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第5章 学園騒乱

第37話 負の胎動

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「いよいよだね?」
「そうだな。それにしてもギャラリーが地味に多くないか?」

 いよいよ、今日は三対三の決戦当日で、今は控室で待機している。こちらは俺、リア、ヒノシンの三人で挑むことになる。直前まで妹のヒカリが三人目の席を立候補し、中々譲ろうとしなかったが、“ヒカリは中等部だから”という理由で何とか引いてもらった。いや、少し違うな。それはあくまで表向き、正しくは“俺が他にプレゼントをする“で納得してもらった、となる。

「それにしても昨日、あいつら全員、学園を休んでいたよな」
「まあ、何かしてくるだろうな。油断はしない方がいい」

 ヒノシンの言った通り彼らは全員、学園を休んだ。対して俺達は、今日の戦闘に影響が出ない程度の軽い特訓程度に止めた。母さんやヒカリに頼まれた物もいくつか作成したりもしたが・・・、まあいい。今は考えるのは止めよう。

「さあ、時間だ。行こう!」

 俺達、三人は闘技場へと向かった。
 模擬戦闘場の会場は思っていたよりもずっと広い。ドーム状になっていて観客席もあり、戦闘の映像が表示される巨大モニターがあちらこちらに備えられている。
スポーツの世界大会を軽くこの会場でこなしきれるのではないか、と思える程だ。
俺から言わせれば無駄に金をかけ過ぎているような気もするが、そうでもないらしい。
 学園では年に数回、学園生同士の公式戦が行われ政府、協会、企業など外部からも多くの人が観戦に訪れる。目的は有能な人材の発掘や確保、自社の製品を提供し宣伝するなど様々だ。
 会場が広すぎるため、人の隙間は確かにある。だが、中等部を含めた学園生ほぼ全てで千人以上、それに外部の人間を合わせて多くて二千人を見積もっていたが万単位に及んでいそうな勢いだ。

 相手の三人組は有名企業や名家、権力者の血縁、その他関係者らしいから、それなりに人が集まったのだろうが多すぎる気もしないではない。どのみち、今気にしていても始まらない。目の前の戦いに集中のみだ。

 いよいよ闘技場にて敵と向かい合う。名前は確か、丸刈りがカワムラで、ピアスがサトウ、パーマがカシワギ、だったかな?
 人の名前を覚えるのが苦手な俺は、リアに説教を受けながらかろうじて覚えることができた。「面倒くさいからA、B、Cにしよう」とか「教師ぶるリアも可愛いな」なんて言ったせいで説教が余計に長くなったのはここだけの話だ。

「カズヤん・・・、やっぱり、こいつら少しおかしくないか?」
「いや、少しではなく『かなり』だろ?」
「そう、だよね」

 ヒノシンの指摘通りこいつらは朝から少しおかしかった。一日中、特に喋らずにいたかと思えば突然、ブツブツと独り言を始め焦点の定まらぬまま視線は宙をさ迷っていた。
 そして今は過激なまでの怒りや憎しみといった感情で目を血走らせながら、こちらを睨み、リアが不快そうに顔をしかめると口元を緩め笑いだす。
 身に付けている紫紺の鎧から発せられる禍々しいオーラ・・・、間違いなく八つ手のクモコウモリやマンモス、コブラ達縁の品だ。
 それにしてもこいつら・・・

「喰われたな」
「そうみたいだな」
「そうね」

 俺の一言にヒノシンとリアは状況を理解し同意をする。
 間違いなく装備とその提供者に心と魂を喰われた、と言っていいだろう。

『それより、ご主人!あいつら、許せないよ!』
『そうです!マスター!アレは許せません!』
「ファル!それにラシルも!」

 怒りを露わにし念話で語りかけるのは休眠中だった俺の契約精霊だ。
 純白の天馬の姿の“風”のファルコニア、金髪碧眼の妖精の姿をする“命”のラシルだ。

『“あんなの”を目の前に出されたら眠ってなんていられないよ!』
『私!あの子達を助けたいです!』

「そうだな」

 ファルとラシルが言っているのは、奴らの手に持っている武器に付けられた宝珠だ。剣、槍、弓とそれぞれに一昨日、キヤがミウに使用を試みた“精霊封じの水晶”
が取りつけられている。封じ込められ道具として無理矢理従わせられている精霊の苦しみの叫びがファルとラシルに届き眠れる二人を呼び起こしたのだ。
 もっともそれを感じたのは二人だけじゃない。俺とリアの契約精霊達、全員が怒りを露わにしている。
 これで残る休眠中の精霊は“虹”のレイだけか・・・

「わかった。今日はファルに頼む。囚われの精霊の解放は後でラシルに頼む。ファル、精霊闘衣、部分展開“風の翼”を不可視状態で頼む!」

『了~解~』

 一昨日、“雷”のコウも披露した手前、今更なのだが俺は学園では“水”の精霊使いで通している。“水”以外の属性を派手に使いたくはないからな。所々でミウの力も混ぜながら戦えば何とかなるだろう。多分・・・

「ケヒッ、ケヒヒヒヒヒヒ!お前らはここで終わりだ!」
「ケッケッケッーーー!シオウも覚悟しろよ!」
「ヒッーーヒッヒッ!俺達の絶大な力を見ろ!」

 目を見開き、気でも狂ったかのような笑いを上げる三人。もう既に色々な意味で人を捨てつつある。俺もリアもヒノシンも彼らが憐れに思え可哀そうな物を見る目で見つめてしまう。

「そんな目で見るなっぁぁぁぁぁぁ!」
「サトウ!カシワギ!必殺のスペシャル・アタックだ!」
「「オッケー!」」
「「「俺達の無敵攻撃を受けろぉぉぉぉぉっー!」」」

 槍のカワムラ、剣のサトウ、弓のカシワギの編成で俺達に突進をかけてくる。
奴らの“ノリ”に何故かリアは、ものすごく引いている。いわゆる『ドン引き』というやつだ。日輪を銃形態にして銃口は向けているものの、その顔は滅茶苦茶引きつっている。対してヒノシンは結構ノリ気だ。

「カズヤん!リアっち!ここはオレに任せてもらう!」

 紅の大剣を水平に構え、迎え撃つようにヒノシンは飛び出した。それにしてもヒノシンはリアのことを『リアっち』と呼ぶのが定着したようだ。

「そんな攻撃!オレに効くか!」

 三人の正面に出ると、すぐさまヒノシンは地を蹴り、先頭の丸刈りの頭を踏みつけ飛び越える。

「三人組の連携攻撃を破るには一番前の奴の頭を踏み台にするのがセオリーなんだよ!」
(注)そんなことはない!

 すると踏み台の影に隠れていたピアスの敵に気付き、体を剣ごと大剣で横薙ぎに払い吹き飛ばす。
「見たか!」
「ヒノモト君!よそ見しない!」
「全くだ」

 勝ち誇ったヒノシンに向かうパーマが放った矢をリアが撃ち落とし、踏み台にされ怒り狂った丸刈りはヒノシンを襲おうと俺に背を向けたので、背中から蹴り飛ばして剣で一突きしてやった。

「リアっち!カズヤん!助かる!」

 礼の言葉を告げると残った弓男を正面から大剣で叩き伏せた。
 つまり試合終了である。

 弱っ!

 まあ、この隙にこっそりラシルに精霊封じの水晶に囚われた精霊達の解放を頼むことに使用。ラシルはこっそり何かするのが得意だから誰かに知られる心配はない。

 ほとんどの人間が予想していなかった結末に場内は騒然となる。
 俺達を一方的に蹂躪することで、一部の特定階級者の力を誇示すると同時にその様を娯楽にしようとしていたものもいただろう。
 まあ、血筋だけで言うと俺とリアは生きる伝説の子なのだから、それが知られていれば少しは変わったかもしれないが、その辺りは伏せられている。今頃、観客席のどこかにいるアリスさんや母さんはその様子を面白がっていることだろう。
 まっ、こんなものか。

「反則だ」

 ?

「そうだ反則だ」
「こいつらは反則をしたんだ」

 は?

 三人組が何かに取り憑かれたように体を揺らしながら立ち上がり、呟きだす。
 この期に及んで何を言い出すつもりだ。

「「「反則反則反則反則反則反則反則反則反則反則反則反則反則反則反則」」」

「「「こいつらは反則をしたんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」

 三人そろって立ち上がり目を血走らせ両腕を広げて観客席へと叫び出す。
 場内は騒然とし所々から「反則だ」と口にする声が聞こえ始める。

 こいつら、いや黒幕の狙いはまさかこの状況か!?

「ふん、そうだ。こいつらは反則をしたんだ。教師の俺が言うんだ。間違いない。」

 忌々しげなものを馬鹿にするかのようなマイクの声が響いた。声の主はポケットに手を入れながら、ゆっくりと歩いてくる。『この時を待ってました』と言わんばかりに口元は緩み蔑む視線を俺達に向けてきた。

「キヤ・・・」

 それは一昨日、俺が完膚なきまでに叩きのめした愚か者だった。奴の同じ人とは思えぬ視線にリアは嫌悪感を覚え、俺とヒノシンはこれから起こることの予兆を物語っているような気がして不安が拭えない。
 冷たい汗が背中に走る。

「みんな!見ろ!こいつらの武器を!こんな装備を見たことがあるか!いや、ないだろ!」

 わざと大袈裟にするように腕を広げ大ぶりに身ぶり手ぶりを加えながら演説のように語る道化者。大体、馬鹿げている。武器なんて、ほとんどの人間が市販の武器に自分の適性に応じて何かしらの手を加えている。誰もが見たことのある武器をそのまま使用している者など皆無に等しい。そんなことは誰もが知っている。
 知っているはずなのに観客の誰もがキヤの言葉に呑まれている。


「そして、精霊だ!こいつらは、強力無比な精霊を使っている。その反則によって俺も苦汁をなめさせられた。間違いなくこいつらは反則をしている!!」

 これも違う。確かに俺達の精霊は皆、強力だ。だが精霊が強ければ強力な魔法や現象を起こせるわけではない。術者にもそれに見合った実力が求められ他、何より互いの間に固く結ばれた“絆”が不可欠だ。
 それはお金や権力では手にすることはできない“本物”の輝きだ。それを反則扱いされるのは正直、不愉快だ。

「いい加減に・・・」

「反則だ!」
「そうだ反則だ」
「やっぱり反則だったんだ」
「反則しかありえない」

 俺がキヤに反論しようとするのを遮るように場内から「反則」の声が上がり出し、巨大な「反則」コールへと移り変わった。
 それだけではない。
「卑怯」
「奪え」
「死ね」
「殺せ」

 言葉は次第により悪意を秘めたものへと変わり今では「殺せ」コールになっている。
 場内は強烈な悪意による負の感情で満ち、溢れかえる。
 これが奴らの狙い。
 俺達は出し抜かれたのかもしれない。

 会場を渦巻く負のオーラが一箇所――三人組へと収束していく。心を吸われた観客達は意識を失っていく。俺達を応援してくれている人たち以外のギャラリー全員の意志が失われる頃、闘技場にいた者達は忽然と姿を消していた。















































































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