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第一話 魔王との出会い
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「ほう……これは……なんと可愛らしい……」
はう、と息を呑むのは鋭い角を生やした精悍な顔つきの男。縮こまる青年を見て、浅黒い肌を仄かに赤く染めている。
暗い森の中、切りかぶに隠れるようにして座っていた青年、もとい倉木 春斗(くらきはると)は、2メートルは優に超えている男に見下され、ごきゅりと生唾を飲んだ。
背筋を氷のような恐怖が這い上がる。
なんだって自分がこんな目に……。春斗はそう思いながら、怖いくらいに美しいアメジスト色の瞳を見上げた。
「名を教えてくれないか」
「ッ……」
見た目を裏切らない低い声。状況が違えば"かっこいい声"という感想だけで終わったのだろうが、今は生きるか死ぬかの瀬戸際である。見知らぬ世界で、得体の知れない怪しい人物に追い詰められた春斗の体はカタカタと小刻みに震え始める。
「……怯えているのか?」
体が震えているぞ、と大きな手が春斗へと伸びた。
パシッ!
「触るなッ!」
春斗は反射的にその手を叩いた。ハッとした時にはもう遅く、やってしまった……とみるみるうちに彼の顔は青褪めていく。
殺されるかも知れない。そう思ったら怖くて堪らなくなり、尻餅をついてじりじりと後退った。
「ご、ごめんなさい……ッ!ごめんなさ……」
「…………ふむ」
一方で、叩かれた手をじっと見つめる角の生えた男、もといバロンは、人間とはこんなにも非力な生き物なのかと驚きと困惑でしばらく動けずにいた。これはガラス玉のように大切に扱わなければならないと思い直したバロンは、春斗の前にスッと片膝をついた。目線を合わせて話せば少しは落ち着くだろうと考えてのことだった。
「すまない、怖がらせたいわけじゃないんだ」
「こ、ここ、来ないでくださ……ッ」
「お前に酷いことは何もしない」
そう言って再びバロンが手を差し伸べた次の瞬間、春斗は恐怖から酷い目眩を覚え失神してしまった。
*
「どこだ……ここ……」
目が覚めると見知らぬ部屋にいた。どちらかというと洋風なその部屋は、薄暗く殺風景で、やはり元いた世界とは異なるものだった。
春斗の不安はむくむくと大きくなっていく。
(もしてかしてここはあいつの住処……?)
部屋をぐるりと見渡し確認する。
「……誰もいない」
そうと分かれば、春斗はおもむろにベッドから抜け出し扉へと急いだ。
*
足音を立てないよう、そろりそろりと歩きながら扉の取っ手に手を伸ばす。冷たい金属の感触。カチャリ、と音を立てて扉が開いたとき、春斗の鼓動が一際大きく跳ねた。
(出られる……!)
小さく息を呑んで廊下へと足を踏み出す。静まり返った石造りの廊下。薄暗く、ところどころに灯る燭台の明かりだけが頼りだった。
(出口はどこだ?)
思ったよりも広い屋敷に、焦る気持ちを抑えながら歩を進める。だが、似たような扉が並ぶこの廊下は迷路のようで、どこまで進んでも終わりが見えない。不安と恐怖が再び胸を締めつける。
「……どこへ行くつもりだ?」
背後から落ち着いた低い声が響いた。
びくり、と肩を震わせて振り向けば、そこにはあの角の男──バロンがいた。
春斗が見上げると、そのアメジストの瞳が細められていた。驚きや怒りではない。まるで──心配しているような目だった。
バロンが春斗に近づこうとしたその時、春斗はとっさに両手を前に突き出して叫んだ。
「近寄ったら叫びますよ!?そうだ!警察!それ以上近付いたら警察に通報しますから!!」
廊下に響き渡る叫び声。連絡手段となる携帯など持っていなかったが、脅しにはなるだろうと咄嗟に口から出たのが『警察』だった。
バロンはぴたりと動きを止め、きょとんと目を瞬かせた。
「……警察とは?」
「え、えっと、あの……もしかしてこの世界に警察はいない……?」
「ケイサツ……?それは強いのか?」
「強いかどうかは……ていうかその口ぶりだとここに警察はいないんですね……」
「くそぅ、いないのかよ……!」と肩を落とす春斗に、バロンはふっと笑みを浮かべた。笑われたことに気づいた春斗は、涙目でキッとバロンを睨みつける。
「やはり怒った顔も可愛いな……」
「か、可愛い……!?」
「ああ、お前がすごく、タイプなんだ」
うっとりとそう言ってバロンの手が春斗へと伸びる。
「や、やめろっ!触るな!その手で俺を攫ってきたくせに!」
「攫ってはいない。運んだだけだ」
「言い方の問題じゃないですかそれ!それに俺はれっきとした男です!ちょっと童顔なだけで……」
「男だからなんだと言うんだ?この世界では男同士の結婚は普通だ」
「えっ!そうなの!?」
思わず言葉が崩れる。春斗は丸い目を更に大きくして、ぱちくりと瞬かせた。
そんな春斗にバロンはにこりと柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔は、出会った時に感じた威圧感からは想像もできないほど優しくて、どこか無防備で──春斗の心臓がドクンと跳ねた。
「俺はお前に一目惚れをしたんだ」
「……は?」
「だから好きだと言っている」
「はあ!?」
アメジストの瞳にうっとりと見つめられた春斗の顔にカァッと熱が集まる。
「俺たち出会ったばかりですよ!?本気ですか……?」
「ああ、本気だ。今はまだ俺のことが怖いようだが必ず惚れさせてみせる」
「ッど、どこからそんな自信が……」
「自信ならある。当然だ。俺は強いし見た目も良い」
「ッ」
ぐっ、と春斗は詰まった。
(確かにめちゃくちゃ顔はイケメンだ……)
悔しげに唇を噛んでいる春斗を、バロンはじっと見つめた。そして、ゆっくりと跪き──今度は驚かせないよう、そっと春斗に手を差し伸べる。
「もう気付いているかも知れないがここは人間界ではない。お前にとっては見知らぬ世界だ。怖いのも、不安なのも分かる。だが……俺の傍にいれば安全は保証しよう」
「……本当に?攫ったり、怖いことしない?」
「攫ってはいない。運んだだけだ」
「それはもういいですってば!」
思わずツッコんだ春斗に、バロンはまたくすりと笑った。その笑顔にドキリとした自分を誤魔化すように、春斗はそっと顔を背ける。だけど──たしかに、ほんの少しだけ、この世界が怖くなくなった気がした。
はう、と息を呑むのは鋭い角を生やした精悍な顔つきの男。縮こまる青年を見て、浅黒い肌を仄かに赤く染めている。
暗い森の中、切りかぶに隠れるようにして座っていた青年、もとい倉木 春斗(くらきはると)は、2メートルは優に超えている男に見下され、ごきゅりと生唾を飲んだ。
背筋を氷のような恐怖が這い上がる。
なんだって自分がこんな目に……。春斗はそう思いながら、怖いくらいに美しいアメジスト色の瞳を見上げた。
「名を教えてくれないか」
「ッ……」
見た目を裏切らない低い声。状況が違えば"かっこいい声"という感想だけで終わったのだろうが、今は生きるか死ぬかの瀬戸際である。見知らぬ世界で、得体の知れない怪しい人物に追い詰められた春斗の体はカタカタと小刻みに震え始める。
「……怯えているのか?」
体が震えているぞ、と大きな手が春斗へと伸びた。
パシッ!
「触るなッ!」
春斗は反射的にその手を叩いた。ハッとした時にはもう遅く、やってしまった……とみるみるうちに彼の顔は青褪めていく。
殺されるかも知れない。そう思ったら怖くて堪らなくなり、尻餅をついてじりじりと後退った。
「ご、ごめんなさい……ッ!ごめんなさ……」
「…………ふむ」
一方で、叩かれた手をじっと見つめる角の生えた男、もといバロンは、人間とはこんなにも非力な生き物なのかと驚きと困惑でしばらく動けずにいた。これはガラス玉のように大切に扱わなければならないと思い直したバロンは、春斗の前にスッと片膝をついた。目線を合わせて話せば少しは落ち着くだろうと考えてのことだった。
「すまない、怖がらせたいわけじゃないんだ」
「こ、ここ、来ないでくださ……ッ」
「お前に酷いことは何もしない」
そう言って再びバロンが手を差し伸べた次の瞬間、春斗は恐怖から酷い目眩を覚え失神してしまった。
*
「どこだ……ここ……」
目が覚めると見知らぬ部屋にいた。どちらかというと洋風なその部屋は、薄暗く殺風景で、やはり元いた世界とは異なるものだった。
春斗の不安はむくむくと大きくなっていく。
(もしてかしてここはあいつの住処……?)
部屋をぐるりと見渡し確認する。
「……誰もいない」
そうと分かれば、春斗はおもむろにベッドから抜け出し扉へと急いだ。
*
足音を立てないよう、そろりそろりと歩きながら扉の取っ手に手を伸ばす。冷たい金属の感触。カチャリ、と音を立てて扉が開いたとき、春斗の鼓動が一際大きく跳ねた。
(出られる……!)
小さく息を呑んで廊下へと足を踏み出す。静まり返った石造りの廊下。薄暗く、ところどころに灯る燭台の明かりだけが頼りだった。
(出口はどこだ?)
思ったよりも広い屋敷に、焦る気持ちを抑えながら歩を進める。だが、似たような扉が並ぶこの廊下は迷路のようで、どこまで進んでも終わりが見えない。不安と恐怖が再び胸を締めつける。
「……どこへ行くつもりだ?」
背後から落ち着いた低い声が響いた。
びくり、と肩を震わせて振り向けば、そこにはあの角の男──バロンがいた。
春斗が見上げると、そのアメジストの瞳が細められていた。驚きや怒りではない。まるで──心配しているような目だった。
バロンが春斗に近づこうとしたその時、春斗はとっさに両手を前に突き出して叫んだ。
「近寄ったら叫びますよ!?そうだ!警察!それ以上近付いたら警察に通報しますから!!」
廊下に響き渡る叫び声。連絡手段となる携帯など持っていなかったが、脅しにはなるだろうと咄嗟に口から出たのが『警察』だった。
バロンはぴたりと動きを止め、きょとんと目を瞬かせた。
「……警察とは?」
「え、えっと、あの……もしかしてこの世界に警察はいない……?」
「ケイサツ……?それは強いのか?」
「強いかどうかは……ていうかその口ぶりだとここに警察はいないんですね……」
「くそぅ、いないのかよ……!」と肩を落とす春斗に、バロンはふっと笑みを浮かべた。笑われたことに気づいた春斗は、涙目でキッとバロンを睨みつける。
「やはり怒った顔も可愛いな……」
「か、可愛い……!?」
「ああ、お前がすごく、タイプなんだ」
うっとりとそう言ってバロンの手が春斗へと伸びる。
「や、やめろっ!触るな!その手で俺を攫ってきたくせに!」
「攫ってはいない。運んだだけだ」
「言い方の問題じゃないですかそれ!それに俺はれっきとした男です!ちょっと童顔なだけで……」
「男だからなんだと言うんだ?この世界では男同士の結婚は普通だ」
「えっ!そうなの!?」
思わず言葉が崩れる。春斗は丸い目を更に大きくして、ぱちくりと瞬かせた。
そんな春斗にバロンはにこりと柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔は、出会った時に感じた威圧感からは想像もできないほど優しくて、どこか無防備で──春斗の心臓がドクンと跳ねた。
「俺はお前に一目惚れをしたんだ」
「……は?」
「だから好きだと言っている」
「はあ!?」
アメジストの瞳にうっとりと見つめられた春斗の顔にカァッと熱が集まる。
「俺たち出会ったばかりですよ!?本気ですか……?」
「ああ、本気だ。今はまだ俺のことが怖いようだが必ず惚れさせてみせる」
「ッど、どこからそんな自信が……」
「自信ならある。当然だ。俺は強いし見た目も良い」
「ッ」
ぐっ、と春斗は詰まった。
(確かにめちゃくちゃ顔はイケメンだ……)
悔しげに唇を噛んでいる春斗を、バロンはじっと見つめた。そして、ゆっくりと跪き──今度は驚かせないよう、そっと春斗に手を差し伸べる。
「もう気付いているかも知れないがここは人間界ではない。お前にとっては見知らぬ世界だ。怖いのも、不安なのも分かる。だが……俺の傍にいれば安全は保証しよう」
「……本当に?攫ったり、怖いことしない?」
「攫ってはいない。運んだだけだ」
「それはもういいですってば!」
思わずツッコんだ春斗に、バロンはまたくすりと笑った。その笑顔にドキリとした自分を誤魔化すように、春斗はそっと顔を背ける。だけど──たしかに、ほんの少しだけ、この世界が怖くなくなった気がした。
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