のことだ。
「でも駄目だったんだよ。俺たちは求め合った」
何が切欠だなんてわからなかった。求め合うのは必然だった。両親の変わりにひとりで弟を迎えに来た優しく綺麗な兄…。
再会した瞬間、腕に抱きしめたのは涼だった。
そして、強引なキスに応じたのは、優だった。その後、ホテルに連れ込み、無理やり抱いた。涙を流して躰を開いたのも、優だった。
「良いことを教えてあげるよ。最近、優のアトリエに行った?」
「…いいえ」
優は仕事に集中するため、3年前からビジネスホテルの一室を借りていた。芙蓉も菖蒲を連れて何度か行ったことがある。それも最近久しいが、パソコンと資料が積み上げられているのみの、簡素な部屋だった。
「優のアトリエはね、二つあるんだ。ひとつは、ビジネスホテル。そして、もうひとつは…」
悪戯っ子のような笑顔で、涼は笑った。
「俺のマンション」
芙蓉は愕然とした。美しい瞳を見開いたまま、唇は震えていた。
「優はわたしたちをだましてたの?」
「だましているなんて、人聞きが悪いな。優はあんたたちにとって、完璧な夫で、優しい父親だろ?それのどこに嘘があるっていうんだよ」
優の恩恵を一番に受けている芙蓉が、優を穢すのは許さない。優は何時だって、芙蓉と菖蒲にとっては誠実だ。引きとめようとする涼の腕を振り切っていくほどに。
「じゃ、俺は帰るよ。あんたも早く上がれよ。優と菖蒲が待ってる。あんたの嘘を知らない、可哀想なふたりがね」
涼は言い捨てると、マンションの裏の駐車場に向かって歩き始めた。芙蓉はその背を、なんとも言い難い顔をしながら見送っていた…。
優を縛り付けるために、涼を共犯者に選んだのは芙蓉だった。
禁忌を犯すことを選んだのは涼だった。
そして、甘い嘘を選んだのは優だった。
――土曜日、優は菖蒲と共に実家に遊びに行くことになった。芙蓉は朝食を食べ終えると、菖蒲と視線を合わせる。
「じゃあね、菖蒲。ちゃんと、佐倉のおじいちゃんとおばあちゃんの言うことを聞いて大人しくするのよ?榎木のおじいちゃんとおばあちゃんもお邪魔するから、よろしくね」
佐倉家の両親と芙蓉の実家である榎木の両親は仲が良い。優と芙蓉が結婚する間から、お互いの家を行き来したこともあり、両親だけで旅行に行くこともあるくらいだ。
今日も久しぶりに一緒に食事をしないかと、佐倉の父から電話があり、御呼ばれすることになったのだ。しかし、芙蓉は抜けられない仕事があり、優と菖蒲のみでいくことになった。
「大丈夫よママ。ちゃんとかしこくしているわ。どっちのおばあちゃんもおじいちゃんも、ひいきなんてしないわ」
可愛らしくおめかしした菖蒲は、大人びたことを言った。一人っ子として育ったせいだろうか、やけに小賢しいところがある。
芙蓉は苦笑いすると、ふたりを優しく見守っている優に話しかけた。
「ごめんね、優。せっかくのお誘いに行けなくて」
芙蓉が仕事をして、優が家で仕事をしながら菖蒲を育てることを、理解してくれた佐倉の両親だ。芙蓉にとっても、大切な家族であった。
飲むであろう父と義父のためにつまみを作っていた優は、その言葉に笑った。
「気にしなくても良いよ、芙蓉。父さんたちのことだから、菖蒲に会いにきてもらう口実だし」
言いながら優は芙蓉に手を伸ばした。芙蓉が差し出された手を取ると、優が引き寄せる。
「それより芙蓉こそ、無理するな。最近、休日出勤ばっかりしてるだろう」
チームを任されているようになってから、芙蓉の仕事量は増した。もともと、結婚しても働きたいという約束をしているふたりの関係は、そのことで何ら波風は立っていない。
優の収入自体も芙蓉に引けを取らないものであるし、何があって乗り越えていけると信じている。
しかし、夜遅く帰ってくる妻に対して、いくつかの不安は抱えているのだろう。芙蓉はそんな優の手を握り、強く握りしめる。
「心配しないで。本当に大変な時は、あなたに助けてもらうから」
乗り越えていけると、そう信じている。
「芙蓉?」
「愛してるわ、優」
芙蓉は顔を上げて、訝る優にそっと囁いた。不意を突くような芙蓉の言葉に、一瞬、瞳を丸くした優だったが、すぐに応じた。
「俺もだよ、芙蓉。…俺に、菖蒲という存在を与えてくれて、ありがとう」
夫婦の間に、偽りはなかった。互いに尊敬し、愛し合い、穏やかに過ぎてゆく日々が愛しかった。
ただ一点の隠し事を除いては…。
芙蓉は優の言葉に美しく笑うと、玄関まで見送りにきた芙蓉を抱きしめて、仕事に出掛けた。
父子は芙蓉の姿が見えなくなるまで、見送っていたが、出発の準備をはじめ優の実家へと出掛けた。
――実家へ着いた途端、そろってエプロンをつけた母と義母に迎えられ、実家へと招きいれられた。
「お父さんたちったら、もう出来上がってるのよ」
どちらの母からもそんな言葉を聞かされて足を踏み入れたリビングには、ご機嫌に杯を重ねている父と義父がいた。
「おじいちゃんたち、臭~い」
菖蒲は思わず優の脚にしがみついて、顔を顰めた。両方の祖父は、菖蒲の姿を見た途端、嬉しそうな顔をしたが顔が高潮しているのは、半分は酒のせいだろう。
菖蒲は顔を顰めてますます優にしがみ付いていたが、ふたりと共にいる人物に向かって駆け出した。
「涼ちゃん!」
ふたりの陰になるようにしてソファに座っていた涼は、抱きついてきた菖蒲を優しく抱きしめた。
「涼も来てたんだ…」
「それはそうでしょ。あなたたちだけ呼んで、涼だけ呼ばないなんてできないわ」
母は最もな台詞を言い、バーベキューの準備を始めるわと、夫に近づいた。しかし、あ~とつぶやいた。
「使い物にならないわ」
「こっちもよ」
佐倉の母がいうと、榎木の義母も言った。涼が声をかける。
「俺と優が準備をするよ」
息子が二人となれば、一通りのアウトドアはこなしている。
涼と優は庭に出ると、早速火をおこし始めた。菖蒲は祖父たちにリビングにいるように請われたが、嫌がり、祖母たちのお手伝いをすることにした。
手際良く準備をしている涼を見ながら、優は話しかけた。
「来るとは聞いてなかったけど?」
「行くって言ってなかったからね。あ、もしかして、来た事を怒っている?」
「別に怒ってはないけど…」
「じゃあ、あれだ。昨日も会ったのに、一言も言わなかったことを怒ってるんだ。あんなにじゃれあって、お互いにキスをし合ったのに、大事なことを喋らなかった」
優は思わず手に持った軍手を背にたたきつけた。
「バカ」
つい先日も受けた甘い罵倒を受けて、涼は笑った。
「あら仲良しさんね」
「お、お義母さん」
優はびくっと震えた。
「昔から芙蓉もよく言っていたけど、本当に、仲が良いわね。羨ましいわ」
芙蓉の母であった。芙蓉は母に良く似ている。快活で美人な榎木の母は、二人に話しかけた。
「悪いけど涼くん。うちの車に乗ってある荷物を取りに着てくれる?旦那が使い物にならないのよ」
「いいですよ」
涼は快く応じ、榎木の母について行った。
優はふたりが視界からいなくなると、ほっと息をついた。会話を聞かれたかと一瞬ヒヤッとしたが、そうではなかったらしい。
安心した優は、ふたりが帰ってくる前に火を起こし始め、食材を運んできた佐倉の母と菖蒲と休憩することにした。
肉を焼き始める頃になると、酔っていた父たちも庭にでてきた。楽しいホームパーティーが始まり、菖蒲を中心に笑い声が漏れる。
榎木の両親には既に芙蓉の兄に子どもがいるが、娘の子どもということで可愛さは一入だろう。
菖蒲はわがままたっぷり、甘えたたっぷりで、それぞれの祖父母に纏わりついていた。
バーベキューが終わり、榎木の両親は帰って行った。優も夕食はマンションでと思っていたが、母に請われ食べていくことになった。
涼も同じく実家で食べることになり、久しぶりに水入らずの食事となった。
散々騒いだ菖蒲は、食べている間も目を擦り、デザートのメロンを食べる頃には佐倉の父の膝の上でウトウトし始めていた。
「明日は学校もないんだし、泊まって行けば?」
母の提案に、優は頷いた。芙蓉も日が変わるころにしか帰ってこないだろうし、それもいいだろう。菖蒲は完全に寝入る前に、シャワーだけでもしようという父と一緒に、風呂に入っていた。
優は菖蒲が入っている間に、実家を出る前に使っていた自分の部屋にベッドメイキングをしにいった。
久しぶりに入った部屋は、そのままになっていた。懐かしいままの部屋で、ベッドを調えると、本棚に近づいた。学生時代によく読んでいた文庫本を取り出した。ページを捲っていると涼が入ってきた。
「そうやってると、今も大学に通ってみるみたいだよ」
「どうせ童顔だよ」
「そういう意味じゃないよ。何時までも綺麗ってことだよ」
「弟にいわれてもな」
優にしては素っ気無い口調だったが、涼は近づいてくる。
「じゃあ、弟じゃなきゃ良かったの?」
「別にそういう意味じゃないって」
涼は後ろから彼の腰を掴んで、ゆっくりと身体を密着させた。
「疲れたでしょ。口調が素っ気無い」
「別に…」
と言いながらも、優自ら涼の逞しい背に寄りかかる。
「いつもなら『こんな所で』っていうくせに、やっぱり、疲れてるんだね」
普段ならば、家族がいる屋根の下で抱き合うなどしないだろう。
しかし、疲労と、住み慣れた実家が関係している。2階には、兄弟の部屋しかない。誰かが上がってくれば、足音でわかる。そして、芙蓉がいない。
涼は凭れかかってくる優の前髪を搔き揚げ、額にキスを落とし柔らかい髪に顔を埋めた。優はもたれかかりながらも、文庫本から目を逸らさない。
あたり前のように寄り添っていた。涼は暫く優の匂いを満喫していたが、ふと提案をした。
「ねえ、優。どうせついでに、ちょっと冒険しない?」
その言葉に、ようやく文庫本から目を離した優は、涼を見た。
――明日が休日である日は、少々の無理をしても仕事を済ませてしまう。そうすることで、休日は何の気兼ねもなく優と菖蒲と過すことができる。それを信念として芙蓉は働いてきた。
21時になった頃、優から電話がかかってきた。
『どうだ?仕事、終わりそうか?』
「う~ん、やっぱり、日が変わりそう。菖蒲はどう?」
『わがままたっぷり甘えただったよ。今は、寝てる』
「そう。楽しかったのね」
娘の賑やかな姿が目に浮かぶ。全ての人間の太陽であるかのように、明るく賑やかな姿は、それは可愛らしいものだろう。
『芙蓉、それで…』
「うん、なあに?」
優しい夫の声に癒された芙蓉も甘えた声になる。しかし、優の応じた言葉に芙蓉は驚いた。
『菖蒲、佐倉の家で寝てるんだ。今日は泊まる事になると思う』
「あら、そうなの?」
菖蒲が疲れてしまったのだろう。どうせ自分も早く帰れるわけではないし、優しい佐倉の両親が菖蒲を見てくれるのなら安心できる。
「お義父さんと、お義母さんに、お礼をちゃんと言ってね」
『解ってるよ。むしろ喜んでるよあの人たちは』
「そう、よかった」
芙蓉がくすくす笑うと、つかの間の沈黙があった。
『…芙蓉、俺、これからアトリエに行かなきゃならなくなったんだ』
アトリエという言葉に、芙蓉はピクリと震えた。
「そう…なの?…どうして?」
芙蓉はゆっくりと尋ねる。
『急に原稿依頼がはいって…明日までに仕上げて欲しいそうなんだ。それで…』
「……」
『明日の朝、菖蒲が起きるまでには佐倉の家には戻るから…』
「…そう、大変ね」
『…いいのか?』
「…いいわよ、お仕事だもの…たまには、こういうこともあるわよね」
芙蓉の了承を得たことで、電話越しの優の声が心なしか声が軽くなる。
『ごめんな。できるだけ早く終わらせるから』
「うん、大丈夫よ。じゃあ」
『ああ。おやすみ』
電話を切る。
優に対して初めて感じた猜疑心が、徐々に広がっていく。芙蓉は鏡を見るのが恐ろしいくらい、顔が歪んでいるのを自覚していた。
――芙蓉は、居ても立ってもいられず、あるビジネスホテルの一室の前に立っていた。そう、ここは優が仕事をする際に借りている簡易なホテルだ。
芙蓉は優から貰った鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。ガチャリと言う音がなり、扉を押した。
そこには、開いたままのパソコンとコーヒーカップ、積み上げられた資料の本が散乱している。
「嘘でしょ、優…」
芙蓉は愕然とした。久しく訪れていないからこそ、はっきりと解る。前回訪れた際とまったく同じなのだ。
常に整理整頓を心がけている優だから、覚えている。優らしくないと芙蓉が笑い、それに苦笑いをもらした優を、芙蓉は覚えている。
あの夜、涼が告げたことも思い出す。
『優のアトリエはね、二つあるんだ。ひとつは、ビジネスホテル。そして、もうひとつは…』
涼は勝ち誇ったように、芙蓉を見下ろしていた。
『俺のマンション』
「いや!」
芙蓉は叫び、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。嘘だと言って欲しかった。嘘だと思いたかった。
優を縛り付けるためのものが、何時しか色を変えている。
――優を愛すること、優に愛されること。優が唯一であること。優の唯一であること。
全ては、自分のエゴから始まったのに。
「優…優…」
芙蓉は締め付けられる想いに、ただひたすら涙を流した。
――電話を掛け終わった頃に、涼の車はマンションに到着した。突然の仕事に、父と母は眉を潜めたが、朝までには菖蒲の元に返ることを告げると、渋々承知したのだった。
菖蒲を自分のベッドに寝かしつけ、マンションに帰ると両親に告げた涼と共に、車に乗った。
芙蓉への電話を、涼の存在を感じながら掛ける。声は震えていないかと、我ながら滑稽に思えてしまった。
玄関に入ると、涼はゆっくりと優を抱きしめた。
「ちょっと、シャワーに」
「別にいいよ。これからもっと汗かくんだし」
涼が優の顎を取り、優しく口付けた。優が瞼を閉じて、降りてくるキスを感じていると、涼に抱き上げられる。
彼が首に縋りつき、涼は寝室のドアを足で蹴って開け放った。寝室は、黒いシーツのベッドがその存在感を放っている。
涼は優を腕に抱いたまま、ベッドの端に腰掛、更に深いキスを繰り返す。
「ぅん…む、ん…りょ…う」
喉奥まで探られ、息が荒くなる。嫌々と頭を振っても、大きな手に髪ごと後頭部を掴まれ、逃げ場がなくなる。
「うん、っ…」
優がキスに翻弄されていると、涼の手は彼のシャツから直に肌に触れてきた。指先が腰骨を辿り、臍を辿って、胸元の突起に触れてくる。爪先で引っかかれ、指先で詰られると、突起が尖った。
「もうこんなになってるよ。ここ、そんなに弱かったっけ?」
くすくすと笑いながら耳元に甘く囁かれ、優はうっすらと瞳を空けて、涼を睨んだ。涼は美しい目元を赤く染めた優の視線を受けながら、指の腹で乳首の感触を愉しんだ。
その感触を散々愉しんだ後、涼の掌は下がりデニムへ忍び込んできた。躊躇いもなくペニスに触れてくる、
優は涼の胸元に縋りついて、上下に擦り上げられる刺激に、熱が溜まっていくのを感じた。ゆっくりと、時よりきつく陰嚢も揉まれ優の躰が強張る。
「――あー、ぁあ…」
優自身が、涼の掌で弾け、白濁とした液が零れる。優ははあと、息を吐きながら力なく涼に凭れかかる。
その間にも、涼は掌に弾けたものを、ゆっくりと舐めた。優自身から溢れ出した物は、何だって愛しかった。例えそれが、憎い恋敵の血を受け継いでいる菖蒲だったとしても、涼は涼なりに菖蒲を可愛く思っていた。
優は、己の吐き出したものを旨そうに舐めている涼の手を取って、その指先に舌を絡ませる。仔がミルクを舐めるように、稚拙な舌の動きでも、涼には十分だった。
涼は優をベッドに押し倒すと、その躰を貪欲に奪った。先ほどまでの前座など払拭するような強さで、優の服を脱がせると、首筋から胸元そしてペニスに吸い付いた。
「はあ、ん…」
液を、尿道の奥から搾り出されるように吸われ、優の手が涼の髪を掴む。少し硬い髪を掴み引き剥がそうとするが、その手をつかまれ、逆に自分のペニスに持っていかれる。
「摩って、俺に優のいやらしいところ見せて」
甘く乞われ、優は自身を震える手で摩りだした。足を大きく拡げ、両手で自身を高めていく。その姿は、厭らしかった。清廉潔白を常にする優とは思えぬほどの淫猥な姿だ。
徐々に天を向いていくものと、その奥にあるアナルがまるで息をするようにヒクヒクとしている。
涼は指先を、アナルへとあてた。
「そこは…」
「優のイイところだよね」
指先が差し込まれ、躰が強張った。何度もセックスをして、何度も解されてきたとはいえ、異物はなれない。
しかし涼は、差し込まれた指先を折り曲げた。
「ん…ん…」
優は、唇を噛み締めてその感触を耐える。指が馴染み始めた頃を狙って、2本目が差し込まれた。
2本目も浅い位置で折り曲げられていたが、優がゆっくりと息を吐き、アナルを緩ませると一気に奥に差し込まれた。
「ひっ…!」
ぶるぶるとペニスが震える。一気に差し込まれたせいで衝撃は途轍もなかったが、優の躰はそれを快楽と捉えたようだった。
震えるペニスから液が漏れだし、ゆっくりと零れ落ちていく。それがペニスの裏を伝い、陰膿をすべり、アナルに差し込まれる涼の指にも伝った。
涼はその様子に笑いながら、片手で自身の前を広げた。既に質量を増している物を、優の内股に擦り付ける。どくどくと血脈さえ感じられるものに、優は我知らず、恍惚とした顔をした。
涼は指を抜き優の脚を抱えると、一気に貫いた。
「あっ、ひあ…」
涼は心地よい優の中で、深い快楽を感じていた。愛する優が、腕の中で、震えながら感じている。
深くなるごとに優の脚が、涼の腰に絡みつく。涼の腕も、優の躰をきつく抱きしめた。ほんの少しの隙間も必要ないほど、お互いの熱を感じながら、二人は同時に達した。
優を胸元に抱き寄せて、ベッドの上で反転した。心地よい重みが、涼を支配する。優の中に打ち込まれた涼自身が、優の重みを受けて更に奥に誘い込まれる。
「ひ、う…」
吐き出されたものが繋がった部分から流れ落ちてくるのに、それを中に押し戻されるように異物が進入したせいで、内股がぴくぴくと震えた。
涼は抜け切らない快感に震えている背筋をなで上げて、耳元で囁いた。
「ねえ、このままもう一回しよ」
どうせ、数時間後には、優は別の人間の元に返ってしまう。こんな短い間しか、自分たちは繋がっていられないのだから。
愛しい優の顔を上げ、ゆっくりと口づける。返されるキスは甘く、涼は眩暈を覚えるほどの快楽を感じた。
世間に対し嘘をつき、擬態する。誰も彼も擬態して、自分を偽り、愛する人に嘘をつく。
擬態して常識に紛れる姿はまるで、カメレオン。鮮やかで、軽やかなカメレオン。
愛する人は、カメレオン。
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