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――パパパパーンパー
この世界の一日は雄大な音楽で始まる。
たとえ、雪山であろうが火山であろうが、海の上であろうが、砂漠であろうが、全世界のどこででも聞くことができる。誰がこの音楽を誰が奏で、そしてなぜ全世界に同じように響いているのかは、誰も知らない。
この世界の不思議であり、不文律である。
何はともあれ、共に人々はその日の活動を始め、そして一日が営まれていくのであった。
(王都の空は狭いなあ…)
――ルーシェ・ミラーは王城内の窓から見える蒼穹にひっそりとため息をついた。
空はどこまでも広い…つい1年前までは、自由な空の下を走り回っていたのに、今は狭い空間から外を眺めることが多くなった。
空だけではない。海はどこまでも深く、火山は燃え滾り、氷山は凍てつくような静けさ だった。
この世には人ならざる存在がいる。魔獣と呼ばれるものたちが存在する。その魔獣たちを狩る者たちのことを狩人と呼んだ。だが、狩人の仕事は魔獣を借ることばかりではない。D級からSSS級…それぞれの階級に合わせてクエストが決められていたり、立ち入りが制限されている地域もあった。
ルーシェ自身もS級の狩人だった。相棒には遠く及ばないが、それなりに名の通った狩人だったのだ。
なのに、相棒の自由な時間が終わると同時に、こんな窮屈なところに閉じ込められてしまった。幼いころは北の広大な大地を駆け巡り、狩人になってからは世界中の美しい光景をみてクエストを熟してきた身としては、王城は窮屈なのだ。
「…シェ、ルーシェ!」
「えっ、ああ…」
「今診察中なんだが」
「悪い、ついぼーっとしちゃって」
ルーシェは自分の名を呼ぶ王城の医師セルドア・ベルクの声にようやく空から視線を逸らす。ゆるくウェーブのかかった鳶色の前髪をやれやれと言いながらセルドアは診察を再開した。
「最近、変わったことは」
「う~ん、そうだな。よくぼーっとするし、体も熱いし…。それになんか匂いに急に敏感になったみたいで。あ、大事なこと忘れてたわ。俺、3週間、排泄物でてないんだった!」
排泄物が3週間ないのは、かなりの重要なことだが、ルーシェは基本的に楽観的なので『いつか出るだろう』と放置していた。その腹も痛まず、空腹も感じていたので、何か可笑しいと思っていたが…。
「少し腹を触るがいいか?」
「どうぞ」
セルドアに言われ、ルーシェは服をめくりあげる。そこには長年の旅生活で培った見事な筋肉が盛り上がっていると思いきや、白く肉の薄い腹があるだけだった。
腸をなぞるように手を動かしたセルドアは『うーん』と唸り、結論を出した。
「ルーシェ、お前妊娠してるぞ」
「はっ?」
友人の言葉にルーシェは瞠目した。
「妊娠…え、妊娠?」
「ああ、尿検査も陽性判定がでたし。身に覚えはないのか?」
「な…」
『ない』と言いかけたルーシェであるが、ふと3週間前のことを思い出した。
「いや、ある。あるにはあるんだけど…その、何というか」
身に覚えがありすぎる。だがあれは、いつもの夜だったはずだ。
「もしかして、腹の子の父親って…ガルシ…」
相棒の名を出され、ルーシェは慄いた。
「そんなわけないだろ!?あれだ、この前城下でひとりで飲んでいた時、相席した男とそういう雰囲気になって、その男とヤったわ。ああ、あん時だわ」
むろん嘘である。城下に飲みに行くことはあるが、ひとりで行くことなどない。相棒と一緒に出掛け、酔っぱらうことはあるが、アバンチュールな一夜を過ごしたことなどない。
酩酊したルーシェは相棒の背に負ぶされ帰るのがオチだった。とても、誰かと一夜を共にする隙などない。
「まあ相手が誰にしろ、男性妊娠はリスクが伴うからな。腹の子の父親と話し合い、今後どうするか決めろ。それまでは、誰にも黙っといてやる。
――あ、あとこれ」
何かが入った袋を手に落とされる。ルーシェが首をかしげると、セルドアは説明してくれた。
「葉酸という栄養剤だ。妊娠中は特に必要とされる栄養分だから、朝夕に飲むように。あと、妊娠中に必要とされる食べ物や控えるべきものもあるから、後程まとめておく」
医務室を出たルーシェは長い回廊を歩き、中庭に出たところで、その場にしゃがみこんだ。
緑の叢の上にかわいらしい小花が咲き誇っているが、その花を避けて座り込んでいるルーシェの顔は蒼白だった。ただでさえ透き通るような白い肌とプラチナブロンドの髪色で色素の薄い人間なのだ。さらに血の気がなくなれば、作り物めいて見える。
「絶対あの夜だ」
相棒と酒を飲み交わし、いつものように交わった夜。だがいつもと違うことが一つだけあったのだ。
――あの夜はいつも通りの夜のはずだった。長年の相棒として背を預けてきたガルシア・キングスリーと酒を飲み交わす、いつも通りの夜だ。
ガルシアの部屋は東棟にあり、広々としている。派手ではないが、値打ちのある家具などが配置されている。
ガルシアはこの国の皇帝の息子として、最も帝位が近い男だ。狩人としてもSSS級に認定されていた。
この国の起源は、狩人たちだった。その中で一番強いものが国を治めて皇帝となった経緯があるため、子孫たちも狩人としての実績が求められる。歴代の皇帝たちは狩人として最高位であるSSS級なのだ。
「そういえば、ルーシェ。ジェラルド叔父上から知らせが来て、ついに伴侶が出産されたそうだ」
「え、伴侶ってガラン殿だよな? 副クエスト管理人の」
旅の終わり、ガルシアに伴われてルーシェは西の辺境のブラウン村に訪れたのだ。ガルシアの叔父ジェラルド・キングスリーに会いに行ったのだが、ジェラルドの紹介されたのがガランという村のクエスト副管理人を務めているガランという男だった。年の頃は20歳と、ルーシェとガルシアより若い。王都でも相手に事欠けなかったジェラルドが選んだのが、12歳も年下の若者だとは信じられなかったが、言葉の端々からジェラルドのガランに対する想いが溢れていた。
ガランは一見凡庸に見えるが、そこは腐ってもクエスト管理人だ。クエストや狩人の情報管理を担う彼らはエリートだった。若いながらもしっかり者のようで、12歳も年上のジェラルドの世話を焼いていた。ジェラルドもその姿を愛おしそうに見ており、ふたりの間に何かあったかはルーシェでもわかった。
「サラマンダー事変の時に出会って、ジェラルド叔父上はガラン殿こそ自分の運命の相手だと思っていたらしいからな」
ジェラルドにとってガランという存在は、自分の地位を捨てるほどの存在だということだ。
「へえ~じゃあ、随分と長い間、想っておられたんだな」
サラマンダー事変というのは、今から4年前、王都をサラマンダーの大群が襲った時のことだ。ガルシアとルーシェは遠方にいたため、そのことを知ったのは随分と後だったのだが、その時サラマンダーたちを蹴散らした中心人物はジェラルドだと聞いていた。
ジェラルドがあの村に辿り着いたのは1年前なので、3年ほどジェラルドはガランを探していたことになる。
「ってことは、金のグミを使ったのか?」
「ああ、そうだと聞いている」
この世には不思議なグミが自生している。高値でやり取りされている希少な奇跡のグミである。通常は黄色であるが、口にすれば30%のHPが回復するとされており、赤色は50%の回復となる。青は100%の体力回復とされているが、それは表向きのことであり、この奇跡のグミは生殖機能に作用すると言われていた。
一般の人々でも使用できる黄色いグミは30%回復のみであるが、赤いグミは50%回復+媚薬効果がある。青は100%の体力回復+強烈な媚薬効果があるとされている。
さらに奇跡とされているのが、金のグミだった。120%の体力回復に加え、同性でも妊娠が可能となるのだ。
「じゃあ、シェラルド様は皇帝になられる気はないということか」
一年前、次代皇帝と目されていたジェラルドが王都を出奔したのだ。ジェラルドはSSS級の狩人の筆頭とされ、『銀のジェラルド』として知られている。突然王都を出て、西の辺境の村に旅立ったという知らせは王都で噂の的となったが、どうやら長年の想い人を見つけ出し、追いかけたとのことであった。
『あいつ、いうこと聞かねえしな。我が弟ながら思い込みも激しいし、まあ、そのうち伴侶連れて顔、見せに来るだろ』
その一言で収まったかのように思えたが、現実はそうもいかない。次代皇帝がいなくなったのだ。そこで白羽の矢が立ったのが、皇帝の末息子であるガルシアだったのだ。
他にも兄弟・姉妹はいるものの、狩人となっている者はおらず、既に伴侶と一緒に事業を興していたりと次代皇帝に名乗りを上げることはなかった。
ちょうどそのころSSS級の称号を得たガルシアは、そのまま次期皇帝として王城にとどまることになった。
ルーシェも故郷である北へ帰ろうと思っていたが、なんやかんやとガルシアに理由をつけられ、1年近く留まっていることになる。ガルシアにとっては住み慣れた城だからいいかもしれないが、ルーシェにとって王城の生活は窮屈だった。
王都は北の地方出身者が少ない。北の者は総じて色素が薄い。ルーシェ自身もプラチナブロンドと抜きん出るような白い肌ということもあり、奇異な目で見られることが多い。
王城で浮いているのだ。嫌煙されているのか、話しかけてくるものもいない。お陰で知り合いも少ない。
「ガルは結婚しないのか?」
酒をあおっていたガルシアが顔を向けた。ダークシルバーの髪と紫紺の瞳はキングスリー家独特のものだ。そして美形である。やや険しい表情をするのも、帝位を継ぐものとしては年を取れば威厳ある風貌になるに違いない。上背もあるし、筋肉も隆々としている。
S級の狩人でありながら、線が細いと言われるルーシェとは大違いだ。
「お前イイ男だしさ、町娘たちにも人気があるし。相手なんてより取り見取りだろ?」
「なぜ、突然、そんなことを言い出したんだ、ルーシェ」
ガルシアは自分の杯を持ったまま、襟詰めの服を緩めややだらしなくソファに持たれていたルーシェの隣に座った。
膝も触れあうほどの距離、ふたりで旅をしていたころは、野宿となればこうしてふたりで身を寄せて火を眺めていた。
「宰相が俺に言ってくるわけだよ。いい加減、お前から離れろって」
若き宰相オスカー・アンダーソンにそれこそ毎日のように忠告されている。オスカーとしては、ルーシェはお荷物でしかないのだ。
他者から見れば、自分たちの距離が近いのは異様に見えるのだろう。家族や兄弟以上に親しい関係であるのは当然だ。互いの命を預けて、長い間旅をしてきたのだから。
この世界の一日は雄大な音楽で始まる。
たとえ、雪山であろうが火山であろうが、海の上であろうが、砂漠であろうが、全世界のどこででも聞くことができる。誰がこの音楽を誰が奏で、そしてなぜ全世界に同じように響いているのかは、誰も知らない。
この世界の不思議であり、不文律である。
何はともあれ、共に人々はその日の活動を始め、そして一日が営まれていくのであった。
(王都の空は狭いなあ…)
――ルーシェ・ミラーは王城内の窓から見える蒼穹にひっそりとため息をついた。
空はどこまでも広い…つい1年前までは、自由な空の下を走り回っていたのに、今は狭い空間から外を眺めることが多くなった。
空だけではない。海はどこまでも深く、火山は燃え滾り、氷山は凍てつくような静けさ だった。
この世には人ならざる存在がいる。魔獣と呼ばれるものたちが存在する。その魔獣たちを狩る者たちのことを狩人と呼んだ。だが、狩人の仕事は魔獣を借ることばかりではない。D級からSSS級…それぞれの階級に合わせてクエストが決められていたり、立ち入りが制限されている地域もあった。
ルーシェ自身もS級の狩人だった。相棒には遠く及ばないが、それなりに名の通った狩人だったのだ。
なのに、相棒の自由な時間が終わると同時に、こんな窮屈なところに閉じ込められてしまった。幼いころは北の広大な大地を駆け巡り、狩人になってからは世界中の美しい光景をみてクエストを熟してきた身としては、王城は窮屈なのだ。
「…シェ、ルーシェ!」
「えっ、ああ…」
「今診察中なんだが」
「悪い、ついぼーっとしちゃって」
ルーシェは自分の名を呼ぶ王城の医師セルドア・ベルクの声にようやく空から視線を逸らす。ゆるくウェーブのかかった鳶色の前髪をやれやれと言いながらセルドアは診察を再開した。
「最近、変わったことは」
「う~ん、そうだな。よくぼーっとするし、体も熱いし…。それになんか匂いに急に敏感になったみたいで。あ、大事なこと忘れてたわ。俺、3週間、排泄物でてないんだった!」
排泄物が3週間ないのは、かなりの重要なことだが、ルーシェは基本的に楽観的なので『いつか出るだろう』と放置していた。その腹も痛まず、空腹も感じていたので、何か可笑しいと思っていたが…。
「少し腹を触るがいいか?」
「どうぞ」
セルドアに言われ、ルーシェは服をめくりあげる。そこには長年の旅生活で培った見事な筋肉が盛り上がっていると思いきや、白く肉の薄い腹があるだけだった。
腸をなぞるように手を動かしたセルドアは『うーん』と唸り、結論を出した。
「ルーシェ、お前妊娠してるぞ」
「はっ?」
友人の言葉にルーシェは瞠目した。
「妊娠…え、妊娠?」
「ああ、尿検査も陽性判定がでたし。身に覚えはないのか?」
「な…」
『ない』と言いかけたルーシェであるが、ふと3週間前のことを思い出した。
「いや、ある。あるにはあるんだけど…その、何というか」
身に覚えがありすぎる。だがあれは、いつもの夜だったはずだ。
「もしかして、腹の子の父親って…ガルシ…」
相棒の名を出され、ルーシェは慄いた。
「そんなわけないだろ!?あれだ、この前城下でひとりで飲んでいた時、相席した男とそういう雰囲気になって、その男とヤったわ。ああ、あん時だわ」
むろん嘘である。城下に飲みに行くことはあるが、ひとりで行くことなどない。相棒と一緒に出掛け、酔っぱらうことはあるが、アバンチュールな一夜を過ごしたことなどない。
酩酊したルーシェは相棒の背に負ぶされ帰るのがオチだった。とても、誰かと一夜を共にする隙などない。
「まあ相手が誰にしろ、男性妊娠はリスクが伴うからな。腹の子の父親と話し合い、今後どうするか決めろ。それまでは、誰にも黙っといてやる。
――あ、あとこれ」
何かが入った袋を手に落とされる。ルーシェが首をかしげると、セルドアは説明してくれた。
「葉酸という栄養剤だ。妊娠中は特に必要とされる栄養分だから、朝夕に飲むように。あと、妊娠中に必要とされる食べ物や控えるべきものもあるから、後程まとめておく」
医務室を出たルーシェは長い回廊を歩き、中庭に出たところで、その場にしゃがみこんだ。
緑の叢の上にかわいらしい小花が咲き誇っているが、その花を避けて座り込んでいるルーシェの顔は蒼白だった。ただでさえ透き通るような白い肌とプラチナブロンドの髪色で色素の薄い人間なのだ。さらに血の気がなくなれば、作り物めいて見える。
「絶対あの夜だ」
相棒と酒を飲み交わし、いつものように交わった夜。だがいつもと違うことが一つだけあったのだ。
――あの夜はいつも通りの夜のはずだった。長年の相棒として背を預けてきたガルシア・キングスリーと酒を飲み交わす、いつも通りの夜だ。
ガルシアの部屋は東棟にあり、広々としている。派手ではないが、値打ちのある家具などが配置されている。
ガルシアはこの国の皇帝の息子として、最も帝位が近い男だ。狩人としてもSSS級に認定されていた。
この国の起源は、狩人たちだった。その中で一番強いものが国を治めて皇帝となった経緯があるため、子孫たちも狩人としての実績が求められる。歴代の皇帝たちは狩人として最高位であるSSS級なのだ。
「そういえば、ルーシェ。ジェラルド叔父上から知らせが来て、ついに伴侶が出産されたそうだ」
「え、伴侶ってガラン殿だよな? 副クエスト管理人の」
旅の終わり、ガルシアに伴われてルーシェは西の辺境のブラウン村に訪れたのだ。ガルシアの叔父ジェラルド・キングスリーに会いに行ったのだが、ジェラルドの紹介されたのがガランという村のクエスト副管理人を務めているガランという男だった。年の頃は20歳と、ルーシェとガルシアより若い。王都でも相手に事欠けなかったジェラルドが選んだのが、12歳も年下の若者だとは信じられなかったが、言葉の端々からジェラルドのガランに対する想いが溢れていた。
ガランは一見凡庸に見えるが、そこは腐ってもクエスト管理人だ。クエストや狩人の情報管理を担う彼らはエリートだった。若いながらもしっかり者のようで、12歳も年上のジェラルドの世話を焼いていた。ジェラルドもその姿を愛おしそうに見ており、ふたりの間に何かあったかはルーシェでもわかった。
「サラマンダー事変の時に出会って、ジェラルド叔父上はガラン殿こそ自分の運命の相手だと思っていたらしいからな」
ジェラルドにとってガランという存在は、自分の地位を捨てるほどの存在だということだ。
「へえ~じゃあ、随分と長い間、想っておられたんだな」
サラマンダー事変というのは、今から4年前、王都をサラマンダーの大群が襲った時のことだ。ガルシアとルーシェは遠方にいたため、そのことを知ったのは随分と後だったのだが、その時サラマンダーたちを蹴散らした中心人物はジェラルドだと聞いていた。
ジェラルドがあの村に辿り着いたのは1年前なので、3年ほどジェラルドはガランを探していたことになる。
「ってことは、金のグミを使ったのか?」
「ああ、そうだと聞いている」
この世には不思議なグミが自生している。高値でやり取りされている希少な奇跡のグミである。通常は黄色であるが、口にすれば30%のHPが回復するとされており、赤色は50%の回復となる。青は100%の体力回復とされているが、それは表向きのことであり、この奇跡のグミは生殖機能に作用すると言われていた。
一般の人々でも使用できる黄色いグミは30%回復のみであるが、赤いグミは50%回復+媚薬効果がある。青は100%の体力回復+強烈な媚薬効果があるとされている。
さらに奇跡とされているのが、金のグミだった。120%の体力回復に加え、同性でも妊娠が可能となるのだ。
「じゃあ、シェラルド様は皇帝になられる気はないということか」
一年前、次代皇帝と目されていたジェラルドが王都を出奔したのだ。ジェラルドはSSS級の狩人の筆頭とされ、『銀のジェラルド』として知られている。突然王都を出て、西の辺境の村に旅立ったという知らせは王都で噂の的となったが、どうやら長年の想い人を見つけ出し、追いかけたとのことであった。
『あいつ、いうこと聞かねえしな。我が弟ながら思い込みも激しいし、まあ、そのうち伴侶連れて顔、見せに来るだろ』
その一言で収まったかのように思えたが、現実はそうもいかない。次代皇帝がいなくなったのだ。そこで白羽の矢が立ったのが、皇帝の末息子であるガルシアだったのだ。
他にも兄弟・姉妹はいるものの、狩人となっている者はおらず、既に伴侶と一緒に事業を興していたりと次代皇帝に名乗りを上げることはなかった。
ちょうどそのころSSS級の称号を得たガルシアは、そのまま次期皇帝として王城にとどまることになった。
ルーシェも故郷である北へ帰ろうと思っていたが、なんやかんやとガルシアに理由をつけられ、1年近く留まっていることになる。ガルシアにとっては住み慣れた城だからいいかもしれないが、ルーシェにとって王城の生活は窮屈だった。
王都は北の地方出身者が少ない。北の者は総じて色素が薄い。ルーシェ自身もプラチナブロンドと抜きん出るような白い肌ということもあり、奇異な目で見られることが多い。
王城で浮いているのだ。嫌煙されているのか、話しかけてくるものもいない。お陰で知り合いも少ない。
「ガルは結婚しないのか?」
酒をあおっていたガルシアが顔を向けた。ダークシルバーの髪と紫紺の瞳はキングスリー家独特のものだ。そして美形である。やや険しい表情をするのも、帝位を継ぐものとしては年を取れば威厳ある風貌になるに違いない。上背もあるし、筋肉も隆々としている。
S級の狩人でありながら、線が細いと言われるルーシェとは大違いだ。
「お前イイ男だしさ、町娘たちにも人気があるし。相手なんてより取り見取りだろ?」
「なぜ、突然、そんなことを言い出したんだ、ルーシェ」
ガルシアは自分の杯を持ったまま、襟詰めの服を緩めややだらしなくソファに持たれていたルーシェの隣に座った。
膝も触れあうほどの距離、ふたりで旅をしていたころは、野宿となればこうしてふたりで身を寄せて火を眺めていた。
「宰相が俺に言ってくるわけだよ。いい加減、お前から離れろって」
若き宰相オスカー・アンダーソンにそれこそ毎日のように忠告されている。オスカーとしては、ルーシェはお荷物でしかないのだ。
他者から見れば、自分たちの距離が近いのは異様に見えるのだろう。家族や兄弟以上に親しい関係であるのは当然だ。互いの命を預けて、長い間旅をしてきたのだから。
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