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2,夢

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 そこはとある帝国___
 私はその帝国で公爵家の令息として生まれた。

 まず、今いる僕の世界と大きく違うのは、この世界では魔法を操ることができた。
 魔法は生活の中で欠かせない存在であるために、魔力の高い者は必然的に国で重宝される。それ故に貴族は魔力の高い者達で成り立っているのだ。

 皇族に次いで高い魔力を持つとされるローレン公爵家、まさに私が産まれた家門であり、当然のように私も豊富な魔力に恵まれていた。
 さらには珍しい闇魔法の属性を持っていたため、齢12になる頃に王太子であるウィルフレッド王子との婚約が結ばれた。

 ウィルフレッド殿下はこの国の第一王位継承権をもつ王太子であり、金色の髪に燃えるような紅色の瞳を持つ綺麗な顔立ちの少年である。

 また彼と私は幼馴染の関係であり、他の家門の子息も交え幼い頃は王宮へ赴く度によく一緒になって遊ぶことが多かったのだ。

 しかしそんな日々は長く続かず、王子との婚約が決まったことで王妃教育が始まって忙しくなった私は、殿下や幼馴染と会う機会が少なくなってしまった。

 実は殿下に密かに淡い恋心を抱いていた私は、婚約が決まったときそれは大層喜んだ。と同時に会う機会が減ってしまった事が悲しくもあった。
 好きな人に会えないという事が幼心の私には大変辛いことであったが、15の歳になれば貴族は必ず学園に通う必要がある。つまり後3年辛抱すれば、同じ学園で殿下や幼馴染達とまた一緒にいられるのだ。

 それまでに殿下に相応しい婚約者としての作法や知識を身に着け、堂々と隣に立てられるように己を磨くことを決意する。


 ここで1つ疑問が湧いた人もいるだろう、男同士なのになぜ婚約できるのか。
 それはこの世界で魔法が使えるという事が大きく関係しており、魔法を使えば同性での妊娠が可能であった。そのため同性での結婚は珍しくない。







 王妃教育が始まってからあっという間に月日は流れ、学園に入学する年齢になる。
 教育のおかげですっかり感情が表に出ない表情筋に育った私だったが、礼儀作法や所作に無駄は無く、身内から贔屓目に見ても女神のようだと褒められるくらいには立派に成長する事ができたと思う。

 心待ちにした学園の入学式。
 侍女に身嗜みを整えられる中、私は3年ぶりに会える殿下に思いを馳せていた。学園へ向かう道中でもその想いは募るばかりで、付き添いの従者に百面相をしていると笑われてしまうくらい緊張と嬉しさで溢れ返っていた。ちなみにこの従者は長年一緒にいた事もあり、培った鉄面皮の表情からでも感情がわかるらしい…。

 そんなやりとりをしていると私の乗る馬車がついに学園に到着してしまった。
 
 心を決しニヤニヤしていてはいけないと、表情筋を更に引き締めて馬車を降りる。

 すでに何台も馬車が到着しており、その中には見知った家門や皇族の馬車もあった。

 とても懐かしい気持ちに浸っていると、丁度その皇族の馬車から殿下らしき人の姿が降りてくる。私は思わず声をかけようとして一歩踏み出た……が、直後の光景に目を見張る。

 目に映ったのは、殿下のエスコートを受け皇族の馬車から降り立つ、華のように可憐な女性の姿だった。

 その後合流した幼馴染の友人達と楽しげに話をしながら歩く4人を見た私は、彼らの背中が見えなくなるまでその場から動くことが出来なかった。







 半年程前に古の泉に突如として聖女が現れたそうだ。
 聖女はここの世界とは全く違う異世界から来たと証言しており、この世界で最も珍しい光魔法を操ることができた。そしてそれは王家に伝わる文献通りだった。
 このまま文献通りに行けば聖女は今後、何かしら訪れる帝国への厄災を討ち滅ぼす存在となる。

 そのような存在を国が蔑ろにするはずがなく、学園入学まで彼女は王宮で護衛されながら生活をしていたそうだ。
 
 そして本日、自身のチカラを学ぶために私や殿下が通う学園に一緒に入学をした。







 入学を終えたその日からの学園生活は私にとって地獄のような日々だった。
 何度も殿下に声をかけようとするも、いつも聖女が隣におり、また殿下からも私に向けて声がかかる事は無かったため形だけの婚約者となった。

 最低限の行事や茶会、パーティーでしか顔合わせをすることが無く、エスコートや最初のダンスは婚約者と決まっている為に接する事はあったが、殿下は彼女に見せる笑顔を私に向けることは一度だって無かった。

 更に学園での私は孤立しており、他の貴族生徒からは『嫉妬で聖女を虐めている』という噂や陰口を言われていた。
 
 何度か聖女に貴族のマナーとして、殿下や高位貴族を愛称で呼ぶ事や婚約者のいる男性に無闇矢鱈にくっついてはいけない事を注意したことがある。今思えば私なりの八つ当たりだったのかもしれない。
 
 でもそれがいけなかったのだろうか。


 殿下と何も進展が得られないまま卒業パーティーを迎える。この日私は殿下からのエスコートを受けることは無かった。


「ヴァイオレット・ローレン!
 私はそなたとの婚約破棄をここに宣言する!」


 パーティー会場に入るや否や嫌な予感はしていた。
 殿下の隣に立つ聖女とその周りを守るように囲んで立つ幼馴染達。一斉に会場の皆の鋭い視線が私に突き刺さる。

「そなたは、皇太子殿下の婚約者でありながら聖女様に罵声や暴言を吐いたそうだな。更には取り巻きを利用して悪事を働いていたとの証言がでている。他にも__」

 宰相子息であるロータスが身に覚えのない罪状を読み上げる。
 どうしてこうなってしまったのか、私は目の前が真っ暗になり言葉を発する事が出来なかった。

「黙ってるってことは自分の罪を認めると言う事だな。」
 蔑みの瞳で護衛騎士のエリオットが私に剣を向ける。

「貴方には失望しました。もっと節度ある行動ができる方だと思っていましたのに。」
 王妃教育で魔法を教えてくれていた王宮魔道士のベネデット先生が悲しい顔をする。

「貴様の語学力に惚れ込んだ時期もあったが、まさかこの様な悪事を働く者だったとはな…俺は残念で仕方ないよ。」
 隣国王太子のクリストファー王子が興味の無くなった玩具を捨てるように言葉を吐いた。


「これまで犯してきた悪事を考え、
 そなたを廃嫡のち国外追放とする。」

 
 最期に聞いた殿下の声はあまりに冷たいもので、私の心に鋭く突き刺さる。
 その後の事はあまり覚えていない。
 気づけば馬車に揺られていた。
 
 恐らく衛兵に取り押さえられ、そのままこのボロい馬車に押し込められたのだろう。

 馬車の中、私は家族や従者の事を考えていた。
 最期にひと目会いたかったと、両親の処遇はどうなってしまうのか、愚かな息子でごめんなさい。

 馬車に揺られて、どれだけ時間が経った頃だろうか…
 国境を越えた辺りで馬車を引く馬が甲高く鳴いた。鳴き声が聴こえた次の瞬間、馬車の扉がいきなり開かれ巨躯の男が乗り込んでくる。
 
 あっと思ったものの、抵抗する間もなく私はそのままその男に斬り殺された。
 
 運悪く山賊に襲われてしまったのだろう、
 そんな事をどこか遠くに考えながら私の意識は完全にブラックアウトした。
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