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第三章 変わりゆく日常
四
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――上條のマンションから飛び出し、法定速度を守りながらも運転をした俺は、契約している駐車場にキッチンカーをとめようやく息を吐いた。
「ここまでくれば…」
別に逃げているわけではない。自宅アパートの近くということもあり、なんだか言葉が出てしまった。
スマホも着替えも、瀬川とキッチンカーを見に行く前に手元にまとめていたのでスムーズにマンションを出ることができたが、荷物をかき集めていたら上條の腕に囚われていただろう。
疲れが一気に肩に圧し掛かる。
キッチンカーから降りた俺はアパートへ向かう。古ぼけたアパートの階段を上り、角部屋の鍵を開けると、そこには見慣れた光景が広がっていた。1DKの小さなアパートだ。一番大きな家具はベッドだ。学生時代からずっと使っている。
自分を癒してくれる空間なのに、どこか寂しく感じる。そう感じるのは、ずっと上條や瀬川と一緒だったせいだろうか。
「ああ、もう、何だよ…」
なぜだかわからないが、悔しい気分だ。『イディアス』を愛したのは『前世』のことだといったではないか。
あれほど、俺を好きだと言いながら、上條が欲望をぶつけている相手は俺ではなく、イディアスを象どったラブドールだったのだ。
――なぜだか、涙がこぼれた。
「俺の事、好きって言ったくせにっ」
俺は上條を好きになりかけていたのだろうか。
好きだと言われ、狂おしいほどに抱かれ、付きっ切りで看病された。してもらったことに『ありがとう』とつぶやくと『いいんだ』と優しく髪を撫でられた。この三日間、上條のことを好意的に感じるようになってしまったのは、あんな状況ではどうしようもない。
本で読んだことのあるストックホルム症候群はこんな感じだったと思う…。上條がどこまで意図しているかはわからないが、異様な関係性だったのではないか。
ぞくりと悪寒が奔る。
「忘れよう…それが一番だ」
忘れてしまうのが一番だ。俺はそうやって今まで、嫌なことを忘れてきた。
俺は風呂場へ行く。上條のマンションに比べ、ひとり分のスペースしかない。
シャワーを浴びたことで俺は冷静になった気がした。身にまとう忌まわしい記憶ごと、全てが薄まって流れていくような気がした。
タオルで髪を拭きながらベッドに腰掛ける。ベッドは硬い。つい今朝まで、眠っていたベッドは適度に硬くて、寝心地がすこぶる良かった。と同時に思い出したのは、最後に見た上條の自慰行為だった。
「つーか、人のこと、おもちゃにしてんじゃねえぞ!」
今度は怒りが湧いてきた。あんな最低な男のことを考えてしまった。
――冷静に状況を考えられるようになり、俺の中には今までの記憶が甦ってくる。
俺は同性に好かれやすい。幼稚園に入ったころから、同じ園のお友達から散々愛情の裏返しという名のからかいやいじめを受けていたし、俺を巡った争いが起こってしまう。だから今まで友達なんていなかった。彼に出会うまでは…いや今だって、俺の友と呼べるのは彼一人だ。
『いつでも頼っていい』と言ってくれたのは、高校時代のことだったと思う。その前からずっと、甘えてきた。
俺はベッドに置いてあったスマホを取った。
何回かのコールの後、彼は電話に出た。
『郁人?どうした?何かあったのか?』
流石は親友。俺が電話を掛けるときは、何が起こったのだとわかっている。
「なあ、基樹。助けて欲しいんだけど」
親友の唐沢基樹は、唯一、俺を好きにならない親友だった。幼稚園からの幼馴染で、今まで何度も俺は彼に助けられたのだ。
『おー、なにがあった?』
「とりあえず、居候させてくれよ」
俺がいうと、『またかよ』と慣れたように基樹は応じた。
第3章 終わり
暫く書きだめ期間に入りたいと思います!
BL大賞に応募してみました…全然勝手がわからないので、エントリーしただけなんですが…もしよかったらよろしくお願いします。
「ここまでくれば…」
別に逃げているわけではない。自宅アパートの近くということもあり、なんだか言葉が出てしまった。
スマホも着替えも、瀬川とキッチンカーを見に行く前に手元にまとめていたのでスムーズにマンションを出ることができたが、荷物をかき集めていたら上條の腕に囚われていただろう。
疲れが一気に肩に圧し掛かる。
キッチンカーから降りた俺はアパートへ向かう。古ぼけたアパートの階段を上り、角部屋の鍵を開けると、そこには見慣れた光景が広がっていた。1DKの小さなアパートだ。一番大きな家具はベッドだ。学生時代からずっと使っている。
自分を癒してくれる空間なのに、どこか寂しく感じる。そう感じるのは、ずっと上條や瀬川と一緒だったせいだろうか。
「ああ、もう、何だよ…」
なぜだかわからないが、悔しい気分だ。『イディアス』を愛したのは『前世』のことだといったではないか。
あれほど、俺を好きだと言いながら、上條が欲望をぶつけている相手は俺ではなく、イディアスを象どったラブドールだったのだ。
――なぜだか、涙がこぼれた。
「俺の事、好きって言ったくせにっ」
俺は上條を好きになりかけていたのだろうか。
好きだと言われ、狂おしいほどに抱かれ、付きっ切りで看病された。してもらったことに『ありがとう』とつぶやくと『いいんだ』と優しく髪を撫でられた。この三日間、上條のことを好意的に感じるようになってしまったのは、あんな状況ではどうしようもない。
本で読んだことのあるストックホルム症候群はこんな感じだったと思う…。上條がどこまで意図しているかはわからないが、異様な関係性だったのではないか。
ぞくりと悪寒が奔る。
「忘れよう…それが一番だ」
忘れてしまうのが一番だ。俺はそうやって今まで、嫌なことを忘れてきた。
俺は風呂場へ行く。上條のマンションに比べ、ひとり分のスペースしかない。
シャワーを浴びたことで俺は冷静になった気がした。身にまとう忌まわしい記憶ごと、全てが薄まって流れていくような気がした。
タオルで髪を拭きながらベッドに腰掛ける。ベッドは硬い。つい今朝まで、眠っていたベッドは適度に硬くて、寝心地がすこぶる良かった。と同時に思い出したのは、最後に見た上條の自慰行為だった。
「つーか、人のこと、おもちゃにしてんじゃねえぞ!」
今度は怒りが湧いてきた。あんな最低な男のことを考えてしまった。
――冷静に状況を考えられるようになり、俺の中には今までの記憶が甦ってくる。
俺は同性に好かれやすい。幼稚園に入ったころから、同じ園のお友達から散々愛情の裏返しという名のからかいやいじめを受けていたし、俺を巡った争いが起こってしまう。だから今まで友達なんていなかった。彼に出会うまでは…いや今だって、俺の友と呼べるのは彼一人だ。
『いつでも頼っていい』と言ってくれたのは、高校時代のことだったと思う。その前からずっと、甘えてきた。
俺はベッドに置いてあったスマホを取った。
何回かのコールの後、彼は電話に出た。
『郁人?どうした?何かあったのか?』
流石は親友。俺が電話を掛けるときは、何が起こったのだとわかっている。
「なあ、基樹。助けて欲しいんだけど」
親友の唐沢基樹は、唯一、俺を好きにならない親友だった。幼稚園からの幼馴染で、今まで何度も俺は彼に助けられたのだ。
『おー、なにがあった?』
「とりあえず、居候させてくれよ」
俺がいうと、『またかよ』と慣れたように基樹は応じた。
第3章 終わり
暫く書きだめ期間に入りたいと思います!
BL大賞に応募してみました…全然勝手がわからないので、エントリーしただけなんですが…もしよかったらよろしくお願いします。
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