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第5章 学園騒乱

第31話 もう一人の勇者

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実技授業の前半が終わる頃、遠くの影からカズヤ達を見つめる三人の人影があった。
その姿は母親二人にマジックショップの従業員一名だ。

折角だから授業を見たいと正面から強行突破しようとした無茶な母親二人を止めるため、「ここは、ぼくが学生時代に利用していたとっておきの抜け道なんだ」と従業員――ナオヒト・シラナギが案内したのである。

「ほらほら、サヤカ、泣かないの」
「・・・」
「あの、シオウ店長?トキノさん、泣いているんですか?」

リアの母、アリスがカズヤの母、サヤカの頭を撫でている。慰めているだろうことはわかるが肝心のサヤカの顔は涙を流さず無表情で息子の姿をじっと見ている。
傍から見れば泣いているようには見えないその様子にナオヒトの疑問はもっともだ。

「間違いないわ、泣いているわよ。それにしても『店長』って何?」

アリスは実際、協会の会長職を退いてから特に役職にはついていない。名目上、ナオヒトの上司という立場に当てはまるが特に肩書きは決まっていなかった。

「いえ、仮にも上司になるのですから、何か肩書きをつけた方がよいのかと思いまして・・・」
「それなら、シラナギ君は『店長代理』ね!でも、肩書きはついても給料はあがらないから安心してね!」
「・・・」

アリスのウインク交じりの発言に『それは安心とは違うと思う』というツッコミをこらえ苦笑するしかないナオヒト、サヤカは沈黙したままだ。

「ほらね。いつものサヤカならここで『年下相手にウインクしてからかうのはやめなさい!』って言うのに黙ったままでしょ?」
「あっ!」

アリスとサヤカの掛け合いをしばらく見ていたナオヒトとしては、アリスの発言に納得させられてしまう。様子が変なことをようやく理解し二人の視線が沈黙を貫く人物に注がれる。

「カズヤが・・・、魔力使ってた・・・」
最後に『グス』と涙ぐむ音を付け加えようやくサヤカが口を開いた。アリスの言っていた通り泣いていたようだ。もっともそれは悲しみから来るものではない。息子の成功を喜ぶ母親の気持ちから来るものだった。

「サヤカ、良かったね」
「・・・グス・・・」

アリスの祝福にサヤカは首をコクリと振って答えた。ナオヒトはそんな二人の様子を見て、母親達に大切にされているカズヤ達が少し羨ましく感じていた。自然とカズヤ達に目を向けてしまう。

「あれ、誰かカズヤ君に話しかけようとしているみたいですね。男子・・・かな?」
「えっ、あの子は確か昔どこかで・・・」

ナオヒトの呟きに反応して二人の視線もカズヤへと向かう。相変わらずサヤカは無表情で何を考えているかわからないがアリスは異なるようだ。そっと漏らした後は唸りながら忘却の彼方へ飛び去った記憶をサルベージしようと必死になっているご様子だ。

『この様子では何もわからないだろうな』とナオヒトは一人諦めていた。


☆★☆

「なあ、カズヤん、次の時間はいつも通りオレと組むんだろ?」
模擬剣を振る仕草をとりながら語りかけるその男、栗色の髪に若干ツンツンした短めの髪、ちょっと髪型を変えたら何となく、凄く速く走ることができそうなこの少年を俺は・・・

「えっと・・・誰?」

当然、知らなかった。
疑いの眼差しでしか見ない俺。
リアは『ああ、やっちゃった・・・』、ナナクサさんは『トキノ君、それは冗談でもあり得ない』、少年は『信じられない』といった目になっている。
この世界の記憶はないのだから仕方ないだろう!だからそんな目で見るのはやめてほしい。

「嘘だろ!オレを忘れるなんて、二人であんなに熱く激しく(剣で)語り合った仲じゃないか!忘れたなんてヒドイぞ!あんまりだ」

その発言は人によっては誤解するのではないか?現にその台詞で一部の女子が奥で「キャーキャー」言ってるぞ。俺にそっちの趣味はない。俺はあくまで“リア”一筋だ。

「悪いけど・・・、俺にそういう危ない趣味はないんだ。人違いじゃないのか?どうか他をあたってくれないか?」
「カズヤ・・・、その位にしたら」

嫌な物に出くわしたように少年から視線を逸らす俺に対してリアは咎めるように口にする。その目は「めっ!」と言っている。
事情を知らない少年とナナクサさんに、リアの口から俺が記憶喪失であることが告げられ納得してもらえた。「俺に任せると話が進まない」だそうだ。

「それなら仕方ないかな。オレの名前はシン・ヒノモト、よろしくな!」
「“ヒノモト”?」

“火之本”と書いて「ヒノモト」なのだそうだ。ちなみに俺は「時野」でリアは「紫桜」、ナナクサさんは「七草」だったりする。

「カズヤんはいつもオレのこと“ヒノシン”って呼んでたんだぜ!」

本当なのか?リアは俺に『友達は少ない』と言っていたはずだ。その数少ない内の一人ということだろうか。リアの表情を見ると何とも困った顔をしている。

「ヒノモト君、嘘はいけないよ!『オレのことは“ヒノシン”で呼んでくれ』って言っていただけじゃない」
「ユキちゃんの言うとおりだね。プライベートでの友達付き合いもなかったかな?」

そうなると俺と彼は一体どういう関係なんだ?やっぱりこいつは『そっち』の趣味の人間で俺に一方的な感情を持っているとか・・・

「カズヤん、また変なこと考えているだろ・・・」

恨めしげに人のことを見るがそれはお前が悪い!

「あのねカズヤ、彼がいつも授業でカズヤとペアだったのは本当よ。すごく言いにくいんだけど・・・、カズヤと同じ・・・なの」
「同じ?」

「“ブービー・ヒノモト”、それがオレの二つ名・・・、カズヤんとオレとで『最低最弱コンビ』って呼ばれている」

答えは彼の方から聞くことが出来た。彼も魔力に乏しく剣と身体能力で喰らいついているところから俺と同じタイプということだ。だが・・・

「自分でそう言う割には、少しも悔しそうではないな。むしろ嬉しそうに見えるぞ」
「当たり前だろ!言いたい奴には言わせておけばいい。弱い奴の遠吠えなんか知ったこっちゃない。学園の特別ルールといった温室に守られて偽りの強さにすがっているような奴らばかりだぞ。そのことに気付いてすらいない」
「お前・・・」
学園ここでは負け惜しみに聞こえるかもしれないが、本当の戦いならオレもカズヤんもそんな奴らには絶対負けない。魔法なんか使う隙なんて与えない・・・だろ?」

こいつ、面白い奴だな。俺の中での評価がみるみる内に上向きに変わっていく。『友達』になってもいいと思えてきた。思っていたよりいい奴なのかもしれない。
ならなんで、この世界の俺は友達になっていなかったんだろうか?

「それにな・・・」
「な!?」

そっと俺にだけ囁いた。聞き間違いでも何でもない。確かにこう言った「同じ勇者だろ、やっと目覚めたんだろ」と・・・。
全て納得がいった。俺と同様、魔力に乏しいのは『ブレイブ・フォース』――勇者の力が学園では魔力扱いされないこと。そして、以前の俺と友達になっていなかったのは勇者の力を発揮していなかったから距離をとっていたのだろう。危険に巻き込まないために。思わぬところに、こんな奴がいたとはな・・・

「ぷっくくく、はははっ、あはははっ」

突然笑い出す俺に、リアは分かったように微笑み、他の二人は別の意味で心配そうな目をしている。

「わかったよ。よろしく頼む。“ヒノシン”・・・これでいいんだろ?」
「ああ!こちらこそだ。カズヤん!」

二人でがっちりと握手をした。奥でまたもや「キャーキャー」言っている女子がいたのは気のせいだ。うん、きっとそうだ。

「それでな・・・、実は“リアっち”じゃなかった・・・シオウさんにも聞きたいことがあるんだけど・・・」

通常なら、ここで一区切りつけるところではないか?まだ何かあったのか。それに“リアっち”って何だ。馴れ馴れしいぞ。ちょっかい出すと言うなら実に許せん。
俺達の友情は早くも崩れようとしている。

「いや、深い意味はないんだ。シオウさんって、顔がそっくりの姉か妹っている?」

ここでその質問はないだろう。全員の目が汚物を見るような眼でヒノシンをみている。友情・・・、終わるの早かったな。

「ヒノモト君、最ッ低!」
「それはないな」
「わたしもない、と思う」

ナナクサさんを皮切りに次々へと非難の声と視線を向ける。憐れヒノシン、だが骨も拾わなければ当然、フォローもしない。今のはお前が悪い。

「いや!本当に変な意味じゃないんだ!昔の知り合いにそっくりなんだ。名前は“ルカ”って言って三年前から会っていないんだ。髪もシオウさんみたいに長いけどストレートに下ろしてなくて・・・こう、ポニーテールにしてる子なんだ」

うん?なんか良く似た人物の話を最近したような気がする。
俺が何かに引っ掛かっている間もヒノシンの勢いは止まらない。

「何も言わずに急にいなくなった子なんだ。今どこにいるのかわからなくて探している。手がかりは名前とオレの記憶の中の姿だけ名字もわからない。でもシオウさんに本当によく似ているんだ。今まで分厚い眼鏡をかけていたから分からなかったけど、もしやって思って・・・、お願いだ!知っていたら教えてほしい。」

つまりヒノシンは・・・

「ヒノシン、その子のことが好きなんだな!」
俺の一言でヒノシンの顔はトマトのように赤く染まり、リアとナナクサさんは呆れている。

「トキノ君・・・、もう少しオブラートに包もうよ」
「カズヤ・・・、ストレート過ぎ」

怒られてしまった。最近の俺は怒られてばかりいる。

「それで、仮にわたしがその子のことを知っていたら、ヒノモト君はどうしたいの?」
「そりゃあ、すぐにあっ、いや・・・今は、まだ会えない。でも、強くなって必ず会いに行く。その時にオレの気持ちを伝える・・・つもりだ」

リアの真剣な瞳による問いかけにヒノシンも落ち着きを取り戻しその想いを口にした。その目には悔しさと闘志の両方が入り交ざっている。
それにしても気になるな。

「どうして、会うのに強くなる必要があるの?」

疑問はナナクサさんから投げられた。ヒノシンはしばらく言いにくそうに目を泳がせていたが、「早く話せ」という俺達の視線に耐えきれず、とうとう口を割った。

「三年前、負けたんだよ。急に俺達の前に現れたルカの父親に・・・。『俺より弱い奴に娘は任せられん』って・・・全力で戦って負けたんだ。何度倒れながらも立ち上がって挑んだけど、指一本動かせなくなるまで完膚なきまでに叩き潰された。それからルカは連れて行かれて会えなくなった」

「それはヒドイな」

三年前ということは当時のヒノシンは十二歳の子供、子供相手に大人がムキになってガチの勝負を挑んだんだ。例え勝負とはいえ大人げないを通り過ぎてはいるのではないだろうか。

「パ・・・ううん、お父さん、最ッ低!・・・絶ッ対!許せない!」
「リ・・・リア?」
「リアちゃん?」
「『お父さん』ってことは・・・・?」

「あのね、ヒノモト君。ルカ、ルカ・シオウはわたしの双子の妹なの。わたし応援するから頑張りましょう!カズヤも全力で協力してあげて!」

「おっ・・・おう」
「返事は『はい』!」
「ハイ!わかりました」

こうして、俺はしばらくヒノシンに協力をする約束をした、というかさせられた。
リアはまだ怒っている。どうも妹さんが一時期凄く様子がおかしかった時期があったらしく、そのせいだろうとブツブツ言っている。
“ルカ”という子は弱みを見せたり、悩み事の相談を持ちかける性格ではないようだ。そのため、様子がおかしいことには周りが気付いても原因は誰も分からなかった様子だ。
まあ、俺もその気だから構わないし、自分にとっても他人事ではない問題だ。


後ろの方の遠くから「あの人、一度きつくお仕置きする必要がありそうね」と聞こえたのはきっと気のせいだろう。そのはずだ。


































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