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第二話 僕の殻

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 今日は、明日の会議に必要な資料をまとめていた。それから今回は、篠原という新入社員がメインで説明をする。俺は余程のことがない限り助けないとだけ篠原に言った。だから、できる限り自分でやるようにと言いつつ、結局俺もやるという無駄な作業をしていた。当の本人である篠原は、
「はぁ~、失敗したらどうしよう?もし、途中で噛んでしまったら、要所をとばしたらどうしよう。僕なんかができっこないのにな~」
と何を言ってるのかわからなかったが、あいつが無駄に心配していたことだけはわかった。
『不安なら、片っ端から質問するなり、調べるなりすればいいのに。面倒なやつだ。』
今回あいつをメインにした理由は、自分の殻を割ってほしいからだ。あいつは入社からもう3ヶ月が経つというのに、わからないところを質問しに来ないどころか、大きな厄介事を招いてくる始末だ。それもこれも、無駄な心配性のせいだと俺は考えた。だから今回は、部長の意見を押し切って篠原に任せたのだ。しかし、本人は全くと言っていいほど気づいてないのだ。なので、
「篠原」
「は…はい!」
「お前今回の会議に出るにあたって準備はしてあるんだろうな?」
「も…勿論です。」
「そうか、なら7頁目にある事業拡大にあたって重要なことはなんだ。」
「他社を知り、信頼関係を構築することです。」
「まぁ…及第点だな」
「どうしてですか?」
「簡単なことだ。具体的に答えれてないんだ。他社を知るには?信頼してもらうには?っていうことを言えてない。一つでも具体例を上げる癖をつけておけよ。いいな?」
「はい…」
篠原は、最初から最後まで俺にですら、緊張しきりだった。
『ホント、こんなんで大丈夫かよ。』
と思いながら、パソコンに顔を戻した。
       その日の夕方
 俺、篠原と数名を残して帰っていった。俺は、最悪の場合に備えての資料以外作る気はなかった。一方、篠原は、ずっと資料ばかり見ていた。なので、
「篠原」
「は…はい」
「今から会議室に行って練習するから、必要な資料だけもってこい。いいな?」
「わかりました。」
と篠原に言って、俺も会議室に向かった。

「以上のことから、このプロジェクトを成功させることで…」
俺は篠原に明日のことを考えてやるからと言って、始めるように指示した。
『こりゃ…駄目だな。書いてあることしか言えてない。その上、ずっと自分で作ったのであろう台本を読んでいる。』
新入社員とはいえ、流石にひどすぎる。会議に出席するのは、会社のお偉い方やこのプロジェクトに参加する企業の代表者ばかりだ。多少の失敗なら、気にしないだろうが、流石にずっと下を向いているままでいいわけない。
「篠原」
「何でしょうか?」
「お前、やる気あるのか?ないならないでいい。代わりに俺がやる。そして会議に参加すんなよ。」
「えぇ…どうしてですか?」
「簡単な話だ。お前、ずっと持っている資料に書いてあることばかり言いやがって、俺朝に言ったよな?一つでもいいから具体例を出せって、今朝に言ったことすら忘れるのか?」
「そ…それは」
「言い訳を聞きたいわけじゃない。最初からやり直せ!」
強めに云った。それからアイツは、できるだけ台本を見ないように話し始めた。それでもまだまだだった。
 
         会議当日
「…なので、我社のすべきことはお客様の信用をえることだと言えます。」
と俺が説明をしていた。篠原は、最初の数分で緊張が最高潮に達してしまい後ろの椅子に座らせていた。
『俺の想定外の時間で上がってしまうとはな…』
と思いながら、資料の説明をしていた。
 会議が終わり、身の回りの掃除を篠原としていた。篠原は、神妙な面持ちで、
「すみません。主任」
「そうだな。まったく、少しくらい自信を持て」
「ずっと…こんな機会がなくて…」
「昨日いっただろ。言い訳なんか聞いてない。次どうするかを考えろ。」
「はい…わかりました。」
篠原は、ずっと下を向いていた。それと同時に雨が降り始めていた。なので、
「明日時間あるか?」
「はい…何もありませんが、、、」
「なら、明日の9時ここに来い。」
「分かりました。」
俺は、明日の天気も調べて、会議室をでた。

「はあ…今日は散々だったなぁ」
「お疲れ、入ってそうそうに重役を任せられるなんてな。」
僕は、先輩の道草さんから珈琲を受け取って飲んだ。
「やっぱり、僕には無理だったんですね…」
「そうかな?主任は何も考えなしに行動したことはないし、それで外したことはないよ。だから、若くして、主任になったんだよ。」
「そうなんですか?だったら、主任にとって、初めて外した日になりましたね…」
「因みに、主任になんか言われたか?」
「明日の9時にここに来てくれ。って言われましたね。」
「そうか、ならしっかり話を聞くんだぞ。」
「わ…わかりました。道草先輩」
と言い、仕事に戻った。
 帰宅して、今日の反省点をノートにまとめていた。
・今日初めての会議だったが、緊張して主任の足を引っ張ってしまった。
・書類作成で誤字脱字が3箇所あった。
・昨日言ったことを覚えていなかった。→メモを取る癖をつける。
こんな感じで毎日反省点を挙げれるだけ上げた。
『明日は、主任との待ち合わせに間に合うようにこのぐらいにしておこうと』
そう考え、風呂に入ってからベッドに入った。

         翌日
 俺は、篠原と約束した場所に来ていた。最高なことに雨だった。本来なら一人で喫茶店で過ごそうと思うが、今回は部下のために時間を作った。
「しゅに~ん、すみません。待ちましたか?」
「いや、それより早く入ろう。」
そう言い、喫茶店「アサガオ」に入った。
    カランッ   カランッ
「いらっしゃいませ。空いてる席にどうぞ」
と若い女性の定員さんが言った。俺たちは、カウンター席に座って、
「珈琲を一つ、篠原は?」
「僕は、オレンジジュースで」
「畏まりました。」
と頭を下げ、厨房に行った。俺は、篠原の方を向いて、
「俺がなんで、お前に会議の説明を命じたかわかるか?」
「いや、分かりません。」
「それは、お前が少しでも殻を割ってほしいからだ。」
篠原は、「わからない」という顔をしていた。なので、
「お前と七草の違いは何だと思う?」
「僕は、ずっと消極的だけど、七草さんは積極的に仕事していることですか?」
「よく分かってるじゃないか!何でやらないんだ?」
「僕は、昔から人に頼るのも頼られるのも苦手で…」
「だからって、ミスしたり厄介事にして渡されても、対処に困るだけだ。だから、それだけはやめてくれ。」
「は…はい気を付けます。」
と少し仕事の話をして、
「お待たせしました。珈琲とオレンジジュースです。」
と定員が運んできた。俺は、珈琲を飲み、
「俺が嫌いなやつを知ってるか?」
「え…僕みたいな消極的な人間ですか?」
「惜しいが違う。答えは、何もしない有能だ。」
「そうですね…僕は、有能ではないけど…」
「お前の勘違いはそこだ。お前は有能だ。じゃなきゃ、水場商事に勤めることはできん。それにな、俺は、たとえ無能だろうと関係なく任せていただろうな。」
「それは、どうしてですか?」
「社員を信用するのに、有能無能は関係ないからだ。それに、出来ない仕事は渡さん。お前にできると思ったから任せたんだ。」
少し間をおいて、篠原が俺の方を向いて、
「主任、僕に次の会議に参加させてもらえませんか?」
「何故だ?別に任せる気はなかったが…」
「お願いです。今度こそ自分の殻を割ってみせます。」
「…わかった。だが、次は手助けしないからな。それが条件だ。」
「はい!」
篠原は、前のような目がちらつくことがなかった。

        16時00分
 「ふぅ~、主任にあんな大口を叩いたんだ。早速会議の日程を確認して、すべき事をリストアップしてこなしていくか。」
僕はノートに書き始めた。すると、
ピロンッ
っ言う音がしたのでスマホを見た。主任からメールが届いていた。
『篠原、会議に参加してもいいことになった。日時は、来月の19日10時から会議室3でやることになった。わからないことがあったら聞きに来いよ。』
というメールが届いていた。僕は、そのメールに主任の暖かさが伝わってきた。
「これは、絶対に完遂してやる。自分だけでなく、期待してくれてる人たちのために」
そう思いリストアップを再開した。
・このプロジェクトの意図はなにか。→資料を作り、自己完結させてみる。
・年齢層を広げて、どの世代にも合う方法を探す。→今の流行や傾向を導き出す。
・予算の範囲内でできるプランを複数個用意する。→地域ごとに何が安いかを調べて、できるだけ安く済ませる。
……
と、無意識のうちに20時になっていた。
『熱中しすぎてしまったが、予定より進んだな。』
そう思いながら、ノートを見直した。
「後は、台本を…」
『お前は、資料に書いてあることを読んでるだけだ。』
その言葉が脳に響いてきた。
「よし!台本は作らずに、何を話すかからを優先順位をつけて、資料作りをしようかな。」
そう考え、パソコンを立ち上げて、作成を始めた。

         次の週
「主任、来月の資料のチェックして頂けましたか?」
「あぁ、完璧だな。後は、本番まで練習あるのみだな。」
「はい!頑張ります。」
と言って、僕の席に戻った。隣の席の道草先輩が、
「そういえば、先週主任と何を話したんだ?」
「あぁ、僕の悪い点を指摘してもらったんです。」
「へぇ~たった一週間でここまで変えるとは、流石主任だね。」
「そうですね。みんなから尊敬され、頼られる理由もわかった気がします。あの、道草先輩」
「どうした?わからないことがあったか?」
「何で先輩は、主任が攻めてないことがわかったんですか?」
道草先輩は、キョトンとした顔だった。それから、少し間を空けて、
「簡単だよ。俺も同じことがあったからな~」
と笑いながら言った。そして道草先輩は、言葉を続けた。
「俺も入社したての頃に、何回も失敗したんだよ。資料の説明や書類作成に、発注ミス他にも色々な」
「そうだったんですね。今の道草先輩からは……想像つきますね。」
「お前、ちょっと辛辣だな~否定はしないけどな。まぁ、そんなある日に主任と喫茶店に行ったんだ。その時に、色々と指摘してもらったんだ。悪い点と良い点をな。」
「そもそも、何で喫茶店何でしょうか?」
「主任の趣味というのもあるけど、主任は、下戸だからな。」
「そうだったんですか!」
と僕が行ったのと同時に、
「こら!お前らちゃんと仕事をしろ。あと道草、余計な話は昼休憩にしろ」
と頭に資料を叩きつけた。後ろにいた七草は、
「主任、それ暴行では?」
「あまり強くやってないし、ただの注意だ。七草は、あまり茶化すな。」
「は~い」
と言いながら、事務所の外に出た。


          昼休憩
「ふぅ~疲れた~」
と俺は言いながら、屋上でエナドリを飲んでいた。するとドアが開いて、
「やっぱりここでしたか。主任」
「何だ…七草か」
「もう!何だとはなんですか。私より年下なのに」
「歳なんて関係ないし、一個しか変わんないだろう。それにここでは、俺の方が歴は長いぞ。」
「まぁいいですけど、昼ご飯食べました?食べてないなら、一緒に食べに行きません?」
「今日は、午後から有給だからご飯は後でいいんだよ。」
「羨ましいです。有給だなんて。」
「あと2ヶ月ぐらいで有給付くんだから頑張れ。じゃ、午後からも仕事頑張れよ。」
と言い、俺はエナドリを飲み干して、その場を去った。
「さ~てと、昼から何するかな。」
と昼に何をするかを考えながら、階段を降りた。

        一ヶ月後
「以上のことにより、これから我々は皆様の力をお借りして…」
と篠原が発表をしていた。篠原の考えた『グループ一丸!最高!最速の商品提供』という案は、ありとあらゆる手段を使い低コストと最高品質を維持するという方法だった。例えば、地域内であればトラックやドローンを使用する。低コストにするには、必要な素材を事前にピックアップし、その素材にあった管理をする。それと同時に、最安値で売られている場所を調べたり、実際に赴いたりする。それによって、最安値で最高品質に化けるのだ。
『しっかし、あの失態からここまで変わるとは、本当に有能なやつだ。』
そう関心ながら聴いていた。すると、
「一つ質問なのだが、このプランの穴として、提供する前の工程で、かなりコストがかかる上、実行までにかなり期間が必要だと思うのだが、それについての対策はできているのかな?」
と剱崎部長が質問をしてきた。確かにこの穴は、実行する上では避けては通れない。
『どうする?篠原』
篠原の方を向いてみた。だが、篠原は全く動じる事なく答えた。
「その点は問題はありません。事前にピックアップは終わっています。まず、この画面を見てください。」
と篠原は、事前に用意していた地図だった。それには、赤ペンでうちの会社からありとあらゆる方法での経路と時間が書かれていた。
「この赤ペンで記載されているのは、自分がこの一ヶ月間で車とドローンで調べた最短経路と時間です。そして、その次に商品に必要な素材の最安値で売られている場所と加工・管理方法を僕なりに考案しました。これらの資料は、後日に配布いたします。時間の都合上用意できず申し訳ございませんでした。」
篠原は、それを言った後に頭を下げた。するとその場にいた俺を含めて全員が拍手をした。そして、
「素晴らしい、これだけの量のある仕事を一人でやってのけるなんて、流石住田君の部下だね。」
と質問した剱崎部長が言った。篠原は、少し涙を浮かべていた。
 会議が終わり、掃除を篠原とやっていた。俺は篠原に、
「今日のお前の発表は、俺の想像以上だった。よくやったな、篠原」
と俺は、篠原に面と向かって言った。
「あ、あ、ありがとうございます。主任、でもまだまだです。」
「どうしてそう思うんだ?」
「僕、発表終わってからもう少しわかりやすい表現があるな~とか思ったりしたので…」
「そうか、なら次までにもっと勉強しないとな」
「はい!頑張ります。」
と篠原は、熱心に掃除をした。
『さてさて、今後どう成長するか、楽しみだな。』
と思いながら、俺も熱心に掃除した。
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